最終話 再醒‐⑫
その世界は──天が裂け、大地が割れ、海が枯れていた。
白光に包まれ……広がる視界は、純白。ただ白が佇み、他には何も存在しない。
何者にも視えず、何者にも捉えられない─────極光世界。
しばらくして……視界が鮮明になる。瞼を開けるとそこは、総てが白に染まっていた。空を見上げれば白。真っ直ぐに見据えるは白。足元を見下ろせば白。そんな白の世界に、彼は足を踏み入れていた。
アルメインは再度視線を巡らせる。どこまでも続く……白。先刻までの世界が存在せず、この場所には自身と──もう一人。背後に佇む人物だけが、存在していた。
「カイナ……」
先ほどまで命を賭けて対峙していた相手を視認した後、手元に視線を落とした。
そこにあるのは焔に包まれた魔人の腕ではなく、アルメイン・コーレルム本人の掌だった。
「僕は……死んだのかい」
白の世界の主に問いかける。そして、彼の瞼を閉じる姿を見て。総てを悟った。
「……元の世界に、アンタはもういない」
「そうか。カイナは……いや。本当の名はルクスと言うんだったね。……どうしてここに?」
「さあな。……アンタの、最期の言葉を聞くためかもしれない」
後悔があるとすれば。別の道があったとすれば。彼と共に歩めたとしたら。
共に笑い、共に汗を流せたとしたら。きっとそれは美しい世界だったはずだと……二人の想いは、呼応する。
「なら……ルクス。僕から君に言わせてもらうよ」
今この瞬間も想い続け、逝去を迎えた僕だから言える。いいや、きっと僕にしか言えないんだ。
意識の奥底に眠る、本心からの言葉を──落涙の笑顔で告げた。
「君を、救えなくて……すまなかった…………」
刹那に──アルメインは光の粒子となって白の世界へ回帰していく。
彼の言葉は、カイナの心に深く燃え広がり……斯くて世界は再醒する。
先刻までと何ら変化のない、魔獣を討ち果たした続きの世界へと。
ただ一人。アルメイン・コーレルムその人を──ここに遺して。
白の世界が幕を閉じ、ルクスは哀れみの念を込めて。折れた杖剣を、静かに胸に当てた。
「……さようなら、勇者アルメイン」
彼が思い出す情景は、幼き日に誓った母との約束。
────あなたの信じた道を歩めば、きっとなれますよ。
ただ切実に。本懐として王国を、世界を導いていきたかった。
確固たる信念を胸に抱き、預言の勇者として歩んできた。
自身の道に、後悔などありはしなかった。────この瞬間までは。
「ああ……母様…………僕は………………」
その言葉を、最後まで紡ぐことはなく。
コーレルム王国第二王子にして預言の勇者アルメイン・コーレルムは、その生涯に幕を閉じるのだった──────。
塵埃の漂う中、崩れ落ちた天井の隙間から月光が城内を照らしていた。全身に軋む痛みを覚えながらも、ルクスは絨毯に倒れ伏すリサーナへと重い足取りで歩み寄る。膝を折り、彼女を抱き寄せると──微かな息遣いが、確かに聴こえた。
「リサーナ……悪かった。傷、つけたな」
彼女の右手に、自身の右手をそっと添える。すると、添えた手は優しく包まれた。
「ルク……ス……様。終わった、のですね……」
「ああ……終わった。けど、まだだ。リサーナ」
「はい……。わかって……おります」
リサーナは微笑みを浮かべて身体を起こす。傷を負った彼女だが、アルメインの温情か躊躇か……死に至ることはなく、意識も鮮明だった。
「無理はするな。……寄りかかったって良いんだ」
「うふふっ……大丈夫。自分の足で立てます。それに祈術も、使えますから」
「……そうか」
ルクスはリサーナの身体を支えながら、彼女が立ち上がる手助けをする。
然して二人は、悲願の先へ歩き始め……石畳に突き立つ勇者の大剣へと向かう。
彼の瞳から零れた落涙は、月光を受けて淡く煌めき──追憶の雫となって故郷へ沁み渡っていた。
「ようやく……ようやくだ。かあさま、とうさま。クラウ、みんな……」
大剣の鍔に嵌め込まれた聖焔玉を手に取ると……朱の宝玉を、燦然と輝く月へ翳した。
「アルメイン。これはあんたを殺めた証と…………戒めだ」
言葉と共に、聖焔玉を手に踵を返してリサーナへ視線を送る。まだ痛みが走るのか──彼女は繕うように笑った。彼女の為にも、まずは安置を目指さなければ。
死闘の果てに宿敵を葬り、悲願を成就させた二人は、マリベルが待つ場所とは異なる地点へと……オルドバーン城を出立する。
深く刻まれた傷跡は、戦果のように──彼らの祝杯を揚げていた。
────────────────────────────
意識が戻り、霞んだ視界が鮮明になっていく。
広がる景色は……意識を失う寸前に見た場所と同じ、オルドバーン城の地下牢だった。
「ってて……う……ん…………?」
強張る身体を起こすと、ウルハとチルメリアがこちらを見つめて安堵の表情をしていた。
ウルハに至っては瞳に涙を浮かべて、あたしの身体に抱きついてくる。
「あっ……! ミオちゃんっ! 良かった……!」
「ちょっ、ウルハ……もう、死ぬわけないじゃない……」
「む……起きるのが遅い」
胸に顔を埋めるウルハを宥めつつ立ち上がる。まだ周囲には、あたしたち三人しかいない。
彼らに思わず溜息が漏れた。あれだけ大口叩いておきながら、何たる体たらく……。
「はぁ……はいはいすみませんでした〜って、アルメインたちはまだ来てないわけ?」
「アルくんたち……苦戦してるのかも」
「アルなら大丈夫。きっと」
王子様もそうだけど、メディス姉弟は何やってんのよ。足引っ張って……って、嫌な考えはよそう。
あたしも短剣が……ウルハがいなかったら、命はなかったかもしれないんだ。
「結局あたしたちの方が早かったって訳? まっ、加勢しに行くわよ」
「うん、そうだね」
そしてあたしたちは知る。
ここが。この日が。総ての始まりだったのだと──────。
──────────────────────────────
帝都より幾許か離れた丘陵に、二人は並び立っていた。皇子──ルクスは去り際に振り返ると、故郷を一望する。そこに、かつての瀟洒な帝都の姿はない。無人の廃墟が建ち並び、寂寞の風が吹き抜けている。
幼少に過ごした情景が蘇り……溢れ出す想いに、拳を握り締めた。
「……ルクス様」
思わず泣き出しそうな顔を見せる彼に、リサーナは優しく背中に手を添える。
「ああ……行こう」
軈て──彼らは次の目的地へ向けて、荒野を歩き始める。
仮初の姿は棄て去った。カイナ・メディスとしての生を終え、真名を再び冠する。
ルクス・オルドバーンとして……亡国の皇子として。
もう振り返ることはない。再びここから、始まるのだから。
これは──────預言者マーレが遺した啓典……そこに記された、預言の勇者の物語。
これにて、第一章は完結となります。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
第一章の感想や評価をいただけると、大きな励みになります。
次章も頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!
次回、第二章の更新は10月1日を予定しています。
少しの期間が空いてしまいますが、第二章も鋭意執筆中ですので、よろしくお願いいたします。
ここまで、本当にありがとうございました。




