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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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最終話 再醒‐③

 帝都アルタニス居住区。純白の翼──アルドールがその羽を休め、コーレルム隊はその地に降り立った。


 殺風景と呼ぶには、あまりに幽寂(ゆうじゃく)とした無人の空間。亡国の居住区にはただ……建ち並ぶ廃屋と、冷たい戦跡の風が流れていた。


「それでは行ってらっしゃいませっ! 皆さんっ!」


「マリー、今回は特に長い旅路で疲れただろう。ゆっくりと身体を休めてくれ」


「えへへ……正直少しだけ……。お言葉に甘えて身体は横にしますが、でもでもっ! 皆さんの無事を祈って帰りを待ちながら、ですっ! ……どうかお気を付けて……ディーリア」


「……ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ」


 健気に手を振るマリーと別れた一行は、その足でオルドバーン城へと向かった。


 重苦しい空気が支配する中、彼らは居住区を抜け、商業区……そして城門まで歩みを進めるのだった。




──────────────────────────




 時に取り残された、¨寂寞(せきばく)の巨城¨。伸びきった(つた)に覆われた城郭(じょうかく)では、亀裂の走る石壁と、四方に(そび)え立つ塔の風化が顕著(けんちょ)に表れている。


 そして。中央に鎮座(ちんざ)する荒廃した皇宮(おうきゅう)は……仄暗(ほのぐら)い静けさが、あの日と変わらない姿で佇んでいた──────。


「もうすぐオルドバーン城に到着する。カイザックの情報では、クィンの詠知で()えた標的は二人だ。そこで今回は二手に分かれて行動し、各個撃破の策を取ろうと思う」


「場所は……聖堂と、地下牢だったかしら」


「ああ。片がつき次第、もう一方の場所へ支援に回ってほしい。組み分けについては……」


「む……わかってる」


 アルメインがチルメリアを一瞥したところ、彼女は意図を読み取り頷く。その様子に、彼も微かに笑みを浮かべた。


「あたしはあんたに任せるわよ」「わ、私もアルくんに任せます」


「ありがとう。……二人はどうかな」


 アルメインがメディス姉弟へ促すと、二人も一任の意を込めて首肯する。


「私たちも大丈夫。あなたに任せるわ」「ああ」


「よし……。まず僕、カイナ、リサーナが聖堂へ行く。そしてチル、ミオメル、ウルハは地下牢へ向かってほしい」


「はいはーい」「が、がんばるねっ!」


「…………大丈夫なのか?」


 実力を疑うわけではなかったが、カイナはアルメインという柱を欠いた状態で、魔獣との戦闘へ赴く三人を憂慮(ゆうりょ)する。


「心配かい? なら、僕たちが素早く決着をつけて援護に回ろう」


「そんなこと言って良いわけ? ま、あたしたちが先に済ませて、恥かかせてやるわよ!」


 聞き捨てならないとミオメルが挑発するが、意気揚々の彼女にカイナは肩を(すく)めた。


「……とんだ杞憂だったようだ」


 突っかかるミオメルを(なだ)めるウルハ。賑やかな空気に(そば)でリサーナが微笑む中、アルメインはチルメリアの横に並び立つ。


「チル。二人を頼んだよ」


「わかってる。任せて」


「それと……」


 最後に、視線を向けて……彼女にしか聞こえない声量で告げる。


 桃色の少女は目を丸くして見つめ返すも、彼は微笑むだけだったが……チルメリアにとってはそれだけで十分だった。




──────────────────────────




 アルメインたちと別れ、オルドバーン城の地下牢を探索していたチルメリア、ミオメル、ウルハの三人。


