第二話 旅路‐②
丘陵に辿り着くと、見晴らしの良い草原の中ほどに一棟の立派な建物が建っていた。素材である木材はまだ明るい蜂蜜色を保ち、新しく建てられた様子が伺える。思色をした屋根は温もりを感じさせ、玄関前に掲げられた看板には"パナケア園"の名が刻まれていた。
程なくアトロを傍らに泊め、ルクスが男を抱えて降ろしたその時。建物の中から、子供たちが勢いよく飛び出してくる。
「おかえりなさい! ヨルノせんせー!」「せんせい、おかえり!」「せんせい、おやつ!」
「ただいま、みんな。痛っ……」
「みんな、しずかに! せんせ、けが、してる……?」
どうやら男の家と言うのは、このパナケア園と言う孤児院らしい。彼は子供たちにヨルノ先生と呼ばれ、繕った笑顔を浮かべた。だが走る痛みに耐えきれず、その表情を歪ませてしまう。
ヨルノの額には汗が滲み、子供たちの顔色は一変して心配の色に染まっていた。
「無理をするな。寝室まで運んでやる」
「だいじょうぶ、せんせ!?」「……この人だあれ?」「せんせ……! オイラ、かんびょうする!」
「ちょっと転んじゃっただけなんだ。この人は先生を助けてくれた恩人だよ。ごめんねみんな、先生は少し休むから、後でお話しようね」
お願いします、とヨルノがルークへ視線を送ると彼は黙って頷き、孤児院の二階にある私室へと運んでいく。
その様子に、先生の後を追うこともできず……子供たちはただ終始、不安な眼差しで見送るばかりだった。
「……こんなものか。しばらくして傷が痛むようなら、薬師を当たれ」
「ありがとうございます、助かりました」
ルクスは傷の手当てを終え、寝具で横になるヨルノの傍らに腰を下ろし、窓の外を眺める。
少し前に孤児院へ到着したミナカは、あっという間に子供たちの輪の中心になり、祈術で即興の曲芸を披露しては丘陵を駆け回っているらしい。
窓越しに届く子供たちの笑い声が、室内の空気を穏やかなもので満たしていた。
「アンタの名前、ヨルノって言うのか」
「ええ、そうです、ヨルノ・ルノーです。申し遅れてしまい、すみません」
「……カカ村の出身か?」
素性を問われた瞬間、ヨルノは大きく後退る。動揺を隠せず汗が伝い、声音を大きくさせた。
「なぜそれを……まさか、借金の片をつけに……!」
「落ち着け。タルム……アンタの父に会っただけだ」
「あ、そ、そうでしたか……すみません……父に、会ったんですね……」
冷静さを欠いたと、苦笑いを見せるヨルノだったが……明らかに引き攣った顔をしている。
「ああ。それにもしそうだとしたら、アンタを街道で助けることはしない。こっちはただの勇者の連れだ」
「………………」
「……タルムには少し前に世話になったんだ。その時、家を出た息子に頑張れと伝えてくれと頼まれていた」
父──生みの親の話を耳にすると、彼は緊張を解き……そして俯いた。
カカ村でのタルム同様、その様子から二人の間にはやはり溝があるのだとルクスは感じ取る。
「父が……そうですか」
「あのセクトルもダインに造ってもらったものだ。」
「どおりで……良いセクトルです」
「アンタの父親が造った船がなかったら、アンタの命は危なかった。偶然にしては出来過ぎだな」
ヨルノは痛みを堪え木窓に足を進めると、そこから見える景色に目を向ける。
子供たちの姿に、静謐な草原。視線の端に映る、先ほど自身も乗った小型艇──アトロを見詰め、溜息を吐く。
本当に洗練された……良い舟だと。
「…………僕は、父に反発して家を出たんです」
「だろうな。薄々、ダインの様子からそんな気はしてたが」
「鍛冶屋の跡継ぎとして決められた人生が……嫌だった。ある夜、父と口論になって我が身ひとつで村を出ました。その後、隣街でふと子供たちの姿が目に入ったんです。その子たちは楽しそうに遊んでいましたが、その脇では孤児の男の子が石畳に晒されていたんです。きっと同じように、世の中には捨てられた子や親を亡くした子もいる……そんな考えが、過ぎったんです」
「だから借金をして孤児院を建てた……か」
敷かれた道を歩くだけが人生じゃない。そうして親の意に背くように、ヨルノは家を飛び出した。
一方で、現実はそう上手く運ばない。先ほど彼が口走った言葉を鑑みるに、返済の催促がされているのだろう。ヨルノは、目を伏せながらもコクリと首を縦に振る。
「人助けを惜しまないと水都で有名な、ある公爵家のご令嬢から貸付という形で資金の援助をしてもらいました。彼女は孤児院のためならばと快諾してくれましたが、いざ返済が滞ると、滞納は許さないと……」
察するにその令嬢は、援助を惜しまないが約束を反故にする者は容赦はない。
もっとも、正しいのは彼女の方だ。悪く言えば融通が利かないが──相手は公爵貴族。由緒正しくあるが故、規則や誓約を重んじる家柄なのだろう。
「採算の当てもなく走るからだ。自業自得だな」
「ちょっと……! ルクスくんひどいっ! そんな言い方しなくても良いのにっ!」
話し声が聞こえていたのか、外から戻ってきたミナカは、むすっと眉を寄せたまま部屋へ入ってきた。
詰め寄る彼女の言葉に、ルクスは呆れたように肩を竦める。
「はぁ……。なら、ミナカが助けてやれ」
「わ、私も平民だから……そんなにお金は……あはは……」
勇者である以上、ミナカも多額の給金を受け取っているものだと考えていたが……どうやら実情はそう単純ではないらしい。
アルメインの財力は、王子という地位が与えたものだったのだろうか。そう推し量りかけ──ルクスは考えを止める。彼の顔が脳裏を過ぎり……僅かながら、自責にも似た想いが胸を刺した。
「……浄財を募る手もある。アンタが声を掛ければすぐに返済できるはずだ」
「そうだ、その手があった……! ねっ、ヨルノさん、そうしようよ!」
「それは……。こんな状況にも関わらず我儘を言うと、できればしたくありません。ミナカ様の影響となると、恵まれない民や他の孤児院もあなたに支援を求めるでしょう……もしかすると思わぬ被害が及ぶかもしれない。それだけは避けたいんです」
「で、でも………………!」
自分にしてあげられることは何でもしてあげたい。だがそれは彼の妨げになってしまうのか。言葉に詰まるミナカは、それでも彼に……そして何より子供たちに、不自由のない暮らしをして欲しかった。
「いえ、良いんです。ミナカ様のご厚意は大変嬉しく思います。ですが僕が招いた事なので、僕自身が何とかしないと……。それに、あの子たちに罪はないですから」
「ヨルノさん……」
「ヨルノ。アンタの言葉の手前だが、ダインは頑張れと言っていた。怒鳴るのでも、帰って来いでもない。その意味を考えろ。……そして他人に助けを借りるのは、恥でもなんでもない。頼って、培って、生きろ」
「はい……ありがとうございます」
人が生きるということ。人を助けるということ、人を育てるということ。それらはどれ程重く、難しく、大変なものなのか。ここにいる三人は──未だその総てを、知らない。
ルクスの言葉を受けたヨルノもまた……俯いたまま、神妙な面差を残していた。
次回の更新は12月20日の21時を予定しています。
☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。




