第三話 歌姫‐⑥
夕焼けが燦然と燃える黄昏時。アミークスの前で待っていたウルハのもとへ、着替えを済ませたミオメルがどこか重い足取りで現れた。
「ミ、ミオちゃん。お疲れ様」
「ウルハ、お待たせ。入ろっか」
「う、うん」
彼女の表情は険しいものだったが……ウルハは促されるまま、アミークスへ入店した。
「偶然? ……ううん、本人に聞けばいいのよね……けど詮索するのも……ああもう!」
席に着いて早々、ミオメルが机に突っ伏して深い溜息を漏らす。
その姿にウルハは苦笑しつつも、未だ正体の掴めない咎人に頭を悩ませる。
「あはは……でも不思議だね。五人も被害者が出てるのに、咎人の情報が殆どないなんて」
「…………そうね」
「そういえば、街にいたリオンちゃんの応援団の人に聞いたんだけどね? リオンちゃん、聖都に来てすぐの歌唱中に、高熱を出して倒れたんだって。何事もなくて良かったけど……」
「熱? 倒れたって……大丈夫なわけ? ……まぁ、ここ数日は元気に見えたけど」
「私もビックリしたんだけど、翌日には回復してたみたいだよ」
そう、と再びミオメルが思い耽っていると、食卓にリーヤが注文を取りに来る。
「今晩も足を運んでいただきありがとうございますっ! もう料理はお決まりですか?」
「元気が出る料理~」
「げ、元気が出る、ですか? そう言うことなら……」
ミオメルから唐突に投げかけられたリーヤは頭を悩ませるが、折角の機会に味わい尽くしてもらいたいと、自身の好物でもあるアミークスの名物料理を勧めた。
「アミークスの看板料理スピネルはいかがでしょうか? きっと元気が出ると思います!」
彼女は品書きを手に取ると、スピネルの手描き絵を指差した。
高級肉である鹿獣レガロの肉を豊富に使い、香味野菜と一緒に炒めた豪快かつ魅力的に描かれたスピネルの絵に、思わず食指が動いたミオメルは身体を起こす。
だが……その横には、目を丸くする値段が載っていた。
「へぇ、美味しそうじゃない! って……九千ユーノ!?」
「てへへ……でもでも、少々値は張りますけど、味は保証しますよ!」
「わ、私はスピネルにしようかな……」
すっかり蕩けた表情でウルハが注文を口にすると、ミオメルは苦渋に満ちた表情に変わる。
「ぐぬぬ……仕方ないわね、あたしもスピネルにするわっ!」
レガロの肉を使用しているためか高価ではあったが──特務疲れの休暇に相応しい料理を口にするのも良いと、二人は財布の紐を緩めるのだった。
「ありがとうございます! きっとお二人にも気に入っていただけると思います!」
注文を取り終えたリーヤは上機嫌で厨房へと戻っていく。
忽ち彼女も舌鼓を打ちたくなり、一段落した後、久々に父へスピネルを強請ってみようと頬を綻ばせていた。
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「はぁ~美味しかったぁ! ……明日も食べようかなぁ~」
期待を遥かに上回る美味を口にして、すっかり気力を取り戻したミオメル。恥じらいなくお腹周りを擦り、幸福そうに笑みを零している。その隣ではウルハもまた、スピネルの豊かな風味に心から満足していた。
「美味しかったね! お料理を口に運ぶのに夢中になっちゃった……!」
一方、二人が食事に気を取られていると──昨晩と同様に、リオンが舞台で歌唱を披露していた。
舞台袖にはジェイクの姿も見える中……今宵は感傷的な夜に沿った、哀愁漂う歌を響かせている。
人の心に同調する悲しげな歌声は、空気をしめやかなものにしていた。
「……ウルハはさ、本当にあたしについて来て良かったの?」
「え?」
雰囲気に感化されてか……唐突にウルハへ問い掛けると、誤魔化すように言葉を連ねた。
「ほっ、ほら! あたし、聖教騎士団に入団したいって言った時、ふたつ返事でウルハも付いてきてくれたじゃない?」
「う、うん」
「……騎士になってウルハのような思いをする人をなくせたらって、その一心だったから。あたしが信じる道を、あたしが信じる正義で切り拓けたらって……」
ミオメルは照れ隠しに、空いたグラスの縁を人差し指でなぞりながら伝える。
カラン、と氷が底に落ちて……透き通った音を鳴らした。
「私も同じだよ、ミオちゃん。同じ境遇の人を少しでも減らせたらって。ミオちゃんが騎士になるって言い出した時は驚いたけど、私も助けられるだけじゃなくて、誰かを助ける立場になりたかった。……だからね、ミオちゃんが道を拓いてくれたんだよ」
ウルハの心にはいつでもミオメルがいた。彼女が絶望していた自分に居場所をくれた。彼女と共に、彼女の為すことを傍で支えてあげたい。そして同じように、人を救いたいと。
総ては故郷が灰と化した────あの日に誓ったことだった。
「そっか……うん、ありがとう。あたし、ウルハが付いて来てくれて本当に嬉しかった」
「ミオちゃん……」
ミオメルがウルハの手を握る。親友が傍にいる──その心がミオメルの、そしてウルハの心を強くしていく。
彼女たちの空間を、和やかな空気が満たしていた。
二人の愉快な談笑が続き──リオンの歌唱も終りを迎える頃。ふと、ミオメルの視線の先にリーヤとジェイクが会話をしている姿が映った。程なくして二人は店の奥へと移動し、視界から消えていく。
彼は昨晩、花火師のもとへは行かなかった……リオンに嘘をついてまで。その理由を聞いておきたい。聞いて……安心が欲しかった。
「ごめんウルハ、ちょっとお花摘んでくるね」
「え? う、うん」
そう言い残し、ミオメルは慌ただしく席を立つと二人の後を追う。彼らが酒場の外へ出る姿を視界に捉え、自然と足が速まった。
そして彼女が入口を出る寸前に──外からリーヤが戻ってくる。勢いよく飛び出すミオメルと衝突しかけるが、彼女は優しくリーヤを受け止めた
「わっわっ! ミオメルさん!?」
「ごめんリーヤッ! マーカスはッ!?」
「え? ジェイクさんなら出てすぐ左の角に連れて……」「わかったわっ! ありがとう!」
駆け足で後を追うミオメルの姿を、リーヤは呆気な表情で見つめるが……すぐに踵を返して厨房へと戻っていった。
やがて────ミオメルが酒場の左の角に赴くも、そこに彼の姿はなかった。
昨晩と同様にどこかへ消えたのか…………行方を眩ませたジェイクに、彼女は立ち尽くす。
思考を巡らせるが、一向に答えは出ない。だが何か────嫌な予感が頭を離れなかった。
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間を置いてミオメルが席へ戻ると、舞台にリオンの姿はなく、周囲の客は退席を始めていた。
「あっ、ミオちゃん。おかえり。リオンちゃん、今日の歌はもうおしまいだって」
「わかった。あたしも部屋で考えたいことあるから、今日はもう帰りましょ」
「うん。じゃあ店主さんとリーヤちゃんに料理のお礼だけ言っておこっか」
「ええ。…………そうね」
席を離れた二人は、リオンとささやかな談笑を交わした後、帰宅を告げる。
続けてカイとリーヤへ感謝を伝えると、余韻を抱えてアミークスを後にした。
晩酌の幕が下りた静寂のアミークスでは、目を輝かせたリーヤがスピネルを頬張るのだった。
高価な料理でありながら、名物となっているスピネル。
客の財布にダメージを与えますが、リピートが絶えない格別な料理です。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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