第三話 在処‐③
本日は少し短めになります。
翌朝。夢現の眠りから覚めたルクスたちは、宿の受付に立つ少女にキューレパスカに滞在する薬師の居所を尋ね、街の象徴とも言える大鐘を擁する商業区の広場へ足を運んでいた。
昨晩の一件から一晩。心做しか二人の距離はこれまで以上に縮んでおり、それは歩調にも表れている。ゆったりと、同じ歩幅で。彼らは歩く。
「確か広場からすぐと言っていたな」
「うん。鐘の正面にある通りだって」
「その……身体の具合は平気か」
「ふふっ、顔が怖いよルクスくん。……でもありがとう。大丈夫、平気だよ」
霜が残る朝とあって疎らな人通りの街路には、静かな時間が流れている。
そうして薬師を求めて足を進めていると、不意に二人へ声を掛けてくる少女がいた。
「御主人、何かお困りですにゃ?」
「御主人?」「……にゃ?」
特徴的な語尾に誘われ、二人して振り返ったその先に立っていたのは、やや年若く見える黒髪の少女。
ルクスとミナカは一度顔を見合わせ、改めて少女へと視線を戻す。
「何か用か」
「用があるのは御主人の方だと思うにゃ?」
「……何の話だ、アンタに用はない。行くぞ」
「え、ええと……う、うん」
素っ気なくあしらうルクスだったが……昨晩のミナカの姿が焼き付き、焦りを感じているのだろうか。
そんな彼の刺々しさに、少女は少しばかり気圧されたように後退る。
「ちょ、ちょっとだけ待つにゃ! さっきから彷徨いていたから声を掛けたんだにゃ……! こ、困ってるならコッケに言ってみるにゃ!」
コッケ。自らをそう呼び、猫獣の耳を思わせる髪型をした少女は、遮るように再度ルクスの前に立つ。
特徴的な語尾に加え、円らな瞳の奥には見透かせない心を持っている……そんな印象を覚えさせている。
「はぁ……やけに強情だな」
「え、ええっと……そうなんです、実は薬師を探していて……」
「にゃにゃ! 話がわかるお嬢さんにゃ! 薬師なら確かにこの近くにいるにゃ。それも……ここにゃ!」
「……どこだ」
「察しが悪い御主人にゃっ! コッケがその薬師にゃ!」
「アンタが……?」
「正確にはコッケも、にゃ。御主人が探してる広場の薬舗はあそこにゃ」
コッケが指を差した場所には立派な煉瓦造の家が建っており、レジーナ調薬所と書かれていた。恐らく宿の少女が言っていた場所はここだろう。
「なら、さっそく尋ねてみよう。助かった」
「ありがとうね、コッケちゃん」
「にゃにゃ!? ちょ、ちょっと待つにゃ! コッケが診ると言ってるにゃ!」
「「…………」」
「コッケの腕は確かにゃ。絶対損はさせないにゃ!」
早々にルクスは調薬所へと歩いていたが────ここで無碍にするのも可哀想だと、足を止めていたミナカが少女に笑顔を向けた。
「じゃあ、コッケちゃんにお願いしようかな」
「おい……」
「わたしが患者なんだから、わたしが選んでも良いよね」
「にゃにゃ! お嬢さんはとっても物わかりが良いにゃ!」
「はぁ……仕方ないな」
「にゃ〜! 早速コッケが世話になってる宿にくるにゃ! 詳しい話はそこで聞くにゃ!」
意気揚々と広場を後にして歩き出すコッケに、ミナカが続く。
ルクスは胸中に一抹の不安を抱きつつも、黙して殿を務めるのだった。
大鐘の広場を後にして、しばし歩を進めた先。街の入口近くに佇む一軒の木造家屋──そこが、コッケの逗留する宿屋だった。外見は至って素朴な民家然としており、これを宿と見抜ける者は多くないだろう。
コッケが戸を押し開けると、掃除の手を止めた店主の男が顔を出す。彼女が連れ立って戻るのは余程珍しいのか、男は一瞬、虚を突かれたような面持ちを浮かべていた。
「おや? コッケちゃん、もうおかえり? 珍しいじゃないか、コッケちゃんにお連れさんとは」
「にゃっふっふ。今日はお客さんを連れてきにゃ」
「ほぅ……お客さんね……」
「こんにちは。……お邪魔します?」
「狭い宿だけどゆっくりしていってくれよ。コッケちゃんの賓客となれば、俺も歓迎するよ」
コッケの連れてきた二人を、店主は屈託のない笑顔で迎え入れた。
彼女たちの間柄を知る由もないが──宿屋の主とその客にしては、どこか懇ろな距離感を覚えずにはいられない。
「…………」
「そこのお兄さんもね」
「あ、ああ。邪魔をする……騒がしくはしない」
「騒いでも構わないさ。ぜひとも寛いでくれ」
柔らかな物腰だが、意味深な視線を放つ店主。感が鋭いのか、それとも偶然か。
不気味な感覚を持つ店主に居心地が悪くしたルクスは、これ以上居たたまれず、逃げるようにコッケの後を追って部屋へと向かう。
そしてそんな三人の背を────変わらず柔和な微笑みで、掃除をしながら見守る店主だった。
次回の更新は2月10の21時を予定しています。
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