第三話 歌姫‐④
夜ノ刻────静寂が夜を包む、聖都の一角。黒の外套を頭まで覆い、漆黒の薔薇のような仮面を着けた人物が佇んでいる。
そしてもう一人……その者へと歩みを寄せる、影がいた。
薔薇仮面の人物は、透き通った声で来訪者へ語り掛ける。
「やぁやぁ【カラス】くん。今日も無事に依頼をこなしたようで何よりだよ」
【カラス】──そう呼ばれた男は、薔薇仮面の人物と同様に黒の外套を羽織り、漆黒の体躯と尖鋭な嘴が特徴的な鳥獣ラーベを模した仮面を身に着けていた。
彼は背負っていた麻袋をその場に置くと、左の脇腹を痛めているのか、右手で傷口を押さえる身振りをする。
「支給した外套と仮面。似合っているよ」
「【プーパ】……御託はいいでしょう。報酬を」
「ツレナイなぁ喜んでくれると思ったのに。報酬ね、報酬」
【プーパ】と呼ばれた薔薇仮面の人物は不服そうに面を膨らし、懐より取り出した一つの袋を【カラス】へ無造作に放る。
忽ち【カラス】が袋の中身を検めると、【プーパ】はわざとらしい上擦った声で、煽るように発破をかけた。
「しっかり二人分入っているよ。残りも働いてくれれば一生分だ。精を出して励んでよ」
「……約束は守ってもらいますよ」
「もちろん、約束だからね。彼にも言っておくよ」
【カラス】が報酬を確認して踵を返すと、【プーパ】は揶揄うように呟く。
「近頃、聖教騎士の守りも固くなってきているね。大丈夫そうかな?」
「………………」
「ま、助けが欲しい時は言ってよ。気が向いたら支援してあげるからさ。じゃあね〜っ」
手を振る【プーパ】に【カラス】は振り返らず、左脇腹を押さえたまま、覚束ない足取りで再び夜の街へと消えていった。そしてひとり──【プーパ】は口角を上げる。
「さぁ残り三人だ。最後まで頼んだよ【カラス】くん。……もうすぐ満月だ」
刻限の日は──既に寸前まで、近付いていた。
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翌朝。ウルハとミオメルは、昨晩耳に挟んだ誘拐の件でアルメインのもとを訪れていた。
自室には不在だった彼を探し回っていると、騎士団本部内の礼拝堂でその姿を発見する。
「ほんと信心深いわね〜」
「ミ、ミオちゃん、祈祷中だよ……」
アルメインは主神リアスティーデ像の前にて片膝をつき祈りを捧げていた。
息を呑むような空気で染まる中──しばらくすると彼は立ち上がり、二人の方へ振り向いた。
「ウルハにミオメルか。おはよう、何か用だったかい?」
「ええ、おはよう。早速だけどあんた、街で噂の誘拐騒ぎって知ってる?」
単刀直入にミオメルが聞くと、アルメインは表情を硬くする。
どうも朝から耳に入れたくない話題だったのか、落胆した様子で話す。
「ああ……。ここ最近頻発している件だな。まだ咎人の捕縛はできていないみたいだ」
「ふぅん……性別や顔はまだ掴めてないわけ?」
「男性のようだが……中肉中背に黒外套を纏い、鳥獣ラーベの仮面を着けているらしい」
アルメインが礼拝堂に設置されている掲示板を指すと──手配書一覧の中に夜の暗闇を模した外套に身を包み、漆黒の仮面を着けた人物の姿絵が貼り出されていた。
「誘拐が続いているが、捕縛も時間の問題だろう。二人は気にせず休暇を楽しんでくれ」
自身も休暇中のはずだろうと言いたげなミオメルとウルハだったが、彼の様子からその余裕がないことを察せられる。
立場というものは、つくづく人を縛り付けるのだった。
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アルメインは人を待っていると言って礼拝堂に残り、二人は本部内を歩いていた。
彼は騒動の件に関して包囲網が整いつつあると話していたが、ミオメルは既に四人もの誘拐を咎人に許している事実から、騎士団に対して怒りを覚える。
