第二話 旅路‐⑤
遡ること、僅か────水都レイオラ聖教騎士団支部では勇者ミナカが水都に滞在する間、ブルズブルグ隊には臨時の特務隊室が設けられていた。
普段は賓客室のためか、家具や装飾品が豪奢に置かれた広々としたその部屋では、現在暇を持て余したミオメルとウルハが長椅子に寝転び、束の間の寛ぎに身を委ねている。
「ふぁぁ……ふかふかで気持ちいいねぇ〜」
「ほんと、支給されたご飯もご馳走ばかりだったし。この待遇でミナカ様を連れて聖都に帰るだけなんて、ちょっと役得ね〜。…………でも……」
「……カイナさんと、リサーナちゃんのこと、心配だね……」
「ええ。あの二人が何を考えてるのか……それに……」
「……? それに?」
オイゲンから二人のことは事前に聞かされていたが、ミオメルはカイナと再会した件を伏せたままだった。彼の懇願の言葉が、今も胸の奥で消えずに響いている。
そして彼が口にした理由も、彼が聖教への敵対を告げたことも。その真意まだ、掴めないままだ。
「あぁ〜やめやめっ! 湿っぽい話しても仕方ないわよ!」
「う、うん。そうだよね……」
そんな時、不意に叩き金が鳴り、程なくして特務隊長のオイゲンが部屋へ姿を見せる。
慌てて身体を起こした二人は、せめてノックの返事は待って欲しいものだと、冷ややかな視線を向けた。
「やぁやぁまずいことになっちゃったよぉ〜。三人とも、いるかな?」
「あんた……よく女子だけの隊員の部屋にズケズケと入ってこれるわね。着替えの最中だったらどうすんのよ!」
「そりゃ僕、隊長だし? バベルの七騎士だし? 隊員の着替えくらい……」
「はぁ……一回死んだほうが良いわよ、あんた」
「え、ええと……今はチルちゃんが出掛けています」
「むむっ、チルメリアくんかぁ……参ったなぁ……困ったなぁ……いや、二人だけでも動いてもらおうか」
オイゲンは部屋中をぐるりと歩き回り、顎に手を添えたまま俯いている。
普段から感情の読めない男ではあるが、今日はどこか殊更に芝居がかって見えた。
「何よ。何かあったわけ?」
「おお、聞いてくれるかい? 動いてくれるかい? ああ……実は……今朝からミナカ様の姿が見えないみたいでね……」
「なっ……!?」「ミ、ミナカ様が……!?」
「そうなんだ……昨夜もどこか抜け出していたようだけど、確かに就寝は大聖堂でされていたと情報が入っていてね。恐らく姿を消したのは早朝だろうねぇ……」
目を丸くするミオメルだったが、ふと嫌な悪寒が走る。
昨日偶然にも再会した──かつての仲間。彼が放った、勇者への殺意。それが真なら……。
「なんで……今なのよ……」
「ミナカ様ご自身でどこかに向かわれた可能性もあるけど……彼女の性格からして、それは低いと見てるね。そんでもって、今回護衛を任されていた僕らに捜索協力の要請が入ったのさ」
「つ、つまり……ミナカ様は何者かに連れ去られた、ということですか?」
「あまり喜ばしいことではないけど、聖教と騎士団はその考えで一致してるね。……とは言えミナカ様も実力者だ。そう易々と捕まることもないと思うんだ」
「まさか……あいつ……!」
「ちょ、ちょっとミオちゃん、どこ行くの!?」
ウルハの言葉に、ミオメルの表情が僅かに揺れた。眉を寄せた彼女は、弾かれるように外へと走り出す。
その背を追う呼び声が掛かるが、足は止まらない。曖昧ではない──もうその胸には、確信が芽生えていた。
「港よッ! 入出港記録を確認するわッ!」
「おや、心当たりがあるのかい、ミオメルくん? 頼もしい限りだが……ならば急いぎたまえよっ!」
「言われなくても……っ! あと、その呼び方、気持ち悪いからっ!」
「グサッ……!」
走り去る背に煽るような声を投げたオイゲンは、彼女の竹箆返しに表情を歪める。
彼は胸を刺されたかのように大仰な素振りを見せた後、ウルハに視線を移した。
「……あ〜っと、それからウルハくんも。ミオメルくんに付いてあげな〜」
「わ、わかりました……! い、行ってきますっ!」
「はいはい、行ってらっしゃい〜い。はぁ……ミオメルくんはいつも手厳しいねぇ~」
間を置いて、オイゲンが独り項垂れる部屋に叩き金が鳴り、一人の女性団員が報告にあがる。
『失礼します、ブルズブルグ隊長はいらっしゃいますでしょうか』
「ああ……いるよ〜……入ってきていいよ〜」
本心か演技か、オイゲンは気分と声音を落とした返事で承諾する。
程なく折り目正しく団服を着こなした団員が、機敏な所作で室内に姿を見せた。
「ミナカ・アイリーン様の件でご報告にあがりました……って、どうかされましたか?」
「ああ……うん、その……僕って気持ち悪いかな?」
「…………はい?」
水都の人波を掻き分け、只管に駆けることしばらく。ミオメルとウルハは、水関港ヴィクスフォートに足を運んでいた。
彼女たちの切迫した様子に旅客が怪訝な視線を向けるが、二人は息を整える間もなく、受付所へ押しかけた。
「聖教騎士よッ! すぐに入出港履歴を見せてッ!」
「き、騎士さまっ!? どうかされたのですか!?」
「いいからッ! はやくッ!」
「は、はい……!」
気圧された受付の船員は慌てて帳簿を取り出し、ミオメルへと差し出す。彼女は手渡された帳簿を乱雑に捲り、今朝の出港の記録に目を通すが、やはりミナカ・アイリーンの名前はない。
だが、代わりに────────。
「……やっぱり」
「こ、これ……! カ、カイナさんと、リサーナちゃん……!」
目を丸くするウルハの横では、ミオメルが目元を曇らせる。出港記録に記されていたのは、かつての仲間の名前。そして彼らは聖教騎士団内において、失踪中となっている者たちだ。
────────復讐だ。預言の勇者に対する……聖教に対する、復讐だ。
「はぁ……きっとミナカ様を連れ出したのはこの二人ね」
「ど、どういうこと、ミオちゃん……?」
「あいつには……カイナには、その理由があるのよ」
「り、理由……? 理由って……?」
「……一旦支部に戻るわよ。闇雲に探しても見つかるわけがない……なら、あいつらの手配書を用意するのが先」
「で、でも、一体どうやってミナカ様を……」
「わからない。……けど、絶対に……止めないと」
受付の船員に礼を言って帳簿を返すと、二人はオイゲンのもとへ向かう。その足取りは重く、それでいて力強いものだった。
港を立ち去る、その間際。不意にウルハが視線を街並みの一角へ向ける。刹那──彼女は息を呑み、目を大きく開けたままミオメルの肩を叩いた。
「ね、ねぇ、ミオちゃん、あれ……!」
ウルハが指を差した先。そこにあったのは、男女の二人組と……リサーナ・メディスの姿。
「っ……! なんでここに……! 追うわよウルハっ!」
「う、うん……!」
焦眉から駆け出した聖教騎士に、またしても行き交う人々は視線を向ける。
だが彼女たちはその一切を受け流し、募る想いを脚に込めるのだった。
年末は少しお休みをいただきます。
そのため、次回の更新は1月4日21時を予定しています。
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