第三話 歌姫‐⑨
翼をはためかせて空を駆る、鳥獣ラーベの鳴き声が聖都に朝を報せる。
嘆きのようなその声は、どこまで轟くことか──ミオメルは目を覚ます。
今日は祭儀の日……当日だ。
聖都守護隊が大打撃を受けて以来、連続的な誘拐は途絶え、音沙汰をなくしている。
咎人が動きを見せないまま……嵐のように時間は過ぎ去っていった。
「はぁ。思えば休暇もあと少しかぁ。今日はいい思い出を作って……なんて……」
無造作に乱れた髪を映す鏡に、溜息を吐く。祭儀が行われるのは夕暮れ時。ミオメルは友人の晴れ舞台に身支度を済ませると、コーレルム隊の面々との集合場所へ赴いた。
ミオメルが本部内の庭園に顔を出すと、既にウルハ、アルメイン、チルメリアの三人が姿を見せていた。彼女に気付いたウルハは、健気に手を振って迎える。
「あっ、ミオちゃんおはよう」
「おはよう。メディス姉弟とマリベルはまだみたいね」
「マリーは整備隊の急用で駆り出されてしまってね……。カイナとリサーナは後から合流するそうだ。僕たちは、先に露店にでも足を運ぼうか」
隊長の提案に一同が首肯し、広場へ向かう途中──騎士団本部を出たところで、ミオメルがアルメインを呼び止める。彼女は視線を合わせず前を向き、微かな声量で用件を伝えた。
「アルメイン……例の件、頼んだわよ。目印になる祈術を撃ったら、声が届く位置で待機して」
「ああ、わかった。だが、聖都守護隊に要請しなくて良かったのかい?」
「お願い。あたしがケリを付けたいの。……けど、全部勘違いで終わるのが一番よ」
そうだな──と、喉から出かけた言葉を飲み込む。それを口に出すことで辛くなるのは彼女の方だと。
アルメインは……自身が楔を打ち込むことは、憚られた。
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大聖堂広場へ到着すると──この日を待ち侘びた群衆の熱気が、一気に押し寄せた。老若男女が行き交い、彩り豊かな装飾や多種多様な露店が、祭儀の余興として賑わいを添えている。
「わぁ……凄い盛り上がってるね!」
「多くの人が祭儀の準備に励んでいると聞いていたが……ここまでとは驚きだ……!」
「アル、お腹減った」
「あ、ああ……そうだな。早速みんなで露店を回ってみよう」
チルメリアはどこか不服そうだったが、何も言わずに付いていく。不機嫌なことも、その理由もアルメインにはお見通しだったが──折角の機会に、二人と別れる選択はできない。
また今度、と視線で伝えるも彼女にはそっぽを向かれてしまう。
「ちょっとウルハ、あれスオウ焼きじゃない?」
とんとウルハの肩を叩いたミオメルが指差す先には、スオウ領国の地で散見される赤色の漆喰で彩られた露店が建っていた。
スオウ焼きは、矢を模した串に肉を刺し、香料を塗した串焼き料理。二人の故郷では定番の料理で、騎士団への入団以前は彼女たちも頻繁に口にしていた。
「わぁ、ホントだね! スオウ焼き、久しぶりに食べたいね……!」
「でしょ? ほら、買いに行くわよ! あんたたちも食べてみなさい、きっと気に入るわ!」
「だ、そうだが……チル、折角だ。二人のおすすめを食べてみないかい?」
「む……しょうがない」
人数分のスオウ焼きを買い、一列に並んで噛りつくと……やがて全員の頬が落ちかける。
カリカリとした歯応えのある食感に、凝縮された旨味が病みつきになる味わいだった。
「ん~っ! 美味しい! 時々、無性にスオウ焼きが食べたくなるのよねっ!」
「うんうん……! 聖都にもお店、増えたら良いのにね……!」
「これは……! 確かに美味しいな!」
「……もう一本買う」
四人は満足するまでスオウ焼きを堪能した後、祭儀の時間まで露店を見て回るのだった。
「はぁ~お腹いっぱい! 聖都にはこんな催しもあるのねぇ……」
「ああ。特に、こうした祭祀の時は賑わうことが多いな」
「みんな、リアスティーデ様を愛してるから。ね、アル」
聖都の人々にとって、祭儀は主神への感謝を示す儀式であると同時に、華やかな祭のひと時でもあった。
そして、祭儀場を訪れぬ者であっても──祈りを忘れることは決してなかった。
「そうだな。リアスティーデ様……そしてマーレ様の導きで僕たちはここに立っている。それはこの世界に生きる人総てが皆同じさ」
「……ま、あんたは十分すぎるくらいお祈りしてるわよ」
「あはは……。さて、そろそろ祭儀場の場所取りでもしておこうか」
余興を存分に満喫した一行。次なる目的地は──歌姫が舞い踊る祭儀場へと向けられた。
時間を置いて、腰を下ろす場所を確保した四人は、改めて祭儀場へと視線を巡らせた。
