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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第一話 邂逅‐⑭

 翌朝。秋風を裂いた陽光が差し込み……湖上(こじょう)に浮かぶ水都の周囲では、水面が(きら)めくように(まばゆ)い反射を見せる晴天。


 光に揺れるその街の、商業区の一角──日は昇りきっており、宿屋ポルタ・クエティスの前では(すで)支度(したく)を整えたルクスとリサーナが(たたず)んでいた。


 だが、二人の待ち人の影はどこにもない。約束した時間はとうに過ぎているが──ミナカはまだ、姿を見せていなかった。


「……逃げた、ということは考えたくないわね」


「さあな。奴の眼は真剣だった。これで決別となると、どうやら俺は人を見る眼がないらしい」


「そうね。それに……いずれは()()()()、手に掛ける相手よ」


「………………そうだな」


 ミナカの想いは本物だろう……昨夜、透徹(とうてつ)した彼女の瞳を見た時、ルクスはそう確信していた。きっと、逃げる選択は取らない。逃げることを、彼女自身が許さないはずだ。


 だからこそ自分も(こた)えねばならない。蛇神を()(たた)りを(しず)め、彼女の願いを共に果たす。


 ()()()()()()()────彼女とは対峙をしようと。そう、決めたのだ。





 やがて……緩やかに朝は昼へと()け変わっていく。二人の(こら)えていた焦りが、そろそろ形を()し始めた頃──不意に、(はず)むような声が風に乗って耳へ届いた。


 顔を上げると、商業区の通りを駆けてくる影があった。町娘と見紛(みまが)うほど簡素な変装に身を包み、大きなつばの帽子を深く被り、必死に両腕を振って走ってくる。


 その姿は、勇者の威厳とは程遠い。ただ遅れてしまったことを(あわ)てて()(つくろ)おうとする、一人の少女そのものだった。


「ごめ〜んっ! それからお待たせ、カイナくん、リサーナちゃん……!」


「ようやくご到着か。随分(ずいぶん)と遅かったな」


「うっ……ほんとにごめんね、ちょっと大聖堂の人混みを避けるのが難しくて、時間掛かっちゃった……でもでも、準備はほら、バッチリっ!」


 ミナカは笑顔を咲かせ(ひたい)から汗を(したた)らせながら、背負い(かばん)を健気に()げてみせる。鞄は万全な旅支度を示すように膨れ上がっており、どこか行楽(こうらく)に出るかのような陽気さすら(ただよ)っていた。


 だが──彼女自身が、一番理解していた。

 

 きっとこれが、()()()()になる。だからこそ────。


「楽しそうだな、アンタ」


「はぁ……ともかく杞憂(きゆう)に終わってよかったわ」


「えへへ、そう見える? ……って、杞憂って?」


 爛漫(らんまん)に笑うミナカを前に、(たた)えていた焦りはひと息で霧散(むさん)した。

 

 渦巻く(きり)は晴れ……安堵(あんど)とも、苦笑いとも取れる表情に変わる。


「いいえ、こっちの話よ。それより……」


「ああ、急ごう。……アンタの姿が見えない、と騒ぎになる前にな」


「う、うんっ……そうだねっ! さぁ……ヴィオラへいざ出発っ!」


 直後に陽気な声を弾ませ、軽快な足取りで歩き出しているミカがいた。とてもお忍びの旅とは思えない光景に、ルークとリサは同時に肩を(すく)める。


 前途多難とは、きっとこういうことを言うのだろう──そう思いながら溜息をひとつ落とし、二人は歩き出していった。




 ヴィクスフォート──水都一の人の往来(おうらい)を目にすることのできる、数々の水上艇やセクトルが停泊した広漠(こうばく)な水関港へ足を運ぶと、何やらミナカの表情は青褪(あおざ)めていた。敷き詰められた白煉瓦(しろれんが)の上、(うつむ)く彼女にルクスが足を止める。


