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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第一話 勇者‐⑥

 数刻後────。アルメインがサマル村の人集りに近付くと、その姿を視認した村の老人が驚愕の表情を露わにする。続けて老人は彼に話しかけるや否や、膝をついた合掌(がっしょう)と共に天を仰いだ。


「あ、ああ、貴方はアルメイン殿下ではありませんか! おお……ディーリア! これもリアスティーデ様のご加護……マーレ様のお導きに違いない!」


「邪魔をしてすまない。そちらにいる騎士と少し話がしたいんだが、構わないかい?」


「なんと! 救い主様は殿下ともお知り合いで!」


「まぁそんなところだ。だが……その救い主というのは?」


「ええ! 彼女たちは野蛮(やばん)な賊どもから村の民をお救い下さった、救い主様なのでございます!」


 隊の四人は一様に顔を見合わせる。老人が妄言を口にしている様子もない……どうやらこのお祭り騒ぎは、ミオメルとウルハが起因しているようだった。


──────────────────────


「救い主様、孫を助けていただきありがとうございました! この御恩はどう返せば……」


 教会前広場の中央にて。老婦人が深々と頭を下げて、聖教騎士に敬意と感謝の言葉を捧げていた。


 微かに声を震わせた彼女は、瞳に感無量の涙を浮かべている。


「そんなの良いよ良いよ、おばあちゃん! 当たり前のことをしただけだし。ね、ウルハ?」


「うっ、うん。……お婆さん、お気持ちだけ受け取っておきますね」


 ¨救い主¨──その呼び名に二人は少し恥じらいを見せる。ウルハが老婦人の真摯(しんし)な言葉に穏やかな笑顔で返し、ミオメルは人差し指で頬を掻きながら、照れ隠しに謙遜(けんそん)を口にしている。

 

 そんな(なご)やかに包まれた空気の中……アルメインは彼女たちへ声をかけた。


「やあ、ちょっといいかい? ミオメル・イルファンとウルハ・フールデイだね?」


「ん? 誰よあんた? って、その団服……聖教騎士団の人? ああ、セクトルの到着が遅いから駆り出されたってとこ? ご苦労様、案外早いのね」


 同じ団服に身を纏うアルメインたちに、合点がいった様子のミオメル。


 その(かたわ)らでは老婦人が身体を震わせており、友人の発言に怯え切った様子のウルハが彼女を苛める。


「な、なんと、貴方様は……!」


「ミ、ミオちゃん……! こ、この御方は、アルメイン・コーレルム殿下だよぉ……!」


「………………え」


 ミオメルの顔が、血の気を引くように……急激に青ざめていった。


──────────────────────


 喧騒の中、広場より二人を連れ出した一行は、宿屋に部屋を借りていた。


 一通りの自己紹介とコーレルム隊の説明を終えた後、メディス姉弟にマリベルへ事情説明と村までの誘導を、チルメリアとウルハに別の部屋での待機を命じ、アルメインはミオメルに聴取(ちょうしゅ)を行っていた。


