表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
6/44

第一話 勇者‐④

 飛翔を果たしたアルドールが風を切り裂き、蒼穹(そうきゅう)でその翼を広げることしばらく。


 艦内では、操縦士であるマリベルへ称賛の声が上がっていた。座席からメディス姉弟が感嘆(かんたん)の声を漏らす中、チルメリアとアルメインも彼女の手腕を褒め称える。


「マリベル、離陸上手だった」


「ああ……! マリーは操縦士の名に違わず優秀なようだ」


「えへへ……それほどでもないですけどねっ!」


 口では謙遜(けんそん)しつつも、彼女はにこやかに表情を綻ばせていた。

 

 マリベルの発現した旋風──風迅(ふうじん)下階祈術(げかいきじゅつ)が船体の駆動輪を包み込み、アルドールは大空を駆けている。


 通常、祈術は祈術陣と呼ばれる円陣を体内から展開し、エナと祈りを捧げることによって発現する。


 一方、神霊石(しんれいせき)は祈術陣を介さず、(あらかじ)め記憶した祈術を僅かなエナの消費で再現が可能な鉱石。


 セクトルの操縦士は神霊石に祈術を記憶させた上で、飛行中は永続的に祈術を発現しているのだった。


─────────────────────────


 件のセクトルの航路を飛行することしばらく。一行はサマル村近辺の林道に到着していた。

 

 マリベルが両手を組み大きく伸びをしていると、林道の道半ばにて視界に入った事態に目を見開く。


 彼女は急ぎ操縦室を離れている隊員へ、伝声管に声を張り上げて報せる。


「あ、あわわわわ……! 皆さん……! 大変ですっ! 至急操縦室にお集まりくださいっ!」


 切迫した声に一同が駆けつけると、操縦室から臨む光景に息を呑む。


 直線上に抉れた地面、大きく破損した煙を上げるセクトルに、倒竹(とうちく)。そして……(かたわ)らで()()()()()()()()


 セクトルの不時着を連想させる中、アルメインは緊張の走った声音で指示を出した。


「マリー! 近くで停めてくれ! 多分……目標のセクトルだろう」


「は、はい……! 皆さんっ! 少し揺れますので、席に着いてください!」


「……二人が巻き込まれていないと良いのだけれど」


「む……あの死体……」


 焦眉(しょうび)の状況に不安が募る中、一行は付近に落ち着いてアルドールを停泊させる。


 マリベルは点検を兼ねて艦内に留まり、四人は林道に踏み入ると、破損したセクトルのもとへ向かった。

 

 その後。急行した四人は現在、メディス姉弟は煙を上げるセクトルの内部を、アルメインとチルメリアは男の死体を確認にあたっている。


「セクトルには何もないわね。人も神霊石も……(もぬけ)の殻だわ」


「待って、姉さん。これ……外された鎖が残ってる」


 旅の足であるセクトルは大部分が客席を占めていたが、乗客や操縦士の姿は一人も確認できない。


 また、不可解なことに客室には襤褸(ぼろ)と鎖が多数残されていた。


「これは……きっと奴隷商ね。外されていることを鑑みると、奴隷は解放されているようだけれど」


「となると客席にいた者は救助されたか、逃げたか。……姉さん、まだあった」

 

 血の混じった異臭が鼻を刺し、思わず視線を向けた──その瞬間。視界の端に映った惨状に、カイナは顔を(しか)めた。


 彼の眼差しが示した先。客席の足元には、()()()()()()()が転がっていた。



 一方、アルメインは死体の前で膝をき、祈りを捧げていた。眠る男の(まぶた)をそっと撫でるように閉じ、両手を腹部で組ませている。


 その傍らでは、チルメリアが静かに亡骸を見つめていた。


「チル。アルドールで何か気付いた様子だったね」


「濃紺の上着に首筋に大きな痣のある壮年男性……この人、手配書で見た。……()()()


「……胸部に刺殺の跡があった。背中まで貫通して微かに土塊が付着している。……報復か」


 そのまま目を瞑り、再度弔いの祈りを捧げた。彼に(なら)い、チルメリアもしめやかに目を瞑る。


「ディーリア。……彼も純粋な人として生を授かった。手配書にある奴隷商なら……どこかで一度だけかもしれない。魔が差して道を踏み外してしまったが……最期は人として送ってあげよう」


─────────────────────────


 調査を終え、林道を歩くこと僅か。更なる情報を求めてサマル村に到着した四人は、村の中へ足を運んでいた。


 スオウ領国最南端に位置した穏やかな印象を覚えるこの村は、周囲に木造の塀を設けており、正面には村の砦である正門が鎮座している。

 

 家屋や教会前の広場には人の姿が見え、村の様子に異変がないことにアルメインは安堵する。


 多くの集落には聖教騎士が数名駐留しているが、サマル村は聖都近郊に位置するため、司祭が秩序の維持を担っていた。


「村に変わった様子はないな……そればかりか、少し賑やかだ」


 村の人々は明るく浮かれた表情を見せており、上等な肉の用意を──久々に踊っちゃおうかな──リアスティーデ様の導きじゃ──と、嬉々とした様相で会話が飛び交っていた。


「お祭りでもあるのかな、くんくん」


「あはは……この件を解決させて二人を見つけた後、時間があれば邪魔してみよう」

 

 度々アルメインが付き合わされる程度に、チルメリアは幼少の頃から祭事が好きだった。


 (ある)いは、多忙の身である彼との、出掛けるきっかけ作りだったのかもしれない。


「うん。アルが行きたいなら、いいよ」


「そうとなったら、早いとこ片を付けないとな」


 目を輝かせる彼女に、笑顔でそう返す。箱入りで鍛練の毎日だったアルメインにとってもまた、チルメリアとの外出はひと時の休息として刻まれていた。


「ひとまず、セクトルに関する情報を集めましょ。何か知っているかもしれないわ」


「手分けして村人を当たってみるか?」


「そうだな……ここは一旦司祭か村長を訪ねてみよう。聞き込みはその後だ」


 一同はアルメインの提案に首肯すると、付近の人に村長の居所を尋ねようと歩みを進めた。


 そうして教会前の広場まで移動した、その時。一際大きな人集りが視界に入ってくる。


 中心にいる人物が身に纏うは、白を基調に青の精緻(せいち)な刺繡が印象的な()()────思わぬ遭遇に、四人は顔を見合わせた。


「む……あの服装……もしかして……」


「ああ。村長への訪問は後回しだ。声をかけてみよう」


神霊石についてですが、記憶できる祈術は一つまでです。

また、記憶した本人のみ祈術の再現が可能です。

大抵は組織が所有することが多いですが、個人で所有する者も中にはいます。


明日も21時の更新を予定しています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