「……どうした」


「わたし……ここからだと、水都を出られないんだった……」


「出港記録で足が付く。いいえ、そもそも搭乗券(とうじょうけん)を買う時点で聖教騎士を呼ばれるから……かしら。空路(くうろ)のセクトルを選択しても同じことね」


「うん……。その通りだよ。でも、他の方法で水都から出る手立てなんて……」


 そう言って、ミナカは帽子のつばを深く押し下げた。セクトルにせよ水上艇にせよ、搭乗に際しての身分確認と出港記録は()けられない。祈術で水門を越えることも不可能ではないが──即座に聖教騎士が押し寄せることは、火を見るよりも明らかだ。


 一方で彼女の述懐(じゅっかい)を聞いたルクスたちに、動揺(どうよう)の色はなく……想定内と言わんばかりに、彼女を見詰め返していた。


「なんだ、そんなことか」


「そ、そんなことって……出られないんだよ!?」


「安心してちょうだい。あなたの搭乗券は私が手配するわ。それを使って乗りなさい」


「え……? ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあリサーナちゃんが乗れないよ……! それに、水都を出る時だって……!」


 慌てふためくミナカとは対照的に、ルクスはふっと息をつき、リサーナは柔らかな笑みを(こぼ)していた。


「ふふっ……私のことは良いのよ。初めからあなたたち二人で行ってもらうつもりだったの。私が水都を出る時は……そうね、ちょっとした伝手を頼ることにするわ」


「は、初めからっ!? それって……どういう……え……?」


「アトロ……俺たちが(あし)で使ってる小型の飛行艇は二人乗りだ。三人は乗せられない」


「え、ええっ……!?」


 上擦(うわず)ったその声は、彼女の心境を映し出す。(みずか)ら連れ出して欲しいと頼み込んだものの、想像すらしていなかった()()()。彼女にとってそれは……不覚にも幼き頃に夢見た、少年少女の絵空事だった。


 その横では覚悟を固めたルクスが、リサーナへ向き直る。これまで出会って以来、一度として彼女とは距離を置いたことがなかった。(かす)かに不安の()(もた)げるが……そんな恥じるべき逡巡(しゅんじゅん)を、今更口にしてはいられない。


「リサーナ。例の患者(かんじゃ)容体(ようだい)や、他に祟りに(かか)った人がいないか調べて欲しい。……終わり次第、ヴィオラへ向けて俺たちを追ってくれ」


「わかりました。……ルクス様、どうかご無事で」


「…………頼んだ」


 罪悪感か、緊張か──肩を小刻(こきざ)みに震わせるミナカをよそに、ルクスとリサーナは迷いなく受付へ向かった。水都を訪れた際と同様に身分確認を済ませ、程なくして二枚の搭乗券を受け取ると、足早にミナカのもとへ戻る。


 念のため、リサーナは周囲へ視線を(めぐ)らせながら、彼女へそっと搭乗券を差し出した。


「まぁ……これだけ人が多いと目につかないわね。はいこれ、あなたのよ」


「う、うん……ありがとう、リサーナちゃん……ううん、()()()()()……!」


「ふふっ、なによ、それ」


 感激のあまり、自然とリサーナを愛称で呼び始めるミナカ。その勢いに当の本人はくすぐったそうに笑い、肩を揺らした。


 そんな(おだ)やかな空気も(つか)()、出航を促す船員の声が港に響く。同時に、聖教騎士たちが慌ただしく港内を駆け回る気配が、(しお)の匂いと共に流れ込んできた。


 予想より早い──いや、むしろ予想通りの追跡だ。ルクスはそう目を細め、水上艇へ足を向ける。


「談笑も良いが、故郷が心配なら急いだほうが良い。念を押すが、ここからは俺たち二人だ」


「わ、わかってるよ、もう。はぁ…………じゃ、行こう」


「行ってらっしゃい。二人とも」


「ああ、行ってくる」



 名残惜(なごりお)しさを(かか)えながら……にこやかに手を振るリサーナと一時の別れを告げて、二人は桟橋(さんばし)へと歩みを進める。


 ()いた湖面(こめん)から立ち昇る、微かな水の香りが鼻先をくすぐった。そして浮き立つ緊張を鎮めるように……二人は水上艇へ身を預け、水都を旅立って行った。





次回の更新は12月11日の21時を予定しています。


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