表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
34/85

第三話 歌姫‐⑮

 翌朝。ウルハとリオンが騎士団本部へ(おもむ)くと、二人の旧知の顔が待っていた。


「おはよう。……アルメインから聞いてたのよ。明日の朝、あんたたちがここに来るかもって」


 眠たげな表情をしたミオメルが欠伸(あくび)と共に二人を出迎える。


 ウルハは昨晩、彼女が負傷したと耳にしていたが……いつも通りの、元気そうな彼女が立っていた。


「ミオちゃん、おはよう……。その、怪我は大丈夫なの?」


「見ての通りよ。……あたしは彼のお陰で軽傷だったわ」


 しかしその実、懸念(けねん)していたのは別のこと。目を伏せた後、リオンを横目で一瞥(いちべつ)する。


「おはようございます、ミオメルさん」


「リオン……。ごめん、あたしが……」


 ミオメルが謝罪を口にしようとするが、リオンはそれに首を横に振って制する。


「あなたのせいじゃないわ。ジェイクさんは受けるべき(むく)いを受けた。彼もきっと、覚悟はしてたはず。そして、わたしも……」


「それでも……っ! あんたの恋人に助けられたっ! あたしが……彼を死なせてしまったっ! だから……っ! だから……ごめんなさい」


「ミオメルさん…………」


 彼女は誠意を込めて深々と頭を下げると、騎士が民に対して詫言(わびごと)を述べる様子に、付近の聖教騎士たちの視線が向けられる。


 程なく戸惑(とまど)いと(ざわ)めきが広がる本部内から距離を取るべく、ウルハは足早に事を済ませようと(うなが)した。


「と、とにかく! 報告と聴取があるからっ! ミオちゃんもそのために来たんでしょ?」


「っ……うん、そう。……そうね…………行きましょ」





 その後……リオンは弁明のため、二人に同行して騎士団本部の審問(しんもん)室を訪れた。

 

 彼女が咎人の恋人、加えて禁制の薬物を服用したことを(そし)る審問官や、激昂(げっこう)して処刑を口にする審問官もいた。

 

 しかし彼女の歌姫としての聖教への貢献、そして彼女の無過失を主張するウルハとミオメルの訴えにより、審問官の協議の末……彼女に咎はないと下った。




 時を置いて、彼女は解放されたが……疲労からか宿へと戻ると言い、二人はその姿を見送った。


 その背中はどこか(はかな)げで──深い喪失を(ただよ)わせていた。


「……必ず、あの子に笑顔を取り戻してみせる」


「うん……私も協力するね」


「ありがとう、ウルハ。今日、リオンが落ち着いてたのは……あんたのお陰なんでしょ?」


「えへへ……けど、私は特に何も。逆に元気貰っちゃったかも」


 最初はジェイクの死をまだ知らされていないのかと思ったが、本部に来ている様子からその線は外れた。


 彼女を絶望の(ふち)で支えたのは、横にいたウルハなのだろう。


「そんなあんただから、リオンを励ませたのよ。……櫃鳴症のことは、あたしに任せて」


「うん。でも……何でも背負い込まないで、もっと私にも話して欲しいな」


 咎めようとしているわけではない。信頼している証として、彼女の言葉が聞きたかった。


「ウルハ……。はぁ……いいけど、そんな大層なことじゃないわよ?」


「うんっ……!」


 ミオメルは実のところ他人の助けを借りるだけの策を、恥じらいながらも語る。


 けれど──ウルハにとっては、彼女が打ち明けてくれたことが……何よりも嬉しかった。





──────────────────────────





 ──────卯の月・地の第五曜日。

 

 ミオメルは上機嫌な様子で、商業区プリムス通りを歩いている。

 このところ悩みを抱えたまま眠ることが続いていた彼女だが、久方(ひさかた)振りに寝覚めの良い朝を迎えていた。




 昨日。リオンから高熱を発症した際に訪れた薬師(くすし)の居所を耳にしたあたしは、審問の後で足を運んだが──そこに薬師の姿はなく、(すで)(もぬけ)の殻と化していた。

 

 聖都に(ひそ)む闇に(ぬぐ)い切れない不安を微かに覚えながら、今日は彼女が滞在している宿屋へ向かっていた。


 今はまだ無理でも……きっと彼女は前を向いてまた歩き出してくれる。

 それまでは自分たちが支えると決めた。それがジェイクの遺言と……彼との約束だ。


 宿屋に到着して、主人にリオンの友人だと伝える。彼女から名前を聞いたことがあったのか、(こころよ)く部屋を教えてくれた。軽快な足取りで向かうと、彼女の歌が聴こえてきた。



 変わらず素敵な歌声。幻聴ではない────確かに()()()()()だ。



 今日は彼女が好きだった、真赤(まあか)なマーラムの果実を持参してきた。

 美味しい甘味を味わいながら、櫃鳴症についても話そう。次の休暇(きゅうか)に三人で遠出をするのも良い。その後は……。


「リオン〜? いるんでしょ? 開けるわよ〜」




 思考を巡らせて部屋の扉を開ける。


 第一声は何を言おうか、()()……()()()()()()()




