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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第一話 邂逅‐⑧

しばらく戦闘描写がないまま進行していますが、もう少し続きます……。

 翌朝──。盛大な喝采(かっさい)が街中を震撼(しんかん)させ、ルクスはその轟きに叩き起こされた。朦朧(もうろう)とした意識のまま身体を起こし……窓辺(まどべ)へ歩み寄ると、外に広がる街区を(のぞ)く。


 そこで視界に入ってきたのは、昨夜の静寂とは一変した別世界──()()とすら呼べる光景だった。


 水関港ヴィクスフォートから領王宮フェイドランシアへと、一直線に伸びる大通り。その上を、一隻のオルビオンが祭礼艦(さいれいかん)として()り歩くように低空飛行で進んでいく。街路の両側には水都の人々が長蛇(ちょうだ)の列を()し、寄せては返す波のような万雷(ばんらい)の拍手で祝福と祈りを捧げている。

 

 民の熱狂(ねっきょう)が空を震わせ、釣られるように湖風(こふう)も揺れている。そして──中央を()く一隻は、かつてルクスもその身を預けた()()()()。アルドール──現在はブルズブルグ特務隊が翼を駆るその祭礼艦の甲板では、一人の少女が悠然(ゆうぜん)と立ち、祝福に応えるように、花を咲かせて手を振っていた。


 (うら)らかな陽光に輝く君は、花嫁のような純白と竜胆(りんどう)の祭服に、健康的な肢体(したい)(たた)えた(あお)の乙女。白縹(しろはなだ)の水晶色をした髪が揺れ動き、くっきりとした朧花(おぼろはな)色の瞳が人々の心を射抜く。ルクスが向けた視線の先──その笑顔の奥には、どこか薄幸(はっこう)めいた儚さが垣間見えていた。


「あれが……」


 ()()()()()()()()()──彼女こそ、リダマーナ領国が誇る預言の勇者の一人。


 そして……ルクスたちが狙う、次なる()()だ。



 

 聞こえてくる歓声には、ミナカ様、今日も素敵だ!────勇者様の御姿を間近で見られるなんて!────ミナカ様、万歳ッ!──等々と、彼女を(たた)える熱い言葉が飛び交っていた。


 ()き上がる民は手を伸ばし──その威光に希望を見出し、心に光を宿していく。そんな(ひし)めき合う街路を、アルドールは緩やかに駆け抜け──ポルタ・クエティスの横を通り過ぎる、その刹那の如く一瞬に。


 互いが認識しない無意識下の世界で。ルクスとミナカは、視線を交わした。 


 ()()()()()()()()()()()()()()


 やがて二人を巡る運命もまた、(しか)し確かに(まわ)り始めるのだった──。






 勇者ミナカ・アイリーンの祭礼行進を終えた、昼下がり。水都の熱気は未だ冷めやらぬ中、リサーナは主君の部屋を訪れていた。


 喧騒が遠退(とおの)く宿の一室で、彼女が見せる面差(おもざし)仮初(かりそめ)の旅仲間のものではない。覚悟を分かち、行く末まで心身を共にする、従者としてのそれだった。


「彼女の人気がこれほどとは……アル以上かもしれませんね」


「そんな勇者をこの手で殺めるんだ。エリットの心中も……どこか少し理解できる」


「ルクス様……ええ、そうですね……」


 ミナカを(うれ)うエリットの言葉。それは彼女の人望を思えば当然のことだったのかもしれない。


 自虐的な薄笑いを浮かべるルクスに、されどリサーナは否定を口にはしなかった。


「悪い。話の途中だったな、続けてくれ」


「……先ほど街で耳にした情報によると、彼女は水都に数日滞在するようです。そこからエリットの情報通り、聖都へ向かうのかと」


刻限(こくげん)は数日……。今となっては(いつわ)りの無実を告げ、フルズブルグ隊として近付く方が楽だったな。俺の判断ミスだ」


「けれど……たとえ過去に戻れたとしても、同じ道を選んでいる。違いますか?」


「ふっ……その通りかもな。これは世直しじゃない、復讐だ」


 ()()。果たすべき一歩を踏み出した彼は、何を思うのか。本当の彼は何処(どこ)にいるのか。


 (とが)った剣幕を宿す彼の、その中の純粋さを汚さないためにも……リサーナは彼と言う心を救いたい。


 たとえそれが、血塗られた道の先でしか成し得ないのだとしても。


「まだ好機は残っているはずです。私は滞在場所と動向を調べに、街へ出てみます」


 善は急げと素早く立ち上がり、部屋を後にしようとするリサーナ。一呼吸置いて、その背にルクスが制止を促す。


「待て、俺も行こう」


「ですが……かような些事(さじ)は私にお任せください。それに、ミオメルさんの件も……」


「わかってる。だが……カカ村でも言ったはずだ、(すべ)てを君に負わせるのは苦しい。今は()()()()()()()も居ないんだ。二人で協力していこう」


 リサーナがその声に振り向いた時には、すでにルクスは支度(したく)を始めていた。


 キリル不在の中、長年過ごした聖都での行動と同じようにはいかない。彼の言う通りだろう。

 

