第一話 邂逅‐③
白の砦を抜け、水と光が調和する都へ、人々は列を成して足を運んでいく。
そして、また一人。威容なるヴィクスフォートを背にして──ルクスは街区へと歩みを進めていた。
秋風に乗るようにして、見上げれば。その視界の先に広がる……息を呑むほど壮大な景色には、誰もが圧倒されることだろう。
「ここが、水都か……」
街路沿いに設けられた、無数に巡る水路とその上を走る水上艇。街全体が呼吸をするように織り成すのは……聖都とは異なる、純白と竜胆の色彩美。
一本の筋のように伸びた、緩やかな坂を上り切った先では……剣が如く蒼穹を衝き、螺旋状の塔を戴く──領王宮フェイドランシアが、圧倒的な威光を放っていた。
水都は領王宮を中心として、聖教騎士団レイオラ支部にマレフォンス大聖堂、かつての領王が設けた学術院レヴィオラが並び立つ祈政区。
その外側には名高い公爵家をはじめとしたリダマーナ貴族が住まう貴族区に、リダマーナ随一の商いが行われる商業区、更には水都の民が住まう居住区と……中央から外側に向かって、環状に連なっていた。
「噴水広場は……あそこか。思ったより時間が掛かったな……急ごう」
圧巻の光景を前にして、ルクスはふっと息を吐き、心を整える。
感嘆に呆けている場合ではない。既に、戦いは始まっている。まずはリサーナとの待ち合わせに向かわなくては。
斯くて平和を奏でる水都の喧騒から逃げるように……居住区を抜けた先、商業区の中央に位置する、水飛沫に華やぐ噴水広場へと、ルクスはその足を向けた。
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領王宮フェイドランシア──謁見の間。
白と青紫をした、螺旋に蜷局を巻く領王宮のその中腹。精緻な装飾で彩られた中庭廊下を抜けた、その先。
湖底に咲く、細長い花弁が幾重にも広げた青紫の花──国花ミーリスの描かれた扉の向こう側で、その者たちは対面していた。
神々しく輝く、竜胆の玉座。そこに腰を据えるは、現リダマーナ領国王シルド・ブラテガ。白群の髪と瞳を持ち、その眼光を光らせる領王の周囲では、威信を示すように近衛が直剣を掲げている。
その威容を前に片膝を着いて頭を垂れ、謁見の伺いを立てていたのは……マーレ聖教会騎士団の特務隊──フルズブルグ隊の面々。
オイゲン、ミオメル、ウルハ、チルメリアにジュリを含めた五名は、水都への到着早々にその場へ馳せ参じていた。
「よもやそなたが特務隊の隊長とはな、エルゴ卿。皆の者、顔を上げてよいぞ」
「はっ……領王陛下、ご無沙汰しております」
領王の赦しに隊の一同は顔を上げると、胸に手を添えたオイゲンが力強く声を張る。
厳粛な空気が場を包む中──領王は頷きと共に、右手に携えた杖で床石を叩いた。
「……うむ。まずは長旅ご苦労であったな。ミナカ嬢の件は、儂もすでに耳にしておる。聖下より直々に文が届いていてな……あの方の頼みともなれば、儂とて事の重大さは弁えておるつもりだ」
「陛下のお言葉、痛み入ります。我らも、力の限りを尽くしてミナカ様をお守りする所存です」
「もちろんだとも。アルメイン殿下亡き今、聖下は彼女を喪うわけにはいかんのだろうな。もっとも、それはこのリダマーナにとっても同じであるがな。……民には、前を向いてもらわねば」
「明日のパレード……巡礼祭もその一環……と言うわけですか」
「うむ、そういうことだ。……して、護衛の件だがな。そなたの腕も理解しておる。しかし……」
目を細めた領王は僅かに眉を顰め、見定めるように各員へ視線を巡らせる。
強かに……暗く、深い面差で。
「些か、隊員の数が少ないのではないか? 或いは、何人か近衛を貸してやってもよいのだが」
「お心遣い、大変有難く存じます。……ですが、我が隊は少数精鋭……皆一流の騎士でございますから、心配には及びません」
断りを入れた刹那──領王の纏う気配が、微かに張り詰めたものへと変わる。
近衛たちも息を呑み、訪れるは一瞬の沈黙。忽ち領王は深く息を吐き、再び杖を叩いた。
