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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第一話 邂逅‐⑫

第二章の物語の進行を考慮して、表題を以下のとおり変更しています。

変更前「第一話 哀悼」→変更後「第零話 幕間」

変更前「第二話 邂逅」→変更後「第一話 邂逅」

なお、物語についての変更はありません。

 時間を置いて──月明かりが差す一室で、ルクスは卓上に置かれた杖剣(じょうけん)見詰(みつめ)めていた。



 その折れた剣身を眺め……彼は思う。ミナカとの予期せぬ邂逅(かいこう)。あれ以降、下街(したまち)では有用な手掛かりも掴めなかった。彼女との会話で、もう少し情報を引き出せたかもしれない。……されど燃え盛る激情を前に、理性を欠いてしまった。



 明日。リサーナへの報告の際には、ミオメルの件も含めて謝罪しよう。まったく……不甲斐(ふがい)ない主君だ。と────そう考えていた、()()()



 不意に、部屋の叩き金が鳴る。続いて部屋に聞こえてきたのは、その従者の声だった。



『カイナ。今、大丈夫かしら』


「……あ、ああ。大丈夫だ、入ってくれ」


 ルクスは杖剣を(さや)(おさ)め、寝具の(かたわ)らにそっと置く。もう夜更(よふ)けだ。彼女が訪ねてくるのは夜が明けてからかと思っていたが……恐らく、調査の報告だろう。


 そう踏んでいると、ゆっくりと部屋の扉が開く。()()──扉の向こう側には、リサーナの他に()()()()。思いも寄らぬ人物の姿があった。


「遅くまで出ていたんだな。夕飯は……って、アンタ…………どうして、ここにいる……」


「え、えへへ、こんばんは……カイナくんっ……て、ちょ、ちょっと待って……っ!」


 つい先ほど脳裏(のうり)に浮かべていた、勇者ミナカ。彼女の姿に衝動的に立ち上がったルクスの手は、(すで)に傍らの杖剣に伸びていた。鞘から勢いよく剣身が引き抜かれ、折れた切先(きっさき)躊躇(ちゅうちょ)なく彼女へ向ける。


 対するミナカはその刃に息を()み、(ひたい)に汗を浮かべながら慌てて両手を広げた。


「カイナ、落ち着いて。厄介事(やっかいごと)に絡まれていたところを、彼女に助けてもらったの。あなたに会いたがっていたから、その…………」


「ご、ごめんね、急に押しかけて。わたしも今晩来るつもりはなかったんだけど……」


「そうか。……リサーナを助けてくれたことには礼を言う。だが言ったはずだ、もうアンタに話すことはない。次に会った時は、殺すと……!」


 やはり──ミナカの同情を持ちかける姿勢は火に油を注ぐようなものだろうと、リサーナは目を伏せる。今のところ、聖教側の罠の気配はない。しかし、これでは……。


 標的へ刃を(かざ)し、(するど)剣幕(けんまく)で迫るルクス。そんな剣呑(けんのん)とした雰囲気の中──彼の前にミナカが歩み出ると、彼女は力強い声音で告げる。


 それは決して、毅然(きぜん)としたものではない。その瞳は揺らぎ……萎縮(いしゅく)(にじ)ませながら。



「わたしはっ! まだ答えを聞いてなかったから。……だからせめて、答え合わせをさせて」



「………………」



「勇者への復讐。ミオメルちゃんはそう言ってた。けど、わたしたちへの復讐なんて初めて聞いたし、ビックリした。それでも……一つだけ。思い当たる(ふし)があったの」


 凛とした声に、二人は静かに耳を傾ける。室内には沈黙が訪れ……続く言葉を待った。


「君は…………帝国の人、なんだよね」


「ふっ、帝国の人……ああ、そうだ。アンタの言う通りだ。そして……」


「カイナ。それは…………」


 あまりにも()()で、()()で──他には考えようがない”当たり前”の答えに、ルクスは失笑した。


 真実を語ろうとする主君に、リサーナが(いさ)めるように視線を向けるも……彼はその首を横に振り、続けた。


「今更だ、リサーナ。……だがな、ミナカ・アイリーン。それだけじゃない。俺は……!」


 折れた刃をミナカへと向け、声音を低く、威圧を(にじ)ませる。


 彼女の(ほほ)を、汗が伝うが……瞳を動かさず、じっとルクスを見据(みす)えた。


「そっか……。うん。わかった。いいよ、わたしはそのつもりで来たから」


 そして。ミナカは言葉を(さえぎ)るように静かに歩み寄り──ルクスの両手を握ると、折れた切先を自身の首筋に()える。


 そう……最初から。彼女は、死を覚悟してこの部屋の扉を叩いていた。


「あ、あなた………………」



「ごめんなさい。……君の故郷を、わたしは奪っちゃったね」



「気やすく……触るなぁ────ッ!」


 その手を振り(ほど)激昂(げっこう)するルクスを前に、されどミナカは微笑(ほほえ)む。


 彼女の憐憫(れんびん)の情をした顔が、仕草が。ルクスの激情を、()き立たせた。


 ────()()。彼女の解釈は間違っている。何も分かっていない。理解できるはずがない……と。


「よくも、よくも……くっ……そんな()で……!」


「わたしを殺すことは構わない。でも……クィンちゃんだけは違う。あの子は殺してはダメ。彼女は……特別だから」


「言ったはずだッ! 勇者は全員殺す。一人残らず……!」


「ダメ……っ! ダメだよ。わたしで………………終わらせて」


 杖剣を握るルクスの震える手を、ミナカが優しく包み込む。


 やがて彼女は(まぶた)を閉じると……その刃を自ら首筋に再び押し当てた。


「っ………………!」


 覚悟が(にぶ)ったわけではない。アルメインを殺めたことを悔いているわけでもない。


 この震える手は、彼女に心を揺さぶられたが(ゆえ)のものだ。だからこそ……今ここで、彼女を斬らねばならない……!


 そう──────自らに言い聞かせ、意を決して力を込めた……その須臾(しゅゆ)に。


「なら、望み通りに────っ!」


『だ、誰か……! 誰か来てくれ、友人が──────っ!』


 唐突(とうとつ)に響き渡ったその悲鳴に、思わず三人は顔を見合わせる。


 方向は、商業区の街路──切迫(せっぱく)した助けを求める声に一早く動き出したのは、ミナカだった。


「ごめんっ、カイナくん! 助けに行かなきゃっ! ……わたし、逃げないからっ!」


 彼女は首筋に押し当てていた杖剣から手を解くと、勢いそのままに部屋を飛び出ていく。


 振り解かれた杖剣を手に……ルクスは呆然(ぼうぜん)として、その場で目を伏せていた。


 ────()()、あのまま時が流れていたなら。俺は……無抵抗の彼女に、刃を振り下ろせただろうか。


「カ……ルクス様。今は、彼女を追いましょう」


「ああ。ああ……そうだな」

 

 ルクスは憂慮(ゆうりょ)を滲ませるリサーナに頷き返し、二人は悲鳴の上がった方向へと、ミナカの背を追って駆け出していった。







次回の更新は12月5日の21時を予定しています。


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