第零話 幕間‐④
タルムの鍛冶屋を後にした二人は、水都へ向かう旅支度のため市場を巡っていた。露店の軒先には様々な品が並び、いつも通りの喧騒が広がっている。
保存の効く干肉や果実、水袋や薬草など、旅装を新調していきながら──ルクスとリサーナは世話になった人々との別れを、笑顔で交わしていった。
やがて、空が夕に燃え始める頃……二人が帰路についたその時、不意に背後から声が掛かる。
そこに立っていたのは、白を基調に青の精緻な刺繍が施された──聖教騎士の装いに身を包んだ男性だった。
「ちょいちょいちょーい、そこのお二人さん。ちょっくらいいかい?」
茶髪の騎士は愉快気な声音で二人を呼び止め、軽やかな足取りで歩み寄ってくる。
砂利を踏み締める軍靴の音が徐々に近づくにつれ、二人はわずかに眉を顰め──警戒を募らせ、耳打ちをする。
「っ、ルクス様……」「下手に逃げれば逆に怪しまれる。……ここは素直に応じよう」
「いやぁ悪いね、ちょいと顔を見たくてよ。っと……ふむふむ、なるほどなるほど。話に聞いていた風貌と似ているが……もしやメディス姉弟じゃ?」
「貴方は一体……なぜ、私たちの名を知っているのかしら」
「お、当たり? いやはや驚かせるつもりはなかったんだけどさ。何を隠そう……某の名は、エルゴ公オイゲン・フルズブルグ……! 人呼んで、バベルの七騎士……! なんつってね!」
灰汁が強い名乗りに、然し二人の頬を冷汗が伝う。
エルゴ公オイゲン・フルズブルグ。リダマーナ領国の公爵にして、預言の塔を守護するバベルの七騎士が一人……その名を、聖教騎士で知らない者はいない。
リダマーナ領国の聖教騎士を束ねる立場にある彼が、領国の辺境にあるカカ村に姿を現した理由。
ここに居合わせたのは、偶然か……或いは。
「あ、貴方が……エルゴ卿……。どうしてこちらへ?」
「それはこっちのセリフだろ~! まったく、何してんのよお二人さんよ。特務中にいなくなっちゃうもんだから、君たち喪踪になってるぞぉ? ん~? ……アルメイン殿下と、一緒に消えた……ってね」
名調子で身体を前に乗り出し、二人へ問い詰め寄る。綻んだ表情をしていたが──その眼差しに、笑みは宿っていなかった。
メディス姉弟が返答の言葉を選んでいると、程なく周囲からオイゲンを呼ぶ声が掛かる。彼と装いを同じくした、二人の聖教騎士だった。
「エルゴ卿、こちらにいらしたのですねっ! 教会にてお待ち下さいとあれほど……って君たちは……」
「おぉ? すまんすまん、ちょっと見知った顔を見つけてね。ほらっ、聞いたことあるんじゃない? マクベス教官の愛弟子だよ」
「この二人が、あの? 彼らは数ヶ月前からこの村に滞在していたのですが……これは驚いた、てっきり放浪者だとばかり……以前に名乗ったかも知れないが、俺はレンディ。この村の駐留騎士だ」
「同じく、駐留騎士のミアトだ。まさか二人が聖教騎士、それもあの特務隊の……今回も特務できてたのか? いや待て、マクベス教官の弟子ということは、聖殉録に載ったはずでは……」
「それは……」「…………」
聖殉録──則ち、聖教騎士が任において殉死した際にその名が刻まれる記録文書。
弔いの意を込めて記される聖殉録には……喪踪となった後、二人の名も刻まれていた。
「あ〜……その辺はちょちょいと事情がややこしくてね。秘匿事項ってやつなのよ。お二人さん、後で話すからさ、ひとまず教会に行っててちょうだい。少し別件で彼らに話があるからね」
「し、失礼しました、そうとは知らず……」「承知いたしました、エルゴ卿。それではお待ちしておりますっ!」
