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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第二話 魔獣‐⑩

 コンコルディア大聖堂礼拝堂付近にて、アルメインとカイザックの二人が静寂な大廊下を歩いていると、彼らのよく知る人物が視界に映る。


 月明りに照らされた彼女の長い金色の髪は、神々しく輝きを放ち──その中で光る瞳は(さなが)ら宝石のように煌めいていた。


「ん? あれは……。やぁ、オリヴィア。君も来ていたのかい?」「聖女…………」


「あら……アルメイン様。それから……ヴァルトシュタイン様、ごきげんよう」


 オリヴィア・ウィンスレット。高雅(こうが)な美貌を持った彼女は世界で唯一、外傷を瞬時に完治させる奇跡の聖薬──聖水を創ることができる聖女。

 助祭として各地を巡礼していた際に、純度の高いエナを含んだ水と、自身の祈術の親和性を感得(かんとく)して聖水を生み出したという。

 

 その特異な力と美しさから、レムナシアに住まう多くの人々に慕われていた。


「うふふっ、御入団おめでとうございます、アルメイン様。近頃はお会いしていませんでしたが……お噂は兼ね兼ね、私の耳にも届いておりました」


「ありがとう。オリヴィアも元気そうで何よりだよ」


「元気……ですか? うふふっ、そうですね、元気です。今宵の夜空はとても美しくて、どこか吸い込まれてしまいそうで……私、うっとりしておりました。そうだ……よろしければお二人も一緒に清浄の間にいらしてください。綺麗な星を眺めながら……」


 耽美(たんび)に頬を紅潮させた聖女の話を切るように、咳払いをしたカイザックが耳打ちをする。


「申し訳ございません、殿下。私は彼女に話がございますので、殿下はお先に礼拝堂二階の露台へお急ぎください。……教皇聖下が待っておいでです」


「あ、ああ……すまないオリヴィア! 今は急いでるんだ……また今度、一緒に星を見よう」


 忽ちアルメインは申し訳なさそうにオリヴィアに手を振ると、駆け足でその場を後にした。


「あら? あらあら? 殿下、どちらに行かれるのですか?」


「コホン……聖女オリヴィア。少しよろしいか」


 そう。彼女の天然な人柄もまた、人々から慕われている理由のひとつだった。


──────────────────────────



 その後。アルメインが礼拝堂二階の露台へ足を運ぶと──老紳士と呼ぶには(いささ)か若く映る、気品に溢れた粋な男が佇んでいた。


 太陽を象る神鳥、その刺繍が金糸で施された白の祭服に身を包み、教皇冠を着用した彼は──マーレ聖教会教皇()()()()()()()()()()()()()()その人だった。


