第三話 歌姫‐⑫
聖都居住区外郭。二人の想いを乗せ、甲高い金属音と共に幾重にも攻防が繰り返されていた。
まさに死闘──寸分狂えば致命傷になりえる一撃を、互いに躱し続けている。
「はぁあああああああッ!」
「っ──速い……ですがっ……!」
ジェイクは重心を落として屈み込み、間一髪で刺突を回避する。ミオメルの熱誠を込めた一撃は虚空を穿つが──彼女は続けざまに左手を前方へ翳し、至近距離から祈術陣を展開した。
「くっ──中々しぶといわねっ! 『ナテラッ!』」
地天の下階祈術を発現させ、礫状の岩石が放つ。ジェイクは瞬時に後方に跳躍すると、一直線に向かってくる礫に対して右手を地面に当て、祈術陣を展開させた。
「そんな小細工は効きませんよ……! 『ナテラ!』」
地天の祈術の応酬──創り出した岩壁と礫が衝突すると、轟音を伴って対消滅する。
「ったく……介助椅子の姿が嘘みたいな俊敏さね」
「自分でも驚いていますよ。……以前の私では、考えられない」
ジェイクは嗤う。驕り高ぶりなどではなく──ただ純粋に、興奮が支配していた。
「……どういう意味よ」
「少し昔話をしましょう。……リオン君は私の介助椅子を引き、歌を届ける旅をしていました」
命の駆け引きの中──一度ジェイクが構えを解くと、ミオメルは警戒を緩めず耳を傾ける。
「歌で多くの人を笑顔にして、至福のひと時を与えたい。彼女はその一心で、旅を続けていました。……しかし。その旅路で、リオン君は不治の病を患ってしまった」
「なっ──────!?」
声音を暗く、唇を噛み締める。夜の闇が、彼の表情をより険しくさせた。
「いいえ、不治の病などではありません。薬師によれば原因は明確。ですが薬を投与することは叶わないと。イルファン君……この意味がわかりますか?」
突如として告げられた事実に、ミオメルは息を呑む。
先日耳にしたリオンの発熱……そしてジェイクの口から洩れた言葉。
この世界で神聖視される、決して触れてはならない臓器が起因だとすれば────。
「…………¨聖櫃¨に、原因があったのね」
「ええ……そうです、その通りです。¨櫃鳴症¨……あなたも耳にしたことがあるでしょう。リオン君の聖櫃が暴走を起こし、左胸部に渦のような痣が現れました」
櫃鳴症──体内に過剰なエナを循環させる病で、発熱や身体的な障害を患う。時間が経過するほど症状が悪化し、やがて罹患者を死へと誘う難病。
だが──聖教は如何なる行為であっても、主神より授かりし聖櫃に触れてはならないとしている。
遥か昔には症状を改善させ、継続的な服用により完治させる薬もあったが……聖櫃に作用するものとして禁制薬となった。治す手段は有れども治してはならない──不治の病と変わりはなかった。
「リオン君が苦しむ姿を見て、私は何もできなかった! ただでさえ重荷であったというのに、彼女が苦しんでいる中で私は! ただ目を瞑り、彼女の唸り声を聞くことしかっ……!」
怒りを露わにしたジェイクは再び短剣を構えると、悲壮な慟哭と共に攻勢を仕掛ける。
「主神!? 聖教!? 教理!? そんなものを遵守して、たった一人の恋人の命を見捨てて、そんなものが……そんなものが、正義だとでも言うのですか────ッ!」
怒号を上げ、幾度となく短剣で斬り掛かる。その総てがミオメルの槍捌きによって受け流されるも、ジェイクの怨嗟の叫びは止まらない。ミオメルもまた……唇を噛み締めた。
「わからない……! 今のあたしは、その答えを持ってないから……!」
「ならばッ! リオン君に運命を受け入れろとッ! 黙って生を終えろとッ! 貴女は面と向かって、彼女に告げられるのですかッ!」
「くっ──! そんなの、言えるわけがないでしょ────ッ!」
一閃──。友の病に、されど答えは見つからない。冷酷な真実にただ、岩槍を薙ぎ払う。
「私とリオン君は病を隠して旅を続けました。最後まで……その歌声を届けるために。そして聖都で彼女が高熱に魘された時、とある薬師と出逢いました。なんと彼は、櫃鳴症の薬を調合してくださったのです。ああ、これで助かる……救われる……! 私には彼が主神の御使いに思えました。……ですが、彼は主神の御使いなどではなく──黒く歪んだ悪魔だった」
「……その薬師に、薬の対価として誘拐を頼まれたって訳ね。ったく反吐が出る……!」
ジェイクは静かに首肯する。差し出された甘い蜜には、毒が入っていた。だが……蜜を得なければ恋人はやがて死に至る。苦しみ悶える彼女を目の前に、選択の余地はなかった。
「しかし、薬が必要なのはリオン君だけではなかった……。私の身体的障害もまた、遅行性の櫃鳴症だったのです」
「──っ! なるほど、さっきのあんたの言葉……まるで最近身体を動かせるようになった口ぶりだったけど……そういうこと」
合点がいったミオメルの頬に、冷汗が流れる。不敵に笑うジェイクの顔は憑き物が落ちたように晴れていた。
そして──彼には、果たすべき目的と純粋な聖教への憎悪だけが残った。
