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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第一話 邂逅‐④

 水都レイオラ商業区・キュレース通り──。


 一本の水路を(はさ)み、二筋(ふたすじ)の通りが真っ直ぐに伸びたそこには、対岸(たいがん)を繋ぐ橋が等間隔(とうかんかく)()けられている。水路ではその白煉瓦の曲線を(くぐ)るように水上艇が走り、各高架下(こうかした)の停泊所へと乗客を運んでいく。

 

 地上の通りでは、豊かに(いろど)られた格式高い店が(のき)を連ねている。

 水晶を(もち)いた装飾品店や雑貨店、竜胆(りんどう)色の染屋(そめや)に仕立て屋。水都名物の丸い飴菓子──レイオラキャンディの店、料亭や酒場など──数々の店が賑わいを見せ、人の(いとな)みを活気で溢れさせていた。


「にっしても……聖都のプリムス通りに負けず劣らず、綺麗な場所ね……。品物も良いから、ついつい沢山買っちゃったじゃない……」


 そんなキュレース通りの人込みの中……散策も兼ねて街に出ていたミオメルの姿があった。


 ゆるりと歩く彼女の両手には多くの布袋(ぬのぶくろ)()げられており、中身にはジュリに頼まれた物資に加え、香水や甘味と言った自身の嗜好品(しこうひん)も含まれていた。


「後は……ウルハに頼まれた砥石(といし)軟膏(なんこう)だけね。はぁ……重たい……」


 謁見を終え、どこか浮足(うきあし)立っていたミオメルだったが……気分転換が(こう)(そう)した様子が伺える。


 足取りは重く、疲れが垣間見えるものの……その面差(おもざし)は穏やかなものだ。


「あ~、もう限界……少し休憩したいわね……どこか良い場所ないかしら……って、あれ……」


 キュレース通りの一角。茶屋(ちゃや)を探す彼女の視界に、ふと──()()()()が映り込む。


 その者がミオメルに気付く事はなったが……(たちま)ち影は人波を嫌うように、裏路地へと姿を(くら)ませた。


 胸の(ざわ)めきが沸騰(ふっとう)していく。見間違える(はず)がない……だが、その姿を()()()()()()()()()のだと。 


「ちょっと……う、嘘でしょ……まさか……本当に……っ!」


 目を点にさせたミオメルが立ち(すく)むのも(つか)()。次の瞬間には、彼女は両手に袋を抱えたまま、その者を追うように駆けだしていく。


 彼女を待っているのは──()か、()か。それを確かめるべく、想いのままに脚を動かすのだった。










 (さかのぼ)ること、(わず)か────。



「今年もアヴィリカ展覧会が開催! あの著名(ちょめい)画家(がか)ファクタリオの新作や毎年恒例、戯曲家(ぎきょくか)レナトスによる歌劇も行われるぞっ!」


「今話題の踊り子レイ・カーサが(つい)に水都にて公演! (むか)えた一世一代の大舞台の切符は早い者勝ちだ〜っ!」


 多方の劇場より芸術に()んだ者たちの名を耳にしながら、噴水広場を目指して水都を歩くルクス。


 独特な活気と清麗(せいれい)(たた)える街並みの随所(ずいしょ)では、その陰に聖教騎士の姿が散見されている。彼らは皆どこか張り詰めた表情をしており、鋭い眼差しを巡らせ、街の防護を強めていた。


「……聖教騎士の目が多いな」


 そんな緊迫(きんぱく)した空気を避けるように、ルクスは通りを抜けて裏路地へと足を向ける。徐々に喧騒(けんそう)遠退(とおの)く中、冷ややかな風と足音だけが、白煉瓦(しろれんが)の道に残されていく。


 ()()()──前方の気配に第六感(だいろっかん)が肌を刺した。瞬時に立ち止まり、周囲を見渡すが……他の人影や異変は見当たらない。その違和感に眉を(ひそ)めながらも……慎重に前へと、一歩ずつ踏み締めて行く。