「来たか。……まずは入団おめでとう、アルメイン殿下。久しくなるが、調子はどうかね」


「ありがとうございます、聖下。ご覧の通り頑丈が取り柄ですから。……聖下もご壮健で」


「はははっ、寄る年波には勝てん。身体が(たま)に言うことを効かなくてな、困ったものだ」


 気さくな様子を見せる教皇。冗談を混じえて誤魔化しているが、その眼は据わっていた。


「ノエラス枢機卿は……今晩はお見えにはならないのですか」


「彼女は休暇を貰うと言ってここ数日留守にしていてな。まったく……殿下の晴れ舞台だというのに彼女の奔放さときたら、もう少し厳しく接しねばならんな」


「そうでしたか……ノエラス枢機卿へはまたご挨拶に伺います。他のお二方も同様で?」


「うむ……。彼らは聖都を離れていてな。ノエラス同様に今日は席を外している」


 教皇は清酒を一つ口に含むと、露台から見える聖都に目を向けた。


「……しかし感慨深いものだ。つい七年も前には魔皇だの何だのと騒いでいたのが幻だったように思うな。これも君が……君たち預言の勇者が導いた結果だな」


「僕も、人々が平穏に過ごしている姿に力を貰っています。世界を……民を護らねばと」


 どこまでも善に照らされたアルメインの言葉に、教皇は月へとグラスを掲げた。


「ふはははっ、ファビュラス! 立派なものだな……。聞いたぞ? 聖騎士を目指すそうじゃないか!」


「せ、聖下も聞いていらしたのですかっ!?」


 大衆に紛れて宣誓を聞いていたという。教皇の性格からして、この人らしいとも言えた。


「まあな。緊張しなくて済んだろう? しかし君ならば本当に聖騎士になれる……そう信じているぞ、私は。それが主の導きだと、な。……ディーリア」


 教皇は主賓の肩を叩くと、祈りを捧げて清酒を(あお)る。


 些か敬虔さに欠ける祈祷だったが……そんな彼に続いてアルメインもまた、静かに祈りを捧げた。


「ひとつ……尋ねてもよろしいですか」


「よい。何でも申してみよ」


「……僕を、特務隊長に任命した理由を聞かせてください」


「なんだ、そんなことか? それはだな……ただの気まぐれだ、ふははっ!」


「なっ……き、気まぐれ、ですか……」

 

 高笑いする教皇とは対照的に、虚を突かれるアルメイン。


 拍子抜けする返答に彼が溜息を吐いていると、教皇が補足を添える。


「だが……君は特別な存在であり、そこに相応しい席を用意したつもりだ」


「聖下…………」


「励みたまえ、若者よ。王として名を馳せ、聖騎士となる時──君は真の勇者になるだろう」


「……はい。御言葉、頂戴しました」


「うむ。それはそうと……どうよ。一杯やってくか?」


 笑顔で酒に誘う教皇の姿はとても聖職者……それも聖教の長には見えなかった。


 けれど……アルメインが(ひそ)かに彼を慕うのも、その人柄の良さに惹かれたが故だった。



──────────────────────────



 祝宴会も終わりを迎える頃。ようやく肩の力が抜けたアルメインは、チルメリア、ウルハ、ミオメル、マリベルの四人との合流を果たしていた。

 

「あっ、アルくん!」


「アル。お疲れ様」


「お疲れ様でございます、殿下っ!」

 

 こちらへ振り向く女性たちに、思わず見惚れてしまうアルメイン。


 それぞれの個性を映すドレスを優雅に纏った彼女たちは、会場中の視線を惹きつけている。


 彼もまた一人の紳士として、その艶やかな華やぎにただ息を呑むばかりだった。


「ありがとう、みんな。ドレス、よく似合っているよ。……リサーナとカイナは?」


「リサーナちゃんはすぐ戻るって言い残してどこかに行っちゃって……カイナさんの居場所もよくわからないの」


「あいつはスカしてる所があるから、どーせ人気の少ない場所で星でも眺めてんのよ」


「すっ、スカしてるって、ミオちゃん……あはは……」


 ミオメルの物言いにウルハが苦笑いを浮かべていると、会話を聞いていたのか──背後から戻ってきたリサーナが口を挟んだ。


「よくわかってるわね。きっと空気のよく澄んだ、落ち着く場所に一人でいるわ」


「そっ、そうか。ところで明日の晩、隊のみんなで過ごしたいと思うんだが……どうかな?」


 十人十色に、各々の美を(かも)し出す女性一同が顔を見合わせる。


 不意に笑みが零れたが、答えは満場一致で決まっていた。


──────────────────────────


 その後。コンコルディア大聖堂を離れたアルメインは、隊員を探して人波を抜けていた。


 彼が人混みを嫌っているのか、祝宴会が些末事だと感じているのか、その真意は分からない。



 会場から歩くこと屡々(しばしば)、大聖堂に隣接する庭園にてその人を見つける。


 礼服を纏った──月夜の下。庭園の一角で背を預けていたその姿が、妙に似合っていた。


「こんなところにいたのか。探したよ、カイナ」


「お疲れ様、隊長。宣誓、カッコ良かったよ」


 アルメインはカイナへ歩み寄ると、彼の横へ並ぶようにして背を預ける。


 静かな夜空は、二人の会話に耳を澄ませていた。


「明日の晩、みんなで食事をしないかい。コーレルム隊の結成記念と、遠征の慰労会だ」


「断る理由もない。気の利いた隊長さんだな、ほんと」


 カイナが力のない笑みで首を縦に振る。どこか疲れた顔を見せていたが、夜の気紛れだろうか。


「……星が好きなのかい?」


「月並みだ」


「そうか……僕も星が好きでね。幼い頃は王国に帰る度、辺境にあるラークス司天塔(してんとう)へ足を運んだよ」


「あの、レムナシア一高い塔か」


「ああ。司天塔から見る星は、それは格別だった。星の輝きは不変。世界に変革が訪れようとも、夜にはこの輝きが人々を照らしている。……添乗員の人が語ってくれた星の話を思い出すよ」


