第零話 プロローグ
五つの国と一つの統制機関からなる世界、レムナシア。
かつて、殺戮の愉悦が支配していた世界に、預言者マーレが繁栄と平和を齎した。
そして彼は、主神リアスティーデの御使いである神鳥アレウーラを肩に乗せ、こう言った。
「愚かな人よ、考える葦となれ」
これは──────預言者マーレが遺した啓典……そこに記された、預言の勇者の物語。
『始原の大地は地母神によって生まれた。眩い光が覆う其処は、豊穣の地。
時空は廻り、豊穣の地は焔魔人に拠ってその総てが紅蓮で灼き尽くされる。
滅びゆく星に、蒼き水龍が創世の水源となって生命が芽吹く。
軈て再星と共に咲いた一節の春風が、新たな根源であるエナを星に授けた。
此処にあるは奇跡の果実。此処に沿うは慈しみの庇護。
星の神たる天主より授かりし言の葉を護り、従うが定めとなった。
始原の記 預言者マーレ』
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母様、どうすれば神鳥アレウーラのようになれますか。
焦がれる少年は母に問いました。
美しい羽に、大空を駆ける姿に、世界を照らす真紅の光に。
母は少年に答えました。
あなたの信じた道を歩めば、きっとなれますよ。その背中で、民を導いてくださいね。
勇者は想う。人を守り未来を拓くことが自身の役目だと。
王子は背負う。人を導き今を築く責務を。それは決して己の枷になるものではない。己を紡ぐ糧となるものなのだと──────。
新聖暦8年──卯の月・火の第一曜日。
優しい桃色をしたケラサスの花弁が風と踊る季節。
人々は新たな想いを胸に、今日も歩みを進めていた。
五つの国が交わる世界の中心。
聖都ニルヴァーナの商業区では、レムナシア随一の規模を誇る交易が日々行われている。
世界で流通する「聖貨」呼ばれる硬貨に、通貨単位の「ユーノ」。
それらを用いて行われる国境を越えた商いに、日が沈めど聖都から灯りが消えることはない。
人々はまるで永遠の安息が訪れたかのように、穏やかな日常を謳歌していた。
そんな商業区でも一際目を引く光景がある。
曲芸のように踊る火の玉や、悪戯のように吹く突風。
建物の解体に走る稲妻や、戯れる幼子の手から生み出された水に、濡れ鼠となる親。
皆一様に自然の力を巧みに操り、華やかな日常を演出していた。
祈術文明──────。
この世界の生物は、エナと呼ばれる生命の源を大地から吸収して生きている。
人間は「聖櫃」と呼ばれる器官に、他生命は心臓に、エナを宿している。
預言者マーレの時代より、人々はそのエナを消費して祈術を発現させ、文明を築き上げてきた。
祈術は体系的に炎楼、氷海、地天、風迅、雷降、光輝の六祈術に分類され、上階、中階、下階の階級が存在する。
主神リアスティーデより授かった祈術は、レムナシアの生活、産業、文化、秩序など人の営みの中核を担っていた。
春風に乗るように商業区の通りを抜けると、景色は一変する。
そこに映る光景は、神聖で静謐な空間で演出された、祈政区。
中でも圧倒的な存在感を放つのは、祈政区のその中央──マーレ聖教会の本殿、コンコルディア大聖堂である。
耳を澄ませば、微かに聴こえてくる聖歌隊の優雅な歌声。
忽ちその美しい旋律に導かれ、思わず足を踏み入れた者は、祈政区の荘厳さに息を呑むことだろう。
大聖堂の背後には、天を衝いて屹立する預言の塔。
そしてレムナシアの秩序を築くマーレ聖教会騎士団の本部に、未来の騎士を育むマーレ聖教会騎士学院。
穏やかな陽光が輝く今日という日に、その騎士団本部では入団式典が行われていた。
それは新たな騎士の誕生を告げる──厳かで特別な一日の、始まりだった。
はじめまして、常若と申します。
この度は拙作をご覧いただきありがとうございます。
今回が初投稿となります。粗い箇所も多いかと思いますが、物語を楽しんでいただけますと幸いです。
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この作品は長編構成で毎日21時ごろの投稿を予定しておりますので、お付き合いいただけると嬉しいです。
また、本日は続けて第一話を投稿しておりますので、是非ご覧ください。