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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第三話 歌姫‐③

今夜は二話投稿をしています。前話の〔歌姫‐②〕をご覧のあと、お楽しみください。

 至福のひと時を味わい、餐館アロを後にした一行。別れを告げ、それぞれが兵舎へ戻る中──ミオメル、ウルハ、リオンの三人はプリムス通りにある庭園で旧交を温めていた。


「リ、リオンちゃん、改めて今日はありがとう! すっごく良かったよ……!」


「嬉しいわ。こちらこそありがとう、ウルハさん」


 ウルハがリオンの右手を握り賛辞を贈る。彼女は感動したと言わんばかりに握った手を上下に振るが、それには再会の嬉しさも滲んでいた。


「あんたの歌久しぶりだったけど……その、また上手くなったわね」 


「ミオメルさん……ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」


 バツが悪そうに目を逸らしながら話すが、ミオメルの本心からの言葉だった。

 けれど──彼女が第一声に伝えたかった言葉とは、異なっていた。


「世辞じゃないわよ! ……はぁ。その……悪かったわね。あんたが村を出る時……色々言っちゃって。……ごめんなさい」


 謝罪の言葉にリオンは僅かに目を見開いたが、すぐに花のような笑顔を咲かせる。

 そして左手を伸ばし──ミオメルの手を包み込むようにそっと握った。


「……いいえ、わたしの方こそごめんなさい。もっと、あなたたちに話しておくべきだった」


「リオン…………」「リオンちゃん…………」


「ねぇ、覚えてる? 昔……里に巡礼に来た司祭や騎士と一緒にいた、声楽家のこと」


 ミオメルがウルハに視線を送るも、彼女は首を横に振った。溜息を吐いてリオンは続ける。


「当然ね……。その人は声楽家なのに、歌えなくなってしまってたもの。でも私は偶然、彼女と話す機会があったの」


 神妙な面持ちをするリオン。彼女の表情は、どこか悲しげに映っていた。


「普段は声が出るのに、いざ儀礼になると声が喉を通らない……彼女はそう言ったわ。歌うことができない自分に苦悩してた。騎士や司祭、助祭、旅に同行する人々は彼女を必死に励ました。だけど結局、彼女が再び歌うことはなかったわ」


「なっ、治らなかったの?」


 ウルハが躊躇(ためら)い気味に問うと、首を横に振る。そして(なげ)くように笑って答えた。


「彼女は生に失望し……毒花(どくばな)アリオンを口にして最後を迎えたの。彼女が訪れた、次の巡礼でそう聞いたわ」


 鮮やかな白と桃の混色に花弁を咲かす毒花アリオン。幾重にも重なる花弁が集う、独特な揮発性(きはつせい)の強い香りを発して球体状で成るそれは、猛毒を持つ死香花(しかばな)として知られている。


「そっ、そんな……どうして……」


「……わたしは彼女の代わりに歌を届けたい。いつからかそう思うようになってた。でも、旅に出ると言ったらあなたたちが止めることもわかってたから……。それならと……」


 哀しみを滲ませた薄笑で語るリオン。懐かしい思い出も、決意の覚悟も。多くが詰まったこの胸は、決して忘れていない。


「そう。そうだったの。あんたの歌、きっと彼女にも届いてるわよ」 


「ありがとう。そうだったらわたしも嬉しい。今はもう……彼女のためだけじゃない。わたし自身も、わたしの歌を多くの人に届けたいから」


 言えずにいた言葉は、いつしか幻想ではなくなった。

 彼女は歌姫として名を()せ、遺志を継ぎ、歌を紡いでいる。

 紛れもない────声楽家として。


「あー……で? 今はジェイク・マーカス? って人と旅してるって言ってたけど……」


 ミオメルは片目を細めて伺うように一瞥すると、わざとらしくリオンへ問い掛ける。 


「そうね。ジェイクさんとは、今日の歌い始めにも言った……途方に暮れて訪れた村で出逢ったの。彼は最初、わたしを(うと)ましく見てた……そう思うわ」


 リオンを迎える村の人々の中で、彼は一人だけこの世の総てを呪っているかのような形相を剥き出していた。直接目を合わせずとも、そんな負の感情を肌で感じた。


「村の人に聞くとね、彼も外から来た人だったの。多くを語らず居場所を求めてたようだから、空き家を貸したそうよ」


 ジェイクは暖かく村に迎え入れられたが、身体の事情や気難しい性格から上手く馴染めずにいた。

 だが礼儀正しい彼に人柄に、村の人々は深く干渉せず見守る形を選んだという。


「そんな中……わたしがその村で初めて祭儀で歌った時にね、涙を流してくれたの。いいえ、わたしの歌で涙を流す人は初めてじゃなかった。けれど、彼の境遇が、彼という人間が涙を流してくれたことが、嬉しかった。ああ……わたしの歌でも、人を救えるんだって」


