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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第一話 勇者‐⑦

『戒獣だ……戒獣だぁぁああああ!』


 夜ノ刻──。星々が瞬く月夜に、四足で俊敏に駆ける灰の獣──狼獣ルプスの群れは、赤き瞳の戒獣となった姿でサマル村へ襲来した。


 外の異変に広場へ移動した村人は、戒獣を目にするや否や、村一帯へ警鐘の一声を響かせる。 


「襲撃かっ──!」


 村人の叫声に飛び起きたアルメインが傍を見ると、カイナも同様に目を覚ましていた。夜襲に冷汗を掻いたのか、彼の表情には僅かに焦燥と恐怖が滲んでいた。


「っ──! はぁ……はぁ……戒獣、か」


「カイナ、凄い汗だな……大丈夫かい? どこか悪いなら、休んでいても構わないが……」


「いや、問題ない。……俺も行く」


「わかった。なら、急ごう。……どうやら、そのまま帰らせてはくれないようだ」


 二人は頷き合うと、寝具の脇に据えた得物を手に取り、素早く部屋を後にする。


 すると宿の廊下には、騎士として救援に向かう特務隊の女性たちの姿があった。


「アルっ!」


 チルメリアの呼びかけに、アルメインが首を縦に振る。


 そして一同は顔を見合わせると、軋む板床を蹴り──戒獣のもとへ駆け出した。


 声の聞こえた広場へ駆けつけると、数人の村人が戒獣と対峙していた。彼らの背後には、土に塗れた祭服に足を負傷した司祭の姿も見える。


 次の瞬間──群れをなした戒獣の一頭が地を蹴り上げて跳躍し、一人の村人へ襲い掛かる。


 やがて迫りくる爪牙が命を刈り取る、その寸前──剣身に月光を浴びた大剣が、戒獣の胴体を刺し貫いた。


「うわぁぁぁあ……あ、あれ……?」


「無事かい!? みんな、司祭を連れて家の中へ避難するんだ……!」


 その身を貫かれた戒獣は、血走る赤い瞳が消え失せた後に息絶える。獣を葬ったのは、燃えるような朱色の髪をした──()()()()だった。


 手を下したアルメインは苦渋の表情で胴体から大剣を引き抜くと、大群へその切先を向ける。


「ア、アルメイン殿下……! なんとお礼をしたらよいか……ああ、リアスティーデ様の導きだ! ディーリア!」


「いいからボサッとしてないで、早く行けってのっ!」


 司祭を背負い退避を始める村人たち。一方でその場を離れず祈りを捧げる一人の村人に、見かねたミオメルが一喝を浴びせる。


 忽ち飛び上がった彼は額に汗を浮かべると、一礼を残して家屋の中へと逃げていった。


「あ、はっ、はいっ! ……ありがとうございます、殿下!」


「ふぅ…………ありがとう、ミオメル」


 視界一面に広がるは────赤き炯眼で威嚇する、戒獣と化した狼獣ルプスの群れ。


 脅威を前にアルメインは呼吸を整えると、決然とした声音で仲間へ指示を出す。


「僕が注意を引き付ける。みんなは隙を見て、祈術で掃討してくれ」


「あの数だぞ、一人で平気か?」


「問題ない、すぐに片をつけよう。さぁ……行くぞっ!」


 カイナの心配する声に口元を緩め、力強く地を蹴って戒獣の群れに切り込む。五人は戒獣たちの視線が一斉に隊長へ集まるのを見計い、祈術陣を展開した。


 続けてアルメインの抜き放った剣身が白く輝き、軌跡を描きながら一頭の戒獣へと吸い込まれてゆく。疾風の如き一閃によって亡骸と鮮血が宙に舞うと同時に──闇夜に赤き瞳を光らせた戒獣の群れが、動き出す。


