表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
60/87

第一話 邂逅‐⑤

 背後から自身を呼ぶ声に耳を(ふさ)ぎ、ただ前へと進み続けたルクス。その一方で、()()が追ってくることもないまま──やがて、待ち合わせ場所の噴水広場へと到着する。


 噴き出される水飛沫(みずしぶき)(いこ)いを生み出し、差し込む()の光が宙に虹を()ける。広場には友人同士、恋人に親子連れ、老夫婦など……老若男女問わず(つど)う人々によって、(なご)やかな声が絶えず響いていた。


「リサーナは……まだ来ていないか」


 だが──その人波の中に、ルクスの待ち人であるリサーナの姿は見当たらない。


 (しば)しの時間が流れた後。腰を落ち着けて待とうと、周囲に(もう)けられた長椅子へ足を踏み出した──その時だった。


「お兄さん…………そこのお兄さん……陰鬱(いんうつ)そうな表情の、お兄さん……」


 ふと……視界の(はじ)にいる、顔が隠れる程につばの長い帽子を被り、奏器(そうき)(たずさ)えた青年より声が掛かる。


 ルクスが視線を向けると、(たちま)ち彼は帽子を(わず)かに上げて微笑(ほほえ)んだ。


「誰が陰鬱だ」


「失礼、ボクは吟遊詩人の()()()と言うんだ。一曲、いかがでしょうか」


「……いや、悪いが急いでいる。他をあたってくれ」


 本当は急ぐ先も特にないが、と心の片隅で(つぶや)く。()に興味がないわけではないが、今はあまり人と関りを持つことを避けたかった。


 即答で断りを入れたルクスは、足早に立ち去ろうとしたが……その背中に、アマギから諫言(かんげん)を浴びる。


「おや、よろしいのですか? 少し前から、ここで誰かを待っているように見受けられますが」


「はぁ……目敏(めざと)いな」


 耳の痛い図星に、ルクスは思わず溜息を零して足を止める。彼が振り返った先では、アマギが変わらずにこやかな笑みを浮かべていた。


「よく言われます」


「……一曲だけだ」


「ありがとうございます。ではお兄さん、こちらへお座りください」


 (うなが)されるまま(そば)の椅子に腰を下ろすと、アマギは柔和(にゅうわ)な笑みで弦奏器(げんそうき)に手を添える。彼の指先が触れる奏器……()()()()と呼ばれるそれは、多くの吟遊詩人が生業(なりわい)を共にする定番の鳴り物。


 異邦では竪琴(たてごと)と称されることもあり──透徹(とうてつ)とした美しい旋律から、胸を湧き立たせる激情の旋律まで。使い手の想いを音へと変幻させ、自在に響かせることを得意とする弦奏器だった。


「これより奏でますは、ここではない異邦のお話……()()()()()()の話でございます」


 アマギは瞼を伏せ……(あわ)い鼻歌を奏でながら、軽やかにヴィトラを()き始める。


 溶け合う音色は、悲恋の旋律。喧騒に取り残された、どこか物悲しいまどろみの中で──彼は詩を紡ぐ。


『ここはとある星の静かな町 ある朝に妖精は恋に落ちた


 妖精は彼と言葉を交わし 彼に(こころよ)く力を貸すと 彼は喜んでくれた


 しかし彼は人間だった 彼は人間の女性に恋をした 妖精は悪戯(いたずら)をしてしまった


 彼は妖精に怒った (おり)に閉じ込め 妖精から自由を奪った


 檻の中で妖精が涙を流す 彼は気付いてしまった それは 世界の理


 ある朝に妖精は恋に落ちた それは 終わりの始まりだった』


 最後の一拍は包むように──アマギは静謐(せいひつ)に、優しい指運びで終幕を飾った。


 音が溶けていくのと同時に、弦から手を離した彼は微笑(ほほえ)みながら瞼を開く。


「いかがだったでしょうか、お兄さん」


異邦詩(いほうし)か? 聞いたことのない話だな」


「ご名答です、お兄さん。これはボクが作った異邦詩なんです。気に入っていただけましたか?」


 吟遊詩人には、(いにしえ)より伝わる名詩(めいし)を奏でる者もいれば、自身の紡いだ物語を奏でる者もいる。後者の詩が後世に残ることもあるが、それは指折り数えるほどの巡り合わせに過ぎない。


