最終話 再醒‐⑤
地下牢の大広間にて、灰の骸と対峙していた三人──先手必勝を胸にその脚を動かしたのは、ミオメルだった。
地天の下階祈術で岩槍を発現させ、重心を沈めて柄を握る。刹那──風を裂く勢いで駆け抜け、骸の心臓──その一点へと狙いを定めた。
「骸骨だか魔獣だか知らないけど……大人しくやられなさい……っ!」
ミオメルは疾走の勢いそのままに、間合いまで距離を詰めると──熱誠の刺突により、胸骨を刺し貫く。
しかし──そこに手応えの感触は一切存在しない。岩槍の矛先は骸に届くことなく、寸前で消失していた。
「うそっ……!? くっ……!」
驚愕のまま矛先を失った岩槍を突き立て、反動を利用した宙返りで後方へ跳躍する。
先ほどの事象……矛先が破砕したわけではない。骸に触れた瞬間、溶け崩れるように……エナとなって霧散していた。
「どっ、どうして!?」
「む……今のは…………」
骸は無防備なまま、極彩色の瞳で三人を見据えている。その表情は──まるで愚弄を滲ませた、歪な嘲笑だった。
冷汗を伝わせたチルメリアが、思考を巡らせるが……一度では確証が持てないと、ウルハへと協力を仰ぐ。
「……ウルハ。下階祈術で魔獣を狙ってみて」
「うっ、うん。わかった……!」
即座に彼女が頷くと、二人は同時に祈術陣を展開する。
依然として骸とミオメルが牽制を続ける中、掛け声で呼吸を合わせ──一斉に下階祈術を発現させた。
「いくよ……『ルシオ』」「っ……『ラクリマッ!』」
それぞれ雷降と氷海の下階祈術を発現させ、二人の祈術が骸へ放たれる。チルメリアは直立状態の骸の頭上より降り注ぐ雷撃を、ウルハは自身の周囲に四本の氷剣を創り出すと、その総てを飛翔させた。
ただ呆然と立ち尽くす骸へ、氷剣と雷撃は正確無比に捉えるも──先刻の岩槍と同様に分解されるが如く、骸に触れた瞬間に霧散していった。
「やっ、やっぱり消えちゃった……」
二人が表情を険しくする中、祈術陣を展開していたミオメルが間髪入れず畳み掛ける。
「下階祈術でダメなら、中階祈術よ! 『ナテラリアッ!』」
地天の中階祈術を発現させ、骸の頭上に巨岩の大剣を創造して垂直に落下させる。相対する骸は迫りくる脅威に淡々と頭上を見上げ──その時を待つ。
次の瞬間──落下運動により加速する巨岩の大剣は、地下全体を震わす夥しい衝撃波と砂塵を発生させ、その剣身を骸へ突き立てた。
だが。予見した結果のように──再三再四、標的に傷一つ負わせることなく、岩剣もまたエナの粒子となって掻き消える。
「む……どうやら、私たちの祈術は効かないみたい」
「デタラメだわ……どうやって戦う?」
ミオメルは肩を竦め、チルメリアへ視線を向ける。
忽ち彼女は、左の拳を腹部に添えると──右の拳で骸を穿つ構えを取った。
「祈術が使えないなら、肉弾戦しかない」
「へぇ……。面白そうじゃない……!」
チルメリアが得意げな笑みで疾走すると、ミオメルもその後に続く。
「ウルハ! あんたはそこで待ってなさいっ!」
「う、うん……えーと、頑張って……?」
二人の熱気に呆気に取られるウルハ。彼女を差し置き疾走する二人はそれぞれ、チルメリアは拳に……ミオメルは脚に力を集中させる。
「覚悟しなさい! その頭、圧し折ってやるわよッ! 『ナテラッ!』」
「なら私は、骨盤を粉砕する……!」
ミオメルが足元に地天の下階祈術を発現させ、垂直に伸びた岩場を創り出すと、大きく跳躍する。
弧を描くように空を舞って、旋転──踵落としで骸の頭蓋骨を狙った。
「いっけぇええええええええッ!」
一方のチルメリアは、猪突猛進に骸の懐まで潜り込む。今……己の拳に稲妻はない。だが、これまで鍛え上げてきた技術と力量が、自信を形成していた。
