第一話 邂逅‐⑪
息を切らせながら居住区を駆けること、しばらく。カレーナたちの気配が遠退く中、リサーナは白外套の人物に導かれ、商業区の片隅──薄灯りの照らす路地まで逃げ延びていた。
現在、足を止めた二人は倒れ込むように揃って尻餅をつき、上がった息を整えている。
「はぁ……! はぁ……! もう、大丈夫みたい……だね」
「……え、ええ……そのよう、ね……」
ふと、リサーナは隣に座り込む白外套の人物へ視線を向ける。
あの状況で自身を助けた理由は何か。外套を目深に被る彼女の口元は、わずかに緩んでいた。
「ふぅ……君、カイナくんの……お姉さん? ……だよね」
「っ──その名を、どこで聞いたのかしら」
「待って待って、わたし、戦うつもりないから! ほらっ!」
リサーナが鋭い剣幕で身を乗り出すと、彼女は誤解だと言わんばかりに両手を振って制する。
怪訝な視線に短く息を呑み……忽ち彼女は、羽織った外套を勢いよく脱ぎ捨てた。
衣擦れの音がしんと響き────そしてそこには、意外な人物の顔があった。
「あっ……あなた…………どうして…………」
「えへへ……実は偶然、大聖堂で君の姿が目に入ったの。それで少し話してみたくて、尾行してたら例の二人に迫られてる君を見つけた……って感じだよ」
人差し指で頬を掻きながら、ぎこちない笑みで語る彼女。そう──リサーナに助け舟を出し、今こうして目の前にいる彼女は、勇者ミナカ・アイリーンだった。
まるで自身の存在を知っているかのような口ぶりに、困惑を滲ませるリサーナ。ミナカの意図に思案を巡らせるが、その答えは分からないままだ。
今、この場にルクスはいない。まだその時ではないと──速まる鼓動を抑え込む。
「そう……。けれど、どうして私と彼のことを知っているのかしら」
「ええっと……二人のことはミオメルちゃんから聞いたの。あと……わたしの命を狙ってることも、知ってるよ」
「なっ────!?」
ミオメル・イルファン。不意に挙がったその名前に加え、こちらの目的が漏れている……。一体全体、理解が追い付かないリサーナは、その不気味さに眉を顰める。
「ちょっと待って、どうしてミオメルさんが……。まさか……いいえ、彼が話していたのはそういう訳ね……」
だが──昨夜のルクスとの会話をビースに霧が晴れていき……やがて一つの答えに辿り着く。恐らく彼はミオメルと鉢合わせた際、身の内を明かしてしまったのだろう。
ミオメルの一件を話していたルクスの様子が、煮え切らなかったことも腑に落ちた。
「…………? とにかくっ! わたし、戦いに来たわけじゃないからっ」
「はぁ……ええ。……その……さっきはありがとう。助かったわ」
「ううん、どういたしましてっ! けど、あの二人にも困ったものだよね……!」
外套を脱ぎ捨てたミナカが、両膝を抱えた安座で可愛らしい仕草をみせる。
そんな彼女に一瞬、己の取るべき行動に迷いが生まれた。隣に身を寄せているのは、勇者のような堅苦しい者ではない……一人の少女だった。
「……さっきの二人は水都でも有名でね? ヒュレッセン公ニック・カムテュスタの愛娘である、レディ・カレーナ・カムテュスタとその執事シュダイン。正義感の強いお嬢様なんだけど、咎人を捕まえて水都を守るって躍起になってるの」
腰を下ろしたまま、改めてリサーナは厄介な連中に絡まれたものだと、肩を竦めて嘆息する。
そして心做しか──隣に座る彼女に親近感を覚え、表情は穏やかなものへ変わっていた。
「そうね……迷惑な話だわ。とは言え、その嗅覚も伊達ではないようだけれど」
「確かに……あはは」
くすくすと笑うミナカに、再び向き直る。彼女はこちらの様子に首を傾げ、飄々としていたが……息を整えたリサーナは、話を戻して本題を尋ねる。
「それで。さっき言ったこと……私と話をしたいと言っていたわね。自分の命を狙う者に身を投げてまで……なぜ?」
「……うん。君と……リサーナちゃんと話してみたいって言うのは、どんな人かなって言うただの好奇心だよ。でも、それだけじゃないのもホント。もう一度カイナくんと話がしたいの。彼がどうしてアルメインくんを……勇者を狙うのか。そして、彼自身のことも知りたいの」
「…………はぁ……。結局のところ、私を助けた見返りにそれを望むって訳ね」
微かに視線を落としたミナカが、目元を曇らせる。達観、俯瞰、いずれでもない遠い目で。
だから、カレーナたちとの諍いに、初めからの介入はしなかった。なるほど、侮れない少女だった。
「うん……そういうこと。どうかな」
リサーナはミナカの顔を真っ直ぐ見据えたまま、暫し逡巡する。ルクスを誘い出す罠かもしれない以上、突き放すのが当然と言えたが……彼女には一つ貸しが出来てしまった。それに、自身が傍で付いていれば問題はないだろうと……ミナカの頼みを承諾することを選ぶ。
そして、願わくば────────。
「……わかったわ。なら、早いほうが良いわ。今から行くわよ」
「えっ!? い、今から!? ちょ、ちょっと……リサーナちゃんっ!」
彼女の真意は図れない。聖教の計略であれば、私と彼の路は終わるかもしれない。けれどそれ以上に……私は彼女に、何かを期待しているのかもしれない。
斯くして慌てふためく勇者を横目に早々に立ち上がると、自身が身を寄せている宿へと踏み出した。
一方のミナカは予想を外れた急展開に心の準備が整わず、心臓の鼓動が早まるのを感じるが──ひとつ深呼吸を挟み、リサーナの背を追っていくのだった。
次回の更新は12月2日の21時を予定しています。
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