 彼は名詩を生み出したいのだろうか──期待を込めた眼差しで感想を求める青年を無下(むげ)にも出来ず、ルクスは浮かんだ疑問を口にする。


「……妖精とその男はどうなるんだ?」


「ん~……やっぱり気になりますよね」


 アマギは苦笑(くしょう)しながら帽子のつばを指先で(いじ)り、言葉を探すように視線を下へ落とした。


 程なくヴィトラへそっと手を戻したものの、弦は沈黙を保ったまま。忽ち彼は何度か頷くと、唐突にルクスへ投げ掛ける。


「そうだ、うんうん……。この詩の結末、お兄さんならどうしますか?」


「終わりは決めていないのか? ……アンタの詩だ、自分で決めろ」


「ははっ、もう結末は決まっていますよ。ただ、お兄さんの考えが聞きたいんです」


 彼の好奇心を宿した瞳とその問に、ルクスは肩を(すく)ませた。


 己ならばどうするか。その締め括りは未知数でありながらも、ルクスは喜劇になる結末を望んでいた。


「……妖精は檻から抜け出し、再び自由を手に入れる」


「あはははっ、いいね、面白いよ。……()()、現実はそうはいかないみたいだ」


「はぁ……で、アンタの考える結末はどうなるんだ」


「そうだなぁ……お兄さんは、空に映る二つの大きな星を知ってるよね」


 指先でつばを持ち上げ、広がる蒼穹へ視線を向ける。その視線を追うように、ルクスもまた空を見上げる。


「……? 太陽と月のことを言ってるのか」


「そうそう、()()()()。ボクは単純に、あの星は太陽と月だと教わった。きっとみんな同じなんだろうね」


「意味がわからないな。何が言いたい」


「……ははっ、そうだよね。ごめんね、お兄さん。この話の続きは、また次の機会にしよう。……どうやらボクは、もう行かないといけないみたいなんだ」


「なに…………?」


 何かに気付き話を()めるように告げると、アマギはヴィトレを革の(はこ)へ収め、椅子から素早く立ち上がった。


 その場を去る間際、帽子を深く被り直し──背中を向けた彼は、最後にルクスを一瞥(いちべつ)する。


 そして(さなが)ら、置き土産のように……アマギは不可解な言葉を残して、歩き出して行った。



()()()()()()()……お兄さん、よければまた……ボクの詩を聞きに来てくださいね」









 不思議な吟遊詩人が姿を消してしばらく。ルクスは長椅子に腰を預けたまま、変わらず噴水広場でリサーナを待っていた。


「はぁ……結局アイツは何が言いたかったんだ。リサーナも、遅いな……」

 

 まだ時間を要しているのか、少し彼女の身を案じ出したそんな(おり)に……不意に懐かしい声が、水音を背景に耳に入ってくる。


()()()()……もしやルクス様ですか!?」


 呼び掛けに反応して振り向くと、橙色の短髪に小洒落(こじゃれ)(よそお)いをした青年が立っていた。片眼鏡(かためがね)を着けた彼にどこか面影を感じ取るルクスは、噴き出した懐古と共に、旧知の名前を口にする。


「アンタは……いや……もしかして、()()()()か……?」


「そうですっ! リリタナのエリットですよっ! まさか水都でルクス様とお会いできるなんて……! いや、それよりも、お元気そうで本当によかった……!」


 興奮気味に身を乗り出して熱い想いを語る青年は、エリット・ロラン。ルクスとリサーナの同郷の友人にして、()()の一人だった。


「あ、ああ……ずいぶんと久しいな。村を出ていたのか」


「はい……。ルクス様が聖都に赴かれてから、色々ありまして……そうだっ! よければうちに来てください! リサーナも一緒にいるんでしょう?」


「お、落ち着け……彼女のことだが……」「ルクス、お待たせ……ってあなた…………エリット……かしら?」


「やぁリサーナ! はははっ、噂をすればってやつですね!」


「はぁ……まったく。リサーナ。少しの間、エリットの家に邪魔しよう。宿の方はどうだった」


「……ええ、わかったわ。……宿については、少し難しそうね……。街の防護が厳しいのも問題だけれど、それ以上にどこも満室よ」


 確かにと、ルクスは水都の道中でも聖教騎士の目が光っていたことを思い起こす。宿に関しては、夜は特に冷える季節を迎えている──寝床(ねどこ)の当てもなく過ごすのは避けたい。


 同時にルクスは……罪業(ざいごう)をミオメルに打ち明けた影響で、手配書が出回っている可能性に不安を(つの)らせる。紛れもない失態だったが……こればかりは、彼女を信じるしかないと言えた。


 二人が神妙(しんみょう)面差(おもざし)をしていると……自宅に招待するのが待ち切れないのか、エリットが(しび)れを切らしたように彼らの背中を押して歩き出す。


「お、おい」「きゃっ、なっ、何よ……」


「立ち話もいいですが……ささっ二人とも! まずはうちにどうぞ!」


 力強く前へ押し出され、リサーナが困惑した表情を浮かべる。


 (しか)し無邪気な笑みで再会を喜ぶ彼に、ルクスも思わず肩を竦め……二人は、苦笑を零すのだった────。





次回の更新は11月12日の21時を予定しています。


☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