「確認だけど……サマル村近辺の林道に大破したセクトルと三人の男性の死体があった。この件に君たちは関与していたかい?」


「もちろん。正義のミカタって感じでシュパパっと奴隷商たちを成敗してやったわ。あ、もしかして功労金でも貰えたりする?」


 ミオメルは華麗な槍(さば)きの身振りを披露すると、高揚した口調で前のめりになる。


 だが……楽観的な彼女に対して、アルメインの表情は険しくなる一方だった。


「……率直に聞くよ、ミオメル。なぜ奴隷商を殺したんだ」


「正確には奴隷商と、能なしのバカ二人ね」


 束ねた髪を(いじ)りながら飄々(ひょうひょう)と殺生を行ったことを語る彼女に、アルメインは呆然と言葉を失う。


 自分の隊に、自らの信条と乖離した人物がいることを……認識した瞬間だった。


「………………」


「ねぇ、王子さま。悪人を殺すのに理由がいるの?」


 微かに声音を低くさせたミオメルが問うと、アルメインは眉を顰める。


「僕には殺す必要性が見当たらない。その行為に、何の意味がある」


「そっかそっか。じゃあ拉致に遭った人たちは? どうなっても良かったんだ?」


「そうは言っていない! だが……殺しも違う。聖教の教理にもあるだろう、手を血で汚す行為には代償が伴うんだ」


「聖教の教理……うんうん、大事よね。ならどうしたら良かったわけ?」


 互いに譲ることなく、鋭い剣幕で語気を強め合う。


 右隣の部屋ではチルメリアが、そして扉の外ではウルハが聞き耳を立て、張り詰めた空気に冷汗を流していたが──当人たちが知る由もなかった。


「……捕縛し、騎士団に拘留させる。それで十分だ。後は聖教が裁く」


 ひとつ。アルメインは咳払いを挟むと、声音を落としてミオメルを(さと)す。隊長に(なら)い、また彼女も声音を落として、想いを吐き出した。


「けど。そうやって聖教が甘い制裁を加えたせいで……()()()()()()()()()()()()()()()


 胸を()くような激白に、アルメインの目が大きく目を見開かれる。

 そして……(こら)え切れない激情に肩を震わせた彼女は、怒声を吐き出した。


「聖教? 教理? 騎士団? 慎ましく生きて、数人の常駐騎士が殺されて、騎士団の助けも間に合わない時は大人しく死ねってこと? 先に聖教が……騎士団が……王子が囚人を処刑しておけば、ウルハは両親も故郷も失わずに済んだのよッ!」


 ミオメルは拳を強く握り締め、瞳には想いの雫を浮かべる。涙声で、彼女は続けた。


「偽善だか何だか知らないけど、現実見なよ。悪人に更生の余地はない。死ななきゃバカは治らない。だから王子さまも皇帝ヴェーザスを殺したんだよね? 違うの?」


 皇帝ヴェーザス。その言葉に、アルメインは表情を曇らせる。それは彼の──悔恨の烙印。


 救世戦争を境に、帝国は壊滅した。帝位を継承する者もおらず、帝国領に住まう多くの人々も各国へと散り、残るは聖教の統治下で暮らす一部の人々とセレニタスのみだった。


「……その通りだよ。何も違ってはない。だからこそ、過ちだったと思っている。たとえ相手が魔皇であったとしても……殺生は許してはいけなかった」


 アルメインは当時の情景を脳裏に浮かべ、唇を嚙み締める。救世戦争の頃、勇者は未熟だった。拝受した力に対して、行使しうる精神が欠如していた。


 宿した劫火を際限なく振るい続けた末に、帝都は廃都に……帝国は亡き国と等しくなった。

 

 あの日からずっと──勇者は囚われたままだった。


「僕はこの手で多くの人を炎の海に吞み込んだ。泣き叫び逃げ惑う民、崩落する帝都……皇帝の近衛だけではない。次々に人を絶命させた」


 今でも時折、床に就くと帝国民の号哭(ごうこく)が聞こえてくる。


 一瞬たりとも忘れたことはない。心の幹に刻まれた──深い傷と、赤の記憶。


「だというのに……! 数え切れない命を奪った僕はなぜ裁かれない? 王子だから? 勇者だから? そんなものは欺瞞でしかないんだッ!」


 祈術を発現するだけで簡単に人は死に至り、そんな祈術を行使することが(おぞ)ましいと感じた。


 自身の力に畏怖(いふ)し……戒めに殺生を禁じた。


「僕は……償うと決めた。僕が今ここに立っている意味。それは業を背負い過ちを正し、民を導くためだ。ミオメル……人の命を奪うことの意味を、よく考えてくれ」


 瞳を逸らすことのない真摯な返答に、ミオメルは言葉を詰まらせる。


 民を導くため……? 私は間違ってない。正しい行いをした。なのに……。


 これ以上の論争は(らち)が明かないと、呆れた様子で彼女はその席を立つ。


「はぁ……はいはい、わかりました。話はこれで終わりでいい? 今日はもう疲れちゃった」


「ああ。……それとミオメル、よく村の人を救ってくれた。ありがとう」


「……言うのが遅いっての。ウルハも疲れてるわ。聴取は明日にしてあげてよね」


 労いの言葉に僅かに心が揺れる。誤魔化すように愚痴を零し、部屋の扉を強く閉めた。

 

