第三話 在処‐⑧
『さぁ本日の大詰めッ! 最後の仮面に選ばれるのはどれだ!? グロリアーーーーーーーース……………』
それは唐突に────されど必然として。怒号とも悲鳴ともつかぬ声で、咆哮があがった。
『ぐ……ぐぁあああああああああああああああああああっっっっ!』
会場を去るその間際、響き渡る叫声にルクスたちは思わず振り返った。場内の観客もまた一様に視線を向け、困惑の面持ちで騒然とする。
なおも止むことのない絶叫──その声は、栄光の人形、その仕掛人から発せられていた。
「っ……! なんだ!?」
「……この声は、人形を操っている祈術師のものですっ!」
「ル、ルクスくん、あれ……っ!」
『うわあああああああああああああああああああああっ!』
「おっ、おいっ! 人形が動くぞ……!」「け、剣が……こっちに……!」「逃げろ……逃げろぉぉおおおおおおおおッ!」
祈術師の叫びに呼応するかのように、黄金の人形が共鳴して動き出し──苦痛を代弁するが如く、剣を乱雑に振るい始めた。
巨大な剣身が唸りを上げて会場を薙ぎ払えば、グロリアス・ドールの参加者たちは焦眉の事態に阿鼻叫喚の体で四散し、我先にと逃げ惑う。
「正気を失ってるのか……いや、これは……」
「ミナカ様! ルクスさん! 人形の無力化にご助力願えませんか!? 無事に終われば……『鬼の憐憫』を差し上げますッ!」
「だ、そうだ。どうする?」
「ううん、報酬なんかなくても……やることは変わらないよっ!」
退避する観客とは真逆に、ミナカは敢然と立ち向かう。それが、勇者だから。それが、わたしだから。
案内人は深々と頭を下げると、僅かでも助力をするために駆け出した。
「お二方とも、ありがとうございます……! 微力ながら、私は増援を呼んできます……! どうかご無事で……!」
こくりと首を縦に振り、彼の背を見送る二人。そして視線を人形へと戻し、対峙する。
その刹那。一瞬の静寂の中で、ルクスの脳裏に過ぎったのは────。
案内人が交渉と救援要請のために駆けていると、中央広間は既に狼狽した客で溢れかえっていた。この状況を見るに、グロリアスドールでの問題が波及して他の会場の客も避難を始めているのだろう。
「皆様、落ち着いて避難をお願い致しますっ!」「立ち止まらず、ゆっくりと外へお進みください!」
ノクーラの同僚たちが避難誘導に奔走している。ここは彼らに一任すると、案内人の足が向けられた先は──ノクーラの責任者が待つ執務室。
豪奢な赤の絨毯が敷き詰められた長い階段を駆け上がり、最上階に構える大広間へ辿り着く。そして呼吸を整える猶予は残されていないと、勢いそのままに扉を押し開けた。
「し、失礼いたしますっ!」
「なんだ騒々しいな!……ってまた君か、今度はなんだ? 陶器の話なら構わないと────」
案内人は額の汗を拭い、真っ直ぐに支配人を見据える。先刻交渉の際にもここに訪れたが、拍子抜けにも支配人は特段興味を示さず快諾してくれた。だが……今は状況が一変している。
「グ、グロリアスドールにて仕掛人が突如正気を失い、人形が暴走しています……!」
「な、なにィ!?」
恰幅の良い身体が椅子から転げ落ちると、慌てて座り直し咳払いを落とす。
「そ……それで、今の状況は? なぜ誰も報告に来ていないのだ!?」
「事が起こったのがつい先ほどです。加えて現在他の者は観客の避難を優先しているため、私が馳せ参じました」
「そ、そうであったか、そうであったか。確かに客の避難は大事だな、うむ」
卑しき経営者という一面を持ちながらも、客を第一とする姿勢には些か驚きだ。
商いは相手あってこそ成り立つもの──その理を根本から弁えているのだろう。
「人形に関しては例の聖教関係者が鎮圧に取りかかっていますが……」
「そ、そうか。それは良いことだな」
「報酬に、先の曲陶器をお譲りすると……」
「「…………」」
その言葉を聞いた途端、支配人の表情は一転して渋面になる。だが──一拍の沈黙の経て、深く頷いた。
「うむ、そうか。……構わんっ! しかし、報酬はノクーラの被害が最小限だった場合だけだっ!」
