第二話 旅路‐③
用語の名称を下記の通り変更しています。
旧「キルケーの夜」
新「ラメイアの夜」
疲労からか、或いは傷が痛むのか……ヨルノは少し眠ると言い、床に就いた。
そっと部屋を後にした二人だったが、ミナカも気分転換に散歩に出ると言い残し、ルクスは一人孤児院前の草原に足を運ぶ。
秋風が心地よく頬を撫でる丘陵の草原では、数人の子供たちが愉快そうに遊んでいた。
「トトにいちゃん、アレやって!」
「はいはい……ちょっと待ってな」
年長者だろうか。彼らの中でも背丈の高い少年が前に出ると、右手を翳して祈術陣を展開する。
「危ないからみんな退いてろよっ! ……『ナテラっ!』」
眩い琥珀色の陣から地天の祈術が発現され、創り出された岩石が形を成し、程なく長方形をした石造りの水槽へと姿を変えた。
その水槽に嬉々とした様子の子供たちは、縁から伸びた階段を伝い、服を脱ぎ捨てて次々に水槽の中へ駆け込んでいく。
「すごいすごいっ! さすがトトにいちゃんっ! ありがとうっ! ……じゃあ、あとはお水を……」「うん……!」「いくよ……!」
『『『ラクリマッ!』』』
三人の子供が息を合わせて氷海の祈術を発現させると、澄んだ冷水が一気に水槽へ流れ込み、擦り切り一杯まで満たしていく。
やがて祈術の放水が止むと、子供たちは笑顔を咲かせ、はしゃぎながら水遊びを始めた。
そんな光景にルクスが穏やかな視線を送る中──ふと横を見ると、先ほど水槽を創り上げた細身の少年が立っていた。
「ルクス……さんで合ってるっすか。僕は、トトっす」
彼はルクスの隣に腰を下ろし、同様に……それでいて少し異なった眼差しで、パナケア園の子供たちを見詰める。
「ああ。トトは入らないのか」
「もう、そんな歳でもないので。……それより、先生との話を耳にしたっす」
「……耳聡いな」
トトと名乗った少年は蹲るように両手で両足を前に組むと、暗い面持ちでルクスへ視線を向ける。
「偶然、先生の様子を見に行こうとしてたんっす。……それで、パナケア園のこと……聞いたっす」
「……トト。子供は何も心配しなくていい。これはヨルノ自身の問題だ」
そういうことか、と諭すように言葉を連ねたルクスに、トトは僅かに目元を曇らせる。
一瞬の沈黙の後……力強く拳を握り締め、吐き出すように胸の内を述懐した。
「でも……! 僕は……育ててくれた先生に報いたいんっす!」
「なになに? なんの話してるの?」
感情をぶつけるようなトトの声に引き寄せられ、散歩から戻ったミナカが会話の輪に加わる。にこやかな彼女に話が拗れそうだと察したルクスは、溜息混じりに肩を竦めた。
一方でトトはミナカに振り向くと、何かを閃いたように目を見開く。次の瞬間には勢いよく立ち上がり、彼女のもとへと至近距離まで詰め寄っていた。
「ミナカ様! 僕を弟子にしてほしいっス!」
「ええっ!? で、弟子!?」
「はいっ! 僕が……僕が役に立てれば先生も、パナケア園だって……!」
パナケア園──その言葉を聞いてミナカは状況を理解する。目の前に立つトトの揺れる眼差しに映るは、まだ幼い彼に不相応な憂い。
きっとヨルノとの話を聞いて、年長者である自分が何とかしようと……そうして不安を押し隠しているのだろう。
「えっ!? あ……そっか……お話、聞かれちゃってたんだね……。でも、弟子は難しいかも、あはは……。わたし、ずっとここにいるわけじゃないから」
「そう、ですか……そうですよね、ごめんなさいっす……」
「ううん。わたしの方こそ、ごめんね」
俯くトトに、ミナカはそれ以上の言葉を掛けられなかった。
己にも果たすべきことがある。けれど彼を……そして子供たちを不安にさせたくないのは、ミナカも同じだった。
「……いいか、トト。現実はそう甘くはない。子供一人の手で簡単に事が運ぶなら、ヨルノは苦悩しない」
「ルクスくん…………」
唇を噛み締め目を伏せるヨルノの姿に、ルクスはかつての自身を重ねる。境遇は異なれど、故郷や恩師の力になりたいと思っていた。だが……現実は子供の身体一つでできることなど、限られていた。
「でも…………! 僕だって先生の力になりたい……! そう思うのはおかしい事じゃないはずっす!」
「そうだな。けど、それは大人になってから恩を返してやれ。今はまだ、先生に甘えていろ」
「じゃあ…………パナケア園はどうなるんっすか……!」
