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アガスティア  作者: 常若
第二章 青の勇者
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第零話 幕間‐①

本日より第二章をお届けしていきます。

『命ある者はやがて死を迎える。それは回帰の輪廻


 理に従い有限の時を経て、生者は永劫の未来を手にする


 彼の者を迎えるは、楽園の使者たる流浪(るろう)の炎 


 今は眠ろう、皆の下で


 今は還ろう、(かな)しみの住処で


 明日を夢見た(あし)がまた、今宵に昇華を果たす


              預言者マーレ 追悼の記』





 新聖歴8年 (とり)の月・火の第3曜日


 時節は杪夏(びょうか)幼気(いたいけ)な朝日が沈んだ空気を優しく(なだ)めるここは、コーレルム王国の主要都市にして、五国随一の歴史を誇る都市──────()()()()()()


 その中心には()()()()()()()が根差しており、都市は大樹から伸びるように築き上げられている。各区域には星奏塔(せいそうとう)と呼ばれる灯りを(もたら)す塔が屹立(きつりつ)し、街全体は七枚の花弁が開花したような姿を形作っていた。


 そして──王都の最奥に(そび)え立つは、真紅と純白で彩られたコーレルム城。王家の花であるダリアの形を模した環状の城郭(じょうかく)に、高々と天を()く王宮。その荘厳さは訪れる者総てを圧倒させる──絢爛(けんらん)の都市を象徴していた。


 その王都より──慶弔(けいちょう)大鐘(おおがね)が鳴り響く。静かに……されど悲しみの深さを浸透させるように、鐘は大きく鳴動を続ける。


 この日。無数の人影が集う王都アカシアのコーレルム城門前の大広場にて──第二王子アルメイン・コーレルムの葬儀が()り行われていた。 


 行方不明となって幾月の時が流れ……遂に聖教は、アルメイン・コーレルムが主神の御許(みもと)に帰ったと公表した。その報せは人々の胸を喪失で満たし……多くの者が光を失い、また多くの者が祈りを捧げた。


 レムナシアにおいて、偉人の弔いは死者が有していたエナの祈術を(もっ)て行われる。炎楼のエナを有していたアルメインは火葬の儀により送られるはずだった。だが──その亡骸は、この場には(ましま)していない。


 彼の形代としてダリアの花環(はなわ)が、聖職者の手で静穏なる祈術によって……荼毘(だび)に付された。


 今暁(こんぎょう)を以て──王家をはじめ、聖教や騎士団関係者、そして王国の民に見守られ、彼の魂は清浄なる主神へと回帰する。



 立ち昇るは──()()()()()()()()。その焔の火勢に共鳴するように……招かれた詩聖(しせい)が、一節を(うた)い上げる。


『輝きの園 導かれ 明日を迎えず 明日を視る


 望郷を抱き 上天する 君を思うは 俗世の祈り


 生ける者と 逝ける者 違えた道は やがて交わる


 背負った生と 歩んだ生に 彼は眠ろう 永久に』


 程なく詩が終わり……詩聖がディーリアと呟いて、黙禱を捧げる。


 その刹那に──参列者は(せき)を切らしたように、(たた)えた想いを落涙させた。


「アルメイン………………」


「兄様……ぐすっ…………アル兄様ぁあああ……っ!」


「アル……お前の理想は、俺には重すぎる……」


 喪主であるジルベルト・コーレルム国王の(かたわ)らには、第一王子ヴェルディオ・コーレルムとその妹である第一王女ロザリンド・コーレルムが並び立っていた。(しの)ぶ彼らの頬を大粒の涙が伝い、その面差は深い悲愴に覆われている。


 火葬に参列した聖教関係者は、教皇をはじめ司教や司祭、助祭に至るまで皆、一様に祈りを捧げていた。騎士団の銘々(めいめい)も同様に祈祷を行い、従者であったカイザック・ヴァルトシュタイン、彼が姉のように慕ったエリシア・アルカディア、学友として肩を並べたノリス伯ケイ・ガラクシアまでもが──彼の死を前に、言葉では尽くせない……深い負の坩堝(るつぼ)の雫を滴下(てきか)させていた。



 そして彼の仲間であったコーレルム隊の各員もまた、メディス姉弟の想いと共に……深甚(しんじん)の悲痛に暮れていた。



 だが──その中で、彼と最も親しかったチルメリア・ケインズだけは涙を見せていない。彼女は揺動する焔を、ただ見据えている。対照的に、並み居るマリベル・スールズやウルハ・フールデイは惜別(せきべつ)の涙を堪え切れず、慟哭(どうこく)を滲ませていた。