 暗闇の中、チルメリアの祈術により光源を確保して歩みを進めていると、狭く陰鬱(いんうつ)とした地下牢から一転──地下とは思えぬ大広間へと躍り出た。


「む……ここはなに」


「地下牢の一部? 物は散らかってるし、埃っぽいけど……さっきよりはマシね」


 ()えた臭いが充満し、長らく放置された大広間の空気は(よど)みきっていた。散乱している埃に塗れた物体は、既に原形を留めていない。


 差し込む光も、風を運ぶ窓もなく……不気味な重苦しさだけが、暗澹(あんたん)たる空間を支配している。


「あ、あれ? ミ、ミオちゃん、チルちゃん、中央に誰かいる……」


 ウルハが大広間の中央を指す。釣られて二人も中央を注視すると、確かに人影が見えた。


「見えた。人……? 座ってる……」


「過去に投獄された囚人……だったりしてね」


 ミオメルが(おもむろ)に人影へ近づいていくと、恐る恐る二人も後を追う。大広間には三人の足音が、不安を映すように反響する。


 程なく三人が中央へ赴くと、そこには鉄鎖(てっさ)で足首、手首を拘束された人物が椅子に縛られていた。そしてその者は……()()()していた。


「えーっと……こっ、こんにちは?」


「ぷっ……あははっ! こんにちはって! 骸骨に……あははっ!」


「もっ……もうっ! 笑うことないよ……!」


 二人をよそにチルメリアがじっと見据える。拘束された(むくろ)は、()()()()()()()()()()()()()()()()へ変化していた。


 死後に年月を経て腐敗したのではない。それは、まるで────。


()()………………」


 チルメリアの呟きに、二人が我に返る。灰色をした骸は……かの魔獣の色に、酷似していた。



『A………………』



「……ミ、ミオちゃん、何か言った?」


「え? あたし? なにも言ってないけど……」


 二人は顔を見合わせ、チルメリアへ視線を向ける。


 けれど彼女も、ふるふると首を横に振るだけだった。


「「「………………」」」


 三人はまさかと思い、灰の骸へ振り向いた……()()()()。骸が耳を(つんざ)く咆哮を上げた。


 空烈の叫声は……その眼窩(がんか)に、()()()の瞳を宿して──────。



『AAAAAAAAAAAAAAAA────!』



「「ぎゃあああああああああああああああああああっ!」」


 度肝を抜かれたウルハとミオメルは、悲鳴を上げて互いに腕を回して抱き合う。


 一方のチルメリアは両手で耳を塞ぐと、瞼を閉じて畏怖(いふ)(こら)えた。


 怯みながらも危機を察知した彼女は、震える足を叱咤(しった)すると、二人を抱えて骸との距離を取る。


『A……A……』


 骸は見た目にそぐわない怪力で拘束具をすべて引き千切り、自由を得ると素早く立ち上がる。


 武器もなく丸腰の状態だが、魔獣という事実が緊張を走らせた。


「二人とも。動ける……?」


「え、ええ。ありがとうチルメリア」


「チ、チルちゃんありがとう。もう大丈夫……!」


 慄然とした心身を振り払うように、三人は呼吸を整え──瞬時に臨戦態勢を取った。


「聖詠師団の勇者様が言ってたのはこいつ? 何で骸骨が動いてるのよっ! 骸骨よっ⁉」


「む……油断は禁物。この囚人が詠知にあった敵なら……」


「き、きっと強い……!」


 静寂が訪れた空間で、三人と骸は互いに鋭い視線を交わす。


 異質な灰の骨を持ち、極彩色の瞳を散らした……正体不明の魔獣との戦いが、幕を開けた。



───────────────────────────



 その頃──アルメイン、カイナ、リサーナの三人はオルドバーン城の聖堂を訪れていた。


 白と黒の絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた、(きら)びやかなその主祭壇にて……()()()()を持ち()()()()()を身に纏う、中世的な声をした人物と対峙している。