「……わからない。だからこそ、残る限られた時間を大切にして、あの子たちと遊んでやれ。それが子供の性分だ」
和気藹々と無邪気に燥ぐ子供たちの姿を前に、トトの瞳は次第に潤んでいく。もしパナケア園が失われれば──この笑顔も、居場所も。総てが奪われてしまう。
養子に迎えられることもなく、他の孤児院へ引き取られることもなければ。その先に待つ結末がどれ程残酷なものか──考えるまでもなかった。
「僕は孤児院の中では年長者っす……もう、その立場には……」
「そうだよ。君も孤児院の子ども。だからね、きっとヨルノさんも君を守りたい。君が安心して、健やかに育ってくれるように」
「………………」
「トトにいちゃ〜んっ! はやくきて〜っ!」「トトにい、また口からお水がでるぞうさんつくって!」
草原から自身を呼ぶ声に、トトの瞳が揺らぐ。彼らにとって自分は年長者であり、家族だった。
本心では分かっている。今、自分がパナケア園で選べる役割は多くない。兄として出来ることは……最後まで寄り添うことだと。
「ほらトト、呼んでるぞ。行ってやれ」
「でも…………っ!」
「トトくん。ねっ?」
「……わかったっす。……はぁ、今行くよっ!」
堂々巡りの果てに、トトは静かに腰を上げた。迷いは消えず、憂いは晴れない。それでも。
服を脱ぎ去り、水槽の階段を上がって──勢いよく、ひとっ飛び。大きな水飛沫が弾け、兄を待ち侘びていた子供たちが、一斉に彼へと群がった。
不安を押し隠すように浮かべたトトの笑顔は、どこかぎこちない。けれど彼を兄と慕う他の子供たちの表情は、一層華やかになる。
「トトにいちゃん、すごいっ! ばっしゃーんってなったよ!」「わぁ……トトにい、にじがでてるよっ!」
そうしてトトは、弟たちと戯れる。今は──これでいいのだと、そう言い聞かせて。
「わたしたちがしてあげられること、ホントにないのかな」
「………………」
「……ねぇ、子供のころに戻りたいって思うこと、ある?」
「ないな」
「そ、そっか……」
望んだ返答では無かったのか、ミナカはふっと肩を揺らし、小さく笑みを零す。
ぎこちない沈黙に会話を途切らせるのも忍びなく思え、ルクスは一拍置いて問い返した。
「アンタは戻りたいのか?」
「……ルクスくんから見て、わたしってどんな人? ……って、君に聞くことじゃないかな」
苦笑いをする彼女はすぅっと息を吐くと、大きく伸びをしてから語りだす。きっと彼女は、子供の頃の話を打ち明けたいのだろう。ルクスは耳を傾け、続きを待った。
「わたしね、普通の村娘だったんだ。あの子たちと同じ……普通の女の子だった。けどね、ある時力に目覚めて……それで突然勇者になったの。どう? 凄いでしょ! わたしもびっくり!」
ある時。それは誰もが知る、ラメイアの夜を指している。だが──勇者の誕生と同時に、数多の誘拐や虐殺が行われたその騒動は、人々にとって忌むべき記憶となって刻まれていた。
自嘲気味に失笑する彼女もきっと……当時のことは、あまり思い出したくないのかもしれない。
「ま、それはさておき。あの子たちを見てると昔の自分を思い出しちゃうな。懐かしくって……助けてあげたいって思っちゃう。幸せになってほしいって、思っちゃうの」
「なら、もし俺がアンタに敗れて死んだら、その後はここに身を置いたら良い。精一杯援助してやれ」
「…………なに、それ……。そんなことを聞きたいんじゃないよ。はぁ…………もういい。わたしまで滅入っちゃう。あーあ、話して損した〜」
彼女の珍しく怒気を孕んだ声音に、ルクスは思わず言葉を失った。
「ルクスくん。……君は、戦うことばっかりだね」
そんな蔑みを残してミナカはその場を立つと、子供たちの輪へと歩み寄っていった。
ルクスは彼女の背中を追うことはせず──ただ呆然と、笑顔を咲かせる彼女と子供たちを見詰め続ける。
「戦うことばかり、か……」
けど、それが俺にとっての生きる道だった。軽蔑されようが、罵られようが関係はない。理解も、求めてはいない。
普通の村娘だったアンタには……分かるはずもなかった。
それに──────どうせアンタは、俺が殺すんだ。
次回の更新は12月23日の21時を予定しています。
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