 中でも一際体格の大きい一頭──戒獣の頭目が遠吠えを上げると、群れは一斉にアルメインへ襲い掛かった。


「アオォォォォォォオオオオオオオンッ!」


「くっ──! はぁ──っ!」


 対峙する勇者は重心を低くさせ、両手で大剣を構える。やがて呼吸を整えた──その須臾に。素早く身体を翻すと、真円を描くように大剣を薙ぎ払った。


 宙に放散する──数多の獣血。垂涎の的を目掛けて跳びかかる戒獣たちは、反撃の一閃にその身を散らしていく。


 美しく舞い踊るアルメインに隊員たちは息を呑み、ウルハは思わず心の声を漏らした。


「「「ガフッ──!」」」


「すっ、すごい…………!」


 赤の勇者が放つ威圧感に、足を竦ませた戒獣総てが後方へ跳躍して距離を取る。手負いの戒獣は威嚇するように唸り声をあげるが、その身に走る痛みから逡巡する様子を見せている。


 そして──その僅かな隙に、一掃の機会はここに訪れ……アルメイン自身も祈術陣を展開した。


「今だ、みんな…………っ!」


 隊長の号令に意識を集中させ──────流れるように、一斉に祈術を放った。


『ルシオ』『ナテラッ!』『ラ、ラクリマ!』『イグニス!』『リディス──!』


 チルメリアが雷降の、ミオメルが地天の、ウルハが氷海の、リサーナが炎楼の、カイナが風迅の。


 そして──アルメインが、炎楼の。それぞれが己のエナを解き放ち、下階祈術を発現させる。


「はぁああああ!──『イグニスッ──!』」


 荒れ狂う突風の翠刃に、大地の怒りを帯びた尖鋭の岩槍。雷鳴を轟かす稲妻に、止め処なく降り注ぐ砕氷の矢……そして。総てを渦巻く熱波を発する二つの炎柱によって、戒獣の群れは死を悟り──悲鳴を上げながら、(ことごと)くその命を散らしていく。


 その中央────炯眼を散らして一行を見据える、()()()()()を除いて。


「アォオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


「ありがとう、みんな。……最後は僕に任せてくれ」


 頭目は渦巻く炎より敢然とその身を現し、再びの遠吠えにアルメインが前へと歩み出る。


 仲間たちは静かにその背を見守り──彼は理性を欠いた赤き瞳に切先を向けて、精算の構えを取った。


「苦しいだろう……すまない。すぐ、¨楽¨にするよ」


「グルルル…………バウゥッッ!」


 赤く血走る戒獣の頭目が大地を疾走する。間合いを詰めて鋭利に光る爪牙を見せると、力強く蹴り上げて跳躍した。


 そして赤眼の焦点を標的に合わせ──右腕を前に突き出し、裂爪の一撃を繰り出す。


「はぁっ────!」


 月夜のもとで襲い来る戒獣に、アルメインは両脚に力を集中させ、迎撃の跳躍をする。


 裂爪が躯幹を引き裂く────その寸前。()()()()()、月を蹴り上げるように宙を舞った。


 月面宙返り────一足一刀の間合いから戒獣の頭部を強く一蹴し、後方へと弾き飛ばす。


「今──救済する────っ!」


 華麗な所作で着地したアルメインは、戒獣の着地点を目掛けて疾走し──その丈ほどある大振りの剣を振り翳し、軌跡を描いた一閃を放った。


 それはまさに────月夜に輝く、¨灯火の劔¨が如く。


「ガッ……ガゥ………ゥ……」


 胴体の中心から真っ二つに斬り裂かれた戒獣は……夜空にその身を晒しながら、鮮血を散らして絶命へ至る。


 やがて赤く光る眼はその生気を徐々に失っていき──あるべき姿へと回帰した。


 理性が暴走した獣……彼らはその最後に自我を取り戻すのか、或いは。


 月明かりに照らされ消えゆくは……不条理な命の精算だった。


「ア……アルメイン様の勝利だ……!」「やった……やったぞ! 主神リアスティーデ様のお導きだ!」「勇者様……ありがとう……! ディーリア……!」


 一部始終を見届けていた村人から、鳴り止まぬ拍手喝采が贈られる。戦いの夜が明ければ──コーレルム隊の一行は、サマル村の英雄となっていた。



 そして。アルメインはただ静かに──大剣を地に突き立て、右手を胸に当てながら。


 この地に臥した狼獣ルプスたちの、安らかなる眠りを祈るのだった。


次回からは第二話をお届けします。

物語は、ここから本格的に動き出すことになります。


第一章は四話構成を予定していますので、お付き合いいただけると光栄です。



次回の更新も明日の21時を予定しています。

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