第三話 在処‐⑥
続いて足を運んだ区域では、先の二つとは比ぶべくもない圧倒的な賑わいを見せていた。湧き上がる歓声、耳を劈く悲鳴、渦を巻く人波。そこはまさに、喧騒の坩堝。
そして何より──視界全体に広がる、レムナシアそのものを描き出した壮大な世界。
肌で感じる熱気は、つい先日水都で行われた巡礼祭で感じたものと似通う程に、その人気が伺えていた。
「続いて三つ目の催しですが、こちらはノクーラで最も人気のある『アレア・ド・クー』が行われております」
「『アレア・ド・クー』……! ノクーラと言ったら、だよねっ! ルクスくんっ!」
「名前は聞いたことはあるが……どういうものだ」
「あ、あはは……実はわたしも観光誌で見た程度で……案内人さん、お願いします」
「もちろんでございます。『アレア・ド・クー』……レムナシアを描いたマス目の世界をもとに、賽を投じて移動する催しです。賭けはもちろん、娯楽としても楽しめるのが人気の理由の一つです」
「……人が多すぎるのは俺たちには不向きだ。事を片付けたその後にでも、また来よう」
「う、うん、そうだね……!」
事を片付けてから。無意識に出た言葉に、ルクスは我に返る。自分はその時を望んでいるのだろうかと。自然と彼女と過ごす時間を……彼女と共に在ることを望んでいるのだろうかと。
「承知いたしました。残る催しは二つでございますが……ご覧いただいた方が早そうです。どうぞこちらへ」
いつか家族や友人たちとここを訪れれば、それは生涯の思い出のように温かいものなのだろうと────二人は胸中に浮かんだ思いを仕舞い、案内人の後に続いた。
アレア・ド・クーから一転。しめやかな空気に満ちるこの区域は、黒を基調とした静謐な雰囲気を湛えている。先の喧騒が嘘のように落ち着き払った空間が広がり、見渡せば男女連れの姿が多く来場客の顔ぶれもまた様変わりしていた。
「四つ目の『オクタヴィオ・アクタ』ですが、こちらは演劇を鑑賞をしていただきながら、演目の展開を予想する催しでございます。恋人や家族、ご友人などお連れ様と一緒に予想してみてください」
「……? その説明だとただの劇場に聞こえるが?」
「ええ、仰る通り。心ゆくまで芸術鑑賞に浸る催しとなっております」
「一度くらいはゆっくり、ここで鑑賞してみたいね……」
「そうだな。だが今の俺たちの目的にここは合わない。案内人、次を頼む」
「承知いたしました。区域は次で最後となります」
一度くらいは、ここで。その言葉は切実でありながら彼女が望む絵空事。勇者に選ばれたその時から────彼女の人生は使命に囚われていた。
やがて案内人が最後の区域の前で立ち止まると、釣られて二人も足を止める。他のどの区域とも異なる、圧倒的な熱量────そう。ここは幾重もの石柱が連なる、真円形に造られた闘技場だった。
「最後はここ、『デュオルム・フォルトーナ』。雌雄を決する、一対一で行なわれる運命の決闘場でございます」
「けっ、決闘場!?」
「はい。一六名の戦士が名誉を競い合う、名目通りの決闘でございます。ただし祈術の使用は禁止。武器もノクーラが支給する物のみとなっております」
「誰でも参加できるんですか……?」
「ええ。ですが生憎と予約制でして。本日の戦士は既に埋まってしまっています」
案内人が申し訳なさそうに頭を垂れると、それにつられるようにミナカもまた肩を落とした。
「そうですか……残念だね、ルクスくん」
「……? どういう意味だ」
「こういうの、好きだと思ったから」
「勘違いだな。仮に出ろと言われても出るつもりはない。俺たちは曲陶器さえ手に入れば他はいい」
「つまんないの……もうちょっと余裕持ってもいいのに」
二人の小競り合いの最中、とある言葉に反応した案内人が口を挟む。
「……はて、曲陶器と申しますと?」
「あ、えっと……実はわたしたち、とある曲陶器を探しているんです。ノクーラにあるみたいで……案内人さんは何かご存知ですか?」
「……『鬼の憐憫』。ノクーラにて景品で贈られる曲陶器は、かの極品しかありません」
「陶器に名前があるのか。それはどこで手に入る?」
数歩前へ進み、案内人は振り返る。右手で口元を押さえると、渋面で考え込むように話す。
「『グロリアス・ドール』です。ですが……恐らく手に入れることは難しいでしょう」
「ど、どうしてですか?」
「……『グロリアス・ドール』で正答すれば、栄光点と呼ばれる得点を獲得できます。その栄光点と引き換えに景品を交換できるのですが……一日に四度開催されますので、もし全問正答できたとしても本日獲得できる栄光点は四点になります」
「仕様はわかった。で、『鬼の憐憫』にはいくら必要なんだ」
「……百点です」
「「…………」」
告げられた必要点数に二人は思わず言葉を失う。開いた口が塞がらぬとは、まさにこのこと。
ルクスは半ば呆れたように肩を竦めると、これ以上は無駄とばかりに踵を返し、出口へと歩き出す。
「ミナカ、先を急ぐぞ。……世話になったな」
「ちょ、ちょっと、ルクスくん……っ!」
「っ! お待ち下さい。ノクーラとしても、ミナカ様のご要望には最大限お応えしたい所存でございます」
慌てて引き止めに駆け寄る案内人に、ルクスは眉を顰める。息を呑み、言葉を選ぶように逡巡する案内人にルクスは急かすことなく彼の言葉を待つ。
「……『四点』。もし本日の仮面総てを正答されましたら、特別に『鬼の憐憫』を差し上げます」
「あ、案内人さん、良いんですかっ!?」
「……アンタにその権限があるのか?」
「いいえ。ですがノクーラの支配人に交渉し、必ずや差し上げるとお約束致します」
「わかった。……なら、さっさと済ませよう」
ふう、と息を吐いたルクスの言葉に案内人の面差しがにわかに和らぐ。
張り詰めていた空気が解けるかのように、互いの口元に笑みが宿った。
「ありがとうございます。……ですがその前に一つ、お二人の恰好は些か目立ちます。ノクーラに合った、それでいて姿を隠せる衣装をご用意致しましょう」
斯くして案内人が先導する先は『グロリアス・ドール』──ではなく、ノクーラが誇る多種多様な衣装が並ぶ衣装室だった。
次回の更新は2月19日の21時を予定しています。
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