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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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最終話 再醒‐①

「救済の一手が禁忌となるこの世界で、正義は……悪は、何を指す言葉になると思う?」


 木の葉が舞い、草花が()(しげ)る幻想的な地に……金糸雀(カナリア)色の髪をした青年が佇んでいた。


「教えを説いて、理想を掲げる先には何があるのだろう。命の精髄(せいずい)……それは心一つで簡単に変わってしまう。言葉一つで人は終わりを迎えるんだ」


 この浮世(うきよ)離れした空間は、どこか造り物のような雰囲気を漂わせている。


 それほどまでに美しく、そこに立つ青年もまた造り物のように端正な顔立ちをしていた。


「輝かしい栄華(えいが)()むべき没落。望むまま……導かれるまま歩むは表裏一体の幻想」


 青年はそんな美しき大地で、唯一()ちた花を左手で拾い上げると、儚げに呟く。


「生から始まった物語の終わりは、必ず死で幕を閉じる。生者必滅の(ことわり)


 言葉を発した途端に、これまで()いでいた風が意識を持ったように吹き始めた。


 青年は朽ちた花弁を一枚、また一枚と右手で千切(ちぎ)っては風に乗せ、自由を得た花弁の行方(ゆくえ)を見つめる。


「始まりは無垢(むく)なる魂を宿して世界へ飛び立つ。純真な君がまた、美しく見えた」


 一枚は勢いよく風に乗ると、踊るように天へと舞い……また一枚は失速して、再び風に乗ることはなく地に落ちた。


「自由な対価と不自由な刻限。やがて物語の賛否は終幕を飾る集大成に依存する。有終の美を()げる生こそが天衣無縫(てんいむほう)。儚げに揺らぐ命の灯火の、その最期に」


 最後の花弁を千切り終えた青年は空を見上げる。


 空もまた、造り物のような黄昏色が染め上げていた。


「──()()()()()()。見せてくれ、ルクス……。君が紡ぐ、物語の集大成を」


 黄昏が世界を覆い尽くす。それは最後の輝きのように、一層の光を放ち、燃えていた。


「それが……ボクにとっての()となるはずさ」


──────────────────────────


 リオンの死から数日。(しの)ぶ時間も束の間、休暇が終わるとカイザックより伝令が入り、コーレルム隊は副騎士団長室に足を運んでいた。


 伝令は他でもない──新たな特務だった。


「揃っているな。リオン・エイプル……そしてジェイク・マーカスの一件は耳にしている。私も二人のことは残念に思う。特に歌姫リオンには、聖教も世話になっていた」


「……残念…………? 残念って何……? 聖櫃は神聖なもの? だから櫃鳴症の薬も禁忌? あんたが……あんたたちがそんな教えをッ!」


「ミオメルッ! ……………やめるんだ」


 堰を切るように怒号を吐き出したミオメルを、アルメインが制する。

 

 やがて瞳に雫を浮かべた彼女は、扉を強く叩きつけて部屋を飛び出していった。


 そんなミオメルの様子にウルハも表情を暗くさせ……部屋にはしばらく、静寂が訪れた。


「ミオちゃん……………………」


「申し訳ございません、殿下。私が軽率(けいそつ)でした」


「いいや、咎めたのは僕だ。……彼女には後で伝えておくよ、引き続き伝令頼む」


「それでは……今朝方、聖詠師団(せいえいしだん)より詠知(えいち)の報告が入った。諸君には特務隊として調査及び対処に当たって欲しい。セレニタスと(おぼ)しき人物が詠知にて二名確認されている、用心してくれ」


 ()()()()────預言の勇者が一人、クィン・シャーレ(よう)するマーレ聖教会の査察部隊。


 クィンが有する、()()と呼ばれる超常の力によって星々の循環を詠み解き、()()()()()()()()()。範囲は近い未来の断片に限定され、()ることができる事象も不鮮明な部分が多いが、その力はさながら預言者マーレのようだと(うた)う人も多い。


