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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第三話 歌姫‐⑦

 月明かりを()てる春風が、空気を張り詰めたものへ変える夜──黒の外套(がいとう)(まと)い、()()()()()()()()()()()()()が聖都を闊歩(かっぽ)している。


 今夜の標的は、聖都商業区に居を構える商人。だが──肌を刺す空気に微かな違和感を覚え、第六感が警鐘(けいしょう)を鳴らしている。


 (しか)し歩みを止めることは許されない。

 既に置かれている身は、立ち止まることが禁じられた吊り橋の上だった。


──────────────────────────


 【()()()】は只管(ひたすら)に駆けていた。やはり第六感が告げていた予感が的中する。商業区に目を付けていた聖教騎士たちに発見されてしまった。

 (さいわ)い商人の身柄は確保したが──抱えたままでの逃亡は不可能だと判断し、道中の一角へと隠匿(いんとく)した。


 後は追手を振り切るだけだが、あまりにも聖教騎士の頭数が多すぎる。次々と目の前に現れる彼らに軌道修正を余儀(よぎ)なくされている……いや、誘導されているかのような…………。


「貴様は既に包囲されているッ! 咎人よ、無駄な抵抗は止めて投降しろッ!」


「くっ──! 諦めるわけにはいかないのですっ! 『ナテラッ!』」


 足元に地天(ちてん)下階祈術(げかいきじゅつ)を発現させ、家屋の高さ程ある岩石の踏み台を創り上げる。

 そして勢いを殺すことなく屋根へと跳躍して疾走するも──聖教騎士は目前まで迫っていた。


「これではっ──! 後少しのところで──っ!」


 四人の聖教騎士が風迅の祈術によって眼前の屋根へと舞い降りる。

 焦眉の状況に【カラス】は転進して屋根を飛び降り、裏路地を駆けるが……その身は既に袋の(ねずみ)となっていた。


 狭小(きょうしょう)の細道を抜けた先──広々とした空間に出ると、そこでは騎士の隊列がこちらを臨んでいた。その隊列の中央──一人の大柄な騎士が前へ歩み出ると、毅然(きぜん)と告げる。


「やれやれ……ネズミ一匹捕まえるために苦労したよ。しかしそれも今日で終わりだな。さて……咎人。これは俺からの提案だが、一騎打ちをしないか? 仮面を外して名乗りを上げろ。そしてお前が俺に勝てば今日は見逃してやろう。どうだ?」


()()()隊長、それは……!」


 後方に控える()()()()(いさ)める。するとジーレと呼ばれた淡い茶髪をした大柄な騎士は、背に負った戦鎚(せんつい)を威風堂々と石畳へ叩きつけた。

 強烈な一撃に地盤は崩れ、空間一体に激震が走る。騎士たちの多くは立ち(すく)み、声一つ出ない威圧感を与えられる。


 忽ちジーレは肩を回して関節音を響かせると、百獣の王が如き炯眼(けいがん)を散らして【カラス】と相対した。


「ケイ。総ての責任は俺にある。いいか、一人目の誘拐を許した時点で騎士の名折れなんだよ。隊長として──名誉挽回の機会をくれ」


「ジーレ隊長……」


 背を向けるジーレから返答を受けた若き騎士が息を呑む。彼の瞳に映る隊長の姿は、怒りに満ちていた。

 ジーレは黙殺(もくさつ)を続ける【カラス】に再び問い掛ける。


「咎人よ。お前は罪業を重ねすぎた。この意味がわかるか?」


「…………()()の言葉など、私には分かりかねますね」


「そうかそうか。貴様は今、俺を……いや、聖教騎士を愚弄したな?」


 売り言葉に買い言葉を放つ【カラス】に、ジーレは僅かに眉を動かす。戦鎚を握る力を強めると、鎚頭(つちあたま)を右足の後方に置く。今ここに、敵を(ほふ)る一撃を繰り出す構えを取った。


「どうやら貴方は物事の()()が見えていないご様子ですね。やはり……慧眼(けいがん)の持ち主ではない者に秩序維持など、到底務まるはずもありません」


 【カラス】は失笑を添えて平然と挑発を続けるが、四面楚歌の状況は歴然。

 せめてもの抵抗と見て取れたが──それもここまでとなる。


「よかろうよかろう……今すぐ、幽世(かくりよ)に送ってやる──っ! 『リディスッ!』」


 ジーレは足元に右手を(かざ)して祈術陣を展開する。瞬時に風迅の下階祈術を発現させると、風に乗るように【カラス】へ急接近を図り──そして戦鎚を振り翳した、その須臾に。