「ありがとうございます……! それでは支配人もどうか避難を……」
「私は構わんっ! ここで無事を確かめねばならんのだっ!」
「で、ですが……!」
案内人が諫言を呈そうとするが……支配人は首を横に振り、腕を払う。
「ええい煩いぞっ! さっさと対処に当たらんかっ!」
「しょ、承知いたしましたっ! それでは私は詰所に救援を呼んでまいりますっ!」
「あぁ……我がノクーラよ……どうか無事であれ……!」
案内人は執務室を去る間際、横目で支配人を一瞥する。椅子に腰を据える彼の身体は震えていたが────存外、この支配人は寛大なのかもしれない。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛いぁあああああああああッ!」
叫びに呼応した栄光の人形は、剣を手に暴れ狂う。大円卓を一刀で両断し、会場の照明を斬り落とし、舞台装飾を悉く打ち砕く。悪鬼に取り憑かれたその姿は最早、留まることを知らなかった。
「ミナカ! 俺は祈術師を昏倒させる! そうすれば人形も大人しくなるはずだ。ここは頼む……!」
「うん……人形の足止めは任せてっ!」
力強く絨毯を蹴立てたルクスは、全速力で会場内を駆け抜ける。
一方のミカは右手を前方へと翳し、任されたこの場の死守に祈術陣を展開した。
「お願い……大人しくしてっ! 『ラクリマッ!』」
氷海の下階祈術を発現させ、溢れ出す天色の光より六花の氷牢が立ち昇る。瞬く間に人形の全身を凍てつかせ、動きを封じた────かに見えた。
だが次の瞬間……大地を揺るがす怪力によって、その氷牢は無残にも粉砕される。
「下階祈術じゃ、一瞬だね……でも、次はそうはいかないよ!」
反撃に転じた人形は巨躯をものともせぬ速さで跳躍すると、宙より右腕を繰り出す。
「っ────!」
危機を察したミナカは咄嗟に後方へと身を翻し、宙返りで間合いを取った。刹那の差──彼女が立っていた地点に凄絶な衝撃波を伴う殴打が叩き込まれ、会場全体を震撼させる。
「すごい力……早く止めないと、ノクーラ全体に被害が出ちゃう……!」
ルクスへ視線を向ければ、彼は只管に会場内を駆け、舞台袖付近に迫っていた。このまま彼が人形の祈術師を止めれば──そう算段した矢先。ミナカと対峙していた人形が俄かに転身する。
そして腰に差した装飾の短剣を抜き放つと、左肩を大きく反らし──疾走するルクス目掛けて一擲した。
「ルクスくんっ────! 危ないっ───!」
「────っ!」
ミナカの警告に咄嗟の判断で跳躍するが、僅かに胸元を掠めて吹き飛ばされる。塵埃が舞う中、人形が追撃を画策しようとルクスのもとへ駆け出したところで────彼の声が響いた。
『リディシオッ!』
塵埃より風迅の中階祈術を発現され、旋風を圧縮した渦巻く球体が人形へ勢いよく直撃する。巨体は会場の入口付近へ弾き飛ばされると、放った本人──ルクスは再び舞台袖へ向かった。
「ふふっ、さすがだね……!」
だが、それで終わりではない。人形は崩落した瓦礫の山から飛び出し、再度ミナカへ狙いを定めて剣を振り翳した。
「っ───頑丈なんだから……っ!」
そして同時にミナカも祈術陣を展開させるが──先手を取ったのは、人形。感情を宿さない虚ろによる、無慈悲な剣身が彼女に降り注いだ。
「ダメ……! まだ足りない……もう少し……!」
人形を封じるための祈術を発現するには、僅かに詠唱が足りない。迫り来る剣身との距離は一寸。
目測を誤ったとミナカが瞳を瞑った────その瞬間だった。
「どらぁぁぁぁぁああああああああッ!」
凄まじい速度で飛翔する一つの人影が、破裂するような音を立てて人形へ激突する。剣がミナカの胴体を斬り裂くことはなく、人形は側面の石壁へ倒れ伏した。
「大丈夫か、姉ちゃんッ!」
寸前で彼女の助けに入ったのは、祭服を身に纏った長身の女性。
山吹色の髪を揺らし、背丈以上の棺を背負った────聖職者だった。
次回の更新は2月25日の21時を予定しています。
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