「アルくん…………ぐすっ……アルくん……」


「アルメイン……あんたが……どうして……」


「殿下ぁ……帰ってきてっ……くださいよ……約束したじゃないですか……っ!」


 ()くして王子は、()()を果たした。生ける者たちを、この地に遺して。


 彼を送る聖炎は、真っ直ぐに天へと立ち昇り……葬儀はしめやかに執り行われていった。



──────────────────────────



 翌日──聖都へ帰郷する一隻のオルビオンにて。艦内廊下を、眉を(ひそ)め大股で闊歩(かっぽ)する聖教騎士の姿があった。


 彼は勢いよく船室の扉を押し開け、中にいる人物へ詰め寄る。


「ジーレ隊長。少し……お時間よろしいですか」


 部屋の中央──執務机で報告書に目を通していたジーレ・マグエルが顔を上げる。


 そこには、半年前に配属された若き騎士──ケイ・ガラクシアの姿があった。


「ん……ああ、ケイか。どうかしたか?」


「……ここでは、(いささ)か適さない話題です。場所を移しても?」


「そうか……わかった。では、お前の思う話題に適した場所へ案内してくれ」


 ジーレは腰を上げると、ぽんと軽くケイの肩を叩く。

 

 対する彼は、表情に剣呑(けんのん)さを残したまま……無言でその足を、艦内廊下へと向けた。




 程なく二人は甲板の端に立ち、水平線の彼方へに沈みゆく陽炎(かげろう)の王都を眺めていた。

 

 どこか悔しさを噛み締める若き騎士と、そんな彼の胸中を察する上官。葬儀で感じた心痛は……両者にとって、同じものだった。


「それで? 話というのは何だ?」


「ジーレ隊長。貴方は……いえ、貴方と殿下、どちらが武において優れているとお考えですか」


「殿下……亡きアルメイン・コーレルム王子殿下のことか?」


「くっ……あの御方は…………」


 ────()()()()()()()()()()()()()()()。その思いがケイの苦悩を加速させる。


 聖焔へ祈りを捧げ、葬儀を終えた今も尚……胸中は激動に揺れ、理性の在り処を見失いかけている。


「……よくわからんが、アルメイン殿下が本気を出せば、俺は即座にでも昏倒させられるだろうさ。預言の勇者……ましてあの殿下ともなれば、そういう存在なんだろう。バベルの七騎士と言っても、所詮俺は()()に過ぎん」


 ジーレは自嘲(じちょう)気味に失笑する。先の黒外套を追った一件で、己の未熟さ……弱さを痛感した。傑出(けっしゅつ)した力を持っていたアルメインに敵う訳もなく……そして、あの()()()()()()にさえ──────。


「……では、その殿下が……容易(たやす)く逝去されたのは妙だと思いませんか。あの御方が……本当にこの世を去ってしまったなどと……私は……!」


「そうだな、妙と言えば妙だ。…………だが、人はいつか死ぬもんだとも思うがな」


「ですが…………っ!」


「殿下が行方を眩ませた帝都では、マクベスの爺さんの弟子だった姉弟も同様に行方知れずだと聞いている。聖教騎士として、秩序の維持を担うとはそういうことだ。…………ケイ。お前は長生きしろよ」


 敬愛する者の死を受け入れられずに苦悩する若き騎士に……上官として掛けられる言葉は、現実を教え覚悟を与えることだけ。その非情はかつて、彼自身も経験したものだった。


「メディス姉弟……私も、二人とは面識があります。殿下の隊に配属されたことからも、噂に違わず優秀だったのでしょう……。そんな彼らも、容易に命を落とすようにはとても……っ!」


 ケイの慟哭にジーレは身体を(ひるがえ)し、手摺(てすり)に背を預けると……ふぅ、と一つ息を吐き、夕空を仰いだ。


「セレニタスがそれだけ狡猾(こうかつ)で、力も持ち合わせた集団ってことだ。マグエル隊が深手を負った氷華の祈術師……奴もセレニタスだと仮定すると、平和を勝ち取るってのはそう簡単にいかなさそうだ。()()()……こうなったら関係ねぇ。これは…………()()()()()


 艦が切り裂く風に揺られながら、二人は暫し無言のまま……想いを強固にさせていく。


「……殿下…………貴方の仇は、必ずや私が………………」


 聖教が擁した勇者の死。世界の安寧を志した彼の他界は、数多の民の心に穴を空けた。


 それは同僚である聖教騎士たちも、例に漏れない。


 仇敵との対峙を望む者と、無力に怯える者。オルビオンの駆動音と穏やかな薄暮(はくぼ)の風が、二人の胸中に宿る想いを……ただ一層に、奮い立たせていた。

 


第二章では、青の勇者を中心に物語は進んでいきます。


また投稿頻度についてですが、第二章は三日に一度とさせていただきます。申し訳ありません……。

時間帯は第一章同様21時更新になりますので、次回の更新は10月4日の21時となります。

引き続きよろしくお願いいたします。


☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

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