弓を射るように大きく右肩を反らし、骨盤へ狙いを定める。左拳を腹部に添え──右拳に集約させた力を解き放った。
「この穿孔で……終わらせる……っ!」
阿吽の呼吸で繰り出した二人の技は、骸へ痛打を見舞う。美しい軌跡を残したチルメリアの打撃が骨盤を粉砕し、華麗な曲線を描いたミオメルの踵落としに頭蓋骨は亀裂を走らせ──轟音と共に骸を地面へ叩き落す。
互いに息を合わせるのは始めてだったが、波長の合った疎らのない──鮮やかな連携だった。
「やるじゃない、チルメリア」
「む……ミオメルも。ちょっと見直した」
笑みを零して視線を交わす中……地に伏した骸は痙攣する様子を見せながら、時間を巻き戻すかのような曲芸で立ち上がると──骨盤と頭蓋骨に生じた傷を、瞬く間に修復させていく。
「ミオちゃんっ! チルちゃんっ! 傷が……!」
「っ…………そう簡単にはいかないってわけね」
「でも……攻撃は通じた」
再び攻勢の構えを取るが、次の瞬間──初めて動きを見せた骸が、反撃に転じてミオメルへ急接近する。
並外れた速度と惨たらしい俊敏な骸の挙動に、ミオメルは巡る悪寒に鳥肌を立たせた。
「ひぃぃいいい気持ち悪っ!」
『KIAAAAAAAAAAAッ!』
しかし。その余裕すらも失わせるように、骸は手骨より祈術陣を展開する。
至近距離からの一撃───。真面に喰らえば、その身に受ける損傷は大きいと言えた。
「祈術っ────!?」
「ミオちゃんっ…………!」
祈術が発現する寸前……焦眉の状況に、チルメリアが側面から助太刀の殴打を繰り出す。
「ミオメル、危ないっ…………!」
だが──先刻と同様に骨盤を狙い、骨を穿つ勢いで放たれた拳だったが、骸はチルメリアの拳を左手骨で受け止めて無力化する。己の拳が眼前の敵に力負けをした事実に、彼女は大きく目を見開いた。
「うっ……うそっ…………」
『KIAAAAAAAAAAAAAAAAAA──!」
骸は風迅の下階祈術を発現させ、ゼロ距離からミオメルへ突風の刃を放つ。吹き荒れる風が彼女の身体を呑み込み、随所を切り裂いて後方へと吹き飛ばした。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!」
地下牢の鉄格子に背中を強打させると……彼女は息を詰まらせ、呼吸困難に陥る。
「ぐっっ……ガハッ…………!」
「ミオメル……!」
『KIAAAAAAAAッ!』
続けざまに骸はチルメリアへ狙いを定めると、右手骨を翳して祈術陣を展開する。
相対する彼女は振り解くことの敵わない右拳を捨て、地面を力強く蹴り上げて跳躍した。そして脚を平行に伸ばすと、骸の脊椎骨へ飛び蹴りを見舞い──局所の骨を粉砕させる。
されど──骸の身体は瞬時に修復が始まり……尚も怯む様子を見せずに、祈術を発現させた。
「くっ……体術も……効かない……!」
『KIAAAAッ!』
ミオメルを襲った祈術同様、風迅の下階祈術によって突風の刃がチルメリアへ放たれる。骸は左手骨で彼女の右拳を掴んだまま、その場で風刃の螺旋を浴びせた。
終わらない悪夢のような痛みが彼女を襲い、力が尽きるまで──骸は嗤うように祈術を放ち続けた。
「うぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ!」
「チルちゃんっ! どうしよう……このままじゃ……このままじゃ…………ッ!」
倒れ伏すミオメルに、その身を削り続けるチルメリア。眼前の惨状に、焦燥を見せる。
骸を討ち、彼女たちを救うにはもう、自分が戦うしか道は残されていない。
祈術は使えない。彼女たちほどの武術もない。ならば……。ウルハは覚悟を宿した瞳で活路を見出す。
「接近戦……! この短剣で……! 私が、二人を助けなきゃ……!」
