第二話 旅路‐①
これは、まだ……わたしが託宣の儀を受ける前の話。
幼い頃の……勇者になる、その前の話。
「うち、レンくんのおよめさんになる!」
「きゅうにどうしたの? ピオラちゃん」
村一番の人気者だった、レンくん。女の子たちによく好かれ、男の子からも人気がある特別な子。
例に漏れず、わたしの仲の良かったピオラちゃんも、レンくんに恋焦がれてた。
「だってレンくん、カッコよくてモテモテで、うちにもやさしくしてくれるから……!」
「レンくんかぁ……ライバル、おおそうだね……。でもがんばって、ピオラちゃん……!」
「うん……! みっちゃんは、なりたいもの、ある?」
なりたいもの。漠然としていて、具体性に欠けて──即答はできなかった。
でもこの時。ピオラちゃんの花咲く笑顔に惹かれて、わたしも羨ましく思ったんだ。
だからわたしは─────こう、答えた。
「そうだなぁ……わたしも、すてきな人のおよめさんになりたい……!」
「うんうんっ! じゃあいっしょに、およめさんのれんしゅう、しよっ!」
こうしてピオラちゃんと一緒に、わたしは一人の村娘としての人生を歩み始めた。
でもそれは──あの夜に、唐突に断たれることになった。大きな使命が、宿命が。わたしに降り注いできた。
これは、まだ……わたしが託宣の儀を受ける前の話。
幼い頃の……勇者になる、その前の話。
新聖歴8年 戌の月・光の第三曜日。
水都レイオラを発ち、幾許かの時間が流れ──天候の悪戯に遭うこともなく、二人は順調にその翼を進めていた。リダマーナ各地へと続く、自然と調和した石畳の街道。その上空をアトロは翔けていく。
そうして心地よい風が肌を掠める中、ミナカはふと、視界の端に黒い靄のようなものを見つける。次第に距離が縮っていき……靄の正体を視認して目を見開くと、切迫した声音でルクスへ呼び掛けた。
「ルクスくん! あれ見て……!」
操舵するルクスは、促されるまま彼女の指差す先に視線を向ける。視界の右下に映る街道にて──鳥獣アウィスの群れが、人を襲っていた。
「ぐっ、うわああああああああああっ!」
そして鳥獣アウィスはその眼から極彩色の輝きを放ち……既に理性と呼べる物を、失くしていた。
「っ……戒獣か……! 少し揺れるぞ……!」
「きゃっ──────!」
ルクスはアトロを大きく旋回させ、街道へ一直線へ降下させる。続けざまに右手を舵輪から離すと、空中に祈術陣を展開する。翡翠の輝きが満ち──戒獣の群れを目掛け、風迅の下階祈術を発現した。
『リディスッ────!』
吹き荒れる突風の刃が戒獣の群れへ飛翔し、数羽の身を切り裂く。だが……多勢に無勢と言わんばかりに、風刃は僅かにその数を減らすのみに留まる。
歯痒さにルクスが眉を顰めていると──後部座席より、淡い蒼光が溢れ出す。振り返った背後ではミナカがすでに祈術陣を展開し、エナを注いでいた。
「ごめんね……鳥さん……『ラクリモーサッ!』」
────それは、絶氷の嵐。ミナカの発現させた氷海の中階祈術が、舞い踊る吹雪となって戒獣の群れを呑み込み、瞬く間に天地を蒼白に染め上げた。
一羽も余すことなく包み込んだ吹雪は、次第にその形を巨大な氷柱へと変化させ──氷海の檻に囚われた戒獣総ての命を、刈り取った。
「アンタ……さすが勇者だな」
そして氷柱は砕け散り──無数の六花が、煌めきながら宙を舞う。幻想的なその光景にルクスは思わず息を呑み、彼女を讃える。
一方で……当のミナカは頬を膨らませ、どうにも不満げな表情を浮かべていた。
「はぁ……初めて会った時からそれだよね、もう」
「……? 何のことだ」
「アンタじゃなくて、ミナカ、だよ」
どうやら彼女は、以前からルクスの呼び方が癪に障っていたらしい。
気に入らない様子のミナカは口をムの字にしたまま、態とらしく自分の名を口にする。
「あ、ああ……」
「ミ、ナ、カ! ほら、言ってみて」
「ミ、ミナカ……」
「うむ、くるしゅうないっ!」
笑顔のまま軽口を叩くミナカに、ルクスはひとつ溜息を落とし、操舵の出力を緩やかに絞っていく。
やがて襲われていた人物の近くで静かにアトロを降ろすと、二人は連れ立って彼のもとへと足を運んだ。
「あ、ありがとうございました……! もうここで死ぬのかと……! ってあなたは……ミナカ様!? ま、幻……!?」
「あはは……本物なんだけどね。えっと、こっちはルクスくんだよ」
「お、お二人とも、本当にありがとうございました……リアスティーデ様のお導きだ……ディーリア!」
男は膝を着き、感極まった様子で礼の言葉と祈りを捧げる。
軽く受け流しつつ、ルクスはふと視線を落とす。彼の右脚……そこから浮かび上がる流血を見て取ると、もう一つ世話を焼くことにした。
「おいアンタ、怪我してるな。家はどこだ?」
「は、はい……あ、あそこの丘の上です」
彼が指差した先には、街道沿いの小さな丘陵があった。その頂に穏やかな佇まいの一軒家がぽつりと建っている。
周囲に他の家屋は見当たらない……あそこが彼の住まいなのだろう。
「ルクスくん、乗せてってあげようよ」
「……そうだな、わかった。運んでやる」
「で、ですが……」
「無理はするな。傷口が開く」
距離としては決して遠くはなかったが、ルクスは男に肩を貸すと、そのままアトロの後部座席へと連れて行く。
続いて操縦席に着き、すぐにでも飛び立とうとした時……ミナカが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あ、あ~っと……! そうだ、私は?」
「コイツを乗せる席しかない。それにすぐ近くだ、歩いて来い。それとも、どこか怪我でもしたか」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「なら、問題はないな」
先を急ぐルクスは彼女を一瞥した後、神霊石へエナを注ぎ込む。
忽ち翡翠色の輝きによって旋風が生まれ……アトロを包み込むと、その翼は空へと飛翔していった。
「そういうわけじゃないけど……迎えに来てくれてもいいじゃん……もう! べーっ、だっ!」
斯くしてミナカはその光景を前に愚痴を零し、ふくれっ面で歩き始めるのだった。
次回の更新は12月17日の21時を予定しています。
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