第三話 歌姫‐⑭
アルメインがミオメルのもとへ戻ると、彼女は救護隊に搬送されるジェイクの姿を呆然と見つめていた。
そんな萎れた様子を目に、彼は掛ける言葉に躊躇いが生まれる。
「ミオメル……すまない、祈術師を見失ってしまった」
「……仕方ないわ、距離はかなりあったもの」
無力に苛まれ、身体に力が入らない。騎士ともあろう者が友人の恋人を救うことすら叶わず、剰えその彼に命を助けられた。
正義を押し付けて首を縦に振らせることはできても、いざ窮地で救う力はない。
あたしはどこかで自惚れていたのだと……そう悟った。
「……もしかすると敵は想像以上に強大かもしれない」
「そうね……。ああそっか、ウルハにも言わなくちゃ……それからリオンにも……」
俯き呟くミオメルに、救護隊員が声を掛けて容態を確認する。彼女はジェイクとの戦闘疲労に加え、氷華に触れた影響で凍傷を負っていた。
それでも気を確かに持つと……深呼吸を一つ。隊長を真っ直ぐに見据えて、まだ震えが残る声で口を開いた。
「アルメイン。ウルハはきっと、アミークスって名前の酒場にいるわ。商業区の中央通りにあって、朱色の看板が目印の店よ。……お願い、起こったことを、あの子に伝えて」
頭を下げる姿には、痛切が滲んでいた。本来なら自身で伝えるべきことだと、唇を強く噛み締める。
「わかった。もしウルハがいない場合、僕は本部に戻っているよ」
「それでいいわ。……ウルハがそこにいるなら、恐らくリオンも一緒のはずよ」
二人は恋人である彼女に、ジェイクの死を、そして今回の騒動を如何に説明するべきか逡巡する。
その答えに、正解はないのかもしれない。
「彼女にとっては辛い話になるな。君は救護隊の治療の後、報告書を作成しておいてくれ」
「ええ。それじゃあ……お願い」
今宵。凪いだ祭儀の夜に零れた涙は、乾いた石畳に献杯を飾るのだった。
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アルメインはウルハを探しに聖都商業区を駆けていた。静まり返った中央通りを疾走していると、ある建物の大きな朱色の看板に目が止まる。彼女の話にあった看板だろう。
「アミークス……ここか……」
「あれ? アルくん?」
店内へ足を動かすと同時に、偶然にも帰路についたウルハが姿を見せる。
外に出た途端にアルメインが視界に入った彼女は、少し驚いた様子を浮かべていた。
「……ウルハ。本当にここにいたんだね。まったくミオメルはすごいな」
「えっと……うん。どうかしたの?」
「実は……」
アルメインは一呼吸を置いた後────彼女に残酷な現実を報せた。
どれほどの時間が経っただろうか。終始目を伏せ、無言を貫いていたウルハが口を開く。
「アルくん……全部、本当なんだよね」
「……そうだ。僕はこれから本部へ報告に戻る。君も、今日は兵舎に戻って休もう」
ウルハはアルメインを一瞥する。彼の表情は堅く……苦悩している様子が見て取れた。
これから口にする言葉は彼をより困らせるかもしれない。それでも、彼の答えが聞きたかった。
「うん。そうだね……わかった。……あのっ、アルくん……」
「ん……?」
「中にリオンちゃんがいるの。それでリオンちゃんにはその……ジェイクさんが咎人だったこと、伏せちゃダメ……かな」
現状、ジェイクが誘拐犯であることを把握しているのは、限られた人物だけだ。
しかし聖教騎士団を通して公表されれば、咎人として彼の名は知れ渡るだろう。
そしてもう一つ……。アルメインは別のことを懸念していた。
「……これを君に言うのも憚られるが、騒動には彼女も一枚噛んでいる可能性がある」
「そっ、そんなこと、あるわけ……ッ!」
珍しくウルハが激昂を見せるが、言葉を押し殺す。どれだけ否定しても、彼女の立場を考えると疑念が湧くことは避けられなかった。
「どの道、これから騎士団は彼女に聴取を行うはずだ。それより君の口から真実を話して、彼女に釈明してもらう方がお互いのためだと……僕は思うよ」
彼の言うことが正しいのだと、頭では理解していた。
けれど。リオンの気持ちを想い、彼女を知る自分だからこそ、受け入れ難い無情を告げる凄惨さが……それを拒んでしまう。
「ねぇ……なんで……ねぇ、なんでこんなことになったの……」
「すまない……。ウルハ、君に聴取は強制しない。きっと明け方にもミオメルは回復する。そうすれば彼女がリオンさんのもとへ行くはずだ」
「うっ……ぐすっ……ううっ…………」
彼に責任がないことなど、火を見るよりも明らかだ。その謝罪には謝るべき罪など、一つもない。
ウルハは止まらない嗚咽と涙を必死に抑えようとするが、その度に言葉と息を詰まらせてしまう。
そんな彼女にかけられる言葉を、アルメインは持ち合わせていなかった。
ウルハはアルメインが本部へ行く姿をただ見送り、その場でリオンに告げるべきか逡巡した。
やがて……意を決してアミークスに戻ると、鼻歌を口遊んでいた彼女を呼び止める。
「リオンちゃん……ちょっとだけいいかな」
「あら、ウルハさん。忘れ物?」
控室で何気なく宿へ戻る支度をしていたリオンは、返事がないウルハを見遣る。