「ったく……聖都守護隊は何してんのよ。秩序維持とか言ってサボってんじゃないの?」
「ミ、ミオちゃん……もう少し小声で……」
「馬鹿ねウルハ、こういうのは聞こえないと意味がないのよ!」
肩で息をするように笑うミオメル。すると彼女の前に、一人の聖教騎士が立ち現れた。
「おい……聖都守護隊が、どうかしたか」
「ひ、ひぃっ! ご、ごめんなさいごめんなさいっ!」
清澄な声の主は聖都守護隊所属──マグエル隊のケイだった。
彼の身分を知るウルハが仰天して必死な様相で頭を下げるも、碌に彼を知らないミオメルは強気な態度で応じる。
「誰よあんた、まさか聖都守護隊? こんな所で油売ってないで咎人捕まえてきなさいよ」
「フッ、君たちが心配するようなことは何もない。既に殿下協力のもと、アタリをつけている。金魚の糞こそ、少しでも殿下の役に立てるよう鍛練をしておけよ」
売り言葉に買い言葉であったが、ケイは所用があるのか意趣返しをして去っていく。
「なによあいつ……下っ端のくせに偉そうに! それに金魚の糞って……ああムカついてきた!」
「あわ……あわわわ……」
ミオメルがケイに無礼を働いたこと……そしてその横に自身が立っていたことに、ウルハは卒倒してしまうのだった。
その晩。二人は堅い団服ではなく、垢抜けた私服姿に身を包み──静けさが支配する夕暮れ時の聖都を歩いて、リオンが祭儀の日まで歌唱を披露する酒場のアミークスを訪れていた。
立派な石造りの建物に蝋燭の灯りが小さく揺れ動き、店内へ温かな雰囲気を運んでいる。
給仕の案内を受け、長机の席に腰を据えた二人。
料理の注文を済ませて談笑していると、奥から優雅な衣装に身を包んだ歌姫が姿を見せ、気品溢れる立ち居振舞いで舞台へと上がっていく。
「あ、ミオちゃん! リオンちゃんが来たよ!」
「今日も華やかな衣装ね……よく似合ってるわ」
二人は期待と緊張を胸にリオンへ手を振ると、彼女も僅かに笑みを零して振り返す。
酒場の舞台袖には、恋人であるジェイクの姿も見えていた。
「皆様、こんばんは。リオン・エイプルです。皆様の晩酌に彩りを与えられるよう歌わせていただきます。どうぞごゆるりと、歌を背景に食事と談笑をお楽しみください」
拍手で迎えられたリオンは一礼をして歌い始める。
奏でるは──陽気な小鳥の囀り。彼女の歌声が酒場を満たすと、初めからそこにあったかのように空間に馴染んでいく。
その旋律は心をそっと包むように響き渡り、二人は他の客と同様に……それでいて少し異なる気持ちで耳を傾けて食事を楽しんだ。
「本日の歌唱は以上になります。ご清聴いただきありがとうございました。リオン・エイプルでした」
歌唱が終わると、リオンは盛大な拍手をその身に浴びる。歌姫の声を初めて聴いた人は涙し、また彼女の歌に魅了される。そんな人たちに支えられて彼女が舞台に、そして祭儀の場に立つのだと、二人は改めて実感した。
「……やっぱり凄いわね」
「うん……! 昨日とはまた違った、愉しい感じの歌だったね!」
同様に、感嘆の拍手をリオンへと送る。彼女は鳴り止まぬ称賛の海の中……舞台から多方へ手を振りながら、また頭を下げながら奥へと去っていった。
そんな彼女を目で追っていたミオメルが、ふと、あることに気が付く。
「ん……? マーカスがいないわね。ったく、ちゃんと最後まで聴いたのかしら」
「ジェイクさんなら、歌の途中で給仕さんと一緒に奥に行ってたよ。何かあったのかな?」
「ふぅん……。ま、いいわ。席も用意してくれたことだし、店主にも後で挨拶しに行きましょ」
「うんっ!」
程なくして給仕に声を掛けた二人は、案内を受けて厨房の店主と挨拶を交していた。
彼女たちの傍らには、控室で休憩をしていたリオンの姿も見えている。
「ミオメル・イルファンよ。この度は心遣いどうもありがとう」
「ウルハ・フールデイです。わざわざ席まで設けてくださり、ありがとうございました」