「うそ……うそよ…………うそうそうそうそううそうそうそっっっっ!」


 手に持っていた荷を投げ捨て、部屋に横たわる一人の身体に近づく。その身体は既に冷え切っており、応じることなく瞼を閉じている。


 (かたわ)らの円卓には白く(あわ)い桃色に(にご)った液体の入ったグラスが──部屋には()()として知られる()()()()の香りが満ちていた。 


 考えたくないことだけが()ぎり──考えたくない事態が、あたしを絶望へと突き落とす。


「リオン……ちょっとリオン……! しっかりしなさいよ……リオン……っ!」


 必死に身体を()するも、息一つとして反応がない。彼女はとうに息絶えていた。窓から差し込む陽光が仏顔(ほとけがお)を照らす。それは生という苦しみから解放され、死という終わりへ向かうことを意とした表情。


 暖かい陽射しと静寂(せいじゃく)に包まれた部屋で、安らかに眠る彼女の横から、嗚咽(おえつ)が響きわたる。


 初めから。ジェイクがこの世を去ってから既に彼女は生きる意味を見失っていた。その穴を自分は埋められると過信していた。自死を選ぶなど毛頭ないと、そう考えていた。


「くそっ……くそくそっ! …………くそくそくそくそくそ、くそッッッ!」


 果てない後悔を拳に乗せ、叫声(きょうせい)と共に幾度となく自身の(ひざ)を殴打する。出血を(ともな)っても、(あざ)ができても、止まることはない。


 そして────この痛みが、消えることはなかった。


「なんで……なんで…………」


 ふわりと優しい風が吹き、窓際の机より一枚の紙が風に乗ってあたしのもとへ運ばれる。


 その紙は弱々しい筆跡(ひっせき)で書かれた、()()と……()()()()()に向けての手紙だった。


『ジェイクさんへ


 わたしはあなたの罪をはやく知るべきでした。罪を知り、(つぐな)い、悩み、ふたりで生きることに意味があった。共に笑うことも、共に泣くことも、共に苦しむことも、共に罪を背負うことも。あなたと分かち合う、それがわたしの人生でした。


 変わらない世界で、変わらない景色をみて、変わらない明日を待ちながら……あなたと旅をしたかった。けれどもう……変わってしまった世界で、変わってしまった景色をみて、変わってしまった明日を待つことはできないから……。


 今生(こんじょう)を別れ、今一度の再会が叶うのなら、次は一緒に。



 ウルハさん、ミオメルさんへ


 彼が亡くなって……ウルハさんの言葉を飲み込むことに時間が掛かりました。それから()き物が落ちたようにすっと、心の()(どころ)が分かりました。まずは真実を教えてくれて、ありがとう。そして、ごめんなさい。

 

 頭の整理が終わって、気付いたの。あなたたちを裏切ってでも、わたしにとっての生きる意味は彼と共に在ることだった。彼がいなくなったこの世界からは、旅立つことにしました。それに、薬なしでは櫃鳴症の進行は抑えられないって、分かっているから……。


 どうか我儘(わがまま)なわたしを許してください。そしてどうか、あなたたちに主神リアスティーデ様の導きがありますように。ディーリア。


                  リオン・エイプル』


 頬を伝う慟哭(どうこく)の雫が手紙へ落ち、(にじ)んだ文字が心を掻き乱す。自分は二人の人間を殺してしまった。殺させてしまった。リオンにとってのジェイク……ジェイクにとってのリオン。その意味を履き違えていた。


 噛み締める唇と震える手は止まらない。止まってはいけない。ジェイクに告げた言葉が跳ね返り、深く突き刺さる。リオンを裏切っていたのは……自分だったのかもしれないと。


 ()()とは何か。その答えをあたしは一つ失い、暗闇で正解を見つけられずにいた。




 この部屋を去り事態を報告する前に。溢れ出る涙を右手で拭いながら、置かれた羽根筆(はねペン)を手に取ると、洋墨を付して手紙の端に手向けの言葉を(つづる)る。


『人が人でいられる世界を築くわ。あんたたちにも……』


 詰まった言葉に、筆圧を強めて横線を引き……鼻を(すす)って、想いのままに文字を書き殴った。


『あんたたちのことは忘れない。あたしが一生背負って、生きていくわ』 


 書き終えたミオメルは部屋を後にする。そして……この業が彼女を(つむ)いでいく。




 ()()()()が……今もまだ、頭の中で反芻(はんすう)していた──────。




 救いのない現実に、糾弾(きゅうだん)の叫びをあげる。

 

 救えなかった自分に、戒律(かいりつ)(さけ)びをあげる。


 悲劇で幕を閉じた歌姫に、贖罪(しょくざい)の涙を流す。




 輪廻(りんね)の果てに二人が再び出逢うとしても、それはきっと、この世界ではない。自身がこの世界の根幹(こんかん)変革(へんかく)(もたら)さなくては……いつか悲劇はまた、繰り返される。


 けれど──せめて今だけは、天へと昇った二人の再会を願いたい。


 想いと共にミオメルは、悲劇を止められなかった自分にただ、天へと()いた。

 





 ()()()()()()。雲一つない、空に青が澄み渡る日だった。






こうして……歌姫リオンの物語は幕を閉じました。

第三話は、これにて閉幕となります。


次回の更新も明日の21時を予定しています。

☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