そこには瞳を濡らした、悲痛な表情で唇を噛み締める彼女の姿があった。
「ううん、違うの……。ごめんね、ちょっと場所……変えよっか」
彼女の深刻な表情を見て、戸惑いながらもリオンは無言で頷く。
支度を手短に済ませ、カイとリーヤに礼を述べた後──二人は兵舎にあるウルハの部屋へと移動した。
その道中、俯き歩くウルハが言葉を発することはなく、そんな彼女にリオンもまた、無言で足を進めるのだった。
「リオンちゃん、入って……」
「え、ええ」
部屋へ到着した後、ウルハは蠟燭を灯すことなく扉を閉める。そして不意に──暗闇の中、リオンの背後から抱擁するように両手を回すと、そのまま彼女の背中に顔を埋めた。
「うっ……ううっ……リオンちゃん…………」
「ど、どうしたのよ……」
「お願い……もう少しだけ……」
「ウルハさん……」
リオンは宥めるように、そっとウルハの手に自身の手を重ねる。彼女の息遣いが、心臓の鼓動が、身体の温もりが伝わってくる。
咽ぶ彼女が落ち着くまで、部屋の窓から垣間見える、満月が照らす美しい街並みを眺めることにした。
しばらくして……ウルハはリオンから両手を解くと、深呼吸と共に平静さを取り戻す。
そして、微かに震えた声音で口を開いた。
「ありがとう……。リオンちゃん」
「いいのよ。落ち着いた?」
「うん。今から言うことは、悲しいけど全部ホントのことなの。だからリオンちゃんも、真剣に答えて……」
斯くて、ウルハは最後の一滴を流すと──今夜の出来事、そしてジェイクに関わる総てを、包み隠さずに打ち明けていった。
「嘘……嘘よ…………」
リオンはその場に崩れ落ちる。ジェイクの死……そして彼が咎人だという現実に、顔を歪ませる。
悲痛な面持ちをする彼女に、ウルハの心は鋭い痛みで締め付けられた。
「ねぇ……ウルハさん……? 何かの冗談でしょ…………?」
騒動に関して……ミオメルが披瀝しなかったことの意味を、今更になって理解する。
自身が呆けている間、彼女は一人で抱えて、一人で終止符を打った。
もし自身が真実を聞いていたらどうしていただろうかと、ウルハは苦悶する。
「……全部、嘘だったら良かったって、思うよ」
「ウルハさん……さっきわたしに何か知っているか聞いたわよね」
哀号の雫を宿したリオンは、何かに気付いたように目を泳がせる。
「う、うん……」
彼女が顔を上げる。絶望と後悔の塊のような、凍りついた表情がそこにあった。
「実は……聖都に来る前、身体が思うように動かなくて……もう長くはないんだろうなって、悟ってたの。だから……最後に、聖都での祭儀だけは、どうしてもやり遂げたかった……」
泡沫の告白が──ウルハがアルメインより知り得なかった、真実を伝える。
「え……?」
「わたし……櫃鳴症を患っているの」
彼女は自身の胸元を露わにすると、そこには忌々しい……紫色の痣の花が咲いていた。
「…………っ!?」
「でもね。聖都に来てから凄く調子がいいの。最初は火事場の馬鹿力かなって思ってた」
今度は優しく、正面を向いて。リオンの方から、ウルハへと……両手を背に回して抱擁する。
ウルハはすぐさま……駄々っ子のように、顔を埋めて抱き返した。
「けれど……あなたの口からすべてを聞いた今、わかってしまうわ」
既にリオンの表情は穏やかなものへと変わっていた。
彼の想いが、彼の愛念が。そして自身の愚かさが、分かってしまったから。
「以前、薬師には櫃鳴症の薬を売ることはできないと言われていたの。でも聖都に来て、ジェイクさんから鎮痛剤だと言って渡されていた薬……あれはきっと、禁制薬だったのね」
恋人の手から渡された薬を何の気なしに口に含んでいた。そして自身の体調が良好になるにつれて、自身も生を欲張り、彼が調達に精を出すことを強いてしまった。
不治の病と知った時は……彼と旅をして生を終えられれば、それがいつであろうと良かったのに。
「あは……あははは…………なんで……聖都なんかに来ちゃったんだろうね……全部……失っちゃった…………」
「……っ! そんなことないよっ! リオンちゃんの歌に、たくさんの人が涙を流して、私も温かい気持ちになったよ……!」
胸元で訴えかけるウルハの頭を優しく撫でる。その手は、歌声と同じように温かかった。
「……ありがとう、ウルハさん」
「ねぇリオンちゃん。今日はここに泊まって。それで明日一緒に、本部に話しに行こう。ありのままを話せば、きっと大丈夫だから」
ウルハが弱々しい声で勧めると、リオンは無言で頷く。
命を救う薬でさえ禁忌とされるこの世界で。彼女の心は誰よりも純粋で、優さに満ち溢れていた。
程なく一つの寝台を分け合い、二人は眠りに就く。
だが。優し過ぎたが故に……恋人を失ったリオンの心は、眠る間もその傷口を広げ続けるのだった──────。
いよいよ、次話で第三話は終わりを迎えます。
そして第一章の締め括りへと、物語は動き始めます。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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