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第一話 勇者‐③

 アル……あの日を、貴方は憶えていますか。星が(またた)く綺麗な夜に、私と貴方は出会った。

 

 孤児だった私は聖教の教会で育てられ、自由も不自由もない……決められた生と授かった教えを胸に、変哲のない日常を過ごしていた。


 でもあの日。貴方が教会に訪れて、街を襲う戒獣(かいじゅう)から護ってくれた時。私の大切な兎獣のぬいぐるみを拾ってくれた時。

 三日月に照らされた貴方は誰よりも美しく、戒獣と対峙して剣を掲げる姿は誰よりも恰好良かった。


 アル……貴方がいたから、私は自由を知った。貴方の(そば)にいたいと願った。司祭セラは(こころよ)く二つ返事で騎士学院への入学を認めてくれたけど、とっても勇気を出したの。


 貴方は学院で再会した私に、初めましてと言った。もちろん、私のことは忘れていると思っていた。でも大丈夫。私が憶えていれば、きっといつか、思い出してくれると信じているから。



 勇者だからじゃない。王子だからじゃない。貴方だから……。

 

 

 ねぇ……。帝国を復興させて、世界を平和に導いたら……。その後も私は……貴方の傍にいても良いですか。


─────────────────────────


 初任務の令が下りてから、半刻ほどが経った頃。

 軍議室前に集合するはずだったコーレルム隊は未だ全員が揃わず、聖都を発っていなかった。


 ────主に、一人の隊員を原因として。


「……遅いな」


 ぽつりとアルメインが呟いた言葉は、この場にいる全員の心中を代弁していた。


「支度に手間取っているのかしら」


「集合場所を間違えてる可能性もある……かな」


「……会話の中で、軍議室以外の場所は出ていなかったはずだが」


「「「…………………」」」


 リサーナ、アルメイン、カイナの三人が、まだ到着していないチルメリアについて思案を巡らせる。


 集合時間を過ぎてもなお、彼女の姿は見えていなかった。

 

 三人が渋面で黙考していると、紺藍(こんあい)の髪に爽やかな顔立ちをした中肉中背の青年が語りかけてくる。


 腰に細剣を携えた彼もまた聖教騎士の装いをしており、折り曲げた右手を胸に当てて一礼する。それはアルメインのよく知る、コーレルム王国の敬礼だった。


「やぁ、殿下。ご機嫌麗しゅう」


「ケイ! 久しいな……!」


 ノリス伯ケイ・ガラクシア。コーレルム王国のメーテラ公爵の嫡男であり、アルメインとは旧知の間柄だ。


 彼も本日付で聖教騎士団に入団を果たし、その腕前を買われ、バベルの七騎士が一人ジーレ・マグエル率いる聖都守護隊──マグエル隊に配属されていた。


「ええ、学院の卒業儀礼での手合わせ以来ですね」


「あの仕合(しあい)の相手がケイでよかった……。改めて君の実力を痛感したよ」


 毎年、騎士学院の卒業儀礼では木製の儀礼剣を用いた仕合が行われる。格式ばった名目はあれど、学友と剣を交え、旅立ちを祝福するという伝統催事だ。


 そんな中でも、彼らは闘志を燃やして汗を流し、全霊を乗せて戦った──青い春の記憶。


「相変わらずの謙遜(けんそん)ですね……殿下ほどの実力者は、学院にはいませんでした」


「本心からそう思ったまでさ。……っと紹介するよ。マクベス教官の秘蔵っ子姉弟、カイナとリサーナだ。それから……二人は知っていると思うが、彼は僕の学友だったケイだ」


 紹介を受けたメディス姉弟は微笑みを添えた会釈(えしゃく)をすると、ケイは涼しい笑顔で右手を差し出した。


「ノリス伯ケイ・ガラクシアだ、よろしく。メディス姉弟。……君たちの噂は聞いている」


 カイナとリサーナは順に差し出された手を取り、穏やかに握手を交わす。


「カイナ・メディスです。こうしてノリス卿にお会いできて光栄です」


「リサーナ・メディスです。殿下との仕合、私も観覧席から拝見していました」


「ほう……あの仕合を見ていたのか。私としては、少々恥ずかしい結果になってしまったが」


 勝者はアルメインだったが、白熱した二人の剣戟は観客を魅了し、一時は学院中が仕合の話題で持ちきりになった。


 騎士団長は無論、教皇や枢機卿といった聖教の重鎮(じゅうちん)が列席していたことも奏功(そうこう)し、ケイはその実力が認められ、晴れてマグエル隊に抜擢されたのだった。