「……本当に運命だと思いましたよ。不自由な身体で誘拐など、できるはずもなかった。彼女が櫃鳴症を患うことも、私と共に聖都に行くことも……。薬が禁制薬で、薬師からの提案も……! そこに巡り合わせたのは、運命なのだとッ!」
黒の瞳を宿した彼が求めるは、純粋な救済。自らが患う病と──恋人が患う病のために。
「主神への信仰、教理の遵守。人がそれを正義と呼ぶのならば、私は魂さえ悪魔に売って、闇に染まってみせましょう──ッ!」
ただ一人の命を救うことさえ叶わず、彼は歪んでしまった。
違う……翻弄翻弄されている。枷になっているものは、ミオメルにとっても明白だった。
「……あんたの言い分はわかったわ。けど……それを肯定することはないわ」
「ええ、そうこなくては……。情に絆される必要など、ありはしない──ッ!」
気炎を吐いて距離を詰めると、右手に持った短剣を投擲する。放たれた白刃が直線状に軌道を描くが──月光を反射する短剣を、ミオメルは華麗な槍捌きで弾く。
刹那──ジェイクは勢いそのままに跳躍し、懐から新たな得物の短剣を取り出して迫真の剣幕で斬り掛かった。
「逃しません────っ!」
「くっ──なら、あたしがっ……!」
絶望を力に変貌させた一撃を、辛うじて矛先で受け止めたミオメル。
伯仲する鍔迫り合いの最中に──彼女はその信念を強くさせる。
「いつか……いつか、あたしが変えてやるわよ、こんな世界ッ! だから今は、大人しくその身を縛らせなさいっ!」
何方とも譲らない想いを乗せる中、僅かに矛先を逸らして短剣を受け流すように捌く。流れるような動作でその場に屈むと──ジェイクの懐に潜り込み、鳩尾へ渾身の蹴りを見舞う。
不意を突かれたジェイクは痛撃を浴びて唾液を吐き出し、後方へと蹴り飛ばされた。
「ごはっ──────!」
「人を救う手段が人を害すること……それを正しいと思うなら、あたしは容赦しない!」
ミオメルの歩みは止まらない。騎士団へ入団した時から、何一つと変わりのない──¨清らかな宿願¨を秘め、力強く柄を握る。
一方──痛烈な一撃に、ジェイクは蹌踉めきながらも立ち上がった。息苦しさから溜まった血を吐き捨て、傍に落とした短剣を掴み取る。
「なぜ……畳み掛けてトドメを刺さないのです」
「以前までのあたしなら、そうしてたかもね。けど……今のあたしにその気はないわ」
「舐められたものだ……。その慢心が、徒となるのです……っ!」
ジェイクは左手を上空へ掲げると、巨大な祈術陣を展開して急速にエナを注いでいく。
ミオメルの一瞬の油断が行動を鈍らせ──発現を阻止するには、その片時が命取りとなった。
「この祈術陣は……っ!? くっ──! 間に合って──! 『ナテラッ!』」
すぐさま祈術陣を展開すると、ジェイクを目掛けて地天の下階祈術を発現させ、一直線に礫状の岩石を放つ。
だが……礫は僅かに彼の頬を掠めるのみ。寸での所で、及ばなかった。
「遅いッ! これで終わりですッ! 『ナテラリアァッ!』」
ジェイクは上空に地天の中階祈術を発現させ、頭上を軽々と覆う巨大な隕石を創り出す。
「この祈術でイルファン君……。君を消し去るッ! 終わりです──ッ!」
隕石はミオメル──ひいては聖都外郭に向かって落下を始めた。
大地が怯え……空間は震え……彼女は立ち竦む。
されど……まだ終わりではない。窮地を打破する、乾坤一擲の策を講じる。
「くっ……ぶっつけ本番ってやつね……いいわ、上等じゃない……!」
両手で岩槍を石畳に突き刺すと──握ったまま、有りっ丈のエナを以て、岩槍を覆うように祈術陣を展開する。
仲間への合図と共に、自身が持てる至極の一撃を生み出すために。
「罪業も、策謀も、腐敗も……全部、砕いてみせるッ!」
固く……堅く……そして、硬く。夜空を駆ける隕鉄さえも貫く、一条となれ。
それは──清廉な騎士が持つ、心槍。
己が正義を執行するために、今──────。
『祈地槍技《アトラス・アーツ》──凱歌烈穿槍《フルメナ・テルルリス》ッ!』
望月の夜、聖都外郭が琥珀色に包まれる。出でるは暗晦の闇に対を為す、黄昏の光。
発現した地天の《アーツ》により──岩槍は祈りを纏う矛となる。
莫大なエナを帯びた其れは、燦然と輝く箒星。
彼女が願うは────歪んだ結晶である、悪意を穿つ救済を。
「いっっっっけぇぇぇぇぇえええええええええっ!」
ミオメルは修羅の岩槍を抜き放ち、全身を回転させて投擲する。
必殺の一条は光線のような軌跡の残像を残すと──刹那の如く速さで隕石を貫き、遥か上空へと消え去った。
穿たれた隕石は中央から亀裂が広がり──やがて音を立てて、瓦解する。破砕された石片は、瞬く間に塵となり……淡い光と共にエナへと回帰していく。
そして後に残るは……地天の衝突により生じた、一掬の想いだけだった──。
薬師と出逢ってしまったことで、ジェイクの運命は変わってしまいました。
或いはそれは、はじめから定まっていたことなのかもしれません。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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