中央の舞台を囲うように円形状に広がり、一定の間隔で段差が設けられ、その縁が観客の腰掛ける場所となっている。
この祭儀場は地天のエナを持つ聖職者たちの手で築かれたものだったが──その練度の高さと精巧な造りは、とても短期間で建造されたとは思えない出来栄えだった。
「立派な祭儀場だね……」
「すっごいわね……聖教の祈術師はみんなこうなわけ?」
故郷では見ることのない華々しい光景に、ウルハとミオメルが感嘆する。
「僕も詳しいわけではないが……聖都にいる聖職者が優秀な祈術師なのは確かだね」
「む。私の知り合いにも、凄腕の司祭がいる」
「セラさんかい? 確かに、彼女は凄腕の中の凄腕だな」
二人が認めるセラという司祭に興味を惹かれるウルハとミオメルだったが、一行をよそに祭司が風迅の祈術を発現する。
忽ちふわりと暖かく吹いた風によって、周囲を照らしていた明かりが消え──地平線には茜色が沈んでいく。
祭儀が始まる、合図だった。
「あっ、もうそろそろ始まるみたい」
教皇や司教、聖女などマーレ聖教会の重鎮が並み居る祭儀場のその中央。
暗闇と静寂が支配する中、祭司たちの祈術によって神火台に神火が灯された。
揺動する神火はその姿を徐々に大きくさせ、やがて太陽が如く祭儀場を照らし出す。
「きれい……」
ポツリとチルメリアが呟く。闇夜を照らすその光に笑顔が溢れる者、慈悲深きその温もりに涙を零す者、それぞれ人々は神火に向かって黙祷を行う。一行もまた、各々の想いを抱えて、瞳を瞑った。
一瞬の静寂の後、再び神火が強まっていく。そして神火台のその手前──中央舞台に純白の祭服に身を包んだ麗しき歌姫が現れた。
艶やかでいて、慎ましやかなその姿に、総ての人が息を呑む。皆が彼女を祝福し、主神リアスティーデの寵愛を受けていた。
斯くて──歌姫の晴れ舞台は、彼女自身がこの日のために作り上げたキリエで始まった。
祭儀場に美しき歌声が響き渡り、その清音は天まで届かんとする祈祷。歌姫が贈る神聖なる歌声と、世界を礼讃する歌詞が共鳴し、主神へ賛歌を捧げた。
「壮麗だな。彼女の歌は」
「うん。……きれい」
リオンの透き通った歌声に、一同が心を奪われる。中でもウルハは感無量の様子を見せ、ミオメルもまた左の瞳から一雫を流した。
そして──ミオメルはふと、ジェイクの姿を見つけてしまう。これも神様の悪戯なのだろうか。
偶然と呼ぶには都合が良く、必然と呼ぶには陰りのある悪戯だ。彼は恋人の歌に瞳から涙を流して静聴していた。
そんな姿に──自身の考えが愚かなものだと感じてしまう。そうであって欲しかったと……感じてしまう。
「ねぇ、ウルハ。必然ってあると思う?」
「どうしたの、急に……?」
リオンの歌声を背景に、星々が煌めく夜空を眺めてウルハへ問い掛ける。そして美しいキリエに心打たれながら……主神リアスティーデの座すであろう天上を臨む。
「例えば、あたしたちが騎士になったその時から、リオンと聖都で再会することが決まってたとか……ううん、本当はもっと前から決まってた。……あたしには、そんな気がする」
ウルハに質問の意図は分からない。けれど空想が現実に在れば、それは儚いもので……きっと誰もが夢だと思うようなことなのだろうと、彼女はそう思った。
「うん。ミオちゃんの言ってる必然……そうだったら、素敵だね」
「…………そうね、素敵よね」
歌が終わると、ジェイクは濡れた頬を右腕で拭い去り、介助椅子を自ら引いて外へ向かった。
その姿を見て──ミオメルもまた、立ち上がった。アルメインへ視線を向けると、彼は歌声に魅了されて眠ってしまったチルメリアを支えながら、こくりと首を縦に振る。
「ミオちゃん……?」
「ごめん、ちょっとだけ……お花を摘みに行ってくる」
ウルハは隣で立つ彼女に怪訝な表情を送る。先の質問の意図も、彼女が抱えた事情も分からない。
けれど……彼女の顔を見た時に一つだけ、分かってしまった。彼女は苦悩したその果てに答えを出した。
今も苦しみながら、それでも進もうと。……そんな顔をしていた。
「…………うん、待ってるね」
「……全部終わったらちゃんと話すから。…………リオンのこと、お願いね」
言葉を残し、彼女はその場を後にする。
決して振り向くことはなく──ただ、真実を明かしに。
祭儀場ですが、祭儀が終わった後は解体されることになります。
毎回、各祭祀に合った場を設けるのも信仰の表れになっています。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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