第零話 幕間‐⑥
新聖歴8年 酉の月・地の第四曜日
晴天。アルメインの葬儀から幾日の時が流れ、新たな特務を命じられた今日。
あの日と変わらない青の下、ミオメルは聖都居住区にある墓所へと足を運んでいた。
そこは聖都の喧騒から離れた、透徹した静謐な場所。
秋風に揺れる花々の間には、無数の碑石が建ち並び、多くの眠る者たちを見守っている。
程なくして目的の墓碑に辿り着くと……そこではミオメルの見知った先客が、祈りを捧げているところだった。
傍らの墓碑には、花束が添えられており──祈りを終えた彼女が、ふとミオメルの方へ振り向く。
「……あれ? ミオメルさん……! こんにちは、お久しぶりですねっ!」
「こんにちは。……リーヤも来てたのね。あれ以来顔を出せなくて、ごめん。……調子はどう? 元気にしてた?」
偶然にも居合わせたのは……聖都商業区の酒場アーミクスで仲居を務めるリーヤだった。
どこか気疲れを滲ませていた彼女は、繕うように笑みを浮かべる。
「いえいえ、気にしないでください……! お陰さまで、私も父も元気です。でも……リオン様が亡くなられてから、色々わからなくなっちゃって……」
「わからなくなった……?」
俯きながら、言葉とは裏腹に陰りを見せるリーヤ。
風に乱れた髪の奥で、彼女の瞳は……微かに揺れていた。
「禁忌に手を染めた裏切りの歌姫。リオン様のことをそんな風に誹る人もいます。応援団に所属していた人だって、幻滅したとか、魔女だとか……心のない事を言うだって……。でも……」
歪んだ面差で涙を零し、悲痛な声音で語るリーヤ。
そんな彼女に、ミオメルは膝を折って顔を覗き込み──その頬に優しく両手を添える。
「……ねぇ、リーヤ。あの子は……リオンは病気に罹っただけよ。薬も、恋人のマーカスが病気を……命を助けるために彼女に飲ませていただけ。こんな話でリオンがやっかみを受けるなんて、おかしいと思わない? 問われれる咎も、汚される名誉も……どこにも有りはしないわ」
「ミオメル、さん…………」
「あの子は生きたがってた。櫃鳴症を治して、歌を歌って、恋人と旅をしていたかった。そんな人が非難されるなんて、おかしいわよ。……あたしは、そう思う」
瞳に映る聖教騎士の姿は──かつて茶を振る舞い言葉を交わした、あの時と同じように。
他人の言葉じゃない。立場からの信用でもない。自身の想う、一人の人間を信じたいと。
「そうですよね。私もそう、思います。…………思いたい、です」
「リーヤ。あんたは信じたいものを信じたら良いのよ。……間違いは、あたしが正すから」
心を蝕む痛みは治まらない。けれど──清廉な眼差しと温かな言葉に、人はこうも慈愛を感じる生き物なのだと。
リーヤは込み上げる想いと共に……そっと、涙を落としていった。
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暫しの間を置いて……鼻を啜るリーヤの口元には、微かな笑みが戻っていた。
そんな彼女を見詰めながら、揺らいでいたミオメル自身も、心の整理を付けることができていた。
「ありがとうございました。少し……落ち着きました。私はそろそろ、お店に戻りますね」
「そう。なら良かったわ。……あたしも、つっかえてた言葉を吐き出せた」
「ミオメルさん……。あの、今こんなことを言うのも何ですが……また、アミークスにも来ていただけると嬉しいです」
「ええ、もちろんよ。しばらく遠征で聖都を留守にするけど、帰ったら必ず行くわ。お父さんにも、よろしく伝えて」
「はいっ……! お待ちしております……! それでは、また……!」
約束を交わし、健気に手を振るリーヤの姿が、朝日の中へと溶けていく。
ミオメルは彼女の後ろ姿を見届けると、そっと微笑みを宿して、その場に膝を折った。
「……リオン、今日はいい天気ね」
彼女の前にある墓碑に記された名は、リオン・エイプル。
悪戯に跳梁された様子もなく綺麗に飾られた墓碑に、未だ民は善良さを残しているのだろうと感じる。
木漏れ日が差す中……ミオメルは幼馴染が眠る傍らで、彼女へ語り掛けた。
「さっきの会話、聞いてたかも知れないけど……しばらく聖都を離れることになったわ。用が済んだらまた戻って来るから、安心して」
今日。出発を控えた彼女は、リオンへの報告と共に墓碑へそっと手を伸ばす。
指先に伝わる心地よい石肌は、まるで生前の彼女を映すように温もりを帯びていた。
「あれから色々あった……本当に。アルメイン、カイナ、リサーナが帝都で行方不明になって、つい先日にはアルメインの葬儀も行われたわ。カイナとリサーナも行方知れずのまま、隊に新しい隊長が就任して……今度は便利屋として、リダマーナの勇者様のお迎え。もう何が何やらって感じ」
追いつかない理解に、されど現実は待ってはくれない。
彼女の死から、絶え間なく進み続ける時間の波が押し寄せてくる。……それでも。
「だけど……あんたたち二人のためにも。約束は必ず守ってみせるわ。だから、見守っててよね」
不意に……そんな儚げに語るミオメルへ向けて、僅かに怒気を含んだ可愛らしい声が聞こえてくる。
それは眠りに就く彼女の、もう一人の幼馴染みの声だった。
「あっ、やっぱりここにいた……! ミオちゃん、もう出発だよ……!」
「はいはいわかってるわよ……それじゃリオン、行ってくるわね」
「…………リオンちゃん、行ってきます」
ミオメルの横に立ち、彼女と一緒に墓碑へ身体を向けて、ウルハも静かに手を合わせる。
ここは、彼女たちが帰るべき場所。ここは、彼女たちの心の拠り所。
彼女たち三人が集うここは──もう一つの、故郷だった。
次回の更新は10月19日の21時を予定しています。
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