 そして……その詠知によって確認されたセレニタス。未だ謎に包まれた奇怪な集団に、一同は表情を険しくさせる。


「二人か……わかった。視えた場所はどこだ?」


 アルメインが問うと、カイザックの(そば)に控えた聖詠師団の女性団員が代わりに答える。


「僭越ながら、私が。場所は()()()()()()()──()()()()()()()です」


 オルドバーン城──かつてアルメインが救世戦争で赴き、皇帝ヴェーザスを(ほうむ)った地。


 彼にとって……自らの劫火でその城を覆い大勢の民を犠牲にした、因縁の地だった。


「セレニタスは城内の聖堂、それから地下牢と思しき場所で確認されている」


 カイザックがオルドバーン城内の地図を取り出すと、それぞれの場所を指し示す。


「……弱音は吐いていられないが、増援は頼めそうか?」


「不徳の致すところで、本来であれば増援部隊を用意したいところですが……近々各国で同時に大型の戒獣が現れるとの詠知も出ており、聖下も帝都は特務隊に任せると……」


 大型戒獣の出現にセレニタス……泣き言は言っていられない状況に一行は表情を険しくさせる。


 カイザックも特務隊の負担から教皇へ直訴したが、あえなく退けられてしまった。


「はぁ……分かったよ。まったく、式典の時に文句の一つでも言っておくべきだったかな」


「……出立は明日、帝都まではセクトルで半月だ。長い遠征になるが……頼んだぞ」


 一同は機敏な動作で敬礼して拝命する。一抹の不安を抱えながらも、部屋を後にした。





 その後。アルメインは兵舎へ行き、ミオメルの部屋を訪ねていた。扉の前で深呼吸を挟み、一息に叩き金を鳴らすが──応答はない。


 耳を澄ませると……微かに彼女のすすり泣く声が聞こえてくる。


「ミオメル。明日からまた遠征だ。その前に……文句でも愚痴(ぐち)でも良い、少し話そう」


 同情の言葉では語りかけない。彼女の傷心は、とても自身には計り知れないものだから。


 しばらく待った後、(おもむろ)に扉が開くと──そこには、泣き腫らした目のミオメルが立っていた


「部屋、荒れてるから。兵舎の屋上なら……」


 アルメインは安堵と共に表情を(ほころ)ばせ、(こころよ)く応じた。




「さっきはすまなかった。君の気持ちは君の物だ。だから……好きなだけ言葉にしてくれ」


 兵舎屋上。優しい言葉を彼女へ掛けると、暖かな陽光と共に心地よい風が肌を掠める。


 ここから見える預言の塔は、世界の中心を示すように真っ直ぐと(そび)え立っていた。


「出立は明朝。行先はオルドバーン城……帝都だ。ミオメル。君の力が僕たちには必要だ」


「……ねぇ、秩序って……平和ってなんだろ。祭儀で祈りを捧げたリオンはもういない。それも歌姫は禁忌を犯した異端だとか、(いわ)れのない噂まで出てる。ほんと……くだらない」


「それだけ教理が人々を支えている証だ。正しく道を指し示し、導きを与えているんだ」


「人が生きるための(かせ)なんてあってはならない。そう思うあたしは、きっと異端者よね」


 大きく息を吸い込むと、聖都に向かって……天に向かって……誰かに向かって()く。




「バカヤローーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!」




 そして彼女は笑う。掲げた正義の在り処を訴えるように。儚く……そして不敵な顔で。




「ミオメル……」


「でも……。あんたが拓いた道なら、ついて行くから。あたしも、ウルハも。だから……」


 今を変えるために、未来を変えるために。ミオメルはアルメインへ頭を下げた。


「……アルメイン殿下。生きたいと願う人が生きていける世界を……切り(ひら)いてください」


 勇者は頷く。日輪の陰に零した涙と、彼女の爪痕(つめあと)に。

 