「二人ともどうも。アミークスの店主カイ・スイラです。祭儀まで席は空けておくから、いつでも来なさい。……そうそう、食事は口に合いましたか?」
店主のカイは白髪混じりの黒髪をした、中背にやや細身体型の中年男性。風格の溢れる洗練された所作を前に、二人が受けた第一印象は折り目正しい初老紳士だった。
忽ち安心した様子のウルハが、快く料理の感想を口にする。
「はいっ! とっても美味しかったです……! どれも故郷では馴染のない新鮮な味わいで、料理の世界が広がっていくのを感じました……!」
「それは良かった。ここには様々なお客さんが通ってくれてね。郷土の味を事細かに教えてくれる人も多く、色んな意見を参考に料理を創作しているんですよ。っと、いてて……」
「ちょっと、大丈夫!?」「て、店主さんっ!」「カイさん!?」
突然カイがその場に倒れ込み、左脇腹を両手で抑えて蹲る。血相を変える三人だったが、彼は手を挙げてそれを制する。暫しの後に立ち上がると、後頭部に手を当てながら、恥じらうように語った。
「大丈夫大丈夫、恥ずかしい話でね。厨房の整理をしている際にぶつけてしまいまして。たまに痛みが走りますが、気にならさないでください。ええっと……料理の話でしたね」
三人は顔を見合わせるが……そういうことならばと、リオンが話を続けた。
「……わたしも初めは客としてこの酒場に来たのよ。そしたらびっくり。たくさんの料理の中に知った味もあって、感傷に浸っちゃって。カイさんにここで歌わせてってお願いしたの」
「失礼な話をしますとね、私も歌姫リオンの顔までは知らなかったんですよ。しかし給仕をやっている娘がリオンさんの姿を見て大喜びしてしまいましてね。願ってもない話で、私としても大助かりでした。……ああ、丁度良かった。リーヤ、ちょっと来なさい」
カイが厨房へ入ってきた給仕の少女を呼ぶと、彼女は機敏な動きでこちらへやってくる。やや小柄な体型に、蜜柑色の髪を肩口まで伸ばした可憐な少女だった。
「は、はいっ……!」
「娘のリーヤです。酒場では給仕をやらせているので、何かあれば娘に言ってください」
「リオン様っ! さ、先ほどの歌唱、大変素晴らしかったです……! リオン様もご友人の皆さんも、是非お申し付けください!」
「まさかの様付け……?」
鼻白むミオメルが顔を引き攣らせるが、今や聖都での歌姫人気は絶頂。
彼女はリオンの応援団にも所属していたが、そのことをカイが知ったのは最近になってからだった。
「リーヤ、ありがとう。戻っていいですよ。皆さんも今日はお疲れでしょう。お二方は明日もよければ来てください。それからリオンさん、明日もよろしくお願いします」
店主の優しい気遣いに表情を綻ばせると、三人は感謝を口にして酒場を後にするのだった。
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星明かりに照らされた、闇が静かに息づく夜。
リオンがプリムス通りにある宿へ戻ると、同室の恋人は留守にしていた。
部屋には置き手紙が残されており、彼女はそれを拾い上げる。
『すみません、祭儀の準備のため今晩は宿を留守にします。
ジェイク』
話によると、彼は最近知り合った花火師という祈術で空へ花を咲かせる職人に祭儀の手伝いをお願いしているという。
心做しか寂しい気持ちになるが、彼は自身のために尽くしてくれている。
その気持ちがあれば一層頑張れると、リオンは想いを胸に秘め床に就いた。
そして、翌朝────。ミオメルとウルハは、新たに誘拐の犠牲者が増えたことを、知るのだった。
余談ですが、アミークスで二人が案内を受けた給仕はリーヤちゃんです。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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