「……わかりました。時間も限られていますから、ここは二手に別れましょう。ルクス様は下街を当たってみてください。祈政区へ出向いてみます」


「ああ、そうしよう。……無理を言わせて済まない」


「うふふっ……謝らないで。そんな貴方の優しいところに、私は救われたのよ」


 ()くて微笑(ほほえ)みを交わして頷き合った二人は、共に部屋を後にする。勇者を()つ前に……何事もまずは情報が不可欠と、かつてキリルから教わったその心得(こころえ)は今も彼らを紡いでいた。


 一方──宿屋玄関の受付台ではチョウが(よだれ)()らして眠りこけていた。幸せそうな表情に大きな寝息を立てるその姿は、きっとポルタ・クエティスの日常の一幕(ひとまく)なのだろう。二人は声を掛けることなく、それでいてどこか穏やかな心持ちで、街へと繰り出して行った。




─────────────────────────────────



 水都商業区・噴水広場──。昨日にも増して活気で満ちた喧騒(けんそう)に、広場(ひろば)(はじ)の長椅子に腰を下ろしたルクス。眩い陽光が差す炎天下で、噴き出す透水(とうすい)水飛沫(みずしぶき)が心身に癒しを(もたら)している。


「昨日の吟遊詩人(ぎんゆうしじん)はいない、か……。酒場でも行くべきか……」

 

 リサーナと別れ、不意に昨日ここで会したアマギと言う人物を目当てに噴水広場へと足を運んだルクスだったが、その姿は見当たらず空振りに終わっていた。


 広場では巡礼祭に際して(もよお)し物が始まっており、多数の特色ある露店で建ち並び、行き交う人波が絶えない。押し寄せる雑踏(ざっとう)に、勇者の動向を聞き出すのは不向きだろうと溜息を吐く。


 恐らく商業区ではさしたる情報も拾えない。リサーナは()えて下街の探索を寄越(よこ)し、(ゆる)やかな休息をと(はか)らったのだろうか。


「まったく……いらない気遣(きづか)いだ。とは言え情報がないとも言い切れない、か……」


 耳に届く子供たちの笑い声が、透徹(とうてつ)して響き渡る。人波の(ざわ)めき……露店の活況(かっきょう)


 そしてふと──今を(いろど)る背景の中から。つばの広い婦人帽(ふじんぼう)目深(まぶか)に被った、一人の少女が歩み寄ってくる。白縹(しろはなだ)をした水晶色の(つや)やかな髪がふわりと揺れ、甘い香りが空気に滲む。


 長椅子の(そば)で足を止めた彼女は、(たちま)ちゆったりとした佇まいでルクスの横に腰を下ろした。小さく息を整え、広場の人波に視線を向けるその横顔は──思わず見惚(みと)れてしまうほど、綺麗だった。


「ねぇ……君。もしかして、君がカイナくん? ()()()()()()()()()()()()()。君が探してる……預言の勇者だよ」


 それは────幕開けの合図。それは────胎動(たいどう)する運命。

 物語を飾る二人の……()()()()()()だった。


 声を掛けてきた少女は(みずか)らを勇者と名乗り、にこやかに笑顔を見せている。純白のローブを羽織り、顔を隠した婦人帽の変装は、近付かないと彼女だとは気付かないだろう。


 揺れることのない朧花の瞳でただ──こちらを見つめていた。


「アンタ…………なぜここにいる。いや、どうして俺を……」


 仇敵の方から出向いてくれた事実に、これほどの好都合はない。しかし人で(あふ)れる周囲の状況に事を起こしては、逆賊として()るされるのはこちらと言えた。


 深呼吸を一つ……ここは慎重にと、ルクスは焦りを押し殺して会話を続ける。


「わたし、堅苦しい雰囲気嫌いなの。だから抜け出してきちゃった。って、そんなことよりさ。聞いてるのはわたしなんだけど。どうなの? カイナくん?」


「……誰から聞いたんだ」


「やっぱりそうなんだ!? 特務隊のみんなから聞いた特徴と一致してるし……何より君、()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女の祈術。目にした記憶はないが──効かないという言葉に、ルクスは違和感を覚える。