「実は、聖下の命で新設された特務隊の隊長になってしまってね。二人はその隊員なんだ」


「殿下が隊長……ですか? それは……ああいえ、ご就任おめでとうございます」


「ありがとう。かく言う僕も、突然のことで少しばかり困惑しているが……。ケイもマグエル隊に配属されたと聞いているよ。さすがだな」


「え、ええ、ありがとうございます。私もジーレ隊長は心から尊敬しています。ですが……いえ、今となっては関係のない話ですね」


「……? ともかく、三人が仲良くしてくれると嬉しい。……っと、ああそうだ、ケイ。チルを見かけなかったかい?」


「ケインズさんですか? 彼女なら先ほど本部玄関で見かけましたよ。時間に緩すぎるとかなんとか呟いていましたが……」


 ケイからの返答を聞いた三人は顔を見合わせると、アルメインが苦笑いを浮かべる。


「あはは……助かったよ、ちょうど彼女を探していたところだったんだ」


「滅相もないことでございます。殿下……今度また、手合わせをお願いできますか」


「ああ、もちろんさ」


 再戦の申し入れに、満面の笑みで快諾したアルメイン。そして易々と負けてやる気も、さらさらなかった。

 

 しばらくして。ケイと別れた三人が本部玄関に向かうと、遠巻きにも探し人の姿が視界に映っていた。


─────────────────────────


 その後。晴れて合流を果たしたコーレルム隊は、発着場へと足を運んでいた。

 騎士団本部内でも最大級の敷地を誇る荘厳(そうごん)な石造りの発着場には、十数隻のオルビオンが停泊している。一隻一隻が砦のような存在感を放つオルビオン。視界に映る雄大さは、まさに圧巻の光景だ。


 搭乗区画へ赴くと、発着場管轄の騎士団員数十名が整然と隊列を組んでいた。

 彼らは寸分の狂いもない均一な動作で聖教式の敬礼を行い、アルメインを筆頭とする一行を出迎える。


「出迎えありがとう。誰かコーレルム隊のオルビオンまで案内を頼んでもいいかい?」


「は、はいっ! マリベル・スールズと申しますっ! 不肖ながら私がご案内いたします!」


 隊列の中より案内を申し出たのは、短い栗色の髪を可愛らしく纏めた小柄な女性団員。


 緊張した様子の彼女は、硬い動作ながらもコーレルム隊のオルビオンのもとへ先導を始めた。


「壮観だ。これほどの数のセクトルを目にすると、芸術品のように見える」


「そもそもリダマーナの片田舎だと、セクトル一隻すら見ないものね」


 メディス姉弟が並み居る飛行艇の群れに見惚れる中、マリベルは覚束ない歩調で焦燥を滲ませながら前へ進むと、一際存在感を放つ壮麗なオルビオンの前で足を止める。


「ここ、こちらが殿下……コーレルム隊のオルビオン、アルドールになりますっ……!」


 それは一言で表せば────純白の流線形。美しく輝きを放つ白を基調に、コーレルム王国を象徴する真紅が添えられた配色。


 主要素材には王宮や大聖堂の建造素材となるエルライトを潤沢に使用し、大理石や硝子(がらす)で装飾加工が施された、天上の一隻が佇んでいた。


「なんだ、これは……」「ちょっと……さすがに予想外ね」


 アルドール───マリベルがそう口にした至高の飛行艇は、発着場において異彩を放っていた。


 あまりの絢爛(けんらん)さにメディス姉弟が目を丸くする中、傍らではなぜかチルミリアが誇らしげな表情を浮かべている。その一方で、当のアルメインは大きな溜息を吐いていた。


