第三話 歌姫‐⑤
物語に影響はありませんが、前話でのケイとミオメルの会話を一部改稿しています。(8/18)
「例の人攫い……また犠牲者が出たわ」
早朝。ウルハとミオメルは、庭園の東屋を訪れていた。
本部内で騒々しく騎士たちが右往左往する中……またしても咎人の罪業を許した事態に、ミオメルは苛立ちを露わにする。
「うん……聞いたよ。本部内もいつもよりざわついてるね……」
「ケイとやらだっけ? あいつは近いうちに捕縛する〜! とかなんとか言ってたけど、ほんとに大丈夫かしら。……そもそも、咎人の習性や素性も掴めてないんでしょ?」
「誘拐の被害に遭ってる人たちも、特に繋がりはないみたい……」
「……そもそも、ただの誘拐犯なわけ?」
円卓に肘をついて両手で頬を支えると、やはり妙だとミオメルは思案する。
誘拐が起き始めた時期は七日前だという。加えて高頻度の実行となると、身柄はどこへ行くのか。ただの殺人ではなく、生け捕りの必要性……思い浮かぶは奴隷商だが、そういう類のものは若い女性や子供が狙いの的になりやすい。だが今回は老若男女問わず無作為だ。
益々迷走して頭を抱えるミオメルだったが……何か大きな影が蠢いている気がしてならなかった。
「セ、セレニタスが絡んでる……とか?」
「わからない……けど、嫌な予感がする」
しこりを残したまま、満足に休暇など彼女には到底無理な話だった。そうと分かっているのなら、やることは一つしかない──ミオメルは東屋の円卓を叩くと、勢いよく立ち上がる。
「今晩もアミークスに行くわ、リオンとも約束したしね。それまであたし、何か手掛かりがないか街を彷徨いてみる」
「あ、それなら私も……!」
ウルハが言い切る前に、虚しくも声は風に掻き消される。
昨晩と同時刻にはアミークスに行くと言い残して、ミオメルは足早に立ち去っていった。
「はぁ……」
凶報を耳にして休暇を満喫できないのは、ウルハもまた同じだった。
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ウルハと別れたミオメルは、商業区に足を運んでいた。照りつける炎天下の通りには、賑々しく人が行き交いしている。
そんな中……一人だけ足取りが重い人物が視界に映った。それは昨晩目にした顔──アミークスの給仕にして、カイの娘であるリーヤだった。
彼女が腕いっぱいに荷物を抱えていたため、ミオメルは手を貸そうと呼び掛ける。
「こんにちは、リーヤ。荷物運ぶの手伝おうか?」
「わっ! わっ……!」「ちょ、ちょっと……!」
突然の呼び声に慌てふためき、荷物の山が崩れかけたところをミオメルが支える。
リーヤは落ち着きを取り戻すと、声の主の顔を見て何やら思い出した素振りを見せた。
「はぁ……危なっかしいわね~」
「あっ……昨晩お越しいただいたリオン様の……! ありがとうございます!」
ミオメルは山積みになった彼女の荷物を半分持抱えて、リーヤの横に並んで歩き始めた。
「今晩もうちに来られるんですか?」
「そうね〜緊急の任務でも入らない限り行かせてもらうわ」
「あっ、えっ! って……そのお姿、騎士様だったのですねっ!」
団服姿に言葉を詰まらせたリーヤに、まだ名乗っていなかったことを思い出す。
「ま、今は休暇中だけどね。それと……ミオメルよ。名前、まだ言ってなかったわね」
「じゃあ、私とミオメルさんが出会ったのも、リアスティーデ様のお導きですねっ!」
「…………そうかもね」
ミオメルはどこか複雑な表情を見せるも、昨晩聞けなかった他愛もない話を口にする。
「そういえば昨日、マーカスとは何を話していたの?」
「マーカスさん……ですか?」
「ほらっ、介助椅子の。リオンの男よ。アミークスに来てたじゃない?」
「ああ! ジェイクさん!」
リーヤは合点がいったように何度か頷くと、思案に耽て昨晩の出来事を思い出す。
「外の空気を吸いたいと仰ったので、店の外まで介助椅子を引きました。その後しばらくして様子を見に行ったんですけど、もうお姿がなかったんですよね……」
「ふぅん。外の空気ね。ま、そういう時もあるわよね。……ん? というか、食い逃げ?」
昨晩のジェイクについて聞いたミオメルは小首を傾げる。
彼は一人では身動きが取れないはずだが、その後も誰かに介助椅子を引いてもらったのだろうか。
「いえいえ! 事前にお代はいただきました。……でも、その事をリオン様に伝えたら、行き先には心当たりがあるようでした。何でも祭儀の準備で花火師? さんに協力を仰いでいるとか……で、昨晩も花火師さんのお手伝いをしていたみたいです」
「そう、ならいいわ。あんまり詮索するのも失礼な話だったわね」
リオンに心当たりがあるというのなら、この心配は杞憂なのだろう。ミオメルはひとまず荷を運ぶことに集中した。
「ミオメルさん、ご助力ありがとうございました」
「あんたも大変ね。けど、誰かに荷物持ちくらい頼みなさいよ」
「てへへ……そうですね、考えておきます」
アミークスまで荷を運び終えた二人は、休憩を兼ねて店内でリーヤの淹れた茶を味わっていた。
喉を潤すと仄かな茶の香りと甘みが広がり、荷運びで疲弊した身体に安らぎを与える。
「美味しいわね、このお茶。ありがとう」
「いえいえ、お口に合って良かったです」
リーヤは照れ臭そうに目を伏せる。茶碗を指でなぞると、複雑な表情で心情を吐露した。
「実はこの茶葉……先日店主が誘拐に遭った茶屋から仕入れていたんです。店主さんがいない茶屋は閉まったままで、立て続けに起きてる誘拐に、私も父も怯えていて……」
リーヤが語ることは、恐らく聖都に住まう多くの人々が抱えている不安だろう。
たかが数人の誘拐だと楽観視する者も中にはいるだろうが、彼女のように身近で被害者が出れば悠長なことも言っていられない。
それを受けて──聖教騎士が返す言葉は、一つしかなかった。
「騎士様にこんなことを言うのも憚られますが……どうか街に平和を取り戻してください」
「……任せなさい。次にこのお茶を飲む時には、あんたの不安も消し飛んでるわよ」
大手を振ったミオメルは、茶碗に残った茶を勢いよく呷ると、リーヤに笑顔を向けた。
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その後。聞いてしまった以上は気になって仕方がないと、ミオメルは祭儀が行われる大聖堂広場に訪れていた。大勢の人が祭儀の設営に精を出している中、付近の男へ尋ねる。
「ねぇちょっといい? 聖教騎士よ。この辺りで花火師って人を見なかったかしら」
「ん? 花火師? ああ、あの祈術で花を作るアレか。それなら祭儀場の近くじゃないか」
「そう。どーもありがと」
しばらく聞き込みを行っていると、顔を顰めて何やら吟味している三人組を見つける。
「ちょっといい? 聖教騎士よ。花火師を見なかったかしら」
「は、花火師ですか? ええと……俺たちのことですが……」
「ようやく見つけたわ……ジェイク・マーカス、知ってるわよね? 彼は昨晩ここに来た?」
三人は怪訝な様子で顔を見合わせる。すると、一人が疑問符を浮かべて控えめに答えた。
「ジェイクさん? ……昨晩は来てないですけど……何かあったんですか?」
祈術で爆発を起こして演出する花火ですが、観客に危害が及ばないよう花火師さんたちも加減しています。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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