最終話 再醒‐④
「アルメインッ! やつに魔術を使わせるなッ!」
「──っ! ああ、わかっている──っ!」
ルードが発現させた雷降の下階祈術は、数多の雷電の矢と成って三人へ襲い掛かる。
無差別に放たれる矢が、聖堂内の礼拝席や聖具を打ち砕く中──一同は稲妻を躱しながら、その距離を詰めていく。
だが……既にルードは懐より、魔術を行使する結晶を取り出していた。
「殿下に……未来に……幸あれ……! ディーリア……!」
「ぐっ──! くそっ! しまっ──!」「カイナッ!」
カイナが右脚に雷電の矢を受け、無数に飛来する追撃の矢をその身に浴びる。即座にリサーナが救助に回ると、ルードの手中で妖しく光る結晶……アルメインはそこに、狙いを定めた。
聖焔玉が輝きを放つ。その身を焔に晒し、敵を討たんと大剣が燃え上がった。そして右へと身を捻り、渾身の力を収束させていく。時宜は今、必滅の一閃を──ここに。
「はぁぁぁぁぁあああああああッ!」
炯眼を散らした雄叫と共に、五体を用いて振り抜いた全霊の斬撃を放つ。焔の斬撃は突風が如くルードへ猛進し──標的を劫火で包んだ。
立ち昇る焔柱は主祭壇をも巻き込むと、聖堂の天井までその身を轟かせる。火中のルードは苦悶の表情を浮かべながらも……どこか恍惚とした顔を覗かせていた。
「ぐうぅぅっ……! これがぁ……これが預言の勇者の、朱き焔…………!」
「ルードぉぉおおおおおおおおお!」
決して躊躇うことはなく、灰燼に帰すために──アルメインは二撃目の斬撃を放つ。焔柱がその身を増大させると、荒れ狂う火勢が空間を揺るがした。
轟く炎に忽ちルードの体躯は灼け落ち──悉くその命を散らしていく。
しかし。最期に彼は、微笑みを添えて告げる。その身を焦がし、骨と灰を遺して。
「これで……終わり……では、ござい……ません……よ……殿……下………………」
「っ…………」
ルードの手にしていた紫色の結晶が行き場をなくすと、乾いた音を鳴らして落下する。不穏な言葉に身構えるが……待てども周囲に変化は起こらなかった。
程なくアルメインは警戒を解き、傷を負った仲間のもとへ向かう。カイナは雷撃を受けて身体に力が入らない様子だったが、意識は鮮明。仲間の無事に胸を撫でおろした。
「カイナ、大丈夫かい?」
「悪い……足を引っ張ったな」
「そんなことはないさ。僕はこれからチルたちの援護へ向かう。リサーナ、カイナを……」
と、そこまで口にした──その時。アルメインの焔柱が穿った天井の穴より、一人の人物が降り立った。
白髪を靡かせた灰の外套を纏うその男は、石畳に身を晒していた紫色の結晶を手に取ると、一切の躊躇なく──口腔に含み、飲み下した。
「アルメイン・コーレルム────────再演だ」
「アル……!」「──っ!」
『天に陰りを──地に灰を。大地よ震え──人よ逝け』
『昇華──────────ッ!』
溢れ出す紫は、死色の光波。白髪の男は、瞬く間に周囲を紫色の輝きで満たし──その姿を眩ませた。
リサーナは白髪の男が立っていた場所へ狙い定めると、祈導書の頁を捲る。
「もう一人いたなんて……! 『イグニートッ!』」
祈導書が輝き、炎楼の中階祈術を発現させる。放たれた炎球は紫光波の中一直線にその身を走らせ、轟音を伴って衝撃波と共に爆発した。
追撃に走るアルメインは視界不良の中、急接近して大剣を振り翳すも……白髪の男は、既にその場から姿を消していた────。
「姉さん……ッ!」「うぅっっっ──!」
直後──アルメインの後方より、リサーナの悲鳴が響き渡った。即座に踵を返して彼女のもとへ駆けると、土煙の舞う視界が徐々に晴れていき……姿を現したのは、歪な魔獣と化した影。崩れた石壁の傍らでは、リサーナが動かぬまま倒れていた。
そして──────。
『XYAAAAAAA……』
魔獣は、人面を持った四脚の獅子の姿をしていた。勇者もその姿には僅かに足が竦み、萎縮せざるを得ない。
歪に絡まる醜悪……非道の象徴。獣は──悪魔のような姿を、擁していた。
「……カイナ、君は後方に。動けるなら、距離を取ってくれ」
「あ、ああ……すまない、頼んだ……」
未だ全身に巡る痺れに唇を噛み締め、這う這うの体でカイナは聖堂の入口へと移動を始める。
アルメインは彼の姿を視界の隅に入れながら、目の前の怪物と対峙した。
「もう……言葉は不要だ……ッ!」
