第三話 歌姫‐①
今日からは第三話になります。
『今生で償いきれない咎を遺した者は何処へ行くのか。
教えに背き、神を欺き、己を偽り得た物は如何なる代物か。
贖いと称して愚行を重ねる者を救う術は何か。
在るとすれば、神のお告げを守り、教えに従うこと。
人として歩み、考え、また歩む。
多岐に渡る道を、教理を遵守し歩まれよ。
預言者マーレ 懺悔の記』
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宿命とは何だろうか。運命とは何だろうか。
生命を授かるその前に、人の道は決まっているのだろうか。
定まっているのだとすれば、運命への抵抗は不可能なのだろうか。
この世に必然があったとして、それが悲劇を呼ぶものならば。
必然に抗ってみせたい。運命を変えてみせたい。
でも……この想いさえ必然ならば。運命を変えることすらも必然ならば。
そんなものは、偶然の産物でしかないと誰かは言った。
空を駆ける鳥獣ラーベ。
短命種であるラーベは、その一生を瞬く間に終えてしまう。
そんなラーベのオスが、本来餌である長命種の海獣ピスキスのメスと恋をした。
愛に目覚めたラーベのオスは、博愛の心を抱き、命を奪うことを辞めた。
結果、短命な寿命を更に縮めてしまい、生き長らえることなくこの世を去った。
そして番を喪ったピスキスのメスも、悲しみの果てに自ら死を選んでしまう。
この悲劇を、必然だとは認めたくなかった。
たとえ──恋に落ちた瞬間から、定まっていた運命だとしても。
朝。窓から差し込む陽射しが、部屋に目覚めの報せを運ぶ。
一昨日に特務から帰還して、今日も兵舎で朝を迎えた。
あたしは一人部屋だから……この陽射しが同居人代わりかな。
朝の支度を済ませるために、さっと起き上がる。
少し……肌寒さを感じる早朝だった。
「……眠い」
寝覚めを活性させるために浴室へ足を運ぶ。
桶を手に、貯水用の水瓶から冷水を一杯掬うと、両手で顔にかける。
やがて鏡に映る眠たげな自分を見て、思わず笑みを零した。
聖教騎士になると決めた日は、決して笑うことなど許さず、執念だけを心に宿していたっけな。
あの日。ウルハから総てを奪った日に。教理なんてものは正義の皮を被った偽善でしかないと気付いた。
それまで主神リアスティーデへの祈りを欠かしたことは一日もなかった。祈って、授かって、学んで、働いて、また祈った。
けど、そんなものは都合良くできた偶像に過ぎなかった。主神リアスティーデとか、預言者マーレとか、聖教とか以前に、人は自分の足で立って生きていかなきゃいけない。
人が人であるために、正しいと思う考えを正しいと判断して、行動できなければならない。
その上で祈って、その上で学ぶ。信仰の存在が人の枷になってはならないと、そう気付いた。
ただ。頭でっかちなあたしは、これまで悪即斬の三文字で動いてきたけど……アルメインを前に、正義の在り方を一つ学んだ。
自分の中で変わりつつある、正邪の考え方やこれからの生き方。
そんな想いを胸中に秘めて、束の間の休息を過ごすことになった。
その日は快晴。雲一つない、空に青が澄み渡る日だった。
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「えへへ〜、朝早くにごめんね」
「ふあぁ〜ほんとよもう……朝からどうしたのよ」
早朝──ウルハがミオメルを呼び出し、二人は騎士団本部の中庭にいた。
これまで遠征に追われ利用する機会が訪れずにいたが、一度足を運んでみたいとウルハは思っていた。
聖教騎士の憩いの場として有名な中庭。鮮やかな多種類の草花や、見る者を和ませる噴水に希少な水生生物が棲まう園池、それらを眺め心を落ち着かせる東屋など様々な場所が設けられている。
そんな心安らぐ空間で、二人は東屋に腰を下ろして話を続けた。
「じ、実はね……」
「実は?」
「ミオちゃんっ! これみてっ! リオンちゃんが聖都に来てるんだって……!」
興奮した様子のウルハが、一枚の広告紙をミオメルへ見せる。
そこには『麗しき稀代の歌姫リオン、コンコルディア大聖堂広場にて祭儀が決定!』と記載されていた。
ミオメルは広告紙を見るや否や──ウルハとは対照的に、眉を顰めた渋面を作る。
「げっ……あの女、とうとう聖都まで来たのね……」
「もうミオちゃん! そんな言い方ないでしょ!」
広告紙に記載されている歌姫リオンは巷で話題の声楽家で、聴く人に多幸を齎すと専ら評判だ
。
自身の独唱曲を世界に届ける旅をしている彼女だが、主神リアスティーデに歌を捧げる祭儀では、多くの参列者を惹きつけ、深甚な感動を届けている。
