最終話 再醒‐⑪
アルメインの一閃を浴びたカイナは、鮮血を飛散させながら石壁へ激突すると、崩落した瓦礫にその身を埋めていた。……視界が、暗闇に包まれる。
致死量の流血。全身を巡る苦痛に、揺動する風前の灯火。相対してようやく、赤の勇者との力の差を痛感する。杖剣は砕かれ、心の刃も折れてしまった。二奏祈術を行使して尚、彼には遠く及ばない。
意識が朦朧とする、気息奄々の状態で……この焦眉に活路を探ろうと思考を巡らせる。だが……起き上がる術すら、見失っていた。
次に瞼を閉じた、その時。二度と目覚めることはないのだと……一抹の終わりを、悟った。
「申し訳……ありません……とうさま……かあさま……ごめん……リサー……ナ……」
今更。策略の甘さを認識する。偽りの勇者などに負けるはずがないと高を括っていた、自身への応報。復讐の路は完走に至らなかった。路半ばにて……果てる。
明日が欲しいとは思わなかった。死ねるなら本望とさえ思っていた。ここが、終着点。
瞼をゆっくりと閉じる。だけど────。たとえ、死を受け容れたとしても。
────ルクス様。
────殿下……! 良かった……! 怖かったでしょう、もう大丈夫です!
クラウ。侍女の彼女には、何かと世話になることが多かった。けれど、それだけじゃない。歳は離れていれど……彼女と話すのは楽しかった。愛おしかった。
あの夜。決して失くしてはいけない人を……亡くしてしまった。
────ルクス様。
────助けてくれて、ありがとう。私に……生きる力を与えてくれて、ありがとう。
リサーナ……当時、君を助けてあげられたのは偶然だった。
けれどその偶然が、俺をここまで連れてきてくれたんだ。……ありがとう。
────ルクス様。
────あなた様の想い。この私にも、背負わせてください。
あの日。キリルの爺さんが手を差し伸べてくれていなければ、俺の命はとうに消え去っていた。本当にありがとう。
俺は……アンタの想いと、リサーナの想いも、紡いで生きてきたんだ……。
────ルクス。
────お前は、私の希望だ。どうか皆の想いを……紡いでくれ。
接する時は皇帝としての立場が強かった貴方が、最後には父親になった。嬉しかった。
でも……これが最後になると、あの時、心のどこかで思っていた。もう少し、貴方と……。
────ルクス。
────母はいつでも見守っていますからね。
母の温もりが恋しかった。傍にいて、成長した姿を魅せたかった。けれどそれは、あの日に潰えてしまった。
そして、誓ったはずだった。かあさま……俺は……。
────ルクス様。
────ルクス。
「「「「「ルクスッ!」」様ッ!」」」
そうだ。確かに俺は誓った。この魂だけは手放さない。路半ばだとしても、この想いを奪わせることは、絶対にさせないッ! 皆の紡いできた想いを、背負った総てを乗せて……ッ!
─────復讐の灯火は、再び燃え上がる。
明日も要らない。死を与えられたのならば、潔く受け容れ生を終えてみせよう。
だが。この心だけは。この叫びだけは。決して消すことのできない、この激情だけは。
あの日を幾度となく思い出し、幾度となく脳裏に焼き付けた。
あの日を幾度となく繰り返し、幾度となく魂に刻み込んだ。
忘れるな。復讐を果たすまで終わらないことを。
忘れるな。劫火に包まれた帝都と赤の勇者を。
忘れるな。総てを企み歪曲させた、マーレ聖教会の奸計を。
何度だって、立ち上がってみせると決めた……ッ!
想いを手繰り寄せ、確固たる意志を宿したカイナに──記憶の根底に刻まれた、一節の詠唱が浮かび上がる。
あの日の夜と同じように、今────再醒の螺旋が廻る。
総てを背負い、総てを糾せ。
お前は、ルクス・オルドバーンだ────!
