第二話 旅路‐⑩
【お詫び】
本日21時の更新ですが、原稿が追い付かず投稿を明日の21時に変更させていただきます。
直前でのご連絡になり申し訳ございませんが、お待ちいただけますと幸いです。
(1月19日20:50)
パナケア園を発ってしばらく。太陽が沈みゆく茜色の空を駆けながら、ルクスとミナカの二人は羽を休められる場所を探していた。
やがて上空より眼下に捉えたのは、拓けた街道沿いにひっそりと佇む十数名規模の小さな農村。田畑が点在し、実った野菜が瑞々しい緑を演出している。
「これ以上は日が沈むと支障が出る。今日はここで休む」
「うん、わかった。でも……こんなところに村なんてあったかな……」
ルクスは祈術の風を弱め、ミナカを一瞥する。彼女は巡礼の際に多くの村を訪れたと言っていた。一定の栄えた中規模の街なら覚えているだろうが、人気の少ないこの村を覚えていないのも無理はない。
「巡礼ではこの辺りにも寄ったのか」
「そのはずなんだけど……そもそも、ここに村があったのかも朧気で……」
「……小さな農村だ。忘れていてもおかしくはない」
「うーん……うん、そうだね。それにもう覚えたもんね」
「安心しろ。その調子なら、どうせすぐ忘れる」
「もうっ! うるさいなぁ、ルクスくんは」
いじけたような少女の声が、黄昏の夕日に溶け込む。
そうして他愛もない言葉を交わしながら緩やかに高度を落とし、停泊場所を探しながら降下していった。
付近にアトロを停泊させ、二人は村の正門へと向かった。看板にエスカ村と記されたそこは、長閑な農村らしく畑が広がる一方で、街道沿いの立地故か旅商人の姿も見受けられている。
「はぁ~~空気が美味しいね~~気分も落ち着くなぁ~~」
「商人が多いな。……水都に近いからか、騎士もいないな」
「わわっ、そうだった……見つからないようにしないとっ!」
そうミナカが帽子を目深に被り直していると、動物の鳴き声が耳に届く。家畜だろうか──視線を向けた先では、動物たちを飼い主が宥めていた。
「ねっ、見て見てルクスくん、動物さんだよっ!」
「見つからないようにするんじゃなかったのか」
「むぅ~~~」
そそくさと先を行くルクスを後目に、動物と飼い主へ手を振るミナカ。
そんな穏やかな空気で満ちた村の中を散策した後、二人は宿屋へと足を運んで行った。
村人に道を尋ねたところ、どうやら宿はこの村に一軒しかないらしい。そして案内された先に建っていたのは、遠目にも目立つ立派な木造宿だった。
二人がそのまま戸を押して入ると、朱色の絨毯と燭台の蠟によって暖かな雰囲気が運ばれてくる。穏和な視線を感じた先──宿の受付には藍色の髪をした少女が立っていた。
「こんばんわ。おひとり様で一泊一部屋三千ユーノ、ご一緒で五千ユーノになります」
「一泊二部屋で頼む」
「かしこまりました。どうぞ、お部屋は二階になります」
ルクスが懐から聖貨を取り出し、淡泊にも受付を済ませて宿屋のから鍵を受け取る。
片一方をミナカへ手渡すと、そのまま二人は並んで二階へと上がっていく。
「二部屋空いてて良かったね」
「そうだな」
「あれ? 一緒が良かった?」
「馬鹿言うな。一息ついたら食事にしよう」
「えへへっ。うん、わかった」
先に隣室へ入り、何やら部屋の香りに燥ぐミナカを横目に、ルクスは自室の鍵を開けて中へ入る。
仄かな香木の匂いが漂う室内には、整えられた寝具と最低限の備品が置かれているのみだったが、旅の疲れを癒やすには十分だった。
ひと息つくほどの休憩を挟み、ルクスとミナカは食事を求めて一階へ降りていた。
宿には商人と思しき客が多く、往来の拠点として使われている様子が窺える。受付には先ほどと変わらず、藍色の髪の少女が静かに立っていた。
「食事は宿で頼めるのか」
「はい、ご用意できます。少々お待ちください……」
遠くから「お母さん、お食事二名様だって!」と少女の声が聞こえてくる。程なくして彼女はこちらへ戻ってくると、二人を奥の酒場へ促した。
「どうぞ、横の通路から突き当たりを右に曲がった部屋です。お食事処は酒場と共有になっていますが、宿泊される方は個室になっていますのでご安心ください」
「ありがとね。ルクスくん、個室だって」
「ああ、助かる」
極力人目を避けたい二人にとって、個室の提供は願ってもない話だ。
どこか余所余所しくはあったが……ルクスたちの感謝の言葉を受け、深くお辞儀をする少女だった。
二人は案内された個室の食卓に向かい合って腰を下ろすと、慌ただしい足取りの女性が入ってくる。エスカ村唯一の宿屋、そして酒場を切り盛りする女将その人だ。
彼女はルクスたちの顔を順に見渡し、再度ミナカの顔に視線を戻して仰天する。最早見慣れたものだが──この反応を後何度見せられるんだと、密かにルクスは溜息を吐いた。