「そうだったんだね……それからジェイクさんと旅に出たの?」


 二人から向けられた熱視線に、リオンは気恥ずかしさからか頬を赤く染めながら続ける。


「ええ。祭儀が終わった後に彼から話しかけてくれて……口説かれちゃったの。けど彼の真っ直ぐな言葉を受けて、わたしも頑張ろうって思えた」


「口説っ!? す、素敵……! どんな言葉を貰ったの⁉」


「恥ずかしいから内緒よ、ふふっ。……旅に出ると伝えると、彼は自分も同行するの一点張り。身体のことも考えると心配だったけど、わたしも彼と旅することを選んだわ」


 ウルハが恋話に目を輝かせていると、話を逸らすようにリオンが話題を変える。


「それよりも……二人が殿下と同じ隊に配属されている方が驚いたわ。特に、ミオメルさん。ふふっ、あなたはどんな魔法を使ったのかしら」


「実力よ。じ、つ、りょ、く!」


「そう、立派になったのね。あなたのことだから、てっきり殿下に反発ばかりするものだと思ってたわ」


「ぎくっ……」


 図星を突かれたミオメルが渋面を作ると、ウルハは苦笑いを添えて擁護する。


「あはは……確かにアルくんと口論する時もあるけど、ミオちゃんは優秀な騎士なんだよ」


「なによ。ウルハも頑張ってるじゃない」


「えへへ……。私が頑張れるのはミオちゃんのお陰だよ〜」


 二人の姿を見てリオンは微笑む。同郷の彼女たちが成長する姿は自分のことのように嬉しく、また自身の励みとなる。今流れている時間を、三人はどこか懐かしく感じていた。


「今日はほんとに会えて良かった! 今度の大聖堂広場での祭儀も聴きに行くねっ!」


「あら嬉しいわ。今回の祭儀に向けて私も新しい歌を考えてきてるの。是非楽しみにしててね。あっ、そうそう……」


 楽しげな表情を見せるリオンは、思い出したように鞄の中を探る。

 忽ち折りたたまれた一枚の紙を取り出すと、二人へ手渡した。


「わたし、祭儀の日までここの酒場で歌うことになったの。良かったら二人で聴きに来てくれると嬉しいわ。二人分だけなら、席も店主のカイさんにお願いして空けておくから」


 差し出された紙は、とある酒場の広告紙。招待声楽家としてリオンが歌う時間が記されていた。

 だが二人が何よりも驚いたのは、祭儀の日まで毎晩歌う日程になっていたことだった。


「えっ!? すっ、凄いねリオンちゃん! でも……」 


「こんな過密日程で身体は大丈夫なわけ? 一番大事なのは祭儀でしょ?」


「ふふっ。心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。身体が辛くなったら、カイさんに言って休ませてもらうわ」


 思わず顔を見合わせる、ウルハとミオメル。

 気掛かりな様子で憂慮する二人だったが、彼女が歌う時間に酒場へと通うことにしたのだった。


──────────────────────────


「ミオちゃん、リオンちゃんまた上手になってたね!」


「そうねぇ…………」


「ミオちゃんも……再会できて良かった?」


「まっ、元気そうで良かったわね」


「……どうかしたの?」


「なんでもないわ。団服の裾が汚れてきたな〜って」


 どこか上の空でそう返す彼女の裾を見遣(みや)るが、特段汚れた様子はなく綺麗なものが目に映る。

 首を傾げるウルハだったが、深くは追求しなかった。



 ミオメルが適当に相槌を打つ会話を繰り返す帰り道。すっかり辺りは暗くなり、人の往来が減ってきていた。静まり返る中──周囲から街での噂話が耳に入ってくる。


「また人攫(ひとさら)いが出たんだって!? 騎士団は何をしているんだ……!」


「ええそうなのよ……今度はあそこの角の茶屋の店主が攫われたそうだよ」


「最近だけでも四人は攫われているな……そろそろ私たちも家に戻ったほうが良さそうだ」


 不安に駆られていた様子の三人は、解散すると各々何かを呟きながら帰路についた。

 団服を身に纏っているミオメルとウルハが声のした方向を向くと、先ほど騎士団への非難を口にしていた男と目が合う。一瞬の静止を経て、男は気まずさからか、踵を返して走り去っていく。


 不意に物騒(ぶっそう)な話題を耳にした二人は、思わず顔を見合わせた。


「ミ、ミオちゃん。今の聞いた?」


「ええ。まさか聖都で誘拐(ゆうかい)が横行してるなんて……。明日、アルメインに確認してみましょ」


「うんっ…………」


 旧友との再会を果たした二人は、偶然耳にした誘拐の騒動に奔走(ほんそう)することになる。

 それは(けな)された騎士の名折れからか、正義感からか、定かではない。


 上の空だったミオメルがいつの間にか元に戻っていたが……ウルハは追求しなかった。


リオンは凛とした女性で、三人の中でも一番大人びていた振る舞いをしています。


次回の更新も明日の21時を予定しています。

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