第一話 邂逅‐④
水都レイオラ商業区・キュレース通り──。
一本の水路を挟み、二筋の通りが真っ直ぐに伸びたそこには、対岸を繋ぐ橋が等間隔に架けられている。水路ではその白煉瓦の曲線を潜るように水上艇が走り、各高架下の停泊所へと乗客を運んでいく。
地上の通りでは、豊かに彩られた格式高い店が軒を連ねている。
水晶を用いた装飾品店や雑貨店、竜胆色の染屋に仕立て屋。水都名物の丸い飴菓子──レイオラキャンディの店、料亭や酒場など──数々の店が賑わいを見せ、人の営みを活気で溢れさせていた。
「にっしても……聖都のプリムス通りに負けず劣らず、綺麗な場所ね……。品物も良いから、ついつい沢山買っちゃったじゃない……」
そんなキュレース通りの人込みの中……散策も兼ねて街に出ていたミオメルの姿があった。
ゆるりと歩く彼女の両手には多くの布袋が提げられており、中身にはジュリに頼まれた物資に加え、香水や甘味と言った自身の嗜好品も含まれていた。
「後は……ウルハに頼まれた砥石と軟膏だけね。はぁ……重たい……」
謁見を終え、どこか浮足立っていたミオメルだったが……気分転換が功を奏した様子が伺える。
足取りは重く、疲れが垣間見えるものの……その面差は穏やかなものだ。
「あ~、もう限界……少し休憩したいわね……どこか良い場所ないかしら……って、あれ……」
キュレース通りの一角。茶屋を探す彼女の視界に、ふと──一人の影が映り込む。
その者がミオメルに気付く事はなったが……忽ち影は人波を嫌うように、裏路地へと姿を眩ませた。
胸の騒めきが沸騰していく。見間違える筈がない……だが、その姿をここで見る筈もないのだと。
「ちょっと……う、嘘でしょ……まさか……本当に……っ!」
目を点にさせたミオメルが立ち竦むのも束の間。次の瞬間には、彼女は両手に袋を抱えたまま、その者を追うように駆けだしていく。
彼女を待っているのは──吉か、凶か。それを確かめるべく、想いのままに脚を動かすのだった。
遡ること、僅か────。
「今年もアヴィリカ展覧会が開催! あの著名画家ファクタリオの新作や毎年恒例、戯曲家レナトスによる歌劇も行われるぞっ!」
「今話題の踊り子レイ・カーサが遂に水都にて公演! 迎えた一世一代の大舞台の切符は早い者勝ちだ〜っ!」
多方の劇場より芸術に富んだ者たちの名を耳にしながら、噴水広場を目指して水都を歩くルクス。
独特な活気と清麗を湛える街並みの随所では、その陰に聖教騎士の姿が散見されている。彼らは皆どこか張り詰めた表情をしており、鋭い眼差しを巡らせ、街の防護を強めていた。
「……聖教騎士の目が多いな」
そんな緊迫した空気を避けるように、ルクスは通りを抜けて裏路地へと足を向ける。徐々に喧騒が遠退く中、冷ややかな風と足音だけが、白煉瓦の道に残されていく。
不意に──前方の気配に第六感が肌を刺した。瞬時に立ち止まり、周囲を見渡すが……他の人影や異変は見当たらない。その違和感に眉を顰めながらも……慎重に前へと、一歩ずつ踏み締めて行く。
そして──突き当りの角を左に曲がった、その須臾に。ルクスは、思わぬ人物との邂逅を果たした。
「……ちょっと。あんた……面貸しなさいよ」
その者は肩を震わせ、揺れる眼差しのまルクスを見据えていた。彼女の凍えた声音に宿るは……歓喜か、感激か、或いは。
自身を呼び、向けられたその視線に……ルクスは足を止めた。されど彼は……彼女に応えることはなく、視線を落とす。落とさざるを得ない。
────己はもう、彼女たちと共に背を並べることはないのだから。
忽ちルクスが踵を返し、その場を離れようとした……刹那。
「……っ! 待ちなさいっ……!」
突風を攫った跳躍に、ルクスの頭上を人影が掠める。そして白煉瓦を擦る音と共に……彼女は、彼の前へと着地した。
────決して、逃しはしないと。
ルクスが溜息混じりに視界に収めた先には……白を基調に、青の精緻な刺繍が印象的な──聖教騎士の団服を纏う、若竹色の髪をした少女の姿があった。
────ミオメル・イルファン。
かつて共に戦った仲間であり、今はなきコーレルム隊……そして現ブルズブルグ隊の隊員だった。
「あたしの顔……忘れたとは言わせないわよ」
「はぁ……アンタを忘れる方が難しいな、ミオメル」
「……ここで何してるわけ? あの日……あそこで何があったわけ? ……無事なら……生きてたなら、なんで聖都に戻らなかったのよ……心配したじゃない……死んでしまったんじゃないかって、あたし……!」
彼女は目を伏せ、微かに唇を震わせる。掠れた声が……嗚咽と戸惑いを滲ませる。
あの日──ルクスが帝都での復讐を遂げた日。ミオメルの目の前から、三人の仲間が姿を消した。前触れもなく……ただ、突然に。
彼女の胸に秘めた痛み──あの時、深く刻まれた喪失感が呼び起される。憂いを帯びた感情は絡み合い、幾日経てども離れることはなかった。
恐怖、畏怖、絶望……そんな感情が。縛られ、解けず、ただ滲む。
──されどルクスは、その視線から彼女を外した。
ミオメルの視界の横を、彼の姿が過ぎ去ろうとする。その歩みに迷いはなく、過去を拒絶するように。
「ちょっと……! どこ、行くのよ……! なんとか言いなさいよ……!」
甲高い悲痛な叫びが、路地裏を突き抜ける。空気を震わせたその声は……残響。
だが……。想いを乗せた糾弾に、ルクスが振り返ることはない。
そして────刹那に、息を吐いて。瞳を瞑ると──彼は彼女へ、真実を告げた。
「……アルメインは、俺が殺した」
「……え? なっ……何、言ってんのよ、急に。……冗談はやめて。そもそもあんたに、殺せるわけ……」
「復讐だ……預言の勇者に対する、聖教に対する……復讐だ」
「ちょっ、ちょっとカイナ、待ちなさいよっ! わけわかんないこと言ってんじゃないわよっ!」
何故、彼女へ告げたのだろうか。その問の答えは、自身の中にはない。
何も言わずに去ることも、或いは偽りで誤魔化すこともできた筈だった。
これはきっと……気紛れだ。
「……ミオメル。聖教を信用するな。友人を殺されたアンタなら、この意味がわかるはずだ」
「待ちなさいよ……ちょっと……! カイナっ!」
「…………頼む、アルメインの件は他言しないでくれ。俺にはまだ……成すべきことが残ってるんだ」
立ち去る彼に、ただ呆然と視線を向ける。かつての仲間との再会は、予兆のない激震。
告げられた事実に、彼の背中に。鈍く、重く……反芻する。
伸ばしかけた掌は、虚空を掴み……ただミオメルは立ち竦み、言葉を失っていた。
「なに、言ってんのよ…………」
冷たい秋風が、若竹色の彼女の髪を揺らし……小さな余韻だけがその場に漂っている。
だが────この再会は必然にして、分離の標。
正義を志したミオメルの道を、大きく……鮮烈に、変えていくこととなるのだった。
次回の更新は11月9日の21時を予定しています。
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