 

 ミオメルが部屋を出ると、扉で聞き耳を立てていたウルハと鉢合わせる。


 思わず溜息が漏れた彼女は、ぐすりと鼻水を吸い込み、右手で潤んだ瞳を拭い去った。


「……ウルハ」


「……ミオちゃん、あんまりアルメイン様に強く当たっちゃだめだよ」


 ウルハが両手でそっとミオメルの手を包むと、穏やかに温もりが伝播する。


 その感触に安堵を覚えたミオメルは、照れ隠しに彼女の頭を軽く拳骨で押さえた。


「なによぉ……! 盗み聞きは感心しないなぁ~、えいっ!」


「いっ、痛い痛いっ! わっ、私も、足引っ張らないように頑張るから!」


 突拍子もない言葉に、ミオメルは思わず手を放して目を(しばたた)かせる。


 やがて一瞬の静寂の後、彼女は慈愛を込めた微笑みを浮かべた。


「なーに言ってんのよ。馬が合わなくても食らいつくわ。里と……あんたのためにね」

 

 今度はミオメルがウルハの手を強く握る。


 二度と(うしな)わないために。二度と同じ想いをしないために。


 ウルハもまた……笑顔を添えて、その手を握り返した。




「はぁ……この先上手くやっていけるだろうか。カイザックに頼るのも気が引けてしまうな」


 苦悩の種に対して、心労を吐露するアルメイン。


 気分転換を兼ねて村の散策に出掛けようとしたところ、部屋の叩き金が鳴る。


 扉越しに聞こえてきたのは、チルメリアの声だった。


『私だけど』


「開いているよ」


 扉を開けて部屋に入ってきたチルメリアの表情は、どこか曇っていた。


 感情の起伏が表情に出にくい彼女だが、機微に聡いアルメインはすぐに変化を察し、陰鬱な表情から一転、笑顔でチルメリアを迎える。


「どうしたんだい?」


「その。さっきの、聞こえてたから」


「あはは……聞こえていたか。心配してきてくれたのかい?」


「うん」


 チルメリアが即答で、こくりと首を縦に振る。


 そんな幼気な彼女に、つくづく敵わないなと──アルメインは少しだけ甘えることにした。


「そうか、ありがとう。なら……少し外に出ないかい?」


「うん」


 愛らしい微笑みを向ける彼女は、誘いに対しても、即答だった。




 夕暮れ時のサマル村は、変わらずお祭り騒ぎが続いていた。

 祭儀に似た宴が開かれ笑顔が溢れる喧騒の中、二人は並んで寡黙に歩く。人込みを避けて村の一角にある展望塔に腰を落ち着かせると、教会前の広場で踊るように燃え上がる焚き火台を見つめた。


「みんな楽しそうだ」


「うん。……彼女たちが、守った笑顔」


 チルメリアの皮肉めいた言葉に、アルメインは思わず顔を綻ばせる。


 髭もじゃのおっさん、成敗! ──焚火の前では、セクトルに搭乗していた子供が、今日の二人の寸劇をしていた。微笑み眺める彼の表情はどこか儚げで──チルメリアは時折、このまま彼が遠くに行ってしまうのではないかと、喪失を感じてしまうことがあった。


「でも、それはそれ。アルの矜持を彼女たちに譲る必要はない」


「チル……そうだな。向き合って、言葉を交わしていかないとな」


 地平線の彼方に沈みゆく太陽を前に、チルメリアは座ったまま、隣の幼馴染に視線を向ける。


 夕焼けに染まる彼女の姿に、思わず見惚れるアルメイン。だが彼女は、どこか(いさ)めるように表情を硬くさせた。


「でも。女の子は泣かせちゃダメ」


「…………もう、泣かせないさ」


「うん」


 ──重なり合う、二つの陰。黄昏色に染まる空にはただ、幸せを謳歌する音が響き渡っていた。


ミオメルは正義感の非常に強い女の子です。

境遇が違えば、アルメインの思いに同調していたでしょう。


次回の更新も明日21時を予定しています。

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