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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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最終話 再醒‐⑤

 地下牢の大広間にて、灰の(むくろ)対峙(たいじ)していた三人──先手必勝を胸にその脚を動かしたのは、ミオメルだった。

 

 地天の下階祈術で岩槍を発現させ、重心を沈めて柄を握る。刹那──風を裂く勢いで駆け抜け、骸の心臓──その一点へと狙いを定めた。


「骸骨だか魔獣だか知らないけど……大人しくやられなさい……っ!」


 ミオメルは疾走の勢いそのままに、間合いまで距離を詰めると──熱誠(ねっせい)の刺突により、胸骨を刺し貫く。

 

 ()()()──そこに手応えの感触は一切存在しない。岩槍の矛先は骸に届くことなく、()()()()()()()()()


「うそっ……!? くっ……!」

 

 驚愕(きょうがく)のまま矛先を失った岩槍を突き立て、反動を利用した宙返りで後方へ跳躍する。


 先ほどの事象……矛先が破砕(はさい)したわけではない。骸に触れた瞬間、溶け崩れるように……エナとなって霧散(むさん)していた。


「どっ、どうして!?」


「む……今のは…………」


 骸は無防備なまま、極彩色(ごくさいしき)の瞳で三人を見据(みす)えている。その表情は──まるで愚弄を滲ませた、(いびつ)嘲笑(ちょうしょう)だった。


 冷汗を伝わせたチルメリアが、思考を巡らせるが……一度では確証が持てないと、ウルハへと協力を仰ぐ。


「……ウルハ。下階祈術で魔獣を狙ってみて」


「うっ、うん。わかった……!」


 即座に彼女が頷くと、二人は同時に祈術陣を展開する。


 依然として骸とミオメルが牽制を続ける中、掛け声で呼吸を合わせ──一斉に下階祈術を発現させた。


「いくよ……『ルシオ』」「っ……『ラクリマッ!』」


 それぞれ雷降と氷海の下階祈術を発現させ、二人の祈術が骸へ放たれる。チルメリアは直立状態の骸の頭上より降り注ぐ雷撃を、ウルハは自身の周囲に四本の氷剣を創り出すと、その総てを飛翔させた。


 ただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす骸へ、氷剣と雷撃は正確無比(せいかくむひ)に捉えるも──先刻の岩槍と同様に分解されるが如く、骸に触れた瞬間に霧散していった。


「やっ、やっぱり消えちゃった……」


 二人が表情を険しくする中、祈術陣を展開していたミオメルが間髪入れず畳み掛ける。


「下階祈術でダメなら、中階祈術よ! 『ナテラリアッ!』」


 地天の中階祈術を発現させ、骸の頭上に巨岩の大剣を創造して垂直に落下させる。相対する骸は迫りくる脅威(きょうい)に淡々と頭上を見上げ──その時を待つ。


 次の瞬間──落下運動により加速する巨岩の大剣は、地下全体を震わす(おびただ)しい衝撃波と砂塵(さじん)を発生させ、その剣身を骸へ突き立てた。


 ()()。予見した結果のように──再三再四(さいさんさいし)、標的に傷一つ負わせることなく、岩剣もまたエナの粒子となって掻き消える。


「む……どうやら、私たちの祈術は効かないみたい」


「デタラメだわ……どうやって戦う?」


 ミオメルは肩を竦め、チルメリアへ視線を向ける。

 