 加えて特務隊──十中八九フルズブルグ隊のことだろう。そして、例のことをミオメルが彼女に告げているとすれば……。


「俺はもう隊には戻らないつもりだ。関係がないな」


「みんな心配してたよ。でも今日は別。君に会ってみたい……君と話してみたい。私がそう思ったの」


 両脚を交互に伸ばしては、まるで年頃の少女が見せる何気ない仕草のように、愛らしく揺らしている。ここへ訪れたのはオイゲンあたりの入れ知恵かと踏むが、それにしては警戒心に欠ける様子だ。


 吹き上がる水霧(すいむ)へじっと視線を向けるミナカの表情は読めない。だが、その瞳の奥には(はか)(がた)い強い意志が垣間見え──そして彼女はふっと、軽やかな声音で呟いた。



「ねぇ、なんで()()()()()()()()()()()()?」



 ルクスは(まぶた)を閉じる。刹那に心臓が締め付けられ──その(とげ)に萎縮するのを感じ取る。



「……ミオメルから聞いたのか。それを知っていてここに来るとは、アンタも図太いな」


「ちょっと、女の子に太いは失礼だよっ! って、君も、この広場じゃわたしに手は出せないでしょ?」


「………………」


「ミオメルちゃん、君のこと、混乱してたよ。急に呼び出して二人で話がしたいって言うから、何かと思ったけど……わたしもびっくりしちゃった」


 昨日ミオメルと交わした会話を想起する。あの時の彼女の青褪(あおざ)めた様子を思えば、(ひど)憔悴(しょうすい)している姿は容易(ようい)に想像できた。


 だがこうなった以上……結局彼女に打ち明けたことは、失言だったのだろう。もっとも己がミオメルの立場なら同じことをしただろうと、ルクスは薄く自嘲気味(じちょうぎみ)に笑った。


「そうか。……彼女にはすまないと思ってる。余計なことを話してしまった」


「違う。違うよ。聞きたいのは、謝罪じゃなくて弁明。なんで……彼を殺したの?」


 一転して動きを止めたミナカは、怒りを宿したように声音を低くさせる。


 彼女から向けられた視線と糾弾(きゅうだん)を前に、(しか)しルクスも譲ることはしなかった。


「それをアンタに話す理由もないな」


()()。それも預言の勇者に。しかも不思議と、私の祈術が効かない人。そんな人ははじめて。どうして?」


 知っているじゃないかと眉を顰めるルクスに……ふと、ミナカは皮肉を込めた笑みで身を乗り出す。


 そして言葉では修飾できない、同情を滲ませた微笑みで、そっと……(はかな)く、(ささや)いた。


「…………わたしも、殺すの?」


 (あわ)れんでいるのか? 俺を? ……違う、そうじゃない。


 総てはあの夜、お前が……お前たちさえいなければ……! 帝国は、父は、母は、俺は……!


「……そうだ。アンタも、残る二人も……一人残らず、全員だ……!」


 胸中(きょうちゅう)渦巻(うずま)(こら)え切れない激情に、ルクスが憤怒を(あら)わに言葉の刃を叩きつける。


 向かい合うことすら拒絶し、(しま)いに鋭い剣幕で対話は不要だと……そう、押し付けた。


「ひとつだけ言っておく。次に会った時は……その首を斬り裂く」


「そっか……うん、わかった。……わたし、そろそろ帰らないと。また怒られちゃう。……またね、カイナくん」


 短く……そっと息を吞み、目元を曇らせるミナカ。彼女の瞳に宿ったのは、怒りでも悲しみでもない、()()()()()()


 (かげ)りが差したまま、ミナカは(おもむ)ろに立ち上がると──最後に一度だけルクスへ振り返った。その一瞥(いちべつ)に込めた想いは……諦念(ていねん)か、それとも。


 ()くて広場の人波へと溶け入る仇敵の背をただ、ルクスは雑念を捨てた復讐心で虎視眈々(こしたんたん)と見据える。




 彼女の心理。彼がそれを理解するには、まだ──あまりに彼女のことを、知らずにいた。




 彼の心理。彼女がそれを理解するには、まだ──あまりに彼のことを、知らずにいた。




次回の更新は11月23日の21時を予定しています。


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