第二話 旅路‐⑦
レディ・カレーナ・カムテュスタ。わたくしは公爵家の子として生を受け、父ヒュレッセン公の威信を辱めぬよう、高貴なる者の務めを果たすために歩んできた。
だが、その思いとは裏腹に……公爵家内でのわたくしは、愛玩動物のような存在だった。皆は父と共に政界に身を置く長兄と次兄を敬う一方、わたくしはただの可愛らしい小娘でしかなかった。
きっとお父様も、わたくしには何も求めていない。そしてそれが、何よりも悔しかった。
だから。水都を穢す悪しき者を征伐し、秩序と平和を齎す。そうすれば、きっと────。
カレーナとシュダインの放った炎雷が、烈絶な火勢を帯びて直進する。リサーナは祈導書に手を滑らせるが……一瞬の油断が形勢を逆転させる種に繋がり、打ち消すには僅かに間に合わなかった。
「っ……! 避けきれない……! 『ボルグーレッ!』」
刹那の逡巡──防護の祈術で障壁を纏うも、炎渦と稲妻の奔流を前に敢えなく打ち砕かれた。
炎の海に呑まれたリサーナは後方へと吹き飛ばされ、即座に受け身を取ったが──視線を戻した先では、二人の追撃が待ち受けていた。
「シュダインッ! もう一度ですわッ!」
「あと一押し……お供致します、お嬢様っ!」
両者の掌には────公爵家の誇りを湛えた祈りの結晶が、確かな形と成って顕現する。
「「『イグニートッ!』『ルシオラッ!』」」
そして再度発現される──藤黄と銀朱に燃え盛る轟雷。空間一体を爛々と照らす弾丸は、ただ一人の標的を討つために、唸りを上げて飛翔した。
「っ──このままじゃ──っ!」
額から流れる冷汗に、眉を顰めて迫りくる祈術を臨む。この局面を凌ぎ切れるか……リサーナが再び祈導書に右手を滑らせた──その須臾に。
鳴動と共に立ち現れた巨大な岩壁によって、炎雷は妨げられることとなった。
『ナテラリアッ────!』
地天の祈術によって屹立した巨牢壁が、迫り来る炎雷を正面から受け止める。瞬く間に凄絶な衝撃波を響かせ、伯仲する激突に水都全体が震撼した。
拡散する三色の眩い輝きが描き出す攻防に、リサーナは息を呑む。やがて──岩壁には大穴が穿たれていたが、それでも尚崩れ落ちることはなく防ぎ切ってみせた。
そして。彼女の背後に立っていたのは──────。
「妙なことになってるわね。……あんたに加勢したのは間違いだった?」
「リサーナちゃん……! 大丈夫っ!?」
白を基調とした、青の精緻な刺繍の施された団服────リサーナの窮地を救ったのはマーレ聖教会騎士団ブルズブルグ隊、そして彼女の元同僚であるミオメルとウルハだった。
「あなたたち……どうして…………」
予想だにしない助太刀に大きく目を見開くリサーナ。だが、二人からすれば裏切りとも呼べる行為をしている自身の胸中は、決して穏やかなものではなかった。
「良いところでしたのに……聖教騎士が何の用事ですの?」
岩槍を右手に携えたミオメルが、堂々と歩み出る。彼女はカレーナの問い掛けに顎でリサーナを指すと、くるりと岩槍を振り回し、地面へ石突を強く打ち鳴らす。
「はぁ……どうしようもないバカみたいだから教えてあげる。あんたたちが切っ先を向けてるこの女も、聖教騎士よ」
「なっ…………なんですって……?」
「聖教騎士……彼女が……!? ですが……!」
カレーナとシュダインは、虚を突かれたようにを驚きを露わにさせた。今まで刃を交えていた咎人を、この女は聖教騎士だと言う。
団服こそを身に着けていない彼女だったが……祈導書を携え、勇者と接点を持ち、この力量を思えば合点がいくのは確かだった。
「おっ……面白くない冗談ですわね」
「わ、私たちも事を荒立てたいわけじゃないんです……!」
「いいわよ? 嘘だと思うなら、騎士団の水都支部まで一緒に行きましょ。そこでじぃ~っくり名簿を確認してちょうだい?」
「これは……まずい状況です、お嬢様。相手が聖教騎士を名乗る以上、この先は────」
「いいえ、シュダイン。たとえ……たとえ聖教騎士だったとしても……看過することはできませんわ」
眼前に立つリサーナを見据える。その瞳は僅かに揺らいでいたが──彼女にも、公爵家の令嬢として矜持があった。
何より、当の本人が素性を一切明かさぬまま、不法に手を染めたことも事実なのだから。
「カレーナ……」
「聖教騎士であれば、弁明もなく大聖堂に潜り込むことが許されるとお思いになって? 水関港の規則を踏みにじっても、お咎めなしと仰るの? ……いいえ、違いますわ。掟を護らない騎士に、秩序の守護者は務まるはずもありませんわっ!」
ここで退くわけにはいかない。再び手鏡を突き出し──カレーナは高貴にも糾弾する。
そんな彼らにまた、ミオメルとウルハも応戦の構えを取った。
「はぁ……結局こうなるってわけ。……リサーナ。あんたにもきっちり話してもらうから」
「……ええ、わかったわ」
「ミオちゃん……ほ、本当に戦うの?」
「仕方ないじゃない、売られた喧嘩は……買わないとねっ! 『ナテラッ!』」
「っ────お嬢様!」「合わせますわよ、シュダインッ!」
先手を切ったミオメルが疾駆と共に祈術を発現させ、瞬く間に琥珀の輝きが放たれる。創り出された岩石の斜塔を跳躍し、旋転。岩槍を強く握り締め、起こすは──一条の光線による終結を。
呼応するようにカレーナとシュダインも祈術による迎撃を図る。藤黄と銀朱が重なる刹那──ミオメルへ狙いを定め、エナを解き放った。
「「『イグニートッ!』『ルシオラッ!』」」
「はぁあああああああああああっ!」
渾身の投擲によって放たれ、光線と化した岩槍を──カムテュスタの炎雷が正面から迎え撃つ。
互いの正義を紡いだ祈りが、今まさに衝突せんとした────その時。
「ま、待って……! 何か来るよ……!」
「ミオメルさん、下がりなさい! あれは……!」
「えっ────ちょっ、何!?」
暗雲閃光──黒く、暗く……渦を巻いた暗雲の中心より。
黄金に煌めく、ひと筋の光雷が降り注いだ。
炎雷、岩槍、一切合切その総てを────抗う術もなく、搔き消して。
「げほっ、げほっ……シュ、シュダイン、一体何が……!」
「お嬢様……! 大事ございませんかっ!」
迸る衝撃波が身動きを許さず、一帯を沈黙が支配する。
そして。対峙する者たちの狭間に、大穴の焦土を生み出して──その者は颯爽と降り立った。
「────はいはいお前さんたち、そこまでにしてちょーだいよっとっ」
「えっ……!?」「あ、あいつ……!」「……オイゲン」
「あ、あの御方は……バベルの七騎士、エルゴ公オイゲン・ブルズブルグ……!」
マーレ聖教会騎士団の団服を翻し、男は乾いた笑みを零す。
鉄弓を携え、胸元で七騎士勲章が威光を放つ──彼の者は。
フルズブルグ特務隊隊長、エルゴ公オイゲン・フルズブルグその人であった。
次回の更新は1月10日の21時を予定しています。
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