表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
62/85

第一話 邂逅‐⑦

 幾許(いくばく)かの時間が流れ──夕食を馳走(ちそう)すると腕を(まく)ったサーヤが、台所でシルクと二人で和気藹々(わきあいあい)と料理を始めていた。


 そんな幸せが(にじ)む光景を前に、エリットがひとつ思い出したように(たず)ねる。


「そう言えばルクス様、偽名はもうお辞めになったのですか……? 確か、カイナと……」


「ああ……そのつもりだったが、ここへ来る検閲(けんえつ)を抜けるのにその名を(かた)ったばかりだ。思うようにはいかないな」


「そうでしたか……ですが(おっしゃ)る通り、主要都市を(また)ぐ際には(おの)ずと必要になるものですからね」

 

 事実、聖教の血統簿(けっとうぼ)に記されているのはカイナ・メディスの名だ。聖教の統治下で生きる以上、それは切っても切れないもう一つの名として、認識を改めざるを得ない。


 ふっとルクスが笑みを漏らすと──名前の件で、リサーナも記憶の片隅にあったことを問い掛けた。


「水都での偽名についてはどうされますか。と言っても……今の状況だと、下手に(いつわ)ると足が出てしまうかもしれないけれど」


「入港記録が付いてる以上、もう偽名は極力避けた方がいいだろう。……リサーナはそのままでいこう。俺のことはルクスとカイナ、好きな方で呼んでくれ」


「……それ、わかってて仰られてませんか? はぁ……良い偽名を思いついていたけれど、水の泡ね」


「奇遇だな、俺もだ」


「あははっ! お二人の仲は変わらずよろしいようで何よりですっ!」


 揶揄(からか)うルクスに、溜息を吐くリサーナ。二人の会話には腹を抱えるエリットだったが……まだ肝心(かんじん)なことが解決していない。


「ルクス様。話が()れていましたが……宿の件はいかがなさいますか」


「そうだったな……。どこも満室と言う話だったか」


「はい。かと言って、騎士団の水都支部へ出向くわけにも行きません。私たちの席を語れば、寝床の用意はされるでしょうが……オイゲンの報告次第では、尋問(じんもん)どころでは済まないでしょう」


 オイゲンの報告。以前からの懸念(けねん)通り、喪踪(オビートス)となっているルクスたちの生存を彼が如何(いか)に報告しているかは不明瞭(ふめいりょう)だ。


 だが……尋問や審問。それどころでは済まない、()()()()()()()()が回りかねない火種をルクスは生んでしまっていた。


「そう、だな……。リサーナ。……実は、水都でミオメルに会ったんだが……」


「え……? ミオメルさんに、ですか……? それはまた……」


「いや……詳しい事は後で話すが、フルズブルグ隊が水都に来てる」


 目を丸くするリサーナは、煮え切らない主君を尻目に、(たちま)ちその面差(おもざし)を暗くさせていく。


 彼女たちの任が、もし想像通りならば……自身たちと衝突(しょうとつ)することは(まぬが)れないだろう。


「……目的は、ミナカ・アイリーンの護衛……でしょうか」


「その線が強いな。いずれにしろ、()すことは変わらない」


「わかっています。でも、思ったより再会が早いものだから……結局私は、心の整理が付けられていなかったと言う訳ね」


「リサーナ……」


 強くありたいと(よそお)えど……本当は、自分だって心の整理など出来ていないのだと──そう、ルクスは瞳を(つむ)る。


 その証が、ミオメルへの失言だ。その証が……この胸の(ざわ)めきだ。


 背後からはサーヤとシルクの愉快な鼻歌が耳に届き、神妙(しんみょう)な空気が場を包む。そんな中、苦笑を浮かべたエリットが人差し指で頬を搔き、話題を戻した。


「ええっと……話の腰を折るようですみませんが、寝床で困っているなら知人の宿を紹介できますよ。……彼女、知人しか人を泊めないので、きっと空いていると思います」


「え? それは願っても無い話だけれど……」


 予期せぬ助け(ぶね)に、思わず二人は顔を見合わせる。一方で──ルクスが彼から手を借りることを()としないことは、先の会話から察せられていた。


「ああ、助かるが……あまりエリットを巻き込みたくない。無理はするな」


「そんな、大丈夫ですよ。これくらいはやらせてください。表立ってできることはありませんが……それでも、(わず)かでも貴方のお役に立ちたいんです。……せめてもの、()()()として」


「エリット……あなた……」


「だが……いや、わかった。……ありがとう、エリット。頼む」


「はい……! 任せてください……!」

 