忙しく駐留騎士たちが村の教会へ戻っていくと、二人はオイゲンを怪訝な様相で見詰める。
助け舟を出す必要など、彼には皆無なはずだったが……オイゲンは能天気にも愉快に口笛を吹いている。
「…………エルゴ卿。俺たちは、アルメイン殿下を探しているんです」
「……へぇ?」
彼に敵意を向けるよりも弁解に走るが賢明と判断したルクスは、同情を請うように語る。
「魔獣との戦いの最中……突然の光に包まれ、殿下と魔獣は姿を消しました……ですが俺たちは、まだ彼が生きていると信じて捜索の旅に出たのです」
「へぇ……騎士の恰好を捨ててまで? レンディたちの話だと、数ヶ月前からカカ村にいたんだよなぁ?」
「カカ村に身を寄せていたのは……旅の途中、私が怪我を負った故で……」
辛くもリサーナが機転を利かせる。だが……浅はかな虚言に頷くほど、オイゲンの頭は鈍っていない。
無論、鵜吞みにするとは微塵も思っていなかった。これは彼の思惑を探るための打算的な言動に過ぎない。
「ふぅん……まぁいいや。んじゃ、二人は殿下を探して旅に出たってことにしとくわ。その方が、両者にとって都合が良いってもんだわさ……実情がどうであれ、ね」
見透かしたように目を細めるオイゲン。一方で、彼が全貌を把握していないのもまた、事実だった。
「そうそう、二人には伝えてなかったんだった。僕ちん、特務隊の隊長になったから。仮だけどね。というわけで、おたくらは僕の部下ってわけだ」
「貴方が、特務隊の? それはつまり……俺たちに聖都へ戻れと?」
「違う違う。言ったろ? 捜索の旅に出たってことにしとくって。騎士団には説明しとくからさ~。今度みんなに会ったら、ちゃんと謝っとけよってことっ!」
「……では、エルゴ卿──オイゲン隊長はなぜこちらに?」
「あ~それ、まだ聞く? 分かりきったことだろ? おたくらの捜索だよ捜索。まったく、やんちゃな部下を持つと骨が折れる折れる……あいてて……!」
わざとらしく演技を見せるオイゲンは、右手で軽く腰骨を叩く。
そして。薄い笑みを零すと、優しい声音で安堵を口にした。
「ま、お前らが無事でよかったよ。殿下も無事だといいんだけどな。……ささっ僕ちんは聖都に戻って委細を報告だ。隊のみんなにも伝えておくから、捜索引き続きよろしくぅ~」
腹の内が知れない、縹渺な表情を残してオイゲンは教会へ足を向ける。
忽ち背を向けたまま、思い出したように半面で二人を一瞥すると──飄々と告げた。
「そうそう。言い忘れてたわ。今日……王都でアルメイン殿下の葬儀が行われてるぞ。まっ、遺体もねぇ仮の葬儀だけどな。……そんじゃね~」
コーレルム隊改め……ブルズブルグ隊の隊長として任命されたオイゲン。
その立ち去る背を凝視する二人は、鵜の目鷹の目をした彼に息を呑む。
「エルゴ公オイゲンフルズブルグ……。油断できないな」
「ええ……。舟ができ次第、水都へ急ぎましょう」
「ああ、そうしよう。……にしてもアルメインの葬儀か。聖教も思い切ったことをするな」
「アルも既に喪踪になっていると話していました。聖教も、いつまでも現状維持というわけにはいかないと判断したのでしょう」
勇者の死。その事実に軈て、聖都では世界の悲鳴を代弁するように嘆く者も現われ始めた。その中心に臨む二人の足は、然しここで止まることはない。
吹き抜ける山風が、傍観者となって──その行く末を端倪していた。
次回の更新は10月13日(月)の21時を予定しています。
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