両腿に一本ずつ帯剣した短剣をそれぞれの手で抜き放ち、地を蹴り駆ける。チルメリアへ風刃を浴びせ続けている骸は、極彩色の瞳を鋭く動かしてこちらを視認した。
「はぁぁぁぁあああああっ!」
入魂の雄叫と共に、短剣を握る力を強める。疾走するウルハの方へ身体を向けた骸は、祈術の発現を中断させると、チルメリアを遠方へ投げ捨てた。
彼女は受け身を取ることなく無抵抗に地を転がるが……それでも。未だ彼女の祈術によって光源は大広間を照らしている。残る力総てを光源に割き、ウルハへと託すために。その手を伸ばし続けていた────。
「チルちゃん……! 待ってて……ッ!」
骸がウルハへ向けて祈術陣を展開させると、彼女もそれに反応するように、短剣を握った左手を前方へ翳して祈術陣を展開する。
『KI……KIAAAッ!』
「身体に効かなくても、防御なら関係ないっ!」
嘲笑うかのように声を上げた骸は、風刃の下階祈術を発現させる。
突風の刃が飛来し、ウルハを襲うが……彼女がその脚を止めることはない。
『ラクリマ──!』
ウルハは氷海の下階祈術を発現すると、高く聳え立つ氷壁を創り出す。踊るように襲い掛かる風の刃が氷壁と衝突し、その鎌鼬は容易く氷塊を打ち砕いた。
四方へ氷片が舞う中、尚も背後に立つ彼女へ肉迫するが──然し。風の刃が、彼女を切り裂くことはなかった。
更に一氷──自身の足元に一際大きい氷塊を生み出し、力強く蹴り上げて跳躍していた。崩れ行く氷壁を飛び越え、宙を舞いながら身を翻すと、目下の骸へ照準を絞った。
「てやぁあああああああああッ────!」
骸が見上げるその頭上より、ウルハが得物をくるりと右の掌で転がす。炯眼を散らして一直線に右手を大きく上げて振り翳すと──逆手に持った短剣を、頭蓋骨へと突き刺した。
『KIAAAAAAAAAAAAAAAAッ──────!』
これまでにない咆哮と挙動を見せ、傷を負った獣のように暴れ回る骸。その頭には短剣が深く突き刺さり、光を帯びて輝いていた。
骸は怒り狂う様相で灰の煙を全身から放つ。もう一本……。左手に握る短剣を突き刺せば仕留められると、不思議と確信した。
「これで……終わり……っ!」
短剣の柄に右手を添えて、目前から致命の刺突を放つ。危機に瀕した骸は鋭く頭を動かすと、全身の重心を沈ませ、右脛骨よりウルハの左手を目掛けて蹴りを繰り出した。
虚を突かれた焦眉の一蹴を彼女は屈んで躱すが、左手骨によって殴打される。短剣は宙を舞って後方へ弾かれ──追撃に右手骨で鳩尾に痛打を見舞われた彼女は、唾液を嘔吐してその場に倒れ伏す。
灰の煙を纏う骸は……極彩色の瞳で、勝ち誇るように彼女を見下ろした。
「がっ……はっ……! あと、あと少し……なのに…………っ!」
『KIAAA……』
足元で悶えるウルハの頭を、骸が踏み潰そうとした──その須臾に。彼女は立ち上がった。
「くっ……ぁぁぁぁああああああああああああああああああッ!」
震える脚で地を蹴ると、痛みで痺れた右手で、剣身が輝きを放つ短剣を拾う。
疾走って、疾走って……その手に宿る短剣を握り締め──左手を翳して、弓を射るように振り被った。
そして、左足を大きく前へ踏み出し────一投。
残る力総てを乗せた、渾身の投擲。壮絶に輝く剣身の軌跡が、直線状に描かれ──短剣が骸の胸骨を、貫いた。忽ち骸の動きが完全に止まると……全身は灰となって霧散していく。
短剣を投じ、後方に立っていたのは──────ミオメルだった。
「っ……ミオ……ちゃん……っ!」
「最後に……ヘマしてんじゃ、ないわよ…………」
言葉を遺して、彼女はその場に倒れ込む。
失神した二人と死に瀕した瞬間に、ウルハは泣き崩れながらも……勝利の余韻に浸るのだった。
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