その彼女──歌姫リオンとミオメル、ウルハの二人は幼馴染みの関係にあった。
ミオメルは彼女を毛嫌いしている様子を見せているが、本人も腐れ縁だと自認している。
もっとも、彼女がリオンを忌避する理由には、ある事が起因した結果だった。
「で? ウルハはこれ、見に行きたいわけ?」
「そうだけど……ミオちゃんも一緒に行こうよ! リオンちゃんが旅に出てから何年も経つでしょ? 久しぶりに会いたいな〜」
「はいはーい考えときまーす。はぁ……街が騒々しかったのはこれね」
「……そんなに避けることないのに。きっとリオンちゃんも会いたがってるよ!」
「どーだかね」
ミオメルの興味を示さない態度にウルハは不貞腐れる。
一人で行くことは容易い。けれど、彼女にとってそれでは意味をなさなかった。
「や、やぁ、二人とも。何を話していたんだい?」
「あっ、アルくん……っ!」
何やら面持ちを暗くして本部内を彷徨っていたアルメインとチルメリアが、二人に気付いて近づいてくる。
アルメインがウルハの持っていた広告紙に目を落とすと、初めて耳にした歌姫リオンの名に、なぜか感慨深げに頷いていた。
「なになに……へぇ……歌姫リオンか、きっと素敵な歌声なんだろうな」
「ええっと……アルくん……歌姫リオンを知らないの?」
ウルハが珍しく怪訝な表情を見せる。世間知らずと言えども、歌姫リオンを知らないという人は稀と言えた。それほどまでに彼女は世界に名を馳せ、人々を魅了していた。
「あ、ああ……すまない、流行りものには少し疎いんだ」
「……少し?」
横で話を聞いていたチルメリアが、薄目で追及を口にする。
「………………かなり?」
二人から詰め寄られたアルメインは、あまり体験したことのない冷汗を流すのだった。
その後──隊長の無知に火が付いたウルハが、饒舌にリオンの身の上話を熱弁していた。
主神リアスティーデに歌を捧げ、人々の心に癒しを齎す旅を続ける彼女に、アルメインは自身の非礼を詫びる。
「敬虔……いや、慈愛に満ちているんだな、彼女は。僕は失礼を働いたよ」
「実はリオンちゃんと私、それからミオちゃんは幼馴染みなの。リオンちゃん、小さい頃からとても歌が上手で……里の人はいつもその歌声に癒されてた」
ねっミオちゃん、と視線を送ると、渋々ながらミオメルも同意する。
「まぁそうね。昔から歌が上手くて人に取り入るのが得意だったわ。あたしたちともすぐ仲良くなって……毎日のように一緒だった。けど、裏切った。ある日、変に理屈をこねて里を出ていったのよ。あたしはただ……」
リオンとの確執からか、ウルハのような、嬉々とした表情は見せていない。
本人は村を出ていった彼女を許せないと話すが……あの時の後悔を抱えていたのは、ミオメルの方だった。
「む……ミオメルは意固地な人間」
うっさいわね! とミオメルが声を張り上げて一同が笑う中、ウルハは表情を曇らせる。
親しかっただけに、今の二人を気にしていた。三人で遊んだ日々は宝物のように大切で、今でも自身を紡いでいる。
けれどあの日を境に、どこか埃を被ったように触れなくなってしまった。
ウルハもまた──埃を払い、大切な宝物である思い出を抱き寄せたかった。
「よしっ! せっかく特務隊も休暇を貰ったことだ。歌姫の歌、みんなで聴きに行かないかい?」
陰りを帯びたウルハの表情を見たからか、アルメインが提案を口にする。
無論心境などつゆ知らずだったが──ウルハにとっては、彼が切り出してくれたことが嬉しかった。
「アルに流行を知ってもらういい機会」
「うんっ! すっごく良い提案! ね、ミオちゃんっ!」
「はぁ……はいはい、わかりましたわかりました。あたしも行くわよ……」
ミオメルがすんなり承諾すると拍子抜けになる三人だったが、彼女にも思うところがあるのだろうと感じ取る。
「祭儀の日程はちょうど一週間後の夕刻か。リサーナとカイナ、それからマリーには僕から声を掛けておくよ」
「そう、よろしく。……ところであんたたち、さっきは何で辛気臭い顔をしてたわけ?」
「あ、ああ。それはまぁ……あはは……」
「ふんっ」
どうやらアルメインとチルメリアの間で何かあったようだが、はぐらかされてしまう。
斯くて────祭儀の日は、聖都の人々にとって忘れられぬ夜になるのだった。
第一話、第二話に随時ルビを追加していきます。
改稿にはなりますが、物語に変化はございませんのでご安心ください。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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