第一話 勇者‐④
飛翔を果たしたアルドールが風を切り裂き、蒼穹でその翼を広げることしばらく。
艦内では、操縦士であるマリベルへ称賛の声が上がっていた。座席からメディス姉弟が感嘆の声を漏らす中、チルメリアとアルメインも彼女の手腕を褒め称える。
「マリベル、離陸上手だった」
「ああ……! マリーは操縦士の名に違わず優秀なようだ」
「えへへ……それほどでもないですけどねっ!」
口では謙遜しつつも、彼女はにこやかに表情を綻ばせていた。
マリベルの発現した旋風──風迅の下階祈術が船体の駆動輪を包み込み、アルドールは大空を駆けている。
通常、祈術は祈術陣と呼ばれる円陣を体内から展開し、エナと祈りを捧げることによって発現する。
一方、神霊石は祈術陣を介さず、予め記憶した祈術を僅かなエナの消費で再現が可能な鉱石。
セクトルの操縦士は神霊石に祈術を記憶させた上で、飛行中は永続的に祈術を発現しているのだった。
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件のセクトルの航路を飛行することしばらく。一行はサマル村近辺の林道に到着していた。
マリベルが両手を組み大きく伸びをしていると、林道の道半ばにて視界に入った事態に目を見開く。
彼女は急ぎ操縦室を離れている隊員へ、伝声管に声を張り上げて報せる。
「あ、あわわわわ……! 皆さん……! 大変ですっ! 至急操縦室にお集まりくださいっ!」
切迫した声に一同が駆けつけると、操縦室から臨む光景に息を呑む。
直線上に抉れた地面、大きく破損した煙を上げるセクトルに、倒竹。そして……傍らで息絶えた男の死体。
セクトルの不時着を連想させる中、アルメインは緊張の走った声音で指示を出した。
「マリー! 近くで停めてくれ! 多分……目標のセクトルだろう」
「は、はい……! 皆さんっ! 少し揺れますので、席に着いてください!」
「……二人が巻き込まれていないと良いのだけれど」
「む……あの死体……」
焦眉の状況に不安が募る中、一行は付近に落ち着いてアルドールを停泊させる。
マリベルは点検を兼ねて艦内に留まり、四人は林道に踏み入ると、破損したセクトルのもとへ向かった。
その後。急行した四人は現在、メディス姉弟は煙を上げるセクトルの内部を、アルメインとチルメリアは男の死体を確認にあたっている。
「セクトルには何もないわね。人も神霊石も……蛻の殻だわ」
「待って、姉さん。これ……外された鎖が残ってる」
旅の足であるセクトルは大部分が客席を占めていたが、乗客や操縦士の姿は一人も確認できない。
また、不可解なことに客室には襤褸と鎖が多数残されていた。
「これは……きっと奴隷商ね。外されていることを鑑みると、奴隷は解放されているようだけれど」
「となると客席にいた者は救助されたか、逃げたか。……姉さん、まだあった」
血の混じった異臭が鼻を刺し、思わず視線を向けた──その瞬間。視界の端に映った惨状に、カイナは顔を顰めた。
彼の眼差しが示した先。客席の足元には、二人の男の死体が転がっていた。
一方、アルメインは死体の前で膝をき、祈りを捧げていた。眠る男の瞼をそっと撫でるように閉じ、両手を腹部で組ませている。
その傍らでは、チルメリアが静かに亡骸を見つめていた。
「チル。アルドールで何か気付いた様子だったね」
「濃紺の上着に首筋に大きな痣のある壮年男性……この人、手配書で見た。……奴隷商」
「……胸部に刺殺の跡があった。背中まで貫通して微かに土塊が付着している。……報復か」
そのまま目を瞑り、再度弔いの祈りを捧げた。彼に倣い、チルメリアもしめやかに目を瞑る。
「ディーリア。……彼も純粋な人として生を授かった。手配書にある奴隷商なら……どこかで一度だけかもしれない。魔が差して道を踏み外してしまったが……最期は人として送ってあげよう」
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調査を終え、林道を歩くこと僅か。更なる情報を求めてサマル村に到着した四人は、村の中へ足を運んでいた。
スオウ領国最南端に位置した穏やかな印象を覚えるこの村は、周囲に木造の塀を設けており、正面には村の砦である正門が鎮座している。
家屋や教会前の広場には人の姿が見え、村の様子に異変がないことにアルメインは安堵する。
多くの集落には聖教騎士が数名駐留しているが、サマル村は聖都近郊に位置するため、司祭が秩序の維持を担っていた。
「村に変わった様子はないな……そればかりか、少し賑やかだ」
村の人々は明るく浮かれた表情を見せており、上等な肉の用意を──久々に踊っちゃおうかな──リアスティーデ様の導きじゃ──と、嬉々とした様相で会話が飛び交っていた。
「お祭りでもあるのかな、くんくん」
「あはは……この件を解決させて二人を見つけた後、時間があれば邪魔してみよう」
度々アルメインが付き合わされる程度に、チルメリアは幼少の頃から祭事が好きだった。
或いは、多忙の身である彼との、出掛けるきっかけ作りだったのかもしれない。
「うん。アルが行きたいなら、いいよ」
「そうとなったら、早いとこ片を付けないとな」
目を輝かせる彼女に、笑顔でそう返す。箱入りで鍛練の毎日だったアルメインにとってもまた、チルメリアとの外出はひと時の休息として刻まれていた。
「ひとまず、セクトルに関する情報を集めましょ。何か知っているかもしれないわ」
「手分けして村人を当たってみるか?」
「そうだな……ここは一旦司祭か村長を訪ねてみよう。聞き込みはその後だ」
一同はアルメインの提案に首肯すると、付近の人に村長の居所を尋ねようと歩みを進めた。
そうして教会前の広場まで移動した、その時。一際大きな人集りが視界に入ってくる。
中心にいる人物が身に纏うは、白を基調に青の精緻な刺繡が印象的な団服────思わぬ遭遇に、四人は顔を見合わせた。
「む……あの服装……もしかして……」
「ああ。村長への訪問は後回しだ。声をかけてみよう」
神霊石についてですが、記憶できる祈術は一つまでです。
また、記憶した本人のみ祈術の再現が可能です。
大抵は組織が所有することが多いですが、個人で所有する者も中にはいます。
明日も21時の更新を予定しています。