疾走と共に柄を握り直すと、人面獅子の首を目掛け大剣を薙ぎ払う。弧を描いた鋭利な一振りが首筋を襲うが──しかし。その獣皮と肉が斬り裂かれることはなく、剣身は震えを帯びていた。
長い首を伸ばした人面獅子は、不気味な微笑を浮かべると──口先に祈術陣を展開する。
『XYAAAAAAAAAAA──ッ!』
「くっ──────!」
咆哮と共に雷降の下階祈術を発現させ、真正面へ扇状に紫電の息吹を放つ。威力、発現速度のいずれも並々ならぬ練度をした一撃に、アルメインは人面獅子の後方──主祭壇へ舞うように跳躍した。
人面獅子の獣皮を斬ることは、今は不可能──そう即断し、敢えて後手に回る選択を取る。
そして、眼前の様子を伺いながら……朱色に染まる祈術陣を展開した。
「獣皮に刃は通らない……なら……っ!」
『XYAAA!』
人面獅子もまた咆哮と共に、紫電の息吹に続けて口先に祈術陣を展開させる。
互いが牽制する中────先に祈術を発現させたのは、人面獅子だった。
『XYAAAAAAAAAAAAAA────ッ!』
雷降の中階祈術を発現させ、紫色に妖しく輝く祈術陣より出でるは──一房の紫電の大槍。
その柄を鋭い牙で噛み締めると、竜驤虎視──己の得物とした。
「槍を咥えた、人面の獅子……夢でも見ない光景だよ」
人面獅子が脚を踏み出した、次の瞬間。身体を旋回させて雷槍を振り抜くと、迸る紫電が斬撃となって勇者へ襲い掛かる。そして回転の勢いを緩めぬまま──絶え間なく斬撃を撒き散らした。
アルメインは縦横に身を翻しながらも、詠唱に必要な集中を欠き……未だ陣は完成しない。その刹那、視界の端にリサーナの姿が映る。迫り来る雷撃に──庇うべきか、一瞬の逡巡。
だが……紫電の斬撃は、その躊躇すら許さなかった。迅雷がアルメインの身体を、容赦なく打ち据える。
「ぐぁぁあああああああっ!」
斬撃によって、後方へ吹き飛ばされ……紫電がその身を巡ると、焦がし尽くす勢いで激痛が走った。
けれど────残された猶予はない。
アルメインは唇から零れる鮮血を甲で拭い、前方より降り注ぐ斬撃に残る力を振り絞ると、猛攻を躱して距離を詰めた。起死回生の打開の一手を──その手に宿して。
「まだ……まだだ……近く…………もっと近くに…………ッ!」
覚束ない身体に、脚部の感覚が麻痺していく。息も絶え絶えに躱して、また躱して……前へと。
左手に宿した朱き輝きは、その光量を次第に増幅させていく。
『XYAAAAAAAA──!』
膨大なエナの収束を感知した人面獅子が、咆哮と共に雷槍を繰り出す旋回の速度を上昇させ──無限の斬撃が飛来する。
だが、勇者はただ赤裸々に。避けて躱して宙を舞い、地を駆けて標的へと迫る。
紫電が穿つはその残像……逆境に立つアルメインを、捉えることはできなかった。
「あと……もう少し…………!」
とうに脚の感覚は消えていた。幾度となく襲い掛かる斬撃を躱し続け舞い続け……然し確かに、その間合いを縮めていく。
極限の集中に、斬撃はその肌を掠めるに留まり、そして────。
「ここで、決めるッ──! 『イグニシオン────ッ!』」
その距離は一足一刀の間合い。されど先刻と異なり、大剣を振るうことはない。
発現させるは、炎楼の上階祈術。至近距離から出でる、劫火の大渦で──人面獅子の全身を呑み込んだ。
『XYAAAAAAAAAAAAAAAッ!』
痛みに悶えるように、悲鳴を上げる人面獅子。燃え盛る灼熱を浴びて尚、絶命には至らず抗い続けている。
だが──大渦を放つアルメインの攻勢は続く。聖焔玉へエナを注ぐと、右手に握る大剣が再び炎を宿した。この好機を、決して逃すことはなく……ここで葬るための、一撃を。
「これが……救済の焔だぁあああああああッ!」
絶炎劫火───灼け逝く人面獅子の胴体へ、劫火を纏う大剣を突き刺した。舞い踊る火炎の刃は大渦に乗り、人面獅子の体躯を光線が如く直線状に穿つと──壁画を貫き、彼方まで焔を轟かせた。
『XYA…………A………………』
燃え上がる火の粉が舞う中──跡に残るは、身体を貫かれ溶けゆく人面獅子と、劔を提げた赤の勇者の勝利だった。彼はただ、その身が灰になるまで……燃えゆく怪物を見つめていた。
そして。それは唐突に。然し必然として。運命の一幕が、降り立った────。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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