 (たちま)ち彼女は、左の拳を腹部に添えると──右の拳で骸を穿つ構えを取った。


「祈術が使えないなら、()()()しかない」


「へぇ……。面白そうじゃない……!」


 チルメリアが得意げな笑みで疾走すると、ミオメルもその後に続く。


「ウルハ! あんたはそこで待ってなさいっ!」


「う、うん……えーと、頑張って……?」


 二人の熱気に呆気(あっけ)に取られるウルハ。彼女を差し置き疾走する二人はそれぞれ、チルメリアは拳に……ミオメルは脚に力を集中させる。


「覚悟しなさい! その頭、()し折ってやるわよッ! 『ナテラッ!』」


「なら私は、骨盤を粉砕する……!」


 ミオメルが足元に地天の下階祈術を発現させ、垂直に伸びた岩場を創り出すと、大きく跳躍する。


 ()を描くように空を舞って、()()──(かかと)落としで骸の頭蓋骨(ずがいこつ)を狙った。


「いっけぇええええええええッ!」


 一方のチルメリアは、猪突猛進に骸の(ふところ)まで潜り込む。今……己の拳に稲妻はない。だが、これまで鍛え上げてきた技術と力量が、自信を形成していた。


 弓を射るように大きく右肩を反らし、骨盤へ狙いを定める。左拳を腹部に添え──右拳に集約させた力を解き放った。


「この穿孔(せんこう)で……終わらせる……っ!」


 阿吽(あうん)の呼吸で繰り出した二人の技は、骸へ痛打を見舞う。美しい軌跡を残したチルメリアの打撃が骨盤を粉砕し、華麗な曲線を描いたミオメルの踵落としに頭蓋骨は亀裂を走らせ──轟音と共に骸を地面へ叩き落す。


 互いに息を合わせるのは始めてだったが、波長の合った(まば)らのない──鮮やかな連携だった。


「やるじゃない、チルメリア」


「む……ミオメルも。ちょっと見直した」


 笑みを零して視線を交わす中……地に伏した骸は痙攣(けいれん)する様子を見せながら、時間を巻き戻すかのような曲芸で立ち上がると──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ミオちゃんっ! チルちゃんっ! 傷が……!」


「っ…………そう簡単にはいかないってわけね」


「でも……攻撃は通じた」


 再び攻勢の構えを取るが、次の瞬間──初めて動きを見せた骸が、反撃に転じてミオメルへ急接近する。


 並外れた速度と(むご)たらしい俊敏な骸の挙動に、ミオメルは巡る悪寒に鳥肌を立たせた。


「ひぃぃいいい気持ち悪っ!」


『KIAAAAAAAAAAAッ!』


 しかし。その余裕すらも失わせるように、骸は手骨より祈術陣を展開する。


 至近距離からの一撃───。真面(まとも)に喰らえば、その身に受ける損傷は大きいと言えた。


「祈術っ────!?」


「ミオちゃんっ…………!」


 祈術が発現する寸前……焦眉(しょうび)の状況に、チルメリアが側面から助太刀の殴打を繰り出す。


「ミオメル、危ないっ…………!」


 だが──先刻と同様に骨盤を狙い、骨を穿つ勢いで放たれた拳だったが、骸はチルメリアの拳を左手骨で受け止めて無力化する。己の拳が眼前の敵に力負けをした事実に、彼女は大きく目を見開いた。


「うっ……うそっ…………」


『KIAAAAAAAAAAAAAAAAAA──!」


 骸は風迅の下階祈術を発現させ、ゼロ距離からミオメルへ突風の刃を放つ。吹き荒れる風が彼女の身体を呑み込み、随所(ずいしょ)を切り裂いて後方へと吹き飛ばした。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!」


 地下牢の鉄格子に背中を強打させると……彼女は息を詰まらせ、呼吸困難に(おちい)る。


「ぐっっ……ガハッ…………!」


「ミオメル……!」


『KIAAAAAAAAッ!』


 続けざまに骸はチルメリアへ狙いを定めると、右手骨を(かざ)して祈術陣を展開する。


 相対する彼女は振り(ほど)くことの敵わない右拳を捨て、地面を力強く蹴り上げて跳躍した。そして脚を平行に伸ばすと、骸の脊椎骨へ飛び蹴りを見舞い──局所の骨を粉砕させる。


 ()()()──骸の身体は瞬時に修復が始まり……(なお)(ひる)む様子を見せずに、祈術を発現させた。


「くっ……体術も……効かない……!」


『KIAAAAッ!』


 ミオメルを襲った祈術同様、風迅の下階祈術によって突風の刃がチルメリアへ放たれる。骸は左手骨で彼女の右拳を掴んだまま、その場で風刃の螺旋を浴びせた。


 終わらない悪夢のような痛みが彼女を襲い、力が尽きるまで──骸は嗤うように祈術を放ち続けた。


「うぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ!」


「チルちゃんっ! どうしよう……このままじゃ……このままじゃ…………ッ!」


 倒れ伏すミオメルに、その身を削り続けるチルメリア。眼前の惨状に、焦燥を見せる。


 骸を討ち、彼女たちを救うにはもう、自分が戦うしか道は残されていない。


 祈術は使えない。彼女たちほどの武術もない。ならば……。ウルハは覚悟を宿した瞳で活路を見出(みいだ)す。


「接近戦……! この短剣で……! 私が、二人を助けなきゃ……!」


 両腿に一本ずつ帯剣した短剣をそれぞれの手で抜き放ち、地を蹴り駆ける。チルメリアへ風刃を浴びせ続けている骸は、極彩色の瞳を鋭く動かしてこちらを視認した。


「はぁぁぁぁあああああっ!」


 入魂の雄叫(おたけび)と共に、短剣を握る力を強める。疾走するウルハの方へ身体を向けた骸は、祈術の発現を中断させると、チルメリアを遠方へ投げ捨てた。


 彼女は受け身を取ることなく無抵抗に地を転がるが……それでも。未だ彼女の祈術によって光源は大広間を照らしている。残る力総てを光源に()き、ウルハへと託すために。その手を伸ばし続けていた────。


