最終話 再醒‐⑦
圧倒的なまでの──エナの暴力。吹き荒れる灼熱と爆ぜる衝撃波に耐えながら、カイナは逡巡する。
アルメインの忍耐力、秘匿されていた預言祈術の存在。見えずとも、肌で感じる──想像を絶するほどの膨大なエナの力に。
「っ……赤の、勇者…………!」
震える両脚を二度叩き……携えた杖剣を右手に、標的を見据える。渦巻く業焔の中で──致命の傷を与えた赤の勇者の身体は、瞬く間に快癒していく。
ただ優しく……彼を覆う朱き焔が、爛々と輝いていた。
「カイナッ! 一つだけ忠告……いや、交渉だ。僕は……仲間であり、友人でもある君と、戦いたくはない。共に過ごした過去は不変だ……! そうだろうッ!?」
心臓を貫かれたはずの彼は、以前にも増した絶大的な力を纏い……情けを投げ掛ける。
先ほどまでの衰弱した姿は──跡形もなく掻き消えていた。
「まだ間に合う。君の本心を知った今なら! 一緒に活路を見出すことだって……!」
「綺麗な戯れ言だ……アンタらしい。だが、ここから先の道に進めるのは、一人だけだッ!」
互いの想いを交錯させる。仲間として、友として。認め合い、受け容れた者として。
最初から、敵として対した者として────。
「これが僕の想いだ。だけど……君が向かってくるのなら、僕はそれに応える義務があるッ!」
奔流する業焔は、掌握する火勢を増幅させる。どこまでも広がり続ける……想いの大渦。
「そして、君が僕を殺すと言うのならば。僕が、君を──────救済すッ!」
祈術陣から放たれた焔渦が、赤く、朱く、緋く染まっていき──舞い踊りながら、勇者の身体へ収束する。
その姿は、まさに──焔の化身。揺動する業焔を全身に纏い、異邦録に描かれし魔人の如き形姿で、面相を覆っている。アルメインの素顔は隠され──そこにはアータルという名の焔魔人が、顕現していた。
「さぁ、いくぞ……カイナ……ッ!」
彼の背に業焔が集い──不死鳥が如く翼が形成され、焔翼をはためかせて宙を翔ける。
そして──両手に携えた大剣を額に当てると、その剣身へエナを集結させていく。
「っ──! させるか──ッ!」
カイルノアで目にしたアーツを防ぐため、カイナは杖剣を逆手に構え、即座に神霊石へエナを注ぐ。次の瞬間──風迅の下階祈術によって風が唸りを上げ、疾風の鎌鼬となってアルメインを襲うが……その一撃は最早、彼にとって無力に等しかった。
一帯を支配する膨大な焔渦の中で、風の刃による攻撃は敢えなく霧散する。圧倒的な力の前では、自身の総てが無力にも思えるほど……カイナの眼前に広がる世界は、赤に染まっていた。
「…………もう、無駄だ。君の攻撃は……僕には届かない」
エナが集い、大剣は形状を変化させていく。より巨大に、より絶対的に、より絶望的に。夥しいまでの業焔を纏う大剣の鍔には、衒うように預言者マーレの紋章を刻んだ。
たとえ、造られた偽りの存在だとしても──ここにいる自身は、本物なのだと。
「くっ──これが聖術の力……っ! いや……それ以上に、聖教は一体……!」
「はぁああああああああああああああああああああッ!」
アルメインは焔翼で風を裂き──舞い踊るように旋回して、大剣を水平に薙ぎ払った。
たった一振り。その一撃で──オルドバーン城の総てが、朱き焔で覆い尽くされる。
蹂躙された城内は崩れ果て、天井が音を立てて瓦解する──まるで、あの夜のように。
そして、彼が大剣を振り下ろすと──集約された業焔の斬撃が、大地を鳴動させる衝撃波を巻き起こしながら、神速でカイナへと飛来した。
「ッ──! 『リディシオッ!』」
押し寄せる熱波に思考の猶予もなく、右手を前方へ翳して祈術陣を展開する。瞬く間に風迅の中階祈術を発現させ、翡翠に輝く旋風の波動を放つが……業焔の前では空虚にも、翠風は霞のように呑み込まれていく。