 当時を懐かしむ彼の横顔は楽しそうで……仲間の目には微笑ましく映っていた。


「アルメインがそこまで言うなら、いつか行ってみたいな」


「その時は一緒に行こう。きっとカイナも、星々の輝きに圧倒されること間違いなしだ」


 それは楽しみだと──笑顔で相槌(あいづち)を打つ彼に、アルメインはふと尋ねる。


「なあ……カイナは騎士について、どう思う?」


「なんだ、急に?」


「死と隣り合わせの僕たちは、いつ命を落としてもおかしくはない。カイルノアの特務でもそうだった。何も思わない訳ではないだろう?」


 アルメインの問いをカイナは鼻で笑う。隊員の失笑に、隊長はむっと顔を(しか)めた。


「何言ってるんだ。勇者様がいる限り、隊の誰かが死ぬなんてことは有り得ないだろ?」


「それは…………」


「或いは……死ぬのが怖いか、という質問か?」


「……そうだね……そういうことだ。そして、逆に自身がその手で人を殺めることもあるかもしれない。人の命というのは重く……軽いんだ」


 救世戦争。未だ拭えないあの情景に、アルメインは目を伏せて拳を握り締める。


「…………()()()()()()()()、後悔してるのか」


「しているよ。何もできなかった自分に……帝都を燃やし尽くした自分に、ね」


「……言えることがあるとしたら、人として死が怖いというのは当然だ。だがそれでも、為さねばならないこともある。……それだけだ」


「それが大義、か」


 カイナは笑う。月を眺める視線を彼へと移すと、カイナもまた隊長の目を見た。


「目指すんだろ、聖騎士。なら、背負って生きていけ。そしてそんなアルメインだから、みんなが付いてくんだ」


「あははっ、そうかもな。いや……そうだな。その想いを背負って、進み続けるよ」


 二人並んで、美しい夜の聖都を眺望する。清酒を口に含んだからか、その日のカイナは饒舌(じょうぜつ)だった。


 彼は両手を包むように握ると、自然と口を動かす。アルメインもまた、彼の話に耳を傾けた。


「……花が沢山咲く庭に、一本の萌芽(ほうが)があった。その萌芽は、綺麗に咲いた多くの花に見守られながら育っていく。しかしある時、何者かによって庭が荒らされてしまう。瞬く間に花たちは枯れ果て、萌芽だけが助かった。そして……生き残った萌芽は絶望してしまう。静かにただ、花たちと一生を過ごしたかっただけなのに……と」


「……悲しい物語だな。誰かの詩かい?」


「いいや。いつか聞いた、些細な話だ」


 萌芽は絶望を背負った後どうなるのだろうか。その問の答えを知ることを恐れていた。


 もし現実に起きたことなら……僕は萌芽の救済を、諦めたくはないから。


「俺は……覚悟と共に騎士の道を選んだんだ。決して──逃げはしない」


「……カイナ。僕も君を死なせはしない。だから君も……僕やみんなを、護ってくれ」


 真っ直ぐな言葉を受けたカイナは照れ臭そうに背を離すと、数歩──歩みを進めて振り返った。


「……そろそろ冷えてきた、戻ろう。きっとみんな、アルメインを待ってる」


「ああ……そうだね。戻ろうか」


 二人は言葉を交わして、歩みを進める。コーレルム隊の行く末……自身の行く末。


 勇者は夜天を見上げる。隣立つ彼の目に映る夜空が、同じ景色だと信じて────。

今話で第二話は終わりを迎え、次話から第三話へ入っていきます。

第三話はミオメルとウルハを中心に話が展開されていきますので、ご期待ください。


次回の更新も明日の21時を予定しています。



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