 強く、そして確かに。彼はその心を通わせた────。


──────────────────────────


 その夜。辺りに帳が降りる頃、アルメインはチルメリアの部屋を訪ねていた。


 叩き金を鳴らすと、桃色をした亜麻の寝巻に身を包んだ、眠たげな彼女が顔を見せる。


「すまない、起こしたかな」


「む……アル。ううん、大丈夫。遅くにどうしたの」


「今……少しだけいいかい?」


「うん」


「どこか場所を移そうか」


「中でも良い。入って」


 そう言って招き入れ、自らは足早に部屋の中へと戻って行く。


 アルメインは躊躇(ためら)い気味に中へ踏み入り──付近にある椅子に腰を下ろすと、小さく欠伸(あくび)をする彼女に話を切り出した。


「昼間のカイザックの伝令、覚えているかい? クィンの話だ」


「む……クィン様が詠知で視た、セレニタス?」


「そうだ、今回は二人いる。そこでオルドバーン城からは二手に分けようと思っていてね」


「……私はアルと一緒がいい」


「そう言うと思って来たんだ」


「む…………」


 アルメインは溜息を吐き、不機嫌そうに(うつむ)くチルメリアを(なだ)める。


 現地で切り出した際に話が(まと)まらないことを懸念していたが……この機会に知っておきたいこともあった。


「戦力的にも、僕とチルは分かれた方が今回の特務は上手く行くと思っているんだ」


「………………」


 俯いたままの彼女に、膝を折って顔を覗き込む。優しく、そして穏やかな声音で。


「……なぁチル、隊のみんなとは上手くやれているかい?」


「ふつう……だと思う」


「コーレルム隊のみんなは信頼のできる仲間だ。僕はそう思っている」


「……私はただ、アルの傍にいたいだけ」


 他の隊員への感情は関係ない。ただ零れた声は彼女の本音だった。


 だが、アルメインは彼女に背中を預けられる仲間を増やして欲しかった。


「これは……僕とチルがより強くなるため。そして生き残るためだ」


「じゃあ、条件」


「なんだい?」


 彼をチラりと一瞥すると、再度俯く。足を揺らしながら、か細い声で伝える。


「今度、二人で出掛ける」


「ああ……わかった。約束だ」


 笑顔を添えて首を縦に振り、彼女の頭をそっと撫でて立ち上がる。


 ミオメルとウルハ──二人と組めば、彼女はより輝ける。


 そしてきっと、今よりも心が豊かになるはずだと。


「それじゃ、用事も済んだことだし、お(いとま)するよ」


「うん」


 部屋の扉へ向かおうとしたところで、ある物が視界に映る。


 懐かしい……チルメリアとの()()()()()()()()、思い出の物だった。


「……ん? あれは…………」


「む……なに?」


「いやなに、あの時のぬいぐるみをまだ大事に持っているんだなって……懐かしいな」


 彼が感傷に浸る中で、何気なく呟いた言葉に……彼女は大きく目を見開いた。


「え……覚えて……たの…………」


「うん……?」


「初めて会った……夜の日のこと……」


「あ、ああ。入学して少し経った頃に思い出していたよ。実は学院でチルと顔を合わせた時からどこか見覚えがあったんだが……そう言えばあの時は初めましてって……」


 当時を想起して、人差し指で頬を掻きながら言い訳に走る。けれど彼女にとっては些細(ささい)なこと。彼が覚えていてくれたことが……何よりも嬉しかった。


 感情を表すようにチルメリアはアルメインの胸に飛びつくと、両腕を背に回した。



「アル……!」


「っとと……チ、チル……? どうかしたかい……?」


 突然の出来事に驚くが、細く華奢(きゃしゃ)な身体を優しく支える。


 顔を埋め、上擦った涙声をする彼女の表情を見ることはできない。


 しかし……傷心した様子ではないことは明らかだった。


「ううん。何でもない……何でもないの」


「……そうか」



 自然と笑みが零れる。何も聞かずに、ただ……彼女の背に手を添えた。




 帝都への出立は間もなく。



 二人の運命もまた、(まわ)り始めていた─────。





第一章の最終話が始まりました。引き続きお楽しみいただけますと幸いです。


次回の更新も明日の21時を予定しています。

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