遠路遥々(えんろはるばる)、ようこそお越しくださいました。……アルメイン殿下」


 主祭壇では、光の粒子を浴びたステンドグラスが多彩に輝きを放ち、主神リアスティーデと預言者マーレ──そして神鳥が描かれた壁画を、神々しく照らしていた。


 アルメインは一歩前へ足を運ぶと、自身の名を知る眼前の人物へ誰何(すいか)する。


「……セレニタスだな。まずは名を聞こう」


「おや、ご存知でしたか。仰る通り、(わたくし)めはセレニタス……ヴァン・ルードでございます」


「なにっ……!?」「ルード…………」「どういう、ことなの……」


 その者の言葉に目を丸くする一同。狂言に眉を(ひそ)めて、聞き返すように問いただした。


「ヴァン・ルード……だと? 冗談か? それは僕が以前会った、セレニタスの幹部の名だ」


 ルードと名乗った人物は、口元に(いびつ)な笑みを浮かべる。それはまるで……悪魔のように。


「冗談? いいえ? きっとその者が嘘を吐いたのでしょう。ヴァン・ルードは、私です」


「っ……今は名の件は置いておこう。あなたも魔獣……魔術の研究を行っているのか」


 赤の勇者は拳を強く握り締め、カイルシアの惨状を想起する。忌々(いまいま)しい、悪の所業を。


「魔術をご存知とは、さすがは殿下でございます」


「なぜ……研究をしている」


「簡単な話です。総ては主と貴方様……アルメイン殿下の御心(みこころ)のままに」


「くっ……何を言っているっ! 僕はそんなことなど望んでいないっ!」


「ええ、そうですとも。貴方様はまだ……()()に触れておられない。ですがそれも、時間の問題でございます故……私めの身勝手をお(ゆる)し下さい」


 傍で耳を傾けているメディス姉弟は、以前に剣を交えたルードを連想する。彼もまた、アルメインのために魔獣を創造すると言っていた。


 そして終始対話が嚙み合うこともなく……目の前のルードもまた、同様に映っている。


「命を(もてあそ)ぶことが、赦されると思うかい? いいや……赦されるはずがないだろうッ!?」


 激昂した糾弾(きゅうだん)に対して、ルードは困惑の様相で肩を竦める。


 (たちま)ち後方へ振り向き──最奥に鎮座した壁画を眺めると、徐ろに周囲を歩き始めた。


「やれやれ、弄ぶなどと……。これは、天より与えられし昇華の儀式でございますよ。生命として次の次元へ至るためのもの。あと少し……あと少しでございますよ、殿下」


 三人はその姿を目で追いながら、思考を巡らせる。ルードは一貫して、アルメインに対して特別な感情を抱いている。


 ()()……。セレニタスの意図が、そこにあるとすれば────。


「いずれ貴方様にも共感していただける。昇華の崇高(すうこう)さ……魔術の偉大さを……!」


「……君の言い分はわかった。そして、今は降伏しろ。……命まで、取りはしない」


 怒りを抑えた震える声で投降を促す。心の片隅では応じる筈もないと分かっていながら。


 程なく足を止めたルードは、三人へ視線を戻すと……鋭い剣幕を向ける一同に、溜息を吐く。


「そう怖い顔をされては、私めも萎縮(いしゅく)してしまいます。どうかご容赦を。……そうだ! ここは一つ、(たの)しい話をさせていただきましょう!」


「愉しい話……だと?」


「預言者マーレ様の話です。彼は類稀(たぐいまれ)なる知恵と能力で、多くの人々を導きました。なんと素晴らしいことでしょう! 現代においても、彼は偉大なる人物として語り継がれています!」


 ルードは軽快な足取りで壁画へ向かうと、子供に御伽噺(おとぎばなし)を語るように言葉を連ねる。


「その預言者マーレ様と、預言の勇者様が持つ()()。そして、彼の預言。私めをはじめ、セレニタスは皆……勇者様方は預言者マーレ様の転生者だと、そう、信じているのでございます!」


「転生者……預言の勇者が、預言者マーレの……?」


「左様でございます。そして殿下……いいえ、勇者アルメイン様。儀式を経た昇華により、貴方様は預言者マーレ様として()()するのです……っ!」


 天を仰望(ぎょうぼう)し、妄言を声高々(こえたかだか)と叫ぶ。その瞳は──輝くように真っ直ぐだった。


 やがてルードは微笑を浮かべて三人を一瞥した後──()()()()()()()、祈術陣を展開させた。


「さぁ……! お楽しみの時間は続きます! 次は儀式へと参りましょうッ! 『ルシオッ!』」




次回の更新も明日の21時を予定しています。

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