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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第一話 邂逅‐⑥

※11月15日の投稿について、体調がまだ万全ではないため11月17日の21時へ変更いたします。

私が言えた口ではありませんが、皆様もお身体に気を付けてお過ごし下さい。

 居住区の一画にあるエリットの邸宅(ていたく)に到着した三人。貴族区に負けず劣らずの瀟洒(しょうしゃ)なその通りに、彼の家は建っている。


 端正(たんせい)に整えられた植林(しょくりん)に、開放的な空間に並み居る邸宅。中でも自然と調和し、絵画(かいが)のような美しい木造のロラン邸は、一際目を引いていた。


()()ー! おかえりなさいっ!」


 四、五歳ほどだろうか。エリットが玄関を開けるや否や、可愛らしい足音が(はず)む。邸宅から……エリットと同じ(だいだい)の髪色をした幼い少女が、笑みを咲かせて出迎えに現れた。


「ただいまシルク〜! ママはお出かけかな?」


「うん、ママはお買い物に行ったよっ!」


 勢いよく飛び付いてきた娘のシルクを抱き上げ、小さな体を包むように()であやすエリット。


 親子の仲睦(なかむつ)まじい姿を目に、ルクスたちは驚きに目を丸くしつつも、(なごや)かさに心が癒される。


「子供がいたのか」


「あはは、水都に来てすぐに今の奥さん出会いまして、勢いで」


 エリットの身体を離れたシルクに、リサーナは彼女の視線の高さまで身を(かが)める。(たちま)柔和(にゅうわ)微笑(ほほえ)みを添えて、その頭に優しく(てのひら)を置いた。


「シルクちゃん、こんにちは。少しの間お邪魔するわね」


「はいっ! なにもない家ですが、ゆっくりしていってくださいっ!」


「うふふっ、よくできたお嬢さんね」


「ははは……シルク、パパは少しお話があるから庭のお花に水やりをしてくれるかな」


 続けてエリットも同じように(ひざ)を折り、気を()かせるように娘に庭の世話を託した。


 そんな彼の声音には不思議と温もりが宿っており──かつての二人が知る青年とは異なる、()の表情をしていた。


「うんっ! わかった!」


「健気で可愛らしい、とっても良い子ね」


「それはもう、本当に……自慢の愛娘さ」




 広々とした居間に場所を移した三人は、(たく)を囲んで向かい合い、それぞれ腰を落ち着けた。高い吹き抜けが開放的な空間を演出し、(あわ)香木(こうぼく)(かお)りが安らぎを漂わせている。


 積もる話も山ほどあったが──まずは、リリタナ村で過ごしていたエリットが、水都に居を構えた理由を(たず)ねることにした。


「それでエリット、あなたはどうして水都にいるのかしら」


「ええっと……話せば長くなるんですが、今は水都で意匠士(いしょうし)をやっているんです。簡単に言えば、街の区画整理や、建造物の意匠に(たずさ)わっています」


「そうだったの……。思えばあなた、昔から景色や村の絵を沢山描いていたわね」


「意匠士か……。だが確かに、あの村では難しい仕事だな」


「はい。……実はこの居住区の通りの雰囲気も、おれが考えたんですけど……どうでしたか?」


「あなたが、ここを? 凄いじゃない、エリット……!」「ああ……綺麗に整えられた、素敵な場所だ」


「あははは……ありがとうございます。本当は、村から出るつもりはなかったんですけどね。……村に不満があるわけでもなかった。けど……他の世界を、この目で見てみたかったんです」


 エリットのふっと申し訳なさを滲ませた苦笑に、ルクスはそっと(まぶた)を閉じる。きっと彼は……あの村で交わした誓いに、負い目を感じているのだろう。


 リリタナ村は──皇子(おうじ)ルクスを支え、降りかかる悪意から皆で(まも)り抜くと、そう決めた誓いに。


 ()()()、当のルクスの考えは違っていた。無論、同じ(こころざし)を抱いてくれる者がいることは心強い。しかし同時に、彼らは彼らの道を生きて欲しいとも願っていた。


 復讐に染まる(おのれ)のために、縛られて欲しくはないと……そう、胸の奥で。


「そうか、立派だな。……エリット。アンタの人生だ、望むままに生きればいいんだ。村を出たことに責任を感じる必要はない」


「ルクス様……。って、おれの話は置いといてっ! お二人の話を聞かせてくださいよっ!」


「はぁ……仕方ないわね。けれど、元々リリタナで計画していたことをなぞっているだけよ」

 

 ルクスとリサーナは視線を交わし、短く頷き合う。そして……リリタナを()った後の軌跡(きせき)を、語り始めた。


 偽りの身分で騎士学院へ入学した後、キリルの教鞭(きょうべん)のもと祈術士としての才を磨き、聖教が巡らせた奸計(かんけい)を探り続けたこと──聖教騎士となってコーレルム隊に配属され、彼らと共に奔走(ほんそう)した果てに、アルメインを討ったこと。


