表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
81/85

第二話 旅路‐⑪

 (つか)()の語らいは過ぎ去り、人々が床に就いた夜ノ刻(よるのとき)獰猛(どうもう)な獣すら寝静まる真夜中に、ルクスは寝返りを打ち──浅い眠りだったか、不意に目を覚ました。


 身体を起こし、(かわ)いた喉を潤そうと(かばん)に手を伸ばした、その時。微かに()()が耳を掠める。


「……? なんだ……」


『ぅ……ぁ……』


 意識を()()ませると、何処(どこ)からか男の(うめ)き声が届く。次に窓から外を(うかが)えば──村の正門近くに人影が映り、その者は苦痛に襲われ両手で頭を抱えていた。


 不審を覚えたルクスは部屋を飛び出し、急ぎ男性のもとへ足を動かす。宿は無論のことエスカ村全体が寝静まった、(あか)り一つとない暗闇を駆け──程なく、その男の姿を捉えた。


「おい……アンタ、大丈夫か?」


「ぐっ……ああ…………痛い……痛い……っ!」


 エスカの村人だろうか。みすぼらしい恰好をした男は苦悶(くもん)に歪んだ面差(おもざし)で胸を押さえ、その場に(うずくま)っている。


「っ! ……おいっ! しっかりしろっ!」


「ぐぁああああああっ!…………あ……」


 激しい痛みに耐えきれなかったのか、(ある)いは意識が遠退(とおの)いたのか。(たちま)ち悲鳴は止み、男は気を失ってしまう。

 

 その光景に、ルクスの脳裏に過ぎるは一つの()()()。──水都で目にした、()()()()()。嫌な予感を振り払うように彼を背負うと、ルクスは急ぎ村の安置所へ向かった。




 失神した男を(かつ)ぎ、夜の村道(そんどう)を進むこと屡々(しばしば)。正門とは対極に位置する安置所──教会に辿り着いたルクスは、切迫した表情のままその扉を強く叩いた。


「村の司祭はいるか。いなければ誰でもいい、出てくれ」


 エスカ村の規模を(かんが)みてか簡素な礼拝施設として建てられた教会だったが、今はここを頼るしかない。やがて緩やかに扉が開かれると、祭服を纏った茶髪の聖職者が姿を現した。


「なんですか、この夜更けに」


「急患だ、村の薬師の場所を教えてくれ」


「……この村に薬師はいません。ひとまず、中へ」


 夜更けの来訪に聖職者は渋面を見せていたが……ルクスの言葉と背に負った男の姿を認めた途端、表情を一変させる。


 目を丸くさせた彼は踵を返すと、()くように教会の中へと招き入れた。



 聖職者に導かれるまま(ろう)が揺れる廊下を渡り、教会の一室へと(おもむ)く。病床(びょうしょう)だろうか、設けられた寝台に気を失った男を寝かせ、身体を冷やさないように布を掛ける。


 忽ち先刻のような辛苦の様相は波を引き、男の容態は穏やかな寝息と共に和らいでいった。


「今は眠っているようですが……目を覚ます気配はありません。明日、旅商人の方を訪ねてみましょう。薬を持っているかもしれません」


「助かった。……この男に見覚えは?」


「……彼はこの村の住人です。名はサヴァノ・ホイルス……正直に申しますと、少々()()()ではありました」


「厄介者?」


 村の厄介者。男が口にした言葉にルクスは思わず眉を(ひそ)め、怪訝な面持ちで聞き返す。


「はい。……元々気性の荒い人だったのですが、妻子を失ってからは一層暴力的になり……酒場での惹起(じゃっき)も茶飯事でした」


「自暴自棄か。妻子を失ったというのは? 死別か?」


「いいえ。愛想を尽かされて夜逃げされたと聞いています」


 (いわ)く、ホイルスは職を失い一家でこの村に移住してきたらしい。


 彼は働かずに清酒に溺れる日々を過ごし、妻子に手を上げることも少なくはなかったという。


「情けない話だな。帰ってくる者もいない訳だ」


「ええ……そうですね」


 ルクスはホイルスを見遣る。浅い眠りについているようで、然し目覚める気配が一向にない。


 ────やはり、水都で見た光景と同じだった。


「ホイルスの身に起きたのは、恐らく蛇神の祟りだ。これまで同じような症状が出た者はいたか?」


「いいえ、この村ではホイルスさんがはじめてですが……蛇神と言うのは? あのセルナ山の?」


「アンタも知っているのか」


「耳にした程度です。旅商人の方々が口にしておりましたので……まさか祟りが本当だったとは」


 男は右手で(あご)を触りながら、暫し思案に(ふけ)る。噂で耳にした程度で直に見るのは初めてだと言う彼だが……平静さを失ってはいなかった。聖職者と言う肩書は、どうやら伊達ではないらしい。


「……そうか。水都でもホイルスと同じような失神が相次いで起きた。とある商人によると、原因はそのセルナ山に眠る蛇神とやらが、戒獣と化して発している瘴気だと言っていた」


「しかし……戒獣化に……それに瘴気ですか。ヴィオラ村の民は無事なのでしょうか……」


 ヴィオラ村。ミナカが故郷だと語っていた村で、旅の目的地でもある。


 祟りは既にエスカ村まで及んでいる。ともすれば……蛇神の傍で暮らす彼らの安否は、尚闇の中にあった。


「さあな。商人もどこか錯乱していたが……。話を戻すが、祟りだとすればこの男もしばらく目を覚ますことはないだろう」


「そうですか……しかし守り神たる蛇神が戒獣化とは……どうにも何かよくない予兆のように感じてしまいますね」


 聖職者は目を伏せる。不安や焦燥……勇者の死をはじめ、何かが崩れ始めていると、そう思わざるを得なかった。


「……聞き忘れていたな。アンタ、名前は?」


「エスカ村の司祭をしているローチェと言います。あなたは?」


 どう返したものか、ルクスは僅かに黙考する。端的に名だけを告げることもできたが、ミナカのこともある。ここは素直に打ち明け、彼女と共に改めて訪ねる方が賢明だろう。


「……ミナカ・アイリーンの護衛をしてるルクスだ。明日の朝、彼女と一緒にまたここへ来る」


「なんと、勇者ミナカ様の……そうでしたか。わかりました、ルクスさん。……ディーリア。また明日、お待ちしております」


 ミナカの名にローチェが声を大きくすることはなかったが、流石の彼もその目に走る驚愕は隠し切れていなかった。


 宿に戻る間際、ルクスはホイルスを一瞥する。呻き声を発していた時の苦悶は影を潜め、彼は静かな眠りに就いていた。まるで一切の不安から解放されたように──平穏だけが、そこにあった。









次回の更新は1月23日の21時を予定しています。


☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