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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第三話 在処‐①

 時は昼下がり。潮風(しおかぜ)が山林の香りを含み、穏やかな陽射しが調和する街で、今日も元気に仕事のに(いそ)しむのは日々を謳歌(おうか)するため──ではない。()()()()を手に入れるためだ。


 (あきな)いに身を投じて早九年、すっかり人の縁も広がり今では顔の利く先も少なくはない。私の名は、コッケ・シーレン。求めていた品がこの街にあるという情報を掴み、現在はここを拠点に活動している。


 そして今。チャーミングな黒髪を揺らし、聖教騎士から()け負った物資の配達で駐屯地(ちゅうとんち)の扉を叩いたところだった。


「お邪魔するにゃ〜! 商人のコッケが来たにゃ!」


「ああ、コッケちゃん。こんにちは」


 若い聖教騎士が出迎える。彼はいつも駐屯地の玄関口に滞在しているが、他に仕事はないのだろうか。


「頼まれてた物資を持ってきたにゃ。入口においてあるにゃ」


「ありがとう、いつも助かるよ。これ、今回の分。またお願いね」


「お互い様にゃ。騎士様はコッケのお得意様にゃ」


 これは建前でもあるが、本音でもある。聖教という組織は今や自分の商売において欠かせない関係にまで築き上げられ、多くの関係者も親身にしてもらっている。


 この街で身を寄せている宿の店主も、元は聖教の助祭だった。


「はっはっは。そりゃなによりだよ」


「……? 騎士さま、あれは何にゃ?」


 ふと視線を向けた先。駐屯地内の掲示板に貼り出された、一枚の貼り紙を指差した。


 情報は命……私の勘が、あの貼り紙には何かあると告げている。


「あぁ……実は水都から、勇者ミナカ様が男と逃避行を図ったと連絡があってね。……ここだけの話、捜索中なんだ」


「にゃんと……ミナカ様がにゃ?」


「そうなんだよ……。コッケちゃんも、何か情報を仕入れたら教えてほしい」


 若い聖教騎士が私に両手を叩いて懇願している。これは恩を売る良い機会……将来この借りは使えそうだと、思わず笑みが零れてしまう。


「了解にゃ、お得意様のためだにゃ、コッケも協力するにゃ!」


「本当かい? いやぁ助かるよ、それじゃあよろしくね」


「任せるにゃ! 吉報を掴んでくるにゃっ!」


 勇者ミナカ・アイリーン……彼女にはそう遠くない内に会える。何故だが不思議と、そんな気がしてならなかった。



 





 ルクスとミナカが旅を続けて、七夜を越えた頃。蛇神を(しず)めるため──着実に終着点へ歩みを進めていた彼らは、今宵の宿を求めてとある街へと訪れていた。


 リダマーナ領国、延いてはレムナシア一の観光都市──キューレパスカ。海に面しながらも背には山を望むその地には、水都を思わせる白煉瓦の街並みが広がり、祈術による絢爛(けんらん)たる演出が昼夜を問わず人々を(たの)しませている。


 中でも名声と富を一夜にして掴み得る至高の賭場(とば)"ノクーラ"を名所として、日々多くの者がここを目指し、街道を行脚(あんぎゃ)していた。


「わたし巡礼以外でここに来るの、初めてっ!」


「なんだ、ノクーラで一山でも狙うのか?」


「ち、違うよっ! 観光ね、観光っ! それにわたし、賭け事に使うお金なんて持ってないし……」


「冗談だ」


 吹き出る火勢に、空に虹を架ける水流。閃光のように瞬く稲妻や、清涼を運ぶ疾風。そんな光景を前にルクスが思い出すのは────入団式典の、()()()のこと。


 そして横を見れば膨れっ面をしたミナカが、こちらを細めで睨みつけていた。


「むぅ〜……ルクスくんはどうするの? 折角寄ったんだし、息抜きも大事でしょ?」


「いや、明日の早朝にはここを出る。遊んでる暇はないからな」


 寸暇(すんか)を惜しむようにアトロを駆けて尚、ルクスは旅の先を優先する。元よりミナカも同じだったが────彼女は今晩の予定を聞いていた。


 近付く旅の終わりと焦燥。本人の無意識ではそんな感情が渦巻いているが、それに気が付くのは旅の果てなのだろうか。


「もう知らないっ! 宿決めたら、一人で散策してくるからっ!」


「好きにしろ、ここまでアトロを走らせて疲れてるんだ」


「もう……そう言われると、何も言えないよ……」


「悪かったな」


 足を動かしながら、ふとミナカは前方を歩く男女の二人組が視界に映る。彼らは楽しそうに語らい、握り合うその手は強く互いを結び付けていた。


 普通の女の子と、普通の男の子。彼らと自分たちは何が違うのだろう。この街で……この瞬間に。ここを歩いていることは、変わりはしないのに。


「いつ見ても楽しそうだね、ここの人たち」


「そうだな。キューレパスカには初めて来たが、浮かれた奴らばかりだ」


「ええっ!? ルクスくん、キューレパスカに来たことなかったのっ!?」


「……話には聞いている。娯楽都市だろう」


 そう揶揄(やゆ)した一方で失言だったと、ルクスはばつが悪そうに視線を逸らす。疲労があったのは無論だが──本当のところ、彼はこの都市の楽しみ方を理解していなかっただけなのだ。


 その言外(げんがい)を汲み取ってか……ミナカは意味ありげに口元を緩め、にやけた笑みで躊躇(ためら)いなくルクスの両手を握る。


「なんだ、そういうことだったんだ! ……ふふっ! いいよ! わたし、案内するから!」


「お、おい……! 待て……! お前も巡礼以外では初めてって……!」


「わたしもっ! 話は聞いてるし! それに行きたいところ、沢山あるからっ!」


 そのままルクスの手を引き、ミナカは駆け出した。数奇の巡り合わせに、特別な一夜。


 ほんの僅かな時間だけならばと。そう言い聞かせるようにルクスも抗うことをやめ、いつしか口元には小さく笑みを(たた)えていた。


 ()くして街路を駆ける二人は────キューレパスカ随一の喧騒を見せる商業区へと、人波の中にその姿を消していった。









次回の更新は2月4日の21時を予定しています。


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