表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
77/85

第二話 旅路‐⑦

 レディ・カレーナ・カムテュスタ。わたくしは公爵家の子として生を受け、父ヒュレッセン公の威信を(はずかし)めぬよう、高貴なる者の務めを果たすために歩んできた。


 だが、その思いとは裏腹に……公爵家内でのわたくしは、愛玩動物(あいがんどうぶつ)のような存在だった。皆は父と共に政界に身を置く長兄と次兄を(うやま)う一方、わたくしはただの可愛らしい小娘でしかなかった。


 きっとお父様も、わたくしには何も求めていない。そしてそれが、何よりも悔しかった。


 だから。水都を(けが)す悪しき者を征伐(せいばつ)し、秩序と平和を(もたら)す。そうすれば、きっと────。



 カレーナとシュダインの放った炎雷(えんらい)が、烈絶(れつぜつ)火勢(かせい)を帯びて直進する。リサーナは祈導書に手を滑らせるが……一瞬の油断が形勢を逆転させる種に繋がり、打ち消すには(わず)かに間に合わなかった。


「っ……! 避けきれない……! 『ボルグーレッ!』」


 刹那の逡巡(しゅんじゅん)──防護の祈術で障壁を(まと)うも、炎渦(えんか)と稲妻の奔流(ほんりゅう)を前に()えなく打ち砕かれた。


 炎の海に呑まれたリサーナは後方へと吹き飛ばされ、即座に受け身を取ったが──視線を戻した先では、二人の追撃が待ち受けていた。


「シュダインッ! もう一度ですわッ!」


「あと一押し……お供致します、お嬢様っ!」


 両者の(てのひら)には────公爵家の誇りを(たた)えた祈りの結晶が、確かな形と()って顕現(けんげん)する。


「「『イグニートッ!』『ルシオラッ!』」」


 そして再度発現される──藤黄と銀朱に燃え盛る轟雷。空間一体を爛々(らんらん)と照らす弾丸は、ただ一人の標的を討つために、(うな)りを上げて飛翔した。


「っ──このままじゃ──っ!」


 (ひたい)から流れる冷汗に、眉を(ひそ)めて迫りくる祈術を臨む。この局面を凌ぎ切れるか……リサーナが再び祈導書に右手を滑らせた──その須臾(しゅゆ)に。


 鳴動と共に立ち現れた巨大な岩壁によって、炎雷は(さまた)げられることとなった。


『ナテラリアッ────!』


 地天の祈術によって屹立(きつりつ)した巨牢壁(きょろうへき)が、迫り来る炎雷を正面から受け止める。瞬く間に凄絶な衝撃波を響かせ、伯仲する激突に水都全体が震撼した。


 拡散する三色の眩い輝きが描き出す攻防に、リサーナは息を呑む。やがて──岩壁には大穴が穿たれていたが、それでも(なお)崩れ落ちることはなく防ぎ切ってみせた。


 そして。彼女の背後に立っていたのは──────。


「妙なことになってるわね。……あんたに加勢したのは間違いだった?」


「リサーナちゃん……! 大丈夫っ!?」


 白を基調とした、青の精緻(せいち)な刺繍の施された団服────リサーナの窮地(きゅうち)を救ったのはマーレ聖教会騎士団ブルズブルグ隊、そして彼女の元同僚であるミオメルとウルハだった。