「くっ──っ⁉ あれは……! 『ボルグッ!』


 ()()()()。一筋の光が¨氷弾¨となって、青天の霹靂が如く降り注いだ──────。

 


 本能が警鐘を鳴らし、反射的に防護の祈術を発現させた者は一難を凌ぐが……一帯の空間総てを覆う氷弾の威力は、絶大なものだった────────。


「ぐぅう──っ!」


 【カラス】も咄嗟(とっさ)に防護の下階祈術を発現させるが、氷弾が貫通して負傷する。以前に負った左脇腹の傷に、氷の(とげ)が深く干渉して激痛が突き抜けた。


 だが、苦境は敵も同様に──息絶え絶えに立ち上がると、聖教騎士の多くは氷弾に呑まれ、ここから逃れる好機が生まれていた。

 即座に退避に移った【カラス】は、身を(ひるがえ)して疾走する。──その去り際に、呟きを残して。


「うぐっ……今回ばかりは……助かりましたよ、【プーパ】」


「なんだ……何が起こった……ッ!?」


 一方のジーレ、ケイは無傷だったが、多数の仲間が氷弾の餌食となっていた。


 彼らの目に映るは──()()()()()()。一瞬にして総てを青の世界へ還したその祈術は、一つの大花を咲かせていた。

 大花は聖教騎士を氷の檻に封じ込め、生命を氷寒で(むしば)み続けている。


「くそっ……! ケイ、立てるか!? この氷華を砕き、仲間を助けるんだッ!」


 戦鎚を幾度となく叩きつけ、氷華を粉砕する。四方へ散る(つぶて)は、ジーレの焦燥を映し出す鏡のように──光を反射して霧散していく。


 呆然としていたケイは隊長の呼び声で我に返ると、氷華へと細剣を突き立てた。


「はっ……! な、何が……い、いや、今は救助をっ……! ……っ!」


「くそっ……硬ぇ……! すまん、俺のせいで! お前ら……今すぐっ! 助けてやる……!」


 何が起きたのか、何が至らないのか。これほどまでに強大な氷海の祈術を、自身は発現できるだろうか。

 若き騎士の自問は心の深淵に沈み失せ──ただ無心に、救助を続けるのだった。


──────────────────────────


 【カラス】は商人の身柄を回収した後、【プーパ】の待つ場所へと急いでいた。


「はぁ……はぁ……! ぐっ……!」


 既に満身創痍の状態だったが、約束の物を受け取るまでは意識を途絶えるわけにはいかない。

 

 ()()うの体で街外れの一角へ行くと、笑みを宿した【プーパ】が待っていた。


「やぁやぁ。さっきは危なかったね【カラス】くん」


「ありがとうございます……助かりましたよ、貴女のおかげだ」


 商人の身柄を包んだ麻袋を地面へ置く。【プーパ】が麻袋の中身を確認した後、先日と同様の袋を懐から取り出して【カラス】へ手渡す。


「どうも、確認したよ。はいこれ、今回の分。次は……その傷じゃ近いうちは難しそうだね」


「…………」


 左脇腹の傷は数日程度では完治しないだろう。それは【カラス】自身も理解していた。


「あと一人。君も、君の大切な人も。それで救われる。何だかいいことをした気分だよ!」


「……これが善行だと? つまらない冗談ですね」


「そうかなぁ? これは人助けだよ。立派な、ね。あはははっ!」


 【プーパ】は(いや)しい笑みを零して、無数の星が瞬く夜空を見上げる。

 

 そこには丁度半分に欠けた月があった。────今宵は、弓張月(ゆみはりづき)


「そうだ! こうしようよ。次の満月の日に、もう一人。その頃なら君も満足に動ける」


「満月……ですがその日は……」


「そうそう、そうだよね。()()()()()()()()。その影で君は動ける。またとない好機だよ」


「しかし…………」


「なに? 不満なの?」


「いえ……わかりました。満月の夜……最後の一人を用意してみせましょう」


「いい返事だね……期待してるよ、【カラスくん】」


 踵を返して、彼は往く。(けが)れた世界で救済を得るために────幸福を掴み取るために。


 運命に導かれるように────その瞬間は、目前まで迫っていた。



補足ですが、聖都守護隊であるマグエル隊に所属している隊員は、優秀な騎士ばかりです。


次回の更新も明日の21時を予定しています。

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