「ふむ……そうか。気を悪くしたのならば詫びよう。他意があったわけではないのだ。──だが、ミナカ嬢の命だけは何としても護らねばならんぞ」
「承知しております、領王陛下」
「……まぁよい、パレードも控えておることだ。エルゴ卿に隊員の諸君、今日はゆるりと身体を休め、明日に備えるがよい」
「はっ……! 拝命、頂戴致しました……!」
残された聖教の象徴──ミナカ・アイリーンの存在に、それを巡る策謀。
教皇が彼女へ託そうとしているものは、天啓の使命か、或いは己の野望の果てか。
渦巻く胸中に、されどその真意を推し量れる者はこの場には存在していない。
斯くして、一行は聖教式の敬礼と共に再び頭を垂れ、領王シルドとの謁見は幕を下ろした。
謁見の間を後にした一行は、領王宮を立ち去り、祈政区の街路を歩いていた。
白煉瓦の大通りには陽の光が差し込み、謁見を終えた彼らの足取りは、どこか軽やかだ。
浮ついた歩調に、順調に事を運べていると……オイゲンはご満悦ながらに頷く。
「かぁ~疲れた疲れた、肩が凝りまくったよまったく~」
その横ではミオメルが並び立ち、要領よく振舞った彼の意外な一面に、感心した様子を見せていた。
「あんた、しっかり喋れるじゃないの」
「おろ? ミオメルくん、見直しちゃった? ふひひ、嬉しいねぇ~!」
彼女の言葉に、にまにまと笑みを浮かべるオイゲン。ミオメルは失言だったと悟り、冷ややかな視線を向ける。
「…………やっぱキモいから、今のなし」
「あはは……でも、何で増援の申し出を断ったんですか? 領王様の近衛なら、実力も申し分ないと思いますけど……」
「ああ、あれはねぇ。……ああ見えて、ジルド領王は抜け目のない大局観に優れた御方なのさ。大方、近衛の件は聖教騎士への貸し……ひいては聖下に貸し作らせるための策ってところか。或いは……聖教内部を探らせるのが目的だったりして、ね」
「な、内部って……何のために、ですか?」
思いも寄らぬ方向へ話が跳んだことに、ウルハが戸惑いを滲ませる。
忽ちオイゲンは目を細めると、愉快混じりに口角を上げた。
「そりゃぁ、もちろん……戦争のために、さ」
「せ…………戦争っ!?」
「大袈裟に言えば、って話よん。……平和なんてのは、唐突に打ち捨てられるものだからな」
「「「………………」」」
彼の低く……暗い声音と、突飛な発言に押し黙る一同。然し同時に、彼の言葉を戯言だと一蹴することもできなかった。
「……皆さん、先ほど近衛の方より滞在先の案内を受けました。差し支えなければ、このまま先導いたしますが」
「おっ、ジュリちゃん助かる〜! 僕っちはそのまま休ませてもらおうかね」
「わ、私も……ちょっと疲れちゃった」
「む……みんなに合わせる」
ジュリの提案に、各々が首を縦に振る一方で……彼女はしばらく口を閉じていたミオメルへ視線を向ける。
「ミオメルさんは、いかがなさいますか」
「……あたし、ちょっと街を歩いてくるわ。ずっとアルドールに籠ってたから、何だか無性に歩き回りたい気分なのよね。……何か欲しいものがあれば、ついでに買ってくるわよ」
「わかりました。それでは……艦内の備蓄品が減ってきているので、調達をお願いできますか。不足品と寝屋の場所を記した、覚え書きをご用意しますね」
「ええ、わかったわ。……あんたたちは?」
「あっ……えっと、じゃあちょっとだけお願いしようかな」
「大丈夫、遠慮しなくていいわよ」
「えへへ……ありがとう、ミオちゃん」
人差し指で頬を掻くウルハに、快く応じるミオメル。
続いてチルメリアへ目を配ると、彼女はふりふりと首を横に振った。
「チルメリアは……要らないみたいね。じゃ、行ってくるわ。また後で」
「う、うん、気を付けてね、ミオちゃん」
手を振るウルハに、ミオメルは平気よ、と軽く返して背負向ける。ジュリからメモを受け取った彼女が、その場を去ると……そこには、自身にはまだ声を掛けられていないと、切実に咽ぶ隊長の姿だけが残っていた。
次回の更新は11月6日の21時を予定しています。
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