 ケジメ──それは、縁を断つことではない。ルクスを護ると決めた日の、()に応えるために。


 戦いには立てなくとも、二人を助け、送り出すのだと。真摯(しんし)なエリットの瞳に、ルクスたちは首肯(しゅこう)し──橋渡しを頼むことにした。



 いつしか……再会のぎこちなさが滲んでいたエリットの表情は晴れ、そこには満面の花が咲いていた。






 時間を置いて──語らいを楽しんだ後、一同は食卓にてサーヤの馳走を味わい尽くしていた。並べられた料理はどれも逸品ばかりで、多彩な食材が香りだけで食欲を誘っている。


 口へ運ぶたびにシルクとエリットは頬を(とろ)けさせ、ルクスとリサーナも数々の美食に感嘆(かんたん)を漏らし……彼は本当に良い人を摑まえたなと、感心していた。


「サーヤさん、すっかりお世話になってしまったけれど……ありがとう」


「いえいえ、おかわりもありますので、気軽に言ってください」


「ママ―! おかわりっ!」「あっ、サーヤ、こっちもお願いっ!」


「ふふふっ、はいはい、ちょっと待ってね~」


 温かな食卓では賑やかな声が止まず……それは束の間ではあったが、リリタナ村に戻ったかのような──()()()()()()()()()が、三人を包んでいた。



 ()くして食事を終え、夜が更けた頃──邸宅(ていたく)の玄関では、名残を惜しむように別れの挨拶が交わされていた。


「サーヤさん、ご馳走様でした。シルクちゃんも、またね」


「食事、美味しかったです。少しだけ、エリットを借ります」


 ルクスがエリットへ視線を向けると、彼が応えるように頷いた。彼らの(そば)ではリサーナが(ひざ)を折り、シルクと目線を合わせて、微笑みながら小さく手を振っている。


 そしてサーヤとシルクも同じように身を(かが)め、笑顔で手を振り返した。


「いえいえ、お粗末様でした。またいらしてください」「ばいばいっ! お姉ちゃん、お兄ちゃんっ!」


「それじゃお二人とも、行きましょう。シルク、サーヤ、行ってきますっ」


 自身の妻子と同郷の二人が笑い合う姿に、エリットは無邪気にも表情が(ほころ)ぶ。


 この時間、この空間だけは。呪縛から解放され、かつて夢に見た──()()なのだと。



 


 辺りはすっかり夜の闇に包まれた、商業区の一角。中央の噴水広場から少し外れたその通りに、目的地の宿屋は(たたず)んでいる。


 ポルタ・クエティス──石造建築による落ち着いた雰囲気を持ち、小さく揺れる蝋燭(ろうそく)の影が仄暗(ほのぐら)さを漂わせるそこが、エリットの友人が(いとな)む宿屋だった。


 夜ノ刻にもなれば巡回する聖教騎士の数は減っており……静かに歩みを進めた三人が宿屋へ入っていく。


 すると……外観の雰囲気から一転して、内観は明るい雰囲気で包まれていた。白煉瓦(しろれんが)の内壁を照らす燭台(しょくだい)暖炉(だんろ)の炎に、壺や祭具、書物に壁画など清潔感の保たれた装飾品が()えられている。


 ルクスたちがまじまじと宿を見渡していると、入口の受付台に突っ伏した気怠(けだる)げな店主が出迎えた。


「いらっしゃ〜い……ふぁぁ〜……」


「こんばんわ、チョウさん。今、空いてますか?」


 赤髪をした妙齢(みょうれい)の女性店主の名は、チョウと言うらしい。エリットは受付台へ歩み寄り、持参していた菓子折りを彼女の前に置いた。


「ん? あ〜エリットか。何〜おつとめかい?」


「いえ、旅で水都に来た友人にチョウさんの宿を紹介したくて。二部屋お願いできますか」


「そゆこと〜、エリットは気が利くね〜。んで、二部屋ね……っと、はいこれ鍵〜……番号書いてるから、よろ~」


 ちらりとルクスたちを一瞥(いちべつ)したチョウはのろりと身を起こすと、背後の棚を引き開け、二つの鍵を取り出して無造作に放り投げる。


 咄嗟(とっさ)に手を伸ばしてルクスが受け取ると、彼女は気の抜けた溜息と共に受付台へ再び突っ伏してしまう。


「ええっと……お代は……」


「んぁ〜一人千ユーノねぇ〜まぁ、その辺置いといて〜。ふぁぁ〜……ねむ……」


「そ、その辺……」


 ひとまず勘定台(かんじょうだい)に聖銀貨二枚を置き、寝息を立てて眠るチョウを尻目にルクスたちは部屋へ向かうことにした。


 白煉瓦が連なる宿屋は四階建てになっており、鍵の番号を見る限り二人の部屋はそ最上階の端にあるようだ。


 白い階段を上がるたび、乾いた足音が響き渡り……その途中、ルクスは呟くように心配を口にする。


「……あの店主、大丈夫なのか」


「ははは……チョウさんはいつもあんな感じですが、几帳面(きちょうめん)な性格で、意外と注意深い人なんです」


「あれでか……」


「本当かはわかりませんが……(うわさ)によれば、彼女は貴族のご息女だとか。……そうでないにしろ、宿が振るわなくても後ろ盾はあるのかもしれません」


「知人しか泊めない、繫盛(はんじょう)しなくても構わない……訳ありなのは違いなさそうだな」


「けれど、お陰で私たちは寝具で夜を迎えられるわ。彼女には感謝しないとね。……もちろんエリット、あなたにも」


「ああ……そうだな。助かった、エリット」


「あはは……そう言っていただけると嬉しいです」


 やがて最上階に上がり部屋の前へ辿り着くと、燭台に照らされた廊下のもとで三人は足を止める。


 二人へ振り返ったエリットが、にこやかな笑顔で別れを切り出し──彼に向き直ったルクスとリサーナは、同じように微笑みを返した。


「それでは、僕はこの辺で……ルクス様、リサーナ、今日は会えて良かったです」


「ああ。俺もだ、エリット。また顔を出す」


「……はい、お待ちしています」


 エリット──彼にとってルクスとリサーナ、そしてキリルに巡り会えたことは奇跡とも等しかった。あの村で、あの出会いで。決して俗世では近付くことのできない真理に触れた。


 村から出た後も……誓いは違えず、秘め事はこの胸に。


「シルクちゃんとサーヤさんにもよろしく伝えてね」


「……僕も、二人のご健闘をお祈りしています。……ディーリア」


 それは、あるべき世界を取り戻すため。


 彼が帝国の皇子だからではない──自身が見据えた、本来の世界を目にしたいから。



 だから。彼らが世界を取り戻すその日まで、()()()()()()()()()







次回の更新は11月20日21時を予定しています。


☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