「残念だが、君に勝利の芽はない……再び僕に、血を流させることさえ……ッ!」
絶大な威力を誇る斬撃が、刹那に叩き込まれ──天地を焦がす熱波の渦と化して、カイナを喰らい尽くす。
「ぐぅ──ッ! ああああああああああッ!」
灼熱に身体が押し潰される中、反射的に神霊石へエナを込める。自身を巻き込むように足元へ祈術を放つと、発現した突風がカイナを後方へ吹き飛ばす。
寸前で致命を免れ……傷を負いながらも、焔渦から脱した。
「はぁ……はぁ……ッ! はぁ……ぐぅ……! なんて、威力だ……!」
恐るべき一振りに驚愕し、アルメインへ視線を向ける。だが……既に彼の姿は、そこから消え失せていた。
悪寒が走るカイナは左手を前方へ翳し、祈術陣を展開する。
「っ────!」「こっちだ……!」
神速の身で隙を突き、カイナへ迫ると──アルメインは一縷の躊躇もなく、大剣を振り下ろした。
「くそっ──『ボルグッ!』」
目睫の間に刃が迫るが、カイナは寸前に防護の下階祈術を発現させ、体躯を覆う防護壁を創り出す。
しかし──絶大な勇者の前では、大海の一滴が如く小さき抵抗。灼熱を帯びた一撃に防護壁は一瞬にして砕け散り、焔の剣がカイナへ襲来した。
「グハッ────!」
杖剣を盾に辛うじて直撃は防ぐも、紅蓮を前に剣身は溶け落ち、圧倒的な怪力に吹き飛ばされる。目も眩む速度で石壁に衝突し、軋む全身に激痛が走る──その力の差は、歴然だった。
再三──アルメインは宙へ舞い上がり、追撃の大剣を薙ぎ払う。初撃同様、業焔の斬撃がカイナへと飛来した。
「うっ──くそっ────!」
止め処ない連撃に、カイナは逃げに徹することしか出来なかった。杖剣を逆手に構え、神霊石へエナを注ぐ。瞬時に足元に疾風を生み出すと、一息に右へと飛び退いた。
一拍を置いて。天使が如く焔翼を揺らして佇むアルメインが、憐憫を掛ける。
「君を喪いたくはない……でも。もう後戻りができないのなら……死ぬのはカイナ、君だッ!」
左手を天へと翳し──上空に祈術陣を展開すると、莫大なエナを宿した陣が形成されていく。
「君に合わせて、祈術で片を付けよう……その上で、敵わないと思い知るんだ……ッ!」
迫りくる死に、カイナは目を見開く。視界の片隅に映るは……リサーナの姿。
そうだ──まだ終わりではない。自身のため、そして彼女のためにも……ここで敗れるわけにはいかない……!
「号ぶんだ……魂が…………」
静かに掌を翳して、祈術陣を展開する。溢れ出る言葉は──愛しき故郷の残響。
「この帝都に眠る、魂の怨嗟が……! 勇者を葬れと……!」
傷だらけの復讐者に囁くは、この地に眠る怨念。炯眼を散らした左眼には、雫が一つ。
「その声に耳を傾けている君は、逃げているだけだ! そして……」
アルメインもまた、引導を渡す一撃を。彼のために……帝国のために。
両者を救済へ導くのは、自身の使命だと。
「逃げ続けた先にあるのは……後悔だけだ──ッ! 『イグニシオン──ッ!』」
痛罵の叫びと共に、アルメインが炎楼の上階祈術を発現させる。
それは宛ら、太陽が如く。創造されるは──上空を覆い尽くす、朱のソラリア。
次の瞬間、その焔は灼滅の弾丸へと姿を変化させ──赤き世界の流星となって、カイナへ降り注いだ。
各話の更新を一斉に行いましたが、内容は後書きの脱字の修正です。(21時のところ、"時"が抜けていました……)
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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