 最後に……次の標的を、ミナカ・アイリーンに定めたことを。ありのままを、告げていった。


「そう、ですか……。訃報(ふほう)を耳にした時から、そうではないかと思っていましたが……やはり、アルメイン・コーレルム殿下はお二人が……」


「そうだ。だが……エリット、今話したことは忘れてくれ。水都で生きるアンタには、不要なものだ」


「ルクス様……それでも、一言だけ……。本当に……おめでとうございます」


「ああ……ありがとう、エリット」 


 瞳を潤わせた同郷の言葉に。(ようや)く踏み出した一歩に、遂に成就(じょうじゅ)した一歩に。


 それは紛れもなく、リリタナ村の人々の助けがあったからだと……ルクスは感謝と共に、深く頷いた。



「そうだわ、エリット。水都の聖教騎士たちが、どうも意欲的に見えるのだけれど……何か心当たりはあるかしら?」


「ええっと、それなら……」


「……? どうした」


 言葉を詰まらせたエリットが、(わず)かに目を伏せる。何か思うところがあるのだろうか……彼は深く息を吐いて続ける。


「いえ……明日、ミナカ様の巡礼祭が行われる影響かと。彼女はしばらく故郷の村で休養されていたようで……久方ぶりに水都でお姿を見られると、街中が浮足立っているんです」


「巡礼祭か……どおりで、と言ったところか。守りが(かた)い内は手が出せないな」


「けれど、水都にいるのは好都合ね。目論見(もくろみ)通りとは言え、水都を離れていた彼女がここに居るのは僥倖(ぎょうこう)よ」


 ミナカを探して水都を目指していた二人にとって、彼女の休養は知り得ない情報だった。風向きはこちらにある……またとない好機だろう。


 一方のエリットは、目元を曇らせ、彼女を(うれ)うような……そんな表情を見せていた。


「……度々(たびたび)、故郷に帰っては休養を取っているんですよ。()()……おれはルクス様の味方だけど、彼女が敵になるのは少し悲しいですね」


「エリット…………すまない」


「ル、ルクス様が謝ることはありません……! おれが、余計な感情を持っているばかりに……!」


「そんなことはない。だが……勇者ミナカは、()()()()。悪いが、それだけは変えられない」


「ルクス様……はい、わかって、います……」


 きっとエリットは、争いを好まず、皆に笑って生きて欲しいと思っているのだろう。

 

 その反面……ルクスたちの境遇、そして聖教の謀略(ぼうりゃく)を知っているからこそ、答えを見つけられない。


 それでも──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、エリットは……割り切れずにいた。


「とは言え、この厳戒態勢(げんかいたいせい)の中で事を構えるのは至難(しなん)ね」


「水都での巡礼祭が終わった後が狙い目か。彼女が故郷に帰るなら、それまで待つのも手だが……」


「実は領王宮に(うかが)った際、偶然耳にしたのですが……どうやらミナカ様は巡礼祭の後、聖都へ向かわれるようでした。しばらく故郷には帰らないかと思います」


「聖都……となると、警護の数は今と同等かそれ以上だわ……何か糸口はないかしら……」


 思案(しあん)()れるも妙案(みょうあん)は浮かばず、三人は黙考する。


 小休止を(はさ)もうと、エリットが立ち上がった──その時。玄関扉が開き、おしとやかな女性の声が響いた。


「ただいま〜って、あらエリットさん……お客様?」


 帰宅を告げたのは、エリットの妻──サーヤだった。買い物に出掛けていたという彼女の両手は荷物で塞がれており、(かか)えた布袋からは食材が姿を覗かせていた。


 亜麻色(あまいろ)の髪を揺らした彼女が居間に来ると、エリットは席を立ち、ルクスとリサーナは微笑みを向けた。


「サーヤ! おかえりっ! っと、そうなんだよ、街で偶然会ってね。紹介するよ……おれの故郷の……ええっと……」


「旧友だ。ルクスと……」「リサーナよ。エリットには勿体(もったい)ないほど別嬪(べっぴん)なお嫁さんね」


「は、はじめまして……! エリットさんの妻のサーヤです。何もない家ですが、どうぞおくつろぎくださいね」


「そうなんだよ……もう本当、おれには勿体ない人なんです……あははっ」


「エリットさんってば……。私は邪魔にならないようにしていますから、お話を続けててね」


「あ、ああ……ありがとう、助かるよ」


 すっかりサーヤに(ほほ)(ゆる)ませるエリットに、先ほどまでの張り詰めた空気から一転して、温かい和やかな空気に包まれる。

 

 リリタナ村を出てから、彼の心境の変化は──きっと、彼女の存在が(もたら)したものなのだろう。ルクスたちとは異なる道を歩み……彼はすでに、()()と言う名の()()を築いていた。


 ()()()()()。二度と交わってはいけない。彼を復讐に付き合わせてはならない。


 そんなエリットの邪魔にならぬように。そんなエリットの幸せを護りたいと。


 彼を尊重する二人は……己の道を曲げることはなく、一層に決意を固くしていった。





次回の更新は11月15日の21時を予定しています。


昨夜より体調を崩してしまったため、上記の投稿予定に影響が出る可能性があります。

その際には今話の前書きにて追記しますので、ご了承ください。


☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

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