第零話 幕間‐⑨
本日は少し短めになります。
聖都を発ち──雲を搔き分けて飛翔すること、幾許かの時間が流れた頃。
久方ぶりの特務ということもあり、アルドールの船内には高揚と、不安が漂っていた。各員は操縦室の座席に腰を下ろしたまま……硝子窓の向こう側に映る、空の景色を眺めている。
しばらくして、視界の先に他のセクトルを捉えたミオメルが、今更ながらのようにぽつりと口を開いた。
「そう言えば、アルドールはアルメインのために用意された船な訳でしょ? 副騎士団長はああ言ってたけど……そのままあたしたちが使っちゃって良いわけ? 正直に言うと……あたしはあいつと一緒に眠らせてあげたい」
「んなっ! そんなことを気にしているのかミオメルくんっ! ……とはいえね、その通りでもあるんだよね。実のところ……葬儀を行ったとは言え、俺もアルメイン殿下の船を使うのは申し訳ないのなんの……」
「そ、そうなんですか……? 気にしていないのかと思っていました……」
オイゲンの物言いに、ウルハはきょとんとしたまま怪訝な表情を浮かべる。
それは尊敬故か、忠義故か──或いは、同じ騎士としての情なのか。
彼の中にもまた、殿下を想う心があるのだろうか。
「当ったり前じゃないの〜っ! 失礼しちゃうわまったくっ! ……けど、特務隊は彼の遺志も受け継いで務めると決めた。そこはしっかりね。アルドール……ここにはアルメイン殿下の分も背負っていると……そういう意味もあるわけさ」
「アルくんの、遺志……」
「……それもそうね。あんたも、たまには良いこと言うじゃない」
「たまにぃ? ……おっほん。ま、僕は善の心で動いているからねっ!」
「……でも…………アルは、まだ………まだ………」
オイゲンの告白に、和やかな笑みが一同の間に広がる。
だが。耳に届いたその言葉に、ポツリとチルメリアが呟くと、小さく繰り返していた。
俯いたまま……唇で唱え、そっと反芻するように。そしてその瞳には、影を滲ませながら。
「ったく調子良いんだから。なんか言ってやりなさい、ウルハ!」
「わ、私っ!? あっ……で、でも、オイゲン隊長の想いも、きっとアルくんに届いてると、思います……!」
「ウルハくん……そいつぁ、この上ないことだ! 僕ちんも、後釜に相応しい働きはしないとな!」
その場で颯爽と立ち上がり、高々と拳を突き上げるオイゲン。
彼の芝居にミオメルは呆れたように溜息を吐くと、はいはいとでも言いたげな仕草で肩を竦ませた。
「…………はぁ、あんたとアルメインじゃ比較にもならないわよ」
「グサッ……! もう、隊長辞めようかな……」
「あら、いいんじゃない? あたしから副騎士団長に伝えといてあげるわよ」
「嘘で~すっ! ふんっ! 意地でも辞めないもんね~っ!」
オイゲンが童のように舌を出し、揶揄うように挑発していると──操縦席の方から、諫めるような声が向けられる。
背後からでは、彼女の表情こそ確かめることはできないが……その声音に宿る冷ややかさは、はっきりと感じ取れていた。
「……エルゴ卿、水都では領王陛下への謁見もございます。軽率な言動は控え、くれぐれもお願いします」
「ジュ、ジュリちゃんまで……言われなくてもわかってますよ~だっ」
身を乗り出して賑やかに語らう三人を前に、苦笑いを浮かべるウルハ。
対して彼女の隣に座るチルメリアは、変わらず何かに思いを沈めていた。
「え、えーっと……チ、チルちゃんは水都に行くのはじめて?」
「む……ううん、昔……アルと一度、巡礼で行ったことがある」
「そ、そっか……アルくんと……。ごめんね、辛いこと……聞いちゃったね」
ウルハはつい口を滑らせたと気付き、慌てて手を口に当てるも、チルメリアは首を横に振る。
「別に平気。……アルとの思い出は大切なものだから。……あの時は、ミナカ様にも色々お世話になった」
「そっか……。ミナカ様も一緒だったんだね」
「へぇ……あんた、リダマーナの勇者様とも面識があるのね。彼女、どんな人なわけ?」
「上手く言えない。でも……一言で表すなら、女の子……だと思う」
味も素っ気もない返答に、ミオメルは目を丸くしてぽかんと口を開ける。
無垢というか、表現が乏しいというか……そんなチルメリアに、忽ち溜息を吐く。
「あんた…………」
「む……何」
「それ、まったく意味が伝わらないんだけど」
「……ミオメルも、会えばわかる」
「会えばわかるって……まぁいいわ。女の子ね、女の子」
ミオメルが再び窓際に視線を向けた後……チルメリアは先の会話を続けるように、ウルハへ述懐する。
「…………それに……」
「? それに……?」
「もう……私には、思い出しか残ってないから」
「……チル、ちゃん…………」
他人の痛みを理解しようとする度に、それは偽善で彩られた同情に過ぎないのだと思い知る。
生い立ち、関係、性格、記憶。歓喜と……哀号。
その人が背負う痛みは、その人にしか決して理解できないのだと。
風を切り裂き、ただ青空を進み続けるアルドールには、暫し静寂が訪れ──その翼は、青き都へと向かっていった。
次話から舞台は水都へ移ります。戦闘もなく淡々としていましたが、二章はここから始まりを迎えます。
次回の更新は10月28日の21時を予定しています。
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