彼は力を失った腕で瓦礫を退かすと、限界に瀕した蹌踉めく脚で立ち上がる。
「まだ……立つのかい」
称賛か落胆か、或いは他の感情か。立ち上がったカイナに、アルメインは溜息を吐く。
そして大剣を額に当て、引導を渡す一振りを生み出すために──柄を握り締めた。
「次で……本当に終わりだ」
泰然自若に。敢然たる開眼と共に、その言葉を口にする。
『これは朱き焔の変遷』
聖焔玉が朱く輝き──絶大なエナが、解き放たれる。
最後の一手を、最大の焔で……君に捧げよう。
『神秘を宿した種火は神焔となった』
カイナへ視線を動かすと、彼は朧気に……弱々しく立っていた。そんな彼を……。
『ひとたび彼方と此方を繋ぎ 太平の世を築き上げた』
走馬灯のように流れるは、彼との会話の数々。
奇跡的なまでの巡り合わせだったけれど、僕は君を、心から仲間だと思っていた。
『いま此時 保たれし秩序の世界で響かせよう』
生きて君とまた、コーレルム隊のみんなで特務へ駆り出す日々を送りたかった。
この手で君を送ることは……心にきっと、大きな穴が空くのだろう。だが……それでも。
『叶うならば今一度 大罪人への慈悲を』
これもまた主神リアスティーデの導きなら、泣いて馬謖を斬ろう。
そして真の勇者たる君の意志を継ぎ、この世界を導いていくよ。
『願うならば今一度 邪悪な稀人への救済を』
だからもう……これで終わらせよう。
『今生の英雄よ 神焔の劔を振るい 赦しを与え 償いを授けよ』
さようなら……カイナ。
『──────これは朱き焔の変遷』
詠唱を終え──赤の世界に業焔が舞い踊る。否……極限まで研ぎ澄まされた紅く揺らめくこの焔は、神焔。軈てアルメインは遥か高く大剣を掲げて、その名を解放する。
『神焔創聖《リファイン・ブレイズ》ッ!』
この世の理を超越した一振りの大剣が、神焔で天を衝く。
一切を灰燼へと帰し、一切の存在を否定する──預言の勇者の劔となる。
神焔に照らされたカイナの視界は視界は赤く濁り、絶え間ない耳鳴りが意識を締めつける。
思考はとうに、限界を超えていた。……されど。
「これは────」
折れた杖剣を石畳へと突き立て──囁くように、粛々と詠唱を始めた。
『愛しき亡国に捧ぐキリエ』
ただ勝者のみが立ち続ける──不毛で、貪欲で、停滞した世界。
互いの正義を掲げた、善も悪も存在しえない世界で。
ただ一つ。魂を込めた心の慟哭を、祈りに変えて。
『封じられた光は 再醒を以て輝きを取り戻した』
アルメインは肌で感じる光輝に、焦燥を抱く。第六感が告げている……阻止しなければ、敗ける……!
瞬時に彼は脚を飛ばし、風を切り裂いてカイナへと急接近を図る。
『伝承の預言を掲げし螺旋に 白き世界を創る為』
一足一刀の間合いから──神焔の劔は、天地を裂くかの如く一振りを描いた。
凄烈な一閃によって、カイナの命が散る──その寸前。
『ボルグレアスッ────!』
「──ッ! リサーナ……ッ!」
失神から覚めたリサーナが……二人の間に身を投じて、防護の上階祈術を発現させる。
主の窮地に彼女は、極限までエナを捧げた──金剛不壊の防護壁を創り出した。
『其れは 光を纏い約束の花園に築いた誓約』
「ごめんね、アル。でも…………させないッ!」
「お願いだ、リサーナ! 退いてくれ……君を傷つけたくはないッ!」
火海が踊る──神焔の大剣と金剛の防護壁が伯仲する、鍔迫り合いの最中。リサーナは決意の心情を述懐する。
「私は、ルクス様に命を貰ったの……! だから……退く訳にはいかないわッ!」
涙を浮かべるリサーナ。だがその瞳に迷いはなく、更に苛烈に──エナを捧げ続けた。
『其れは 久遠に眠る徒花に芽生えた流転の耀』
カイナが最後の一句を詠むと……白金色の祈術陣が、オルドバーン城を覆った。
アルメインは瞬時に悟る。ここで躊躇すれば……この祈術が発現すれば、間違いなく死に至ると。
「くっ──! すまない、リサーナ────ッ!」
遥か天へと舞い上がり、神焔を増幅させる。救済の名の下に──彼女の防護壁を……カイナを、斃す。
赤の勇者が殺気を高揚させた──刹那。焔翼を羽ばたかせて再度リサーナへ切迫すると──そっと、心を贖罪に変えて。鬼神が如く形相で、神焔の刃を斬りつけた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
「……ッ! お願い……ルクス様…………ッ!」
耐えきれない。彼女はそう悟ると、最後の望みをカイナへと託した。
理を超越したアルメインの一振りに、為す術なく防護壁は穿たれ──リサーナは鮮血を飛散させながら、遠方へ斬り飛ばされた。
「ルク………………ス…………様………………」
討ち果たしたアルメインは、彼女を一瞥することなく猛進すると──哀哭の咆哮と共に、カイナへ斬り掛かる。
神焔が舞う──天昇る朱の劔で。殺生も厭わない──炯眼を散らして。
「カイナァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
振り下ろされた刃に、体躯が斬り裂かれる──その須臾に。彼の意は啼く。
「ありがとう……リサーナ……」
亡国の花園に。萌芽は、大輪の花を咲かせた────。
『──────世源祈術』
刹那────カイナは瞼を開き、アルメインと視線を結ばせる。
斯くて。終止符を打つために……左の掌を前方へ翳して、祈術を発現させた。
『──────廻る輪廻にて再臨せし夢天の極光《ジ・アガスティア》』
祈りに導かれ、根源の光が天より降り注ぐ。
眩い光波によって────世界は、極光に包まれた。
いよいよ次話にて、第一章は完結となります。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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