最終話 再醒‐⑧
「ああ……そうさ……。でもな…………」
行雲流水のようにはいかない。この声に耳を傾け、悲願を遂げること。愚行だと嗤われても、逃避だと誹られても。それが……自分の生だから。
「勇者を殺さないと、帝国は……俺は……! 明日を迎えられないんだッ!」
極限の集中力を以てエナを注ぐ。より疾く……より強く……より誇らしく。
灼滅の弾丸を躱す術は、最早残されていない。ならば……匹敵する力によって打ち破るほか、道はない……!
『────! ──────!』
瞳に映るは、小さな鸚緑の輝き。そして不意に……無邪気に弾ける幼子のような笑声が、微かに響いた。幻視……幻聴、何でもいい、今はただ……!
カイナは鋭い眼差しと共に、指先を研ぎ澄ます。視界全体に広がるは、自身を焦がす太陽。その核を穿ち……形勢を変える……!
杖剣を大地へ突き刺し、右の掌を左に添え──両手を前方へと翳す。そして、翡翠の祈術陣に重ねるように──白光の祈術陣を展開した。
紋章輝く左手で……小さく奏でる、もう一つの閃き。響かせる祈りは──二重の協奏。
右手から──風迅の上階祈術を。左手から──光輝の下階祈術を。
『二奏祈術──リディシオ・エルムッ!』
慟哭を紡ぐ想いを乗せ──祈術陣より、二奏の祈術が発現される。唸る竜巻に、煌めく光が……その中心を征く。
嘗てない膨大なエナの大嵐が吹き荒れ、颯々たる風声の叫びを響かせながら──風の力を帯びた光線が、刹那に翔けて紅蓮を迎え撃つ。
「これで、終わらせる──────ッ!」
光嵐疾風──翠耀が、赤き世界を掻き乱す。風を纏う白光の光線は、一筋の光輝を描き──灼滅の弾丸を穿つと、瞬く間に天を……アルメインの額を、貫いた。
「ガハッ────! な……に…………?」
不意の一撃に焔の仮面を砕かれ、赤の勇者は天より墜ちていく。その瞬間──彼の視界に映るのは、光を帯びた薄柳色の髪。
カイナの姿は、数多の石像や聖堂の壁画に描かれた……預言者マーレの面影と、重なっていた────。
光輝の祈術……彼は、この世界で既に喪われたと謳われる、光輝のエナを持っていた。
二つのエナを内包する者……そして光輝のエナを持つ者が世界に現れたのは、いずれも二人目。
一人目は……預言者マーレ、その人だった。
「預言の……勇者…………ッ!」
「はぁはぁ……くっ、はぁ……はぁっ……!」
アルメインの身体は地へと投げ捨てられ、衝撃波と土煙が舞う。カイナが視線を逸らさず見据える中、再び焔の柱が立ち昇り……宙に浮く焔魔人の姿が、影となって揺動する。
そして──業焔の肉体は瞬く間に快癒を果たし、その焔翼をはためかせていた。
「残念だったね、カイナ。どうやら僕は、不死身のようだ。でも……今のは良い攻撃だったよ」
壮絶な攻防に大地は揺れ、空気は震え、天は哭いた。だが……まだ雌雄は決していない。
「たとえこの身が偽りだったとしても、僕の信条は本物だ。だから僕は……負けないッ!」
「はぁ……はぁ……。はははっ、認めるよ。アンタは、ぐっ……アンタの信条は、本物だ」
カイナは再度、絶望を目の当たりにする。超越的な彼の能力……残された道は……。
「さぁ……決着をつけよう、カイナッ! ここから先は聖教も、預言も、騎士団も、誰も関係ない……勝者その一人を決めるんだ……ッ!」
「くっ…………!」
紋章を宿した左手を灼け落ちた剣身に添え、一縷の望みを乗せた祈術陣を展開する。
周囲には、眩い黄金が集い始めた。
「面白い……! だが……詠唱は続けさせない……ッ!」
宙に舞うアルメインが、大剣を構えた刹那──四度の剣閃が奔流のように薙ぎ払われる。編み重なる斬撃は四層の焔刃となって、灼熱の息吹を帯びて飛来する。
対するカイナは瞬時に杖剣を振るい、神霊石より祈術を発現させて飛翔する。風に身を任せ、斬撃を躱しながら崩落した瓦礫の上に着地した。
「君らしい……見事な身の熟しだな」
「アルメイン……。アンタを、この刃で……斃すッ! 『エルドラ──ッ!』」
そして……剣身に添えた左手より、光輝の中階祈術を発現させる。絢爛たる輝きを放つ白の世界を築き上げると──その総てが、剣身へと収束されていく。
光輝が開花した杖剣は、暗く澱んだヴェーザス城を照らし──灼け落ちた剣身は、光波を帯びた光刃へと変幻した。
「受けて立つよ……カイナ。さぁ、来いッ!」
両手で柄を強く握り、光刃を携えて接近する。彼の覚悟を視覚、聴覚、そしてこの空間で感じ取ったアルメインは、昂奮の表情を見せた。
その昂る気を闘志に変える……業焔の大剣の切先を地に着け、一閃の構えでカイナを迎え撃つ。
「「はぁあああああああッ──! 」」
刹那──互いの渾身の一撃が相克し、剣戟の音が響き渡る。片方は復讐の刃に光を宿し、片方は信条の念に焔を宿して。カイナが杖剣を引き、受け流して二撃目を振るうも──アルメインは大剣を水平にして光刃を受け止める。
……………然して。
両者の魂が火花を散らし、剣戟は加速する。だが……刃を交える中で、二人は感じ取っていた。
アルメインは、自身が一歩先を行っていることを。カイナは、自身が後一歩届かないことを。
「たとえその刃が僕を刺し貫いても、君が勝つことは叶わないぞ……!」
「刃が通らない? アンタが不死身? そんなものは、白旗を揚げる理由にならないッ!」
されど。カイナの劣勢を示すかのように、彼の杖剣はただ防戦に徹し、アルメインの攻勢を必死に受け流している。
この場の主導権を握っていたのは、赤の勇者だった────。
業焔と光波の粒子が舞う中、拮抗していた鍔迫り合いをカイナが杖剣を引いて均すと、一度後方へ跳躍する。一足一刀の間合いでの対峙。永遠のような……一瞬のような、牽制の駆け引きが続いた。
寸刻の後──その口火を切り、勝者となったのは……アルメインだった。
「はぁああああああああああああっ!」
「くぅ──グハッ────!」
神速の如き速さで懐へ潜り込み、大剣の柄頭で鳩尾を突く。カイナの口から唾液が零れ、瞳は大きく見開かれる。
追撃に業焔の剣身を返し──一閃。咄嗟に杖剣で防御に転じるが、光刃は敢えなく破砕された。
斯くて……左脚から右肩にかけて。カイナは多量の出血を伴いながら、その身を斬り裂かれていった──────。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。