「あなたたち……どうして…………」


 予想だにしない助太刀に大きく目を見開くリサーナ。だが、二人からすれば裏切りとも呼べる行為をしている自身の胸中は、決して穏やかなものではなかった。


「良いところでしたのに……聖教騎士が何の用事ですの?」


 岩槍を右手に携えたミオメルが、堂々と歩み出る。彼女はカレーナの問い掛けに(あご)でリサーナを指すと、くるりと岩槍を振り回し、地面へ石突を強く打ち鳴らす。


「はぁ……どうしようもないバカみたいだから教えてあげる。あんたたちが切っ先を向けてるこの女も、聖教騎士よ」


「なっ…………なんですって……?」


「聖教騎士……彼女が……!? ですが……!」


 カレーナとシュダインは、虚を突かれたようにを驚きを(あら)わにさせた。今まで刃を交えていた咎人を、この女は聖教騎士だと言う。


 団服こそを身に着けていない彼女だったが……祈導書を(たずさ)え、勇者と接点を持ち、この力量を思えば合点がいくのは確かだった。


「おっ……面白くない冗談ですわね」


「わ、私たちも事を荒立てたいわけじゃないんです……!」


「いいわよ? 嘘だと思うなら、騎士団の水都支部まで一緒に行きましょ。そこでじぃ~っくり名簿を確認してちょうだい?」


「これは……まずい状況です、お嬢様。相手が聖教騎士を名乗る以上、この先は────」


「いいえ、シュダイン。たとえ……たとえ聖教騎士だったとしても……看過することはできませんわ」


 眼前に立つリサーナを見据える。その瞳は僅かに揺らいでいたが──彼女にも、公爵家の令嬢として矜持があった。


 何より、当の本人が素性を一切明かさぬまま、不法に手を染めたことも事実なのだから。


「カレーナ……」


「聖教騎士であれば、弁明もなく大聖堂に潜り込むことが許されるとお思いになって? 水関港の規則を踏みにじっても、お咎めなしと仰るの? ……いいえ、違いますわ。(おきて)を護らない騎士に、秩序の守護者は務まるはずもありませんわっ!」


 ここで退くわけにはいかない。再び手鏡を突き出し──カレーナは高貴にも糾弾する。


 そんな彼らにまた、ミオメルとウルハも応戦の構えを取った。


「はぁ……結局こうなるってわけ。……リサーナ。あんたにもきっちり話してもらうから」


「……ええ、わかったわ」


「ミオちゃん……ほ、本当に戦うの?」


「仕方ないじゃない、売られた喧嘩は……買わないとねっ! 『ナテラッ!』」


「っ────お嬢様!」「合わせますわよ、シュダインッ!」


 先手を切ったミオメルが疾駆(しっく)と共に祈術を発現させ、瞬く間に琥珀の輝きが放たれる。創り出された岩石の斜塔を跳躍し、旋転。岩槍を強く握り締め、起こすは──一条の光線による終結を。


 呼応するようにカレーナとシュダインも祈術による迎撃を図る。藤黄と銀朱が重なる刹那──ミオメルへ狙いを定め、エナを解き放った。


「「『イグニートッ!』『ルシオラッ!』」」


「はぁあああああああああああっ!」


 渾身の投擲(とうてき)によって放たれ、光線と化した岩槍を──カムテュスタの炎雷が正面から迎え撃つ。


 互いの正義を紡いだ祈りが、今まさに衝突せんとした────()()()


「ま、待って……! 何か来るよ……!」


「ミオメルさん、下がりなさい! あれは……!」


「えっ────ちょっ、何!?」


 暗雲閃光(あんうんせんこう)──黒く、暗く……渦を巻いた暗雲の中心より。


 黄金に(きら)めく、ひと筋の光雷が降り注いだ。


 炎雷、岩槍、一切合切その総てを────抗う術もなく、搔き消して。


「げほっ、げほっ……シュ、シュダイン、一体何が……!」


「お嬢様……! 大事ございませんかっ!」


 (ほとば)る衝撃波が身動きを許さず、一帯を沈黙が支配する。


 ()()()。対峙する者たちの狭間(はざま)に、大穴の焦土を生み出して──その者は颯爽(さっそう)と降り立った。


「────はいはいお前さんたち、そこまでにしてちょーだいよっとっ」


「えっ……!?」「あ、あいつ……!」「……オイゲン」


「あ、あの御方は……バベルの七騎士、エルゴ公オイゲン・ブルズブルグ……!」


 マーレ聖教会騎士団の団服を(ひるがえ)し、男は乾いた笑みを零す。


 鉄弓を携え、胸元で七騎士勲章が威光を放つ──彼の者は。


 フルズブルグ特務隊隊長、エルゴ公オイゲン・フルズブルグその人であった。


次回の更新は1月10日の21時を予定しています。


☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