「チルちゃん……! 待ってて……ッ!」


 骸がウルハへ向けて祈術陣を展開させると、彼女もそれに反応するように、短剣を握った左手を前方へ翳して祈術陣を展開する。


『KI……KIAAAッ!』


「身体に効かなくても、防御なら関係ないっ!」


 嘲笑(あざわら)うかのように声を上げた骸は、風刃の下階祈術を発現させる。


 突風の刃が飛来し、ウルハを襲うが……彼女がその脚を止めることはない。


『ラクリマ──!』


 ウルハは氷海の下階祈術を発現すると、高く聳え立つ氷壁を創り出す。踊るように襲い掛かる風の刃が氷壁と衝突し、その鎌鼬は容易く氷塊を打ち砕いた。


 四方へ氷片が舞う中、尚も背後に立つ彼女へ肉迫するが──然し。風の刃が、彼女を切り裂くことはなかった。


 更に一氷──自身の足元に一際大きい氷塊を生み出し、力強く蹴り上げて跳躍していた。崩れ行く氷壁を飛び越え、宙を舞いながら身を(ひるが)すと、目下(もっか)の骸へ照準を絞った。


「てやぁあああああああああッ────!」


 骸が見上げるその頭上より、ウルハが得物をくるりと右の掌で転がす。炯眼(けいがん)を散らして一直線に右手を大きく上げて振り翳すと──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『KIAAAAAAAAAAAAAAAAッ──────!』


 これまでにない咆哮と挙動を見せ、傷を負った獣のように暴れ回る骸。その頭には短剣が深く突き刺さり、光を帯びて輝いていた。


 骸は怒り狂う様相で灰の煙を全身から放つ。()()()()……。左手に握る短剣を突き刺せば仕留められると、不思議と確信した。


「これで……終わり……っ!」


 短剣の柄に右手を添えて、目前から致命の刺突を放つ。危機に(ひん)した骸は鋭く頭を動かすと、全身の重心を沈ませ、右脛骨(みぎけいこつ)よりウルハの左手を目掛けて蹴りを繰り出した。


 虚を突かれた焦眉の一蹴(いっしゅう)を彼女は(かが)んで(かわ)すが、左手骨(ひだりしゅこつ)によって殴打される。短剣は宙を舞って後方へ弾かれ──追撃に右手骨で鳩尾(みぞおち)に痛打を見舞われた彼女は、唾液を嘔吐(おうと)してその場に倒れ伏す。


 灰の煙を纏う骸は……極彩色の瞳で、勝ち誇るように彼女を見下ろした。


「がっ……はっ……! あと、あと少し……なのに…………っ!」


『KIAAA……』


 足元で(もだ)えるウルハの頭を、骸が踏み潰そうとした──その須臾(しゅゆ)に。()()()()()()()()()


「くっ……ぁぁぁぁああああああああああああああああああッ!」


 震える脚で地を蹴ると、痛みで痺れた右手で、剣身が輝きを放つ短剣を拾う。


 疾走(はし)って、疾走(はし)って……その手に宿る短剣を握り締め──左手を翳して、弓を射るように振り被った。



 そして、左足を大きく前へ踏み出し────()()



 残る力総てを乗せた、渾身の投擲(とうてき)。壮絶に輝く剣身の軌跡が、直線状に描かれ──()()()()()()()()()()()()。忽ち骸の動きが完全に止まると……全身は灰となって霧散していく。


 短剣を投じ、後方に立っていたのは──────ミオメルだった。


「っ……ミオ……ちゃん……っ!」


「最後に……ヘマしてんじゃ、ないわよ…………」


 言葉を遺して、彼女はその場に倒れ込む。


 失神した二人と死に瀕した瞬間に、ウルハは泣き崩れながらも……勝利の余韻(よいん)に浸るのだった。


次回の更新も明日の21時を予定しています。

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