「はいはいいらっしゃい、お二人ね……っておやまっ! あんた、ミナカ様じゃないかい!? どうしてこんな農村に!?」
「あはは……こんばんわ。実は蛇神さまに用があって……その旅の途中なんです」
「蛇神? 蛇神っていやぁアンタの故郷の近くじゃないかい?」
「……とりあえず食事を頼めるか」
話が長くなりそうだとルクスが注文を促すと、はっとした女将は額に冷汗を滲ませる。
一方でミナカは不満げに彼を一瞥する。水を差すなとでも言いたげな視線だった。
「あ、あぁ……すまないね。驚いちまって。料理は何にする?」
「全然っ! 気にしないでください、この人口悪いんで。……っと、あの、エスカ村のお料理とかってありますか?」
「あるよ、あるあるっ! ここは農村だからね、採れたての新鮮野菜が売りでねぇ……特にあたしが好きなのは灰芋と牧牛肉の石焼だね! くり抜いた芋の中に牧牛肉を詰め込んだ逸品だよ!」
片目を閉じて自信げにとんと胸を叩く女将。灰芋は地天の祈術によって生み出した培養土に炭を加えて育てたものだと言う。エナを受けた影響か、皮の色が灰色になることから灰芋と名付けられていた。
「わぁ……美味しそう! わたしはそれで!」
「あいよ! お付きの兄さんはどうするんだい?」
「……同じのでいい。それから清酒を一杯頼む。都合いくらだ」
「石焼が二千ユーノ、清酒一杯五百ユーノさね」
「え? 飲むの? じゃ、わたしもっ!」
すっとミナカが右手を挙げて便乗する。どうやら可憐な見た目に反して、酒もそれなりに嗜むらしい。
「それぞれ二人前ね! 少し時間貰うから、適当にくつろいでておくれ」
そう言って注文を取り終えた店主が厨房へ下がるや否や、ミナカは身を乗り出し、向かいのルクスへ顔を近づける。
「操縦、大丈夫?」
「一杯程度なら明日には酔いも覚めてる。それより、アンタが飲むのは意外だな」
「お酒、そこまで強くないんだけどね。折角の機会だし、ルクスくんが飲むならわたしもって」
視線を逸らしながら打ち明ける彼女だが、ルクスとて決して酒に強いわけではない。
ただ──故郷失い、リリタナ村に身を潜めていた頃。キリルから酒の味と言うものを教え込まれ、望郷に浸る時、酒を口する癖ができていた。それだけの話だった。
「酔い潰れるなよ。部屋まで運ぶのは御免だ」
「いま、想像した?」
「何の話だ」
「……えっち」
「はぁ……いつか飲んだ酒が抜けてないなら、薬師に診てもらったほうが良いんじゃないか」
自らの身体を抱いて睨みつけるミナカに、ルクスは呆れを滲ませ肩を竦める。
しかし。そんな二人の口元には、笑みが浮かんだままだった。
暫し他愛のない言葉を交わしていると、個室の扉が勢いよく開かれ、配膳台を押した女将が姿を見せた。どうやら料理が出来上がったらしく、配膳台には綺麗に飾られた料理が乗せられていた。
「はいお待ちどうさんっ! たんと召し上がってくれ」
それぞれの前に料理が置かれ、立ち昇る芳醇な香りが二人の鼻先をくすぐる。
火成岩の食器には直火で焼かれた輪切りの灰芋が豪快に盛られており、食指を刺激する牧牛肉が姿を覗かせている。飾り付けとして、器の脇にはエスカ村産の新鮮野菜が彩りを添えていた。
「わぁ……! とっても美味しそう……! さっそくいただきますねっ!」
「自慢の逸品だ、きっと気に入るよっ! ミナカ様のお口にもきっと合うさねっ!」
満面の笑みで女将が去っていくと、ミナカは静かに祈りを捧げて肉叉を手に取る。
香しい匂いに気を取られていたのか、無言のままだったルクスもそっと料理へ手を伸ばした。
「ん〜〜〜っ! とっても美味しいね、これっ!」
「……確かに美味いな」
二人は同様に灰芋と牧牛肉の石焼を口に運び、歯応えの残る灰芋と噛むほどに溢れる牧牛肉の旨味に、自然と清酒が進んだ。
こちらも灰芋から作ったという粥を一口食べると……なるほど確かに。主菜を引き立てる味わいに、二人は満足そうに頷く。
「ふふっ……なんか、不思議だね。昨日は君の手で死ぬつもりだったのに、こうして一緒にご飯を食べてるなんて」
「食事の時まで戦いの話か? そればっかりだな」
「むぅ……意地悪言うんだ?」
「冗談だ」
清酒のお陰か、彼女の影響か……ルクスの口調もいつしか和らいでいた。
穏やかな気配が、室内を満たしていく。
斯くして敵同士だった二人は──濃密な旅の初日、その終わりに歓談と美食を堪能したのだった。
次回の更新は1月19日の21時を予定しています。
☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。




