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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第三話 在処‐⑤


 リダマーナ領国において娯楽を語るならば、キューレパスカのノクーラは外せない。菱形(ひしがた)に広がる壮麗な建造物では数々の(もよお)しが行われ、幾多(いくた)の人々が快楽に(おぼ)れ、酔い、悶え、地に伏してきた。


 七色の色彩が視界を埋め尽くすここは、至高の賭場”ノクーラ”。


 今日もまた人々の心を甘く誘い、底なしの沼へと引き()り込んでいく────。





 コッケと別れたルクスとミナカはその圧巻な賑わいに呑まれながら、正面玄関からノクーラへ入場する。


 すると──(たちま)ち陽気な声楽隊の奏でる愉快な旋律が二人を包み込み、白と竜胆(りんどう)の制服を折り目正しく着用したノクーラの案内人が出迎える。


 ノクーラの内部はそれは煌びやかに飾られており、開放的な空間には豪勢なシャンデリアや銅像、幾重にも連なる巨柱に金糸(きんし)絨毯(じゅんたん)と、外観に違わぬものとなっていた。


「本日はお越しいただきありがとうございます。ここはあなた様方に一時の夢を与える場所、ノクーラ。まずは──おや、これは……()()()()()()がいらしたようですね」


「あはは……こ、こんにちは……」


「彼女はお忍びで来ている。……すまないが、他言無用で頼む」


「お忍び、でございますか」

 

 案内人はミナカの顔を見るや否や、みるみるうちにその表情を驚きの色へと変えていく。彼女は帽子を目深に被っていたが……男は存外目端(めはし)()くのだろう、ミナカの素性を早くも勘繰られてしまったようだ。


「ええと、案内人さん。これって使えたりしますか?」


「ふむ? これは……」


 ミナカがコッケより託された書簡と優待券を差し出すと、案内人は静かに封を切りその内容を確認する。暫し黙して目を走らせた後、得心(とくしん)がいったかのように深く頷き、書簡を(ふところ)に収めた。


 ルクスにとってコッケの人脈がノクーラにまで及んでいるという事実は、(いささ)か意外の念を感じさせていた。


「なんと……そうでしたか、承知いたしました。であれば、私が直接ノクーラを案内させていただきましょう」


「アンタ、この場を離れていいのか」


「代わりの者はいくらでも常駐しておりますので。……不都合があるようでしたら、控えさせていただきますが」


「い、いえ……大丈夫です。よろしくお願いします。……ルクスくんも、いいよね?」


「仕方がない、俺たちはここに来るのが初めてだ。案内を頼もう」


「左様でございましたか。では……まずはノクーラのご説明からした方が良さそうですね。ここ玄関ホールからは大きく分けて五つの区域に分かれており、それぞれの区域によって賭け事の内容や景品も異なります」


 案内人が(きびす)を返して歩み出すと、二人もまたその後に続いた。改めてノクーラ場内へ視線を巡らせれば……老若男女を問わず押し寄せる人波は、さながら揺れ動く海原のようだ。




 やがて最初の区域の入場口に辿り着くが、そこでも人の往来は引き切らない。そして視界に広がる光景を一言で言い表すならば、金色。内外ともに黄金で彩られ、入場口上部に掲げられた月を模したカードのオブジェが否応なく目を引いていた。


 ────と、壮観に目を奪われているその時。にわかに周囲が騒がしくなる。


「お、お客様、落ち着いてくださいっ……!」


「うおおおおおいっ! 離せってこらっ! イカサマしてんのはわかってんだよっ! 支配人っ! 支配人を呼べやぁっ!」


 声のする方へ目を向けると、驚くべきことに喚き立てているのは聖職者だった。何人ものノクーラの給仕が大柄の彼女を取り押さえんと奮闘しているが、彼女の怪力の前に悉く振り解かれている。


「……盛り上がってるね……」


「……ふっ」


「はははっ……これもまたノクーラでは茶飯事でございます」


 (しか)し多勢に無勢。程なく聖教騎士も駆け付け、押さえつけられた彼女は詰所へと連行されていく。その姿は神に仕える者とは乖離(かいり)した、俗世に溺れた人間そのものだった。


「ゴホン。さて、一つ目の催しですが……こちらは『ルナ・ド・シャンス』……ルールは至って単純です。四人の参加者が十二枚のカードより一枚選択し、月が描かれたカードを引き当てるゲームです」


「本当に単純だな。月が描かれたカードは十二枚の内何枚だ?」


「二枚でございます」


「……二人が引き当てた場合はどうなる?」


「引き当てた二人は再度カードを引くか選択できます。今度は六枚のカードの中に月は一枚。その中から月を引き当てる、という具合です」


「面白そうだけど……わたし、運気ないからなぁ……」


「運がないなら、そもそも賭場には来るべきじゃない」


「た、確かに……あはは……」


 身も蓋もない言葉を交わす二人に対し、それでも案内人は眉一つ動かさず……何事もなかったかのように二つ目の区域へと先導していった。

 


 次に訪れた区域は、打って変わって白一色の世界。竜胆色の絨毯を踏み締め、その入場口を潜った先では仮面を纏った人々が一様に中央舞台へと視線を注いでいる。


 そして彼らの視線の先に鎮座していたのは──一体の巨大な人形だった。


「二つ目の催しは『グロリアス・ドール』。中央に鎮座する、地天の祈術によって創造された人形……回転する円卓にて、彼がどの仮面を手にするかを予想するゲームです」


「祈術で動く人形……からくりがありそうだ」


「滅相もございません。あなた方にも栄光は手にできますよ」


「わたしたちが仮面を選んで、その後に人形が動き出すんですか?」


「左様でございます。もちろん、人形が円卓に置かれた仮面以外を被ることはありません」


「ありがとうございます。ルクスくん、これ面白そうじゃないかな……!」


「決めるには早計だ。アンタ、まだ他にもあるなら一旦案内してくれ」


「むぅ……まぁ、いいけどさ。案内人さん、お願いします」


 頬を強張らせるミナカに、ルクスの言い分は尤もだとばかりに案内人は小さく笑みを零す。忽ち彼は「承知いたしました」と一礼を挟み、淀みなく次の区域へと歩み出していった。





次回の更新は2月16日の21時を予定しています。


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