「当然の反応」


「はぁ……余計な気遣いは不要だと伝えたはずなんだがな……」


「む……周りが許さない」


 かねてより造船されていたであろうこの飛行艇について整備隊長に問い質したいところだったが、一刻を争う今に不毛な諍いをする時間は残されていないと、出立を優先させる。


「今は時間が惜しい。マリベル、操縦士はどこに?」


「は、はいっ! あ、あの、ええと、操縦士は私が務めるようにと(おお)せつかっています!」


 栗色の髪を揺らしたマリベルが、恐る恐る手を挙げる。すると緊張の糸が張り詰める彼女の肩に、驚いた様子のアルメインが優しく手を添えた。


「なんと! これは驚いた……! 随分と若く見えるが、操縦士とは……優秀なんだな!」

 

 興奮気味に称賛を言葉にするが、預言の勇者に肩を触れられた彼女は魂が抜けたように呆然としてしまう。


 だが、アルメインの言葉通り、卓越した技量を要するオルビオンの操縦士に、マリベルの歳で務めることは極めて特異な例と言えた。


「あわわわわ……あのっ……そのっ……でっ、殿下とご同行できること、誠に光栄であります! お役に立てるよう全力を尽くしますっ……!」


「ありがとう、よろしく頼むよ。それとひとつ……僕は堅苦しいのが苦手だ。君も極力、¨殿下¨以外で僕を呼ぶように。いいかい、マリー?」


「は、はわわわわわ……殿下……ご容赦を……」


 わざとらしく笑みを零し、操縦士へ愛称で確認を促す隊長。


 彼女が顔を赤らめる横で、他の三人は美男子が少女を口説く寸劇を見せられ、呆気に取られた表情を浮かべていた。


 出立が迫る中、一人ずつアルドールへと乗り込む。外観に違わず、艦内もまた煌びやかに飾られていた。操縦室には操縦席を中心に座席が添えられており、その総てに稀少性の高い珍獣チーグルの革が使用されていた。


「これは……チーグルの革か。また随分と稀少な物を使ってるな」


「む……カイナ、チーグル見たことあるの」


「あ、ああ……いや、本で見ただけだ」


 チーグルは近年では殆ど見かけられなくなった稀少種で、姿を見た者に幸福を(もたら)すと言われている。人間の子供ほどの大きさも持ち、二本脚で大地を駆け、翼で空を羽ばたく。祈術を行使する姿がとても愛らしく、吟遊詩人の詩にも多数登場する人気者だ。


 一説によれば、神鳥アレウーラの末裔だという噂も流れている。


「アルドールは艦内も充実していますので、後ほど案内しますねっ!」


 軍議室に各隊員の船室、広々とした稽古室に整理された炊事場や遠征の疲れを癒す浴室など、機能面でも如才ない仕様となっていた。


 マリベルは操縦席に腰を下ろし、主舵と動力源である神霊石の点検を素早く済ませると、腰に安全帯を装着する。


「今は急ぎ出発しますので、皆さん座席に着いてくださいっ! 離陸後は船室や甲板へ、自由に足を運んでいただいて大丈夫ですっ!」


 四人は先刻と打って変わり饒舌(じょうぜつ)になった彼女に導かれるまま、着席を済ませる。

 カチッと音を鳴らして安全帯を装着すると、合図を送るように全員がマリベルへ視線を向けた。


「お待たせしました! それでは……アルドール、発進しますっ!」 


 操縦席が眩い翡翠の光に包まれる。轟音を駆り立てる船体はゆっくりと加速していき、一定速度に達した、その時──純白の流線形が、澄み渡る青空へと羽ばたいていった。





余談ですが、珍獣という名前の通りチーグルは元々数の少ない種族です。


明日も21時に更新を予定しています。

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