第三話 在処‐⑦
間を置いて────案内人の計らいにより、ミナカは帽子の下に顔を覆う仮面を纏い、興に入る艶やかな飴色のドレスに身を包んでいた。そんな彼女の姿は、宛ら夜会を愉しむ貴婦人の如し。並び立つルクスもまた仮面とタキシードを着用し、変装を済ませた二人は憂いなくノクーラを堪能することができる姿になっていた。
そして装いを改めた三人が足を運んだ先は、白煉瓦に囲われた仮面の世界────。
『さぁさぁやって参りましたぁッ! 本日も沢山のご来場、誠にありがとうございますッ!』
金箔と純白に彩られた豪奢な扇状の会場に、一際高らかな声が響き渡る。
開催の宣言が放たれるや否や、観客たちは堰を切ったように沸き立ち、場内はたちまち歓声に包まれた。
『栄光の人形が手にする仮面はどれだ! グロリアーーーッス・ドーーーーールーーーーーーーーッ!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」「仕掛人、待ってましたっ……!」「今日こそは……今日こそは……!」
白柱が連なる舞台の中央────観客に取り囲まれた大円卓の上に並ぶのは、グロリアス・ドールの核を成す仮面の数々。
そして最奥に佇むのは、絵画と見紛うばかりに端麗な彫像……否、栄光を象徴する人形であった。熱狂渦巻く会場のただ中で、ルクスとミナカはその人形を仰ぎ見る。
「大きい……ルクスくん、頑張ろうねっ! 二人で四点なら夢じゃないよっ!」
「だといいな。……と言うか、アンタはすっかり乗り気だな」
「そ、それは……もう、いいでしょ別にっ!」
『早速本日の第一回ペルソナクレールが始まります……皆様、ご自身が選択した硝子仮面はお手元にございますでしょうかッ!』
通りの良い快活な声に、観客はそれぞれ手に持った硝子細工の仮面を掲げる。単純明快な賭けではあるが、この遊戯はそこが人気なのだと案内人は口にしていた。
『今一度グロリアス・ドールについてルールの御浚いをさせていただきますッ! 今から私、仕掛人が中央に座した栄光の人形を動かし、円卓より一つの仮面を選び取りますッ!』
大円卓には十三種類の仮面が円周に沿うように整然と配されており、栄光の人形がその内の一つを手にするという。
『皆様は入場の際に受付にて選択した、硝子細工の小さな仮面をお手にされているかと思います。そちらが栄光の人形が選定した仮面と同じだった場合、お客様に栄光点が付与されますッ!』
案内人の説明通り、人形に選ばれた仮面と同一の意匠を施した硝子細工の仮面を手にしていれば、栄光点を得られる仕組みだという。
無論、ルクスの手にも一つの仮面が握られている。そして傍らを見遣れば瞳を爛々と輝かせたミナカも、硝子の仮面をしかと握り締めていた。
『なお、栄光点の付与にあたって硝子細工の仮面と交換、今一度のご本人様確認がございますのでご了承ください。…………さぁっ! お待たせ致しました……ッ! それでは参りましょう……ペルソナッ!クレーーーーーーーーールゥウウウウウウウウウウウッ!』
仕掛人の高らかな宣言と共に、剣を掲げた金色の鎧を纏う人形の双眸に光が宿り──機敏な所作で剣を納め、円卓の前へと歩み出る。
十三種の仮面を乗せて回転を続ける大円卓を前に、人形は左膝を地に着け、居合の構えを取った。
「き、緊張してきた……ドキドキだね……!」
「…………」
湧き上がる歓声と包まれる緊迫した空気。時が静止したかのような錯覚を見せた────────その須臾に。
『──────────!』
人形が抜剣すると、白銀の刃は瞬く間に大円卓の支柱へと突き立てられる。大円卓の回転は次第に勢いを失い、静止した。
完全に動きを止めた大円卓から人形は一つの仮面を手中に収め、額に戴く。そして栄光の人形は剣を支柱より抜き放つと、高々とその切先を掲げ────ここにペルソナクレールを終えたのだった。
「うおおおおおおおっ! やったぞぉおおおおお」「嘘だろ! 変えなきゃ良かった……!」「おいおいおい昨日と同じじゃね〜か!」「ちくしょう……っ! やらせだろっ……おいっ!」「これで栄光点が溜まったッ! ようやくアレと交換できるわッ!」
十色の歓声が乱れ飛び、グロリアス・ドールの会場は圧倒的な熱狂に呑み込まれる。俗世の狂騒のただ中で、ルクスたちの面持ちもまた、知らずその渦に引き寄せられていた。
「あっ……」
「…………」
そして。栄光の人形が選定した仮面は、『紫煙の幻影』。
ルクスとミナカ、それぞれが選択した仮面とは、異なっていた────。
「は、外れちゃったね……」
「栄光点は0か。厳しいな」
「う、うん……」
肩を落とすミナカの傍らに、先ほどまで姿を眩ましていた案内人がすっと現れた。この場を離れていたことと関係しているのか、彼はその額に汗を浮かべている。
「一回目は外れてしまいましたか……ですが大丈夫です。残るは三回、まだチャンスはございます」
「あ、案内人さん。そうですよね、うんうんっ! あと三回……!」
「さて、どうだか……」
初回の惨敗に気を取り直し、両手を握り締めて息巻くミナカだったが……ルクスは表情を変えずに人形を見詰める。
純粋に考えてそう上手く事が運ぶはずもないだろうと、隣に立つルクスは影を落としていた。
「だ、ダメ……全く当たらない……」
「現状栄光点は一点。次のペルソナクレールが今日は最後の開催。二人が正答しても三点……曲陶器は諦めるしかないな」
「うん……そう、だね……」
その後、第二回、第三回と参加して得られた栄光点は第二回にミナカの当てた一点のみ。仮に第四回で二人が的中させたとしても、四点には届かなくなってしまった。
「ミナカ。その……身体に異変はないか」
「うん。わたしは大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか。なら、先を急ごう。……案内人、アンタにも世話になったな」
「いえ、元を辿れば四点という難題を押し付けたのは私ですので……」
「そんなことないです。むしろ譲歩してくださった案内人さんのお陰で楽しめました、ありがとうございます」
「ミナカ様……」
案内人は申し訳無さそうに目を伏せているが……曲陶器こそ手に入らなかったものの、グロリアス・ドールという娯楽に一喜一憂し、ルクスたちも良い気晴らしを得ることができていた。
それは紛れもなく、ノクーラの案内に加え、曲陶器の件で譲歩を計らってくれた彼の厚意あってのことだった。
「一点ですが……栄光点を獲得できただけでも上向きでございました。お送りいたします……是非、またいらしてください」
ミナカの容態にはなお一抹の不安が残るものの……ノクーラでのひとときを終えた二人は、彼女の故郷へと再び歩みを進めて行く。
────────そうして足を向けた、その瞬間だった。
次回の更新は2月22日の21時を予定しています。
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