 そして──突き当りの角を左に曲がった、その須臾(しゅゆ)に。ルクスは、()()()()()との邂逅(かいこう)を果たした。


「……ちょっと。あんた……面貸しなさいよ」


 その者は肩を震わせ、揺れる眼差しのまルクスを見据えていた。彼女の(こご)えた声音に宿るは……()()か、()()か、(ある)いは。


 自身を呼び、向けられたその視線に……ルクスは足を止めた。されど彼は……彼女に応えることはなく、視線を落とす。落とさざるを得ない。


 ────己はもう、彼女たちと共に背を並べることはないのだから。


 忽ちルクスが(きびす)を返し、その場を離れようとした……()()


「……っ! 待ちなさいっ……!」


 突風を(さら)った跳躍に、ルクスの頭上を人影が(かす)める。そして白煉瓦を(こす)る音と共に……彼女は、彼の前へと着地した。


 ────決して、逃しはしないと。


 ルクスが溜息混じりに視界に収めた先には……白を基調に、青の精緻(せいち)刺繍(ししゅう)が印象的な──聖教騎士の団服を(まと)う、若竹色の髪をした少女の姿があった。


 ────()()()()()()()()()


 かつて共に戦った仲間であり、今はなきコーレルム隊……そして現ブルズブルグ隊の隊員だった。


「あたしの顔……忘れたとは言わせないわよ」


「はぁ……アンタを忘れる方が難しいな、ミオメル」


「……ここで何してるわけ? あの日……あそこで何があったわけ? ……無事なら……生きてたなら、なんで聖都に戻らなかったのよ……心配したじゃない……死んでしまったんじゃないかって、あたし……!」


 彼女は目を伏せ、(かす)かに唇を震わせる。掠れた声が……嗚咽(おえつ)戸惑(とまど)いを滲ませる。


 あの日──ルクスが帝都での復讐を()げた日。ミオメルの目の前から、三人の仲間が姿を消した。前触れもなく……ただ、突然に。


 彼女の胸に秘めた痛み──あの時、深く刻まれた喪失感が呼び起される。(うれ)いを帯びた感情は絡み合い、幾日(いくにち)経てども離れることはなかった。


 恐怖、畏怖、絶望……そんな感情が。縛られ、解けず、ただ滲む。


 ──されどルクスは、その視線から彼女を外した。


 ミオメルの視界の横を、彼の姿が過ぎ去ろうとする。その歩みに迷いはなく、過去を拒絶するように。


「ちょっと……! どこ、行くのよ……! なんとか言いなさいよ……!」


 甲高い悲痛な叫びが、路地裏を突き抜ける。空気を震わせたその声は……()()


 だが……。想いを乗せた糾弾(きゅうだん)に、ルクスが振り返ることはない。


 そして────刹那に、息を吐いて。瞳を瞑ると──彼は彼女へ、()()を告げた。


「……アルメインは、俺が殺した」


「……え? なっ……何、言ってんのよ、急に。……冗談はやめて。そもそもあんたに、殺せるわけ……」


「復讐だ……預言の勇者に対する、聖教に対する……復讐だ」


「ちょっ、ちょっとカイナ、待ちなさいよっ! わけわかんないこと言ってんじゃないわよっ!」


 何故(なぜ)、彼女へ告げたのだろうか。その問の答えは、自身の中にはない。


 何も言わずに去ることも、或いは偽りで誤魔化すこともできた筈だった。


 これはきっと……()()()()


「……ミオメル。聖教を信用するな。友人を殺されたアンタなら、この意味がわかるはずだ」


「待ちなさいよ……ちょっと……! カイナっ!」


「…………頼む、アルメインの件は他言しないでくれ。俺にはまだ……()すべきことが残ってるんだ」


 立ち去る彼に、ただ呆然(ぼうぜん)と視線を向ける。かつての仲間との再会は、予兆のない激震。


 告げられた事実に、彼の背中に。鈍く、重く……反芻(はんすう)する。


 伸ばしかけた(てのひら)は、虚空を掴み……ただミオメルは立ち竦み、言葉を失っていた。


「なに、言ってんのよ…………」


 冷たい秋風が、若竹色の彼女の髪を揺らし……小さな余韻(よいん)だけがその場に(ただよ)っている。


 ()()────この再会は必然にして、分離の(しるべ)


 正義を志したミオメルの道を、()()()……()()に、変えていくこととなるのだった。





次